564.義弟は叫ぶ。
「お姉様っっ‼︎‼︎」
鈴の音のような声が塔の外から放たれた。
その声にプライドの表情が一転する。次の瞬間には騎士の攻撃を跳ね除け、石壁まで駆け出した。
うっすらとしか聞こえなかったが、不思議とそれは耳に入った。ステイルもまた顔色を変え、騎士隊長のケネスの手を借りながら壁際へと急ぐ。
一箇所だけ歪に石壁が崩れた位置へと移動すれば、小さくはあるが二つの影がこちらに駆け込んでくるのがぼんやり見えた。輪郭も殆ど掴めないが、二つの金色の髪が月明かりにきらきらと反射し目に入る。
何故二人がここに、とステイルは何度も瞬きをしては確かめる。騎士の一人に特殊能力で確認させたが、やはり間違いなくティアラとセドリックだった。
女王であるローザの命令で騎士達に保護された筈ではと、ステイルはここに向かう前のローザ達の判断を思い出す。だが、現に彼女らはここに居る。
突如現れた二人を騎士達が保護すべく駆け寄る姿も見えたが、ティアラもセドリックも立ち止まる気配はなかった。
「セ、ドリック……?」
ぽつり、とプライドの零す声にステイルが振り向く。
見れば、プライドが厚い石壁の上に佇んでティアラ達の方を見下ろしていた。あまりにも不安定な足場の上に平然と立っているプライドに、騎士達も彼女の背後で構えながら下手に手を伸ばせない。
茫然とした様子のプライドの横顔にステイルは眉を寄せた。自分達はともかく、何故プライドまでもがそこまで驚くのか。セドリックが国内にいることが想定外なのはわかる。だが、何故そこまでと。
『私が疑わしきなのは、現段階ではセドリック王子一人だけ。……さ、連れて行ってちょうだい?』
『セドリックが居ない……ってどういうことかしら?私を暗殺しようとした犯人よ。何故逃しちゃったの?』
ふと、プライドが豹変してから何度かセドリックを望んでいたことを思い出す。
まさかセドリックに何かあるのか。プライドの話した「あの子」とはセドリックのことなのか。もしかしたら彼が自分達すら知らない何かを握っているのかと考え
「フフッ……ハ、ハハハ!アッハハハハハハハ‼︎アーッハッハッハッハッハッハッ‼︎‼︎」
突如として、プライドが笑い出す。
腹を抱え、狂ったままに高らかな声を上げで笑うプライドに騎士達も目を剥いた。プライド……⁈と思わず声を掛けるステイルもその続きが出なかった。
あまりにも興奮した様子で目を爛々と輝かせる彼女は、心拍が早まったように顔を紅潮させて振り返る。
くるり、と踊るように身体をステイルへ向け、ドレスの裾をはためかせた。壁の上から高々と見下ろし、今にも落ちそうなほど身体をゆらゆらさせるプライドはその手の剣をステイルへと向ける。照準を合わせるように剣先をピタリと彼の首へ。
「そう……選ばれたのはセドリックだったのね。」
流石は王道ルート、と口の中だけでそう讃えながらプライドは笑う。
目の前にいるステイルは違った。主人公であるティアラが選んだのは、セドリック。
しかも、彼は遠く離れていた筈のハナズオ連合王国から戻ってきたのだ。ステイルの瞬間移動もなく、奇跡的にティアラの危機に駆け付けた。この上ないドラマチックな展開だ。
ゲームとは違うが、それでもいない筈のセドリックがこの土壇場で引き寄せられたこと自体が、プライドにはゲーム通りに世界の全てが動こうとしている証のように思えて仕方がない。
そうか、だから誰も殺してくれなかった。この世界で自分を唯一殺してくれるのはセドリックだったのだからと。
そう思えば好戦的な笑みを浮かべて見せる。
つまりは目の前にいるステイルを〝生かす必要〟もなくなった。枷付きだと知らずに足を怪我させてしまった時はやり過ぎたとも思ったが、もう心配はなくなった。
彼はハズレだったのだから。
「アッハハハハハ‼︎ バッドエンド、ねぇッ⁈」
瞬間、プライドが一気に壁を蹴ってステイルへと飛び出した。
むしろセドリックが来るならばその前に片付けておいた方が良い。せっかくの最終決戦を他キャラに邪魔されては困ると今すぐ排除に向かう。
足を負傷したステイルは飛び込んでくるプライドに頭で反応はできたが、下がろうとした瞬間に足の痛みが邪魔をした。
せめて受けようと剣を構えた瞬間、ふいに背後から引っ張られる。ステイルが振り返ったのと背後にいた隊長のケネスがステイルを引いたまま入れ替わるようにプライドの剣を防いだのは殆ど同時だった。
ガキィンッ‼︎‼︎と激しい金属音が響いたが、飛び込んできたプライドを空中で押し留め、拮抗する。
ニヤァ……と笑ったプライドは、地面に足を着けて着地し、押し返すように反動をつけて数歩下がった。相手は今まで相手をした騎士とは違う、隊長格を任された騎士なのだから。
「流石騎士隊長は違うわぁ⁈」
喉を唸らせた途端、乾いた銃声が響き渡った。
一瞬で照準を合わせる動作もなく、無動作で放った銃弾をケネスはギリギリの間に剣で弾いた。
狙われたのはステイルの脳天。第一王子の御身優先と鎧の覆われていない箇所を守ろうとした判断で何とか弾けたが、次はないだろうとケネスは思う。
近距離にいるということだけではない。照準を合わす動作もなく、早撃ちと狙いの正確性。更には無動作で撃ててしまうその腕は騎士団でも特殊能力者を抜けば数えられほどしかいない。
ニタニタと楽しむように笑いながら、プライドは下ろした左手の中だけでくるくると銃を回して遊ぶ。
「ケネス隊長。……ありがとうございます。後は、僕が。」
そっ、と手を前に出してステイル自ら前に出る。
ぎこちなく引き摺る足を前に出し、ケネスに下がるよう伝えた。
ですが……‼︎と声を上げるケネスに首を振る。「これは命令です」と断言し、ステイルは剣を握り直す。見据えればプライドは座興でも眺めるように冷めた目と引き上がった口をステイル達に向けていた。
わかっている。歩けるとはいえ負傷した自分と騎士隊長ならば後者に任せた方が良いに決まっている。ステイル自身、相手が単なる強者であればそうしていた。特に狙われているのが自分ならば、尚更下がっているべきだ。だが、しかし
「姉君からの御指名ですから。……逃げたくはありません。」
他ならないプライドがいる。
彼女が誰か一人でも民を手に掛けてしまえば全てが終わってしまう。そして、いまこの場で最も脅威である彼女こそが、本当は誰よりも被害者なのだから。
剣を構え、プライドを待つ。
足に痛みが走る今、下手に駆け込むよりもプライドからの攻撃を待つ。思った通り、プライドはすぐに剣を片手に飛び込んできた。鎧すら貫くその剣で自分の心臓を狙う彼女をステイルは正面から迎え打つ。
カンッ!と最初は弾いた。石壁の上からの飛び込みならまだしも、駆け込む程度の勢いならば手負いのステイルでも充分対応できた。
さっきまでの騎士達からの攻撃をプライドが捌き切っていた状況と打って変わり、今度はプライドの攻撃をステイルが捌いていく。
金属同士の連続する交差音が目にも止まらない速さで放たれていく。闇夜の中でただでさえ捉えにくい剣の攻防を騎士達は目で追いながらも声が出ない。本当にこれが騎士ではなく王族二人の戦いなのかと疑った。
「アッハハ!すごいじゃないステイル!でもこれって私への〝裏切り〟じゃないかしらぁ⁈」
「いいえ、俺は貴方の為にこうしています。それにこの程度はできて当然ですよ。」
激しい打ち合いを交わしながら、笑うプライドにステイルも涼しく返す。
踏み込むだけで足が痛みを叫ぶ中、表情だけは意識的に崩さない。立てる程度の痛みならば問題ないと自分に言い聞かす。
もう殺して問題のないステイルへ〝裏切り〟の言葉で刺してみる。しかし全く動じないその反応に、プライドは引き上げた笑みを僅かに苦く顰めた。何故効かないのか、どうして免がれたのか全くわからない。
「俺は、貴方の為に全てを磨いてきたのですから。」
ステイルの戦闘技術は、ゲームをとうに超えている。
アーサーと剣や戦闘技術を高め合ってきた彼にとって、プライドの剣もまた捌けないものではなかった。
これでステイルに瞬間移動まであれば、予知を加えても確実に自分はここまで拮抗することなく負けていただろうとプライドは思う。更に今のステイルは足を負傷して素早くは動けない。その上で自分の攻撃についてきている。
ステイルの言葉に挑発的な笑みを浮かべて見せながら、プライドは剣を弾かれた反動に一度引き、飛び跳ねる。俊敏に移動できないステイルの背後へ、彼の頭上を軽々乗り越え、剣を振るう。だがそれも背後に腕を回しただけの剣で防がれた。
「……それに、僕はこの場の誰よりも貴方のことを知っています。貴方がとても御強いことも、……そして」
プライドの剣を片手で押さえながら、軸にして再び正面へと向き直る。
ガキィンッ!と激痛と共に踏み込む足に力を入れ、全身の力でプライドの剣を撥ね退けた。同時に足から溢れる血の量が増したが、ステイルは気にしない。真っ直ぐにプライドを捉えて身構えれば、再びプライドが鋭い突きをステイルへと放ち出す。
「貴方の、弱点も。」
向かってくる剣を再びいなし、自分から逸らさせる。
キィィィッ……と刃同士が擦れる音と共に真横を通り過ぎる彼女の腕にステイルは流れるように手を添えた。そのまま掴み、自分に向かってくる勢いを利用して引き込んだ。唯一の弱点である〝力〟の土俵へ持ち込まれ、敵わず前のめりに引き込まれた彼女へ
右膝を、めり込ます。
ゴッ、と骨まで入ったかのような鈍い音が響く。
その光景に騎士達は目を疑った。よりによってプライドの補佐である彼が、誰よりも先に彼女に危害を加えたのだから。
アダムが突如としてギャアギャア喚き、騎士が剣で押さえるのも構わず切り傷を作りながら暴れ出す。特殊能力者用の枷を嵌めていない彼に通常の枷だけでもつけたいが、容易に直接触れられない。少しでも触れれば彼の〝狂気〟の餌食になる。
アダムの喚き声を聞き流しながら、ステイルは口から息を強制的に吐き切ったプライドの胸元を掴んだ。
そして躊躇いなく今度は背負い投げるように背中から石畳みに叩きつける。カッハ……‼︎ともう出し切った息を更に吐き出し、怒涛の攻撃にプライドは目を見開いた。叩きつけられた後もすぐ押さえつけられまいと、回避するように石畳みに転がりながら起き上がり、それからやっと呼吸を整える。
「躊躇いませんよ。……相棒の覚悟はこんなものではありませんでしたから。」
眼鏡の縁を指で押さえつけ、悠然と語るステイルの目には恐ろしいほど惑いがなかった。
それに対し、プライドもまた笑う。息を荒げ、未だに痛みの引く腹を銃を握ったままの手で押さえつけながら、やってくれると笑みを引き上げた。
隷属の契約に堕とされていないとはいえ、瞬間移動と俊敏さすら奪われている筈のステイルに自分が膝をつかされたのだから。
初めてステイルと剣で打ち合ったプライドは、改めて彼が強くなったことを実感しそして
パァンッ!
今度こそ、撃ち抜いた。
動作の遅くなっていた、その足に。
痛みに邪魔されて一拍引くのが遅れた足よりも、プライドの銃の方が遥かに速かった。鎧の継ぎ目の関節を的確に狙われ、血が噴き出すと同時にガクリと片脚に力が入らなくなる。
ステイル様‼︎‼︎と叫ぶ騎士達の声と、アダムの笑い声が同時に響いた。
今度は軽い斬り傷ではない、撃ち抜かれた右脚からは比べ物にならない激痛が走る。グ、ァア‼︎と痛みを紛らわせるように声を上げながら、ステイルは食い縛らせた顔でプライドを見る。
アッハハハハハハハハハハハ‼︎と一矢報いたことを心から嬉しそうに笑うステイルに天を仰ぐ。そして今度は遊ぶようにわざと銃口を見せびらかしながらパンッパンッ!と数発撃てば、今度は何とか剣で致命傷は防いで弾いた。一発は片脚の鎧で弾かれたが、腕にも擦った二発目は鎧を着けてなかった所為で団服に血が滲んだ。
「残念ねぇ?ステイル!瞬間移動さえできたら避けられたでしょうに。」
本当に、瞬間移動さえなければ避けられない早撃ちだった。
もし自分の足が万全であっても、反応だけで避け切れはしなかったとステイルは思う。激痛と力の入らない右脚に顔を歪め、それでも片脚だけを頼りに立ち続ける。ステイル様!と騎士が動こうとしたが「来るな‼︎‼︎」と顔を向けずに怒鳴った。
プライドの早撃ちだけは、騎士隊長であろうとも避け切れるかはわからない。ここで彼らを動かせばプライドは容赦無くその照準を騎士へと向けるだろう。
剣を構えたまま、強い瞳でステイルはプライドへその口を開く。
「姉君。何度でも言います、貴方はアダムに操られています。何故、その男の言うことを信じられるのですか。」
「別に信用なんてしてないわよ?……お互いにね。」
使い切った銃を背後にある石壁の外へと放り捨て、服の中から新たな銃を取り出した。
またさっきと形状の違う銃だが、プライドは殆ど見ずにその銃を撃てる状態へ装填する。
「ならば、俺の言葉を信じて下さい。貴方は操られていると。貴方は我が国を堕とすようにアダムに操作されているだけです。」
「そんなわけないじゃない。これが私の〝運命〟だもの。」
〝運命〟という意味深な言葉に騎士の誰もに疑問が過ぎった。
狂気の所為でそう思い込んでいるのか、それともまさか、と。ただステイル一人だけがその言葉に喉を鳴らす。やはり、と。その確信が、撃ち抜かれた足よりも胸を痛めた。
彼らの反応を可笑しそうに笑うプライドは壁に寄り掛かかる。見せつけるように照準をステイルへ向け、右手で剣を揺らしながら。
「……だぁから。アダムなんかは関係ないわ。私が私の意思でこの国を滅ぼしに動いたのだもの。」
「そして己が死すら。……貴方の望みだというのですか、姉君。」
あら知ってたの。と軽くプライドはせせら嗤う。
その返事にステイルは拳を震わせた。自分の死を楽しみかのように受け入れるプライドに激情が混ざり合う。
ステイルの反応にプライドは濁り出した紫色の瞳を怪しく光らせ、恍惚とした笑みを浮かべた。内側から湧き上がる熱を必死に押し込め、それでも口に出せば声が荒がった。
プライドへ向ける自分の目が鋭くなっていくのを自覚しながらステイルは彼女へ投げ掛ける。彼女が操られていることを自覚できないならば、その矛盾を突けば良い。自由が効かない身体の代わりにステイルは頭と口を死に物狂いで動かした。
「ならば答えてみて下さい‼︎それが運命と呼ぶならば何故っ……何故貴方がそれに殉じようと思うのか‼︎何故貴方は己が死を望まれるのか‼︎」
「幸福な結末の為。」
しん……と、今度は言葉がでなかった。
茫然と、絶句するようにステイルまでもが凍りつく。見開いた目が瞼を無くし、乾ききってゴロついた。
意味がわからない、理解不能な返答だ。
彼女は何を言っているのか、狂人と化した彼女は言語すら崩壊してしまったのかと、騎士達もそしてステイルも本気で考える。
ニタニタと粘着質な笑いを浮かべたプライドが、絶句する彼らを眺め続ける中、塔の上より下の音の方が彼らの耳を刺激した。セドリックとティアラが現れてから下は未だに騒がしい。後から込み上げるようにアダムの奇声のような笑い声が塔の上からも湧き出した。
「……本当に、……そうだと思うのですか…。」
ぽつり、と本当に掠れるような声がステイルから搾り出された。
プライドから逸らすように俯き、拳だけでなく肩まで震わした。それでも、プライドからの返事も笑みも変わらない。むしろ、怒りに震えるようなステイルを更に煽るようにプライドは声を弾ませ嘲笑う。
「残念ねぇ?貴方もジルベール宰相みたいに大人しくしてたら死なずに済んだのに。せっかく用意してあげた幸福な結末に貴方は」
「貴方を失くして幸福などあるものかッッ‼︎‼︎‼︎」
叫ぶ。
咆哮に近い、張り裂けるような声だった。
全ての感情を吐き出し、全身で放ったステイルはその一言で息を激しく荒くする。顔を真っ赤に染め、眼だけが鋭くプライドに突き刺されたままだった。
彼の背後の月で闇に余計に影が落ち、覇気以上に黒いものが彼を満たしていく。ハァ……ハァッ……とそれ以上の言葉が話せなくなるほどに強く放たれたステイルの声は騎士達の鼓膜も震わし、プライドも目を丸くする。そして、ステイルが息を整え終えた頃には、新たな音が湧き出した。
「ぷっ‼︎……アッハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎なぁにもわかってないんだから‼︎」
……全く、届いていない。
その確信が、ステイルの身体を重く脱力させた。
ステイルの暗く沈んだ表情と身体のゆらつきに、プライドは口端を三日月にして糸を引く。
「それは貴方が何も知らないからよ?結末が来たらすぐにわかるわ。……まぁ」
チャキリ、と引き金に指を掛ける。
残酷に紫色の瞳を輝かせ、その照準を真っ直ぐ彼へと向ける。ニタァァアアアアッッ……とこの上なく、残酷な笑みに裂きながら。
「貴方は知れずに死ぬのだけれど。」
騎士達が今度こそステイルの制止を無視して駆け出そうとし、……足を、凍らせた。
人外のような笑みを浮かべる彼女の方へ顔を固定させたまま息を飲み、動けなくなる。
ステイルもまた、脱力したまま夜のような無の色でプライドを見つめ返した。じとり、と見つめ、まるで自ら死を望むように地を這うような声で言葉を返す。
「……もう、良いです。……もう……これで」
「「間に合った」」
「ッッ⁈‼︎」
ステイルと重なったもう一つの声にプライドは瞬きも忘れて振り返り、……息を止める。
向かう月明かりに照らされ、揺らめいた銀髪と
英雄の、再来に。
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