561.義弟は圧倒し、
「何度でも問う。我らが第一王女は何処にいる。」
淡々とステイルは告げる。
剣先を突き付け、再びアダムから振られるのを待っているかのように見下ろす。その佇まいに、アダムは歯嚙みをしながら狐のような細目で睨んだ。確実に自分の方が上だと思っていた剣を容易く受け流された事実を苦々しく飲み込んだ。
問いには答えず、握った剣で再び斬りかかる。実戦経験こそないが、アダムの戦闘技術はラジヤ帝国軍の中でも上位の腕前だった。皇子の身でありながら、大将格と手合わせをして半殺しにしたことだって何度もある。贔屓目に見ずともアダムは強い。それは本人の自覚通りの腕前だった。ただし、
「……その程度か。ラジヤ帝国の戦闘技術も大したことないな。」
ステイルは、その遥か上にいた。
本気で殺しにかかるアダムに反し、ステイルはまるで稽古でも付けているかのような手軽さでそれを払い、いなし、柄で殴り、時には急所で寸止めして見せる。
カン、カンカンッ‼︎と絶対零度の眼差し以外は表情一つ変えず、むしろ涼しい顔でアダムの剣を捌く。騎士達の目から見てもアダムの戦闘技術は高度なものではあったが、それに比べてもステイルがあまりにも圧倒的過ぎた。
剣の一閃一閃が闇に溶け、遠目では見えなくなるほどに速い。ただでさえ互いに視野も悪い中でステイルはアダムの剣を全て捌ききる。鎖をジャラつかせ、動きも鈍り、瞬間移動すら封じられているにも関わらず、全く苦戦の色がない。
「どうした?俺の問いに答える余裕もないか。必死だな?」
わざとらしくズレてもいない眼鏡の位置を指先で直して見せる。
その隙を突こうとアダムががら空きの急所を狙ったが、やはりステイルは身を捩るまでもなく剣だけでそれをいなした。再び柄で肩を殴り、突き飛ばす。
今度は地面に転がらずには済んだが、膝はついたままアダムは息を荒くしてステイルを睨み上げた。
ゲームでも、小ボスのアダムは当然ながら攻略対象者全員に敗北している。ただしゲーム内ではステイルは瞬間移動も使え、枷もされてはいなかった。ステイルルートでアダムが立ちはだかろうと、瞬間移動を使ってあっという間に勝利を収めていた。ティアラの前だからこそ殺しはしなかったが、それでも圧倒的な勝利だ。しかし今のステイルは
それすらも、凌駕していた。
十才の頃からプライドを守る為にその腕を磨き続けた彼は、ゲームよりも遥かに強かった。
プライドという目標と、守るべき存在。そして何よりもアーサーという騎士隊長と剣を磨き続けてきた彼にとって、たかが手枷と瞬間移動を防がれた程度で埋められるほど、ゲームのステイルにすら敗北したアダムとの差は浅くなかった。
ただの王子ではない。彼はあのアーサーの剣すら捌く技巧を持ち合わせた人間なのだから。
「……剣を使うまでもないな。」
柄で再びアダムは石畳に殴り倒したステイルは、おもむろに剣を腰に戻す。
キィンッ、仕舞われる音に頭を押さえたままアダムが顔を上げた。見れば、今度は剣すらしまったステイルは丸腰だ。眼鏡を指先で軽く押さえた後、目だけで見下ろした先のアダムへ手のひらを上にした状態で人差し指をくいくいっ、と曲げて見せる。
〝かかって来い〟
その意思が、言わずとも伝わった。
どういうつもりかと、アダムだけでなく騎士達も僅かに惑った。他の誰ならともかく、まさかアダム相手に素手で挑むつもりなのかと。止めに入ろうとした騎士もいたが、その前にステイルが「大丈夫です」と言葉だけで彼らをとどめた。目だけは変わらずアダムへ鋭く刺したまま、銃も剣も持たずに空の手で身構える。
完全な侮辱と受け止め、意図も理解せずにアダムはまた剣を構えた。
自分の攻撃を全て受け流してみせるとでもいうつもりか、それとも格闘のみで勝てるとでも思っているのか。そう思い込んでいるならそれはそれで都合が良いと、アダムは再び剣を手に駆け込んだ。
それをステイルは正面から捉える。剣筋を一瞬で読んで見据え、そして
ガゴンッ、と。枷の鎖を叩き付けた。
身体を捻るだけで剣を避け、すれ違いざまに両手の長い鎖をアダムの顔面に向けて振るった。
ステイルの手を戒めた枷。それを繋ぐ長い鎖をステイルはまるで武器のようにして扱う。剣よりしなり、鞭より殺傷能力のあるそれを躊躇いなくアダムの顔面へ放ったステイルは眉一つ動かさない。ジャラリ、と遅れて鎖が石畳につき音を立てる。
予想外の攻撃を真正直で受けてしまったアダムは勢いよく仰け反り、倒れ込む。鼻の骨が折れたと思うほどの激痛に顔を押さえ、流石に喚いたがそれでもステイルは気にしない。むしろもう一発叩き込むぞという意思を込め、その手で長い鎖を掴み、振り被って見せた。
「立て。わざと手加減してやったんだ、お前に寝る権利など無い。」
氷よりも冷たい声が淡々と放たれる。
アダムに対してはっきりと命じるステイルは、ガチャアン‼︎と鎖を石畳に叩き付けた。聞くだけで痛々しい音をわざと鳴らし、茫然とするアダムの目を覚まさせる。まるでステイルではなく、アダムの公開処刑かのような圧倒的な実力差に屋上全体が異様な空気に包まれる。
鎖を打った部分を赤く腫らしながら、フラフラと起き上がるアダムは唇が切れていた。鎖か、それとも自分で噛み切ったのかと適当に思いながらステイルは冷たくそれを眺める。アダムは落とした剣を拾い、今度は怒りのままに駆け込んだ。
当然、ステイルにとっては既に脅威ではない。今度は長い鎖を両手で持つと、縦に振るわれた剣を張った鎖で軽々と受け止めた。ガチィイッ‼︎と響き、アダムは渾身の力を込めたが、やはりステイルには刃先すら届かない。鎖と剣よりもギリギリと歯軋りを鳴らし、憤怒に光った赤い目を僅かに開くがステイルの漆黒の瞳はそれすら飲み込んだ。
アダムは怒りのままに足で蹴り上げようとしたが、僅かに足を浮かせた時点で先にステイルの方から弾くように押し返された。先手を取られたことにフラつき、一歩足を背後に下げるとその隙を容赦なくステイルは追撃する。
長い鎖を両手で掴み、バットのようにアダムの腹へと振るった。バチィッ‼︎と鞭に近い音と共に服越しにかけられた凄まじい衝撃が鎧も着込んでいない腹部にめり込む。ガッハッ……⁈と内側の空気と唾を吐き出したアダムの背後へとステイルは素早く回り込む。
腹を押さえ、ステイルが背後に回ったこともわからないアダムは石畳にしか目がいかない。息を、空気を取り込もうとゲホゲホ言いながら前進を使って呼吸に努めると
鎖を首に、回される。
「遠慮は要らない、お前達がくれた品だ。」
ジャラリッ、と肩から首に掛かる重い鎖の感触に流石のアダムも息を引く。
慌てて剣も手放し、首にかけられた鎖を掴む。呼吸を確保する為に両手へ力を込め、首を直接締められないようにと抗う。背後に回ったステイルもその様子を眺めながら鎖を左右に引くようにして締め上げた。一気に力を込めず、じわじわとアダムが僅かに呼吸を確保できるか否かまで腕に力を込める。
アダムも隙を見て手足を別の方向へ伸ばそうとも過るが、そんなことをすれば確実に自分が意識を手放す方が先だった。
「苦しいか?……ならもっと締め上げてやる。」
無感情にも見える表情のままアダムを背後から捉えるステイルの声は、この上なく残酷だった。
このまま殺せるなら、ひと思いに首の骨を手折ってしまいたいという欲が僅かに過ぎり、押し留める。
プライドの為にもまだ殺すわけにはいかない。
ギリギリと締め上げ続けながら、次第にアダムの手足が小刻みに力とは関係なく震えてきたところで見切る。反撃をされないように一瞬だけ思い切り、ぐっと締め上げて意識と身体を強張らせたところで素早く鎖を緩め解く。グハッハァ、と背中を突き飛ばすまでもなくアダムが喉を押さえながら崩れ落ちた。
ゲホッゴボッ‼︎ゴボッゴホッ…と何度も激しく咳込み肩を上下させながら両膝をついて蹲る。殺そうとすれば今すぐに首を刎ねられそうなほど無防備で無様なアダムの姿に、ステイルはこのまま頭を踏み付けてやりたい気持ちを押さえた。
これ以上やれば本当に死にそうな姿のアダムに、数歩引いた状態でゆっくり正面へ回り込む。「口程もないな」と軽く投げ掛けながら注視した。タン、タン、タンと一定距離を開けながらアダムの周囲を歩くステイルは再び剣を抜く。鎖でもアダムには充分過ぎたが、逆に手加減が難しかった。様子を見ていた騎士も、途中からステイルの安否よりもアダムを殺してしまうのではないかということを危惧し今にも飛び出しそうな勢いだった。
大丈夫です、と再び返しながらステイルはやっと少し笑う。抜いた剣を軽く振りながら見守ってくれている騎士へと指示を出す。
「僕のことよりも姉君とティペットの捜索を。徹底的にお願いします。」




