563.王弟は止まらない。
「ッあそこか‼︎」
ティアラに続き、セドリックが声を上げる。
指した塔の先にティアラも「急ぎましょうっ!」と言葉を返しながら地面を蹴る足を強めた。ティアラの言葉に応じるように彼女の手を引くセドリックが更に足を速める、
拷問塔の前には既に多くの九番隊の騎士達が控えていた。近付く二つの影に「ティアラ様⁈」「セドリック殿下‼︎」と声を上げ、僅かに惑う。何故ここに⁈と投げ掛けながら、本陣の命令通りに彼らを急ぎ保護すべく駆け寄った。
「ッ騎士の方々、道を開けて下さい!私はお姉様の元にっ……」
「申し訳ございません‼︎陛下よりお二人を急ぎ保護するようにと御命令頂いております…‼︎」
やはりか、とセドリックは駆け寄ってくる騎士の言葉に歯噛みする。
既に自分達は逃亡者にも近い。保護についてくれた騎士達の制止を振り切って来たのだから。元々保護をする前提だった自分達をわざわざ戦場の真ん中へ道を開けてくれるわけもない。
ティアラも当然予想はしていた為、騎士からの返事に拳とセドリックに掴まれた手にぎゅっ、と力を込めた。それでも塔に向かって走り続ける二人を前に、とうとう騎士が立ちはだかる。
進行先を阻むように足を止め、幅を広げるように僅かに両手を広げて見せる。お止まりください、と改めて声を掛ける騎士達にセドリックは
「ッならば無理にでも通らせて頂く……‼︎‼︎」
当然の如く、向き直った。
ティアラを掴んだ手から傍に引き込み、ギラリとその燃える瞳を光らせた。彼女がその言葉を聞き返すよりも先にセドリックは目の前の騎士の足を払い、空中で蹴り飛ばす。
それに他の騎士が驚いている間に服の中から最新鋭の機関銃を取り出した。見たことのない武器に騎士達が身構える間に、セドリックは素早く射撃準備を整え、目の前に立ち塞がる騎士の足元へと射ち放つ。
ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッ‼︎と連続する銃声と共に騎士達の足元が弾けた。
当たりこそしないが、あまりの弾数と威力に騎士の誰もがその場から飛び退く。二人の前に立ちはだかっていた筈の騎士の壁が左右に分かれた。
「ッ行くぞ‼︎‼︎」
あまりの激しい音に両耳を塞ぎながら顔にまで力をいれていたティアラの手を、改めて掴み取る。
そのまま分かれた隙間を縫うように駆け出す二人に騎士達が追い縋るが、一定距離に入った途端に再びセドリックの機関銃が火を噴いた。
ズダダダダダッ‼︎と足元や身体の真横など敢えて外されていることを騎士は理解するが、それでも凄まじい弾数と威力。下手な操作をされれば、自分だけでなく仲間や彼の至近距離にいるティアラに流れ弾が当たるのではないかと、避けるか立ち止まる以外の選択が取れない。躊躇っている間にもセドリックは機関銃を放ち、騎士を分けながら一直線に塔の方へと向かっていく。
「ッ銃までっ……‼︎本当に騎士を敵に回しますよ⁈」
「お前の味方であれれば良い‼︎‼︎」
ティアラの戸惑いにセドリックは一言で両断する。
単なる抵抗ではない。武器を向けて撃つという行為は最悪の場合、騎士に撃ち殺される理由にもなり得る。ラジヤ帝国と同じ敵だと判断され、この場で罰せられてもおかしくない。
それでもセドリックは構わず塔へと駆け続ける。
騎士の壁を過ぎていく内に今度は背後も狙われ出した。機関銃を放ち続けるセドリックを誤射させないようにと気を払いながら、距離を詰めつつ彼の隙を待つ。
するとセドリックは弾数が半分過ぎたところで一度銃を降ろした。銃を脇に挟み、懐に再び手を伸ばし握ったそれを前方へと掲げてみせる。
「ッ手榴弾だ‼︎‼︎何とか避けてくれ‼︎」
一方的に前方に立ちはだかる騎士達へ聞こえるように声を上げ、口でピンを抜く。
セドリックの言葉に前方の騎士達もぎょっとしたが、同時に手を引かれたティアラもそれには悲鳴を上げた。
なんて物を騎士に投げようとしているのです⁈と叫ぶが、彼女の手を引く手を緩めないままセドリックはそれを投げ放つ。
手榴弾の規模や殺傷力を知る騎士は、投げられた瞬間にその場から飛び退いた。手榴弾の攻撃範囲は最悪数十メートルにも及ぶ。むしろ、進行方向に投げたセドリックとティアラも被害範囲だと知る背後の騎士達が二人を引き止めるべく飛び込もうとする。
おやめ下さい‼︎と同時に叫ぶが、セドリックはピンを抜いたそれを躊躇わず前方へと放り投げた。数人の騎士がなんとか二人の背へ間に合い、彼らの身を護るべく覆い被さる。
セドリックが投げた先は数メートル先の塔。流石に塔を破壊するほどの威力は無いが、破裂すれば破片が間違いなく彼らを襲う。ピンを抜かれたそれは、カンッと軽い音を立てた直後
ブシュゥウウウウウウウウッッ‼︎‼︎と凄まじい空気音と共に黒い煙を吹き出した。
「……ッ申し訳ありません……‼︎」
手榴弾ではなかったのか、と覆い被さった騎士達が顔だけを上げた直後、セドリックは彼らの意識を奪った。
口の中だけで苦々しく呟きながら至近距離にいた彼らへ手を伸ばし、鎧から剥き出しになった騎士達の首へ次々と手刀を叩き込む。
煙へ目が向いている内にと先手を打てば、覆い被さったまま騎士達は反応する間もなく倒れ込んだ。セドリック騎士達の下から這いずり出ると、掴んだティアラの手を引いて彼女も引っぱり出す。怪我は、と確認したセドリックに一言答えるとティアラは服の埃を払うのも惜しんで立ち上がった。
顔を上げればすでに彼が放った煙幕弾で視界が真っ黒に染まっている。ただでさえ夜で視界が悪い中、余計に光を奪われ、前も後ろもわからない。だが、その中セドリックは「走るぞ!」と声を潜めて合図をすると、迷いなく塔の方向へと走り出した。
絶対的記憶能力を持つセドリックに、視界など防がれたところで問題は全くない。走り出してすぐ、ちょうど背後方向から「塔の方へ逃げました‼︎」と騎士達の声が聞こえ、ティアラは本当にこっちの方向で合ってるらしいと理解した。
足元もわからず、煙を吸わないように口を裾で押さえながら咳き込む中、セドリックの掴む手と彼の先導だけが頼りだった。
こほっ、こほっ!と必死に声を殺しながら咳込み肩を上下させれば当然足元がふらついた。セドリックに引っぱられて速度を緩められることができず、足がもたつき転びかける。咳交じりに「待って下さい」と言いかけて口を閉じた。煙幕の中とはいえ、騎士達に追われている。更には一刻一秒を争う時に言えるわけがない。
なんとか咳を堪えるように息を止め、駆ける足に意識を集中させる。が、やはり堪えきれずに喉から勝手に咳が出た。我慢していた分に激しく連続した咳がこぼれ、ティアラは今度こそ足がもたれ
─ る、前にセドリックが彼女を引き寄せ、抱き上げた。
え⁈ええ⁈きゃあっ⁈‼︎と声を上げ、最後には甲高い悲鳴を上げるティアラに構わずセドリックは彼女を抱き上げ走る。
ティアラの尋常ではない悲鳴を聞いた騎士達が「ティアラ様⁈」と叫ぶが、ティアラはうっかり出してしまった声を押さえるべく急いで自分の口を両手で塞いだ。
「ッすまない‼︎今は緩められん‼︎‼︎」
そう叫んだセドリックは、今までティアラに合わせていた足を遠慮なく早めていく。
そのまま煙の中で風を切るセドリックは、記憶通りの位置で片腕をティアラから前に伸ばす。暗闇の中でもガチャリ、と記憶通りのそこには扉の取っ手があった。
急いでそれを押し開けたセドリックは中へと飛び込み、急いで閉める。内側から古い鍵をあるだけ全てかけ、やっと息を荒く吐き出した。
ティアラをそっと丁重に床へ降ろすと、一気にぜぇぜぇと荒げた息を整え、酸素を身体に取り込みながら扉へ寄りかかる。直後に閉めた扉を外からガチャガチャと開けようとする音とダンダンダンッ‼︎と叩いて呼び掛ける音も扉越しに飛び込んできた。
何とか座り込むのだけは堪えながらも、背中を扉に預けたセドリックは肩を大きく上下させ、滝のような汗を流す。走り過ぎて火照り切った顔と、いつまでも荒く残る息に流石のティアラも置いていくわけもいかず、段差に足を掛ける前にセドリックを覗き込む。
「だっ……大丈夫……ですか……?」
「ッずま、……ない…。…………無断……、……触れっ……、…………さっ…、…………温度、感……ッ……、……ハァッ……」
息も絶え絶えかのように口を動かすセドリックは、フラフラと壁に手をつく。
「すまない、お前に無断で触れてしまった。さっき温度感知の特殊能力者がいたから逃げきるにはこれしかなかった」と、言いたくても声が出ない。来賓としてフリージア王国の城内へ入る為のチェックを受けていた以外にも、兄達と騎士団演習場に見学へ訪れたことのあるセドリックは、温度感知の特殊能力者の存在も更には騎士団演習場で同じ特殊能力で見張りをしていた騎士の顔も覚えていた。煙幕も、温度感知の特殊能力にはセドリックと同じく意味をなさないのだから。
言葉の全ては理解できずとも、セドリックが自分を抱き上げたことを謝罪しようとしてることだけは何とか聞き取れたティアラは「もう良いですからっ!」と声を掛け、その背を摩った。
神子の才能を取っても運動能力の高いセドリックだが、流石に鎧を着たティアラを抱えて騎士から逃げ切るのは本人の全力でもかなり限界に近かった。
「……っ、……っ……上、だな。すまない、行こう。」
息を何とか整え、手の甲で汗を拭ったセドリックは顔を上げる。
背後の扉では未だに呼び掛けが続き、扉を破壊するか、だがそれでは万が一にもティアラ様達が扉前に居られたらと騎士達が騒いでいるのが聞こえた。
二人の目の前には階段が二つ、地下に通じる階段と屋上へと繋がる階段だ。
当然ながら上を目指すセドリックは、一度下の階段を覗き込む。ティアラが「どうしたのですかっ⁈」と焦るように階段を先に数段登りながら呼び掛けると、セドリックは振り返る。ティアラを追うように五段ほど登りながら問いかける。
「お前の騎士団はもしこの入り口を瓦礫で塞がれても自力で脱出はできるか……?」
妙に具体的なセドリックの問いにティアラは首を傾けてから頷いた。
瓦礫の程度にもよるが、塔の中程度の小規模の崩れなら問題ない。時間はかかるが、塞がれた程度なら騎士達は自力で崩すか破壊する程度の技量は持っている。
ティアラの頷きにほっとしたように息を吐くセドリックは、急いで段飛ばしに階段を登った。ティアラと並び、そこから膝をつくようにしゃがみ込むと自分達が入ってきた扉の天井に向かい再び服の中から取り出した機関銃を撃ち出した。
ズダダダダダダッッ‼︎と激しい音が木霊し、ティアラは再び耳を塞ぐ。音源から逃げるように螺旋階段を駆け上がっていくと、途中でガラガラと地響きのような振動が足元を襲った。
短い悲鳴を上げながら手摺に両手で掴まりしゃがみ込めば「大丈夫か⁈」とセドリックが早足で彼女の元まで駆け上がってきた。驚かせてすまない、と謝罪をするセドリックは背後を確認するように首だけで軽く振り返る。
「入り口を瓦礫で塞いだ。万が一扉を開けられても足止めはできる筈だ。……地下に騎士がいなければ良いが。」
ティアラに確認は取ったものの心配そうに顔を顰めるセドリックは、最後だけ声を低めた。
実際、地下にはもう調査に入った騎士は居ない。既に温度感知の特殊能力者も含めた調査が終えた地下室よりも、屋上のアダム確保やプライドの出現に塔内の騎士達は集中していた。
扉の外からはもう声が聞こえない。瓦礫で音が遮断されたのか、それとも何かあったのかと考えながらティアラは一人首を振る。今は自分がすべきことを第一にと、己を叱咤する。
セドリックが「行こう」と階段を登り出すと、それに合わせるようにティアラも螺旋階段を登り始めた。
「ティアラ様!セドリック殿下‼︎」
声に釣られて見上げれば、今度は下ではなく上から複数の騎士が覗き込んでいた。
扉を塞ぐ為の瓦礫崩落音、そして塔の外側から屋上に上がった騎士達が回り込み、屋上に控えていた騎士達と共にティアラ達を保護すべく螺旋階段を降りて来る。
思わず登る足が止まったティアラにセドリックが振り返り、手を差し伸ばす。
「心配ない。必ずお前をプライドの元まで連れていく。」
真っ直ぐと赤く燃える瞳がティアラを映す。
不思議と落ち着き払ったセドリックは、既に上がった息も鎮まっていた。確証材料も殆どない、単なる鼓舞だと思ってしまう。
今までとは訳も違う。もう逃げ場もない、塔の中にいる今はもう立ち塞がる騎士を相手にしないといけないのだから。それでも彼女に選択肢など一つしかなかった。
「……信じちゃいますよっ……?」
素直に縋りきれず、小さな顔を顰めてティアラはセドリックを丸い瞳で睨む。
滑るように降りてくる騎士達の声が近づいてくるのを耳で感じ取りながら、彼の手を再び取った。躊躇いなく握り返してくるセドリックは「ああ……‼︎」と声を返すと、今度こそ階段を登り始めた。螺旋階段を一周する間もなく騎士の一人が飛び込んでくる。
「信じて良い!この名に誓ってお前の望みを叶えてみせる‼︎」
その直前、セドリックはティアラから手を離して跳ね上がる。
三段上にいた騎士よりも高い目線で飛び上がったセドリックはそのまま騎士の頭へ蹴りを繰り出す。が、正面から受けたそれを騎士が見切り、片腕で防いだ。ガンッ‼︎と鎧同士がぶつかる音が響いた次の瞬間、〝空中で〟セドリックは姿勢を変えた。
騎士へ足を蹴り上げていた体勢から身体を捻らせ、宙返りのように背中を反らし騎士の背後の段差へ手をつく形で着地する。騎士の目から見れば、セドリックが視界から消えたようだった。背後へ振り返ろうとすれば、それより先にセドリックの足が騎士の頭を今度こそ蹴り上げ脳を揺らした。
フラつき、階段から落ちかけそうなのを堪えるようにその場に座り込む騎士を確認してからティアラを呼ぶ。彼女が急いで騎士を横切り登ってくれば、その手を掴み再び駆け上がる。頭が揺れる騎士に一言詫びると、次が来る前にとまた段差を登り出す。
「いっ……いまのは⁈」
「騎士団演習場で以前見た‼︎」
また予想外の動きを見せたセドリックにティアラが狼狽える。
空中で動きを変えるなど、熟達した騎士でもできる者は少ない。しかもまた、たった二撃で騎士を無力化してしまった。
次に登れば今度は先行した騎士に遅れる形で複数の騎士が駆け下りてきた。お止まりください、この先は我々にお任せ下さいと訴えながらもセドリックへと身構える。既にセドリックとティアラの保護を本陣から命じられた時に彼の戦闘技術も騎士団には告げられている。そして
〝その上で〟騎士達はセドリックを止められない。
懐から、銃を出す。
ティアラから手を離せば、いつの間にかそれが合図のように彼女はセドリックの背中に隠れた。彼が形状の変わった銃を装填準備し終えると、反対の手で懐から再び手榴弾のようなものを出すのが見えた。
口でピンを抜き、今度は投げつけずに握り込む。すると、数拍置いてから煙幕弾から黒い煙が噴き出した。またあの煙だと、ティアラはすぐに鼻と口を覆って背中を向けた。煙幕に包まれ、セドリックとティアラの姿が隠される。煙が広がってくるのに、かかるまいと騎士達は背後足で階段の上へ
パァンッ!
上がる、前に。
黒煙の中から突然乾いた音が連続して放たれた。
銃口どころか構えたこともわからない煙の中で放たれた銃は、全て騎士達に命中した。首を押さえ、呻いた騎士が次々と崩れ落ちていく。
出血は無い、意識はある。だが首を中心に回るように痺れ、全身の自由が利かなくなる。再びティアラの手を引き、彼らを通り過ぎて駆け上がっていく途中「心配ない!すぐに動けるようになる」と言葉を残し、セドリックは再び螺旋階段を駆け上がっていく。
信じられないことに、本当に騎士を全員払いのけてるセドリックにティアラは目を丸くしてしまう。防衛戦でも彼女の前で武勇を見せたセドリックだったが、その時とも段違いだった。
「貴方はっ……何者なのですか…⁈」
いっそ、自分の手を引いている人物が本当にセドリックなのかと疑ってしまう。
思わず出てしまった言葉に、煙を抜けたセドリックは顔を向けた。不思議そうな顔をし「決まっている」と答える彼は、ティアラへ向けて赤い眼を真っ直ぐ向けた。
「俺はセドリック・シルバ・ローウェル。誇り高き王であるランス、ヨアンの弟。そして」
再び騎士達が降りてくる。
緩めかけた手を強く握り直す。騎士達を見据えるべく、ティアラに背中を向けた彼はそのまま言葉を止めず、はっきりとした声で言い放った。
「お前を信じる者だ。」
胸を張り、瞳の焔を燃え上がらせる。
剣を抜き、言葉を失ったティアラの手を握ったまま騎士達へ挑むべく駆け上がった。
彼女からも今度は惑いの声は上がらなかった。代わりに強くその手を握り返され、僅かにセドリックの肩に力が入る。
迷いはない。己が〝神子〟を最大限に利用し、ただ塔を上がる為のみに彼は全てを振るう。
神にすら抗う、覚悟で。
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