565.ラスボス女王は歯噛みする。
「ッやっぱあれだよな……⁈」
駆け続けるアーサーは、とうとう視界に捉えた塔の前に白の団服がいくつも揺れているのが目に入る。
間違いないという確信を持って、駆ける足を更に強めた。接近してきたアーサーに気が付いた騎士達が次々と「今度は誰だ⁈」「騎士か……⁈」と声を上げては武器を構えて向かってくる。
塔のふもとには多くの騎士が詰め寄っていた。更に倒れた騎士を救助するように起こす姿も見られた。連携を取って特殊能力で塔の上へ直接跳び上がっていく騎士達の姿を見ながら、ラジヤの敵襲がまさかここまで来たのかとアーサーに不安が湧き出す。だったら余計急がねぇと!と今度は自分に駆け込んでくる騎士へと正面から目を凝らした。
既にセドリックによる正面突破を受けた騎士達は、警戒した様子でアーサーへと駆け寄り、目を剥いた。「あッ……アーサー⁈」と声を上げ、斬り込めるようにと前のめりに駆けた姿勢から足にブレーキをかけるようにして立ち止まる。
「ッお疲れ様です‼︎すみません!八番隊権限で通して下さい‼︎」
立ち止まる騎士に反してアーサーは駆ける足を止めない。
待て本物か⁈腕は⁈アーサー隊長⁈怪我は⁈と騎士がそれぞれ声を上げ、一度引き止めようと手を伸ばすが止まらない。「本物です!すみません‼︎」と繰り返し早口で謝りながら駆け抜けていってしまう。
アーサーが称号剥奪中であることを除けば、八番隊の騎士である彼が塔に向かう事に問題はない。ただし、アーサーの重傷を知っている騎士達からすれば、彼の姿を偽った敵ではないかと思ってしまう。
だが、「おい!」「待て‼︎」と通り過ぎていくアーサーを追い掛ける騎士達は、彼のその足の速さに本物だという可能性がじわじわと濃くなった。
追われるアーサーに、塔の前に控えていた騎士達も臨戦体制で身構えたが「本物です!」と必死に訴えながらやっと足を緩め出すアーサーにまた、彼らも同じ反応をしてしまう。説明の時間も惜しい彼は慌てるように九番隊の副隊長へと詰め寄った。「ダン副隊長‼︎」と声を抑えて叫び、目を丸くする彼の前で頭を下げる。
「任務中すみません‼︎この上にプライド様がいるンで間違いないですか⁈」
目の前で話すアーサーの剣幕よりも、どうしても他の騎士と同じようにダンもアーサーの右腕に目がいってしまう。
「本物か……?」と答えるよりも先に正体の審議を問く。追い掛けてきた騎士達もアーサーの背中に続きながらその疑問に同意するように頷いた。いつのまにか塔の前に控える騎士達から驚愕と疑いの視線を一身に浴びてしまったアーサーは地団駄踏みながら呻いた。また正体を疑われ、いっそハリソンのように手っ取り早く実力で確認してくれたら助かると切に思う。
「本物ですって‼︎‼︎自分はアーサー・ベレスフォードでっ……ええと、自分が救護棟に運ばれた時ダン副隊長も見舞い来てくれましたよね⁈あと今日まで救護棟で自分の護衛に付いてくれた九番隊がドミニクさんとエルマーとガイさんと……」
だあああああああっ‼︎と必死に指折り思い出しながら、自分の証明を訴える。
大分焦って早口になっていくアーサーにダンが「わかった、わかった!」と両手のひらを向けながら落ち着かせるように途中で押し止めた。
「通信兵から先ほど映像が届いた。プライド様はこの上にいるので間違いない。今はケネス隊長とステイル様が」
「ありがとうございます!俺も行きます‼︎ 」
話を最後まで聞かずに礼を言うアーサーは、飛び込むように今度は別の騎士へと駆け寄った。
ジャイルズさん‼︎と両肩を掴まれた騎士があまりの勢いに慄く。更には自分の肩を掴んでいるアーサーの腕にしっかりと力が入っていることに改めて驚き、折れていた左と神経が切れた筈の右を交互に見比べながらアーサーの言葉を聞いた。
「自分を屋上に送って下さい!」
お願いします‼︎と訴えるアーサーに、ジャイルズは声も出ないまま頷いた。
やっと目を合わせれば蒼い瞳が深みと鋭さを増して自分に向けられていた。副隊長であるダンに頷きで確認を取った後、ジャイルズはステイル達にもやったように〝跳躍〟の特殊能力で彼に触れる。ポン、と触れられた直後、アーサーは良しも待たずに一気に跳び上がる。
ありがとうございます!というアーサーの声も騎士達に聞こえた時には遥かに上空からだった。
上がり、上がり、塔の壁を軽々と過ぎていくアーサーは空中で剣を握り直す。顔を強張らせ、口の中を飲み込みながら唇を強く結ぶ。
高速で上がっていく上空へ視線を固めていれば、あっという間にその屋上すら超えて最頂部に達した。その途端、視界に入った深紅の髪に息が止まる。
血塗れのステイルと、そして彼の出現に驚き、足が止まった騎士達の視線が目に入る。
「……もう、良いです。……もう……これで」
落下が始まり、剣を振り上げる。
上から塔を見回せば、死者はいない。血塗れになったステイルの姿に、彼がきっと引き止めてくれていたのだとアーサーは理解する。だからこそ
「「間に合った」」
その言葉はステイルと重なり、同時にプライドが振り返った。
驚愕に目を見開き、両眉を限界まで上げる。素早く息を吸い込んだプライドは構えていた銃からも力が抜け、彼の存在を疑った。
居るわけがない、生きているわけがない。彼は、最終決戦を待たずバッドエンドを迎えた筈なのだから。だが、月明かりに正面が照らされ映えるその姿はどうみても
「アーサーッ⁈」
「ッ遅いぞ‼︎‼︎」
プライドの激声と、ステイルの嬉しそうな怒声が同時に放たれる。
塔の上にいる自分達より高く跳ね上がったアーサーは落下と同時に剣を構えた。驚愕に数拍の間だけ動きを奪われたプライドだったが、気が付いたように銃の照準を急ぎステイルからアーサーへと変える。空中にいる内に彼を仕留めるべく乾いた音を高速で放つ。が、次の瞬間にはキィィン‼︎という金属音と共に、銃弾が全て彼の剣により叩き落とされた。
「う、そ」と、思わずその姿にプライドは声を漏らす。銃弾を叩き落とすなんて芸当は、ゲームのアーサーにはなかった。ましてや予知能力も無い彼がどうして、と。
驚きのあまり銃を構えたまま思考が止まってしまう。その間にアーサーはとうとうプライドとステイルの間に入るようにして塔の上へと着地した。
「……今度はもう逃しませんから。」
静かな低い声で放たれたそれに、自然とプライドの肩に力が入る。
刃物のように鋭くなった蒼い眼差しに思わずたじろいだ。既にプライドはアーサーとの実力差は嫌という程理解している。ゲームでも現実でもプライドが唯一剣技で圧倒された人物なのだから。
「……アーサー。何故、貴方がここにいるのかしら?」
「決まってるでしょう、貴方を迎えに来たんです。」
平然と言葉を返すアーサーからは恐ろしく隙がない。
既にアーサーが現れたことに騒然としている騎士達も彼から目が離せなかった。アーサー、アーサー隊長…⁇と呟くが、それ以上も出てこない。
騎士に捕らえられているアダムも無傷で現れたアーサーの姿に絶句する。目も口も限界まで開かれたまま思考の中だけが疑問を次々と浮かばせては破裂させた。怪我治療の特殊能力者の存在すら知らない彼には理解できるわけもない。
「すみません、ケネス隊長。ステイル様をお願いします。」
プライドから目を離さないまま全身から凄まじい覇気を溢れださせたアーサーは、声だけで背後にいる騎士へと呼び掛けた。
その途端、ステイルが「おい」と引き摺る足で彼に歩み寄る。そのまま振り返らないアーサーの背中を軽くドン、と拳で叩いた。
「遅過ぎる。〝時間稼ぎに〟どれだけ俺が苦労したと思っている。」
「わりぃ、時間食った。」
ステイルの拳に、アーサーは振り返らずに言葉を返した。
互いに顔も見合わせず、だがどんな顔なのかは確認せずともわかった。プライドへ目を離さないアーサーへ白々しく「腕はどうした」と問い掛けてみれば「治った」と短い応答だけが返された。
ステイル自身、アーサーが何故治ったのかは全くわからない。だが、今はその〝治った〟という事実だけで充分過ぎた。
一気に気が抜け、フラついたステイルを隊長のケネスが背後から受け止めた。彼の肩を借りながらステイルは、アーサーの背中越しにプライドを見つめ続けたまま後ろ足でゆっくりと後方に下がる。
「時間稼ぎ……?」
ステイルとアーサーとの会話を聞いていたプライドは引っかかるように顔を顰めた。
プライドの言葉に「みたいっすね」と適当に答えるアーサーは、これまでのステイルとプライドのやり取りを知らない。だが、その言葉と何よりあそこまで傷を負ったステイルを見れば大体は想像できた。
途中からステイルはアーサーが来るまでの時間稼ぎに全てを費やしていた。プライドに撃たれ、自分では敵わないと判断したその時から。プライドとの会話を引き延ばし、ひたすら言葉で彼女から時間を稼ぎ続けた。
「投降して下さい、プライド様。じゃないとまたぶん殴ることになりますから。」
真っ直ぐ言い放つその声が、剣のように研ぎ澄まされる。
挑発的に口角をあげながら、プライドの額に汗が伝った。今の自分にとってアーサーほどの天敵はいない。単純に正規ルートであるセドリックが現れる前に自分が殺されるという危機感、ではない。
「……あら?投降で良いのかしらぁ⁇生かしておく必要などがあって?」
「その必要しかありません。」
「今しかないわよ?この場で殺さなかったら今以上のことを私は何度だって」
「何度でも止めますよ。」
「ッ……離れの塔で貴方をアダムに殺せと命じたのは私と言っても?」
「そうっすか。」
いくら言葉で心をざらつかせようとも、感情を揺さぶろうともアーサーは微動だにしない。
あまりの手ごたえの無さにプライドの顔が険しく歪む。ギリッと歯を食い縛り、怒りで全身を震わせた。痕がつくほどに武器を握る手に力を込め、アーサーを睨み付ける。
アーサーは、自分を殺してすらくれない。
最悪、自分が死ねれば良い。ラスボスである自分が死ねばこの世界は幸福な結末を迎える筈なのだから。残されたティアラが女王となりセドリックと結ばれればそれで終わる。
だがアーサーはプライドを殺すどころか死ぬことも許さない。
それはもう、彼を排除しようと決めたあの日からわかりきっていたことだった。ステイルやレオンのようにできれば問題ない。だがアーサーには勝てない。衛兵を人質にしても自分の命を盾にしてもアーサーには敵わなかった。
……でも、今は。
ふと、今自分の手に握られているものに気付き、プライドは僅かに本音で笑う。
これなら、と。うっすらと勝利を見出し、右手の剣をアーサーへと構えて見せる。紫色の瞳から眼光を放ち、その刃で誘う。
「かかってきなさいな。……試してあげる。」
嘲笑うかのように片方だけ口端を引き上げる。
プライドの言葉にアーサーは迷わない。「わかりました」と短く答えると剣を構えたままプライドへと駆け込んだ。
目にも留まらない速さでプライドへ急接近する彼は、構えられたプライドの剣に目を向ける。今までの槍での攻撃とは訳が違う。彼女が剣を持った時の凄まじさはアーサーもよく知っている。
今、プライドに勝機があるとすれば要素は二つ。
一つは他の騎士達と戦った時と同じ〝殺すつもり〟と〝生かすつもり〟の差だ。そして、当然プライドは殺す気だった。むしろ、アーサーが殺す気になってくれればそれはそれで都合も良い。
剣を振る。鎧すら貫通させる剣は、簡単な足取りでアーサーに避けられた。何度も一閃を放ち、数度目に隙を見て足元を奪おうと引っ掛ければ、殆ど手答えもなくアーサーの両足が先に石畳みから飛び上がった。
足がつく瞬間を狙おうと銃を構えれば、アーサーは片手だけで着地する。プライドがすかさずその腕を狙い撃ったが、その時にはもうそこにはなかった。くるりと回転するようにして次の瞬間には地面に両足で着地したアーサーは、明らかに未だ余裕があった。
突きを繰り出せば、アーサーの身体に届く前に上から剣で叩き落とされ、手が痺れた。そのまま懐へ踏み込んでこようとするアーサーに、左手で銃を撃つ。無動作で撃たれた銃から乾いた音が二度響き、彼の足と心臓をそれぞれ狙った。だが、やはり届かない。その前に彼がその二つを叩き落す方が先だった。
アーサーが弾を落とす一瞬の隙にプライドは落とした剣を拾い、転がる。紛れるように銃でまた狙い撃ったが、叩き落すまでもなく身体を逸らして避けられた。
アーサーから数メートル距離を取れたことを確認したプライドは、勢いのまま流れるように起き上がる。地面を蹴り上げるようにして跳ね、石畳みに転がっていた状態から再び二本の足で優雅に着地した。
ドレスの裾がふわりと風圧で広がり、それが降りる前に再びアーサーへと駆け込んだ。高速で剣を交差させ合い、最後はやはり弾かれた。強く横に剣を払われた拍子に手が広がり、胸ががら空きになる。アーサーは、その懐に長い脚を叩き込もうと右足を浮かせた。
その瞬間、手首の動きだけでプライドは自分に届く前にとアーサーの心臓へと銃を撃ち放つ。パァン!という響きと共に飛び出した弾は、今度は叩き落とされなかった。が、アーサーにも当たらなかった。
プライドの銃口を確認した瞬間、アーサーは右足を浮かせた状態から身体を捻らせ、左足でも石畳みを蹴った。銃弾を避け、身体が完全に宙に浮かんだ途端、空中で捻りを加えるように動きを変えたアーサーの左足がプライドの肩を蹴飛ばした。
一秒を満たすかどうかの一瞬の攻防は、騎士やステイルには見れてもアダムには何が起こったかすらわからなかった。
闇夜に包まれていたことを抜いても、常人が見切れる速さではない。アーサーが訳の分からない動きをして撃った筈のプライドの方が銃声と共に吹っ飛んだようにしか見えない。
短い悲鳴を上げ、今度こそ意図的にではなく石畳みに転がったプライドに対し、アーサーは無理な体勢だったにも関わらず両手足を使い音も殆ど立てずに着地した。
転んだ拍子に口を切ったプライドは血を飲み。指でこぼれた分を強く拭った。
「……やってくれるじゃない。」
「プライド様がお強いのは知ってますから。」
皮肉も混ぜた言葉に、アーサーはさらりと答えた。
実際、今のプライドは離れの塔とは比べものにならない。槍ではなく剣と銃を装備した彼女は戦い方も強さも全く違う。隙も殆どない為、以前のように簡単には意識を奪えなかった。
今度は、跳び上がる。アーサーの背後に回りながら、空中で銃を二丁構えて撃ち放つ。パンパンッ‼︎と連続して放たれたそれも、アーサーは振り返ると同時に剣で落とし、そのままプライドの着地前に駆け込んだ。
高々と跳んだ彼女が落下する先で立ち止まり、拳を振るう。だが、プライドもそれをさせまいと剣を構えた。刃を向けられて盾にされ、拳が寸前で止まる。あと数ミリ遅れてたら自ら拳を真っ二つにしていたところだったと、僅かにアーサーは肩を強張らせた。
そして剣の届く範囲に彼が入ったその瞬間、プライドが一閃を走らせた。が、一瞬でそれに反応したアーサーも剣でそれを受け止める。
ガキィィンッ!と金属同士の激しい音が響いたが、アーサーの表情は涼しかった。プライドの両手で放った剣を片手で受け切った彼は、彼女の体勢が整う前に腕の力だけでそれを弾く。
剣ごと背を反らさせられた彼女へ、アーサーは一気に跳ね上がる。先ほどの跳躍の特殊能力の恩恵はもう無く、自身の身体能力のみで軽々とプライドの頭上を越えて背後を取った。そしてプライドが振り向く間も無くその首へとうとう手刀を叩き込
パァンッ‼︎
キィンッ!……
「無駄です。」
手の動きだけで無動作に撃ち込んだ銃弾を、叩き落とす。
手刀を打ち込む寸前、プライドが向けた銃口がアーサーの視界に入った時点で結果は決まっていた。
アーサーが弾を落とす間の隙を縫ってその場から跳ね退いたプライドから余裕が消えた。信じられない、と瞬きを忘れた己が目を見張る。
……予知で一手先を読んだ、筈だった。
アーサーが跳び上がった直後、視界から姿を消した彼が自分へ手刀を繰り出すのがわかったプライドにとって、そのタイミングを図って銃を撃ち放つのは容易なことだった。身体が反応に間に合わない速さであっても、手だけなら間に合う。銃であれば更に速く撃ち込める。
だからこそ、迷いなく彼の心臓を狙った。狙ったことを気付かれにくい足よりも、どうせなら一発で決着をつける為に。だが、それが結果として銃口をアーサーに見せることとなった。
銃口か弾丸さえ視界に入れば、彼に落とせない弾は無い。
既に彼の瞬発力は人外に等しい領域まで研ぎ澄まされているのだから。
遠方からの狙撃なら未だしも、プライド一人に集中した彼は見逃さない。至近距離に瞬間移動するステイルの攻撃にも、高速の足を持つハリソンにも対応できるアーサーにとって今やプライドの早撃ちも恐るに足るものではない。
「もう二度と、貴方を逃がしません。」
剣よりも真っ直ぐな言葉が、蒼の眼差しと共に彼女を刺し貫いた。
510-1




