そして知らしめる。
「枷、外した俺と勝負して死なずにいられたら。……プライドの居場所を教えてやる。」
安い挑発だ。
条件自体がおかしい。
〝死なずにいられたら〟など、勝利条件すら抽象的だ。膝をつく、負けを認める、剣を奪うなどの具体的な判断材料もない。いつまでも延々と殺し合いを続けることができるその条件は、ステイルでなくても公平なものではないことがわかる。
しかもアダムの枷は外せても、ステイルが枷なのは変わらない。勝負に乗った時点でアダムには枷を外され、第一王子であるステイルを殺す機会も逃げる機会も得られるがステイルには何もない。
……だが、他にすぐ吐かせる方法も無い。それにー……。
「…………良いだろう。」
ステイル様⁈と騎士全体が騒ついた。
ケネスを含めた護衛の騎士達で止めるが、ステイルは揺るがない。アダムを決して逃がさないように周囲を包囲し、プライドとティペットの捜索を続けるように指示を出すとアダムの手枷を外すように命じた。
「一応聞くが。……俺の枷の鍵を渡す気はないのか。」
「ハァ〜〜〜?持ってねぇし。まだ見つけてねぇの?」
大袈裟に口を開いて吐き出し、馬鹿にするようにステイルを見る。
既に騎士が捕らえた時に武器を没収する中で確認したが、目ぼしいものは見つからなかった。だが、アダムからすれば、将軍が捕まったのに鍵を得ていないというステイルの方が甚だ疑問だった。将軍を捕らえたことが嘘なのか、それとも将軍が上手くどこかに鍵を隠したのか。どちらにしても、ステイルがこのまま枷付きの方が都合が良いとだけ思う。
取り繕う素振りも見せないアダムに、騎士は本気で枷を外すべきか躊躇う。だが、第一王子の命令に反する訳にもいかず、枷を外した直後にすぐ身を引いた。アダムの特殊能力が触れるだけで相手を昏倒させる以上、騎士すら危険なのは変わらない。騎士達は剣を構え、もしステイルに何かあればすぐに対応できるようにと注意を払う。
「お〜い!俺様の剣返せよノロマ!丸腰で殺せるわけねぇだろこの馬鹿騎士共‼︎」
暴言を吐きながら自分の武器を回収した騎士に手を見せる。
寄越せ、と図々しく要求するアダムに騎士は顔を顰めながらも無言で没収した剣を彼の足元へ転がした。それを拾ったアダムはまた粘着質な笑みを一人浮かべながら、刃をするりと撫でた。それから軽い調子で剣を振ると橋の向こうを指し示した。「は〜い!それじゃああっちに移動しまーす!」とわざと明るい口調で指示をする。
橋の向こうの展望台。遮蔽物もなく石壁に囲まれたそこは確かに決闘には御誂え向きの仕様だった。
「あ。あと〜バケモン騎士共は退かせよ?周囲に控えさせるとかすんなよ⁇全員橋の向こうから入ってくんな。一歩でも入ったら殺すからな。」
完全にいつもの調子で自分の部下に命じるように振る舞うアダムにステイルは終始無言だった。
アダムの言葉通り、橋の向こうに騎士は下げさせる。更には展望台を調査していた騎士達にも同じように命じた。その様子を不快な笑みと歪めた細い目で舐め回しながらアダムは手の中で剣を遊ぶ。
「本当にいねぇんだろうな⁇またさっきみてぇに透明化したバケモン共がその辺にいるんじゃあ……」
「疑うならばそれも良い。だがさっさと始めるぞ。お前も負けを認める時は早々にしろ。時間の無駄だ。」
アダムの言葉を軽く切るステイルは眼鏡の縁を一度押さえた。
目だけはアダムを警戒するように捉え、離さない。ステイルの返答にアダムは剣を構えながらもともと細い目を更に細めた。べろりと唇を舐め、剣を握る手に力を込める。
相手はたかが第一王子。更には両手に枷が付いている。ジャラリと長い鎖はステイルにとっては動きを奪う重石にもなっていた。
だが、ステイルは平然とアダムへ構える。充分な長さのある鎖は、剣を振るうこと自体には大して問題ない。「さっさと来い」と一言投げるステイルにアダムは軽く駆け出した。
鋭い一閃を振るった瞬間、キィィンッ‼︎と甲高い金属音が轟いた。
「……それで。お前は何が目的なんだ?」
ギリギリとアダムの振る剣を拮抗させながら、至近距離でステイルは声を低めて睨む。
ニタァァアと笑みを引き上げるアダムはその問いに一度はとぼけた。なぁにが?と口だけ動かした途端、細い目が僅かに開く。
「第一王子の俺を殺せばフリージア王国を得たも同然だとでも思ったか?生憎だったな、今や我が国の最高権力者は俺ではない。」
殺しても意味はない。と冷たくステイルは言い放つ。
アダムは知らずとも今フリージア王国にはティアラも、そして最上層部も目を覚ました。アダムが現状で第一王子である自分を未だに頭角だと思っているのなら、これで少しでも精神的に乱せればと軽く逆撫でる。そのまま拮抗し鬩ぎ合っていた剣を弾き、一歩下がった。
「つまり、お前が俺を殺そうと何も得られはしない。」
なにそれ命乞い?とアダムが嘲笑う。
ニタニタ笑いながらステイルに剣を構え直す。寧ろこれから自分の返す言葉に、この後の展開に彼がどれほど顔色を変えるかと想像に胸を膨らませた。
身体を揺らし、距離を取ったステイルを眺めながら反対の手でガリガリガリと頭を髪ごと掻き乱す。右へ流された髪が乱れ、ボサバサと畝り広がる。
「あるぜ?イイコト。」
なに?と小さくステイルが聞き返す。
眉間に皺を寄せ、指先で軽く眼鏡を押さえた。そして探るように上目でアダムを覗く。すると、先程の様子見の打ち合いの型からアダムの構えがゆっくりと切り変わる。ステイルが知る王族の剣術ともまた違う構えだった。
「何せ」
ぐるり、と首を回す。乱れた深紫の髪が揺れて泳ぐ。
にぃぃい……と裂いた口が更に醜く引き上がる。細い目が開かれ、奥の瞳が爬虫類のように血走りながら光った。踏み込む足を僅かに背後に添え、剣を握る手に力を込める。
侵略大国でもあるラジヤ帝国の皇太子。長らく養子となってから皇太子として育てられたアダムは当然その教育も受けている。
単なる身を守る為の武術や剣術ではない。いずれは皇帝として大軍を率い、多くの国を支配下に堕とす為、相手を〝殺す為〟〝支配する為〟の技術も当然彼は叩き込まれている。フリージア王国と違い、彼らは侵略でのし上がってきた大国なのだから。
その彼が、闘いで剣を選んだ。フリージア王国の騎士相手ならばさておき、近接戦なら自分に分がある。剣と、戦闘技術。そして何よりも
「お前を殺せばプライドが手に入るんだからなぁあアア⁈」
─ 瞬きする間もなく、懐に飛び込んだ。
たった数歩程度の距離から距離を詰めるのは難しくなかった。構えから一気に飛び出す前触れもなく、まるでそれこそ瞬間移動のように距離を詰めてきたアダムと、その鋭く突き出される剣に橋の向こうで見守っていた騎士達だけでなくステイルは
「ならば、死んでやれないな。」
キィィンッ‼︎
……甲高い音と共に再び剣が弾かれた。
いとも容易く、呆気なく。
は……⁈とステイルの心臓を狙った筈のアダムが口が開いたまま目を疑う。今の一撃は弾かれて良いものではない。最初の一撃で、アダムは遊ばずにステイルを殺すつもりだったのだから。嬲れば確実に騎士達が止めに入る。だからこそ最初に逃さず殺す必要があった。にも、関わらず
「どうした?この距離からでも当てられないのか。」
懐に潜ったままのアダムを敢えてステイルは突き放さずに見下ろした。
弾かれたとはいえ、ステイルの至近距離。馬鹿にするように放たれた言葉に応じ、アダムは再び剣を放つ。弾かれたままの剣を横に振り直し、刃を立てる。が、今度はいなされた。弾くよりも衝撃こそ少ないが、まるで柳に風のようにステイルへ振った剣が彼自身には当たらず通り過ぎていく。
体勢を崩し、いなされたまま自分の横を前のめりに軸がブレた途端、ステイルは躊躇なく自身の剣の柄をアダムの側頭部に叩きつけた。最小限の動きに反し頭を打たれたアダムはグァッと呻き、石畳みに転がった。身体を向けることなく腕だけを振るってアダムを転がしたステイルがそこでやっとアダムへ向き直る。そして
躊躇なく、アダムの左手首を突き刺した。
突然の激痛にアダムからグァァアアアッッ⁈という叫びが響き、もがけば突き刺さったままの刃が徒らに傷を抉った。
目の前の男がプライドと同じ空気を吸っていたということさえステイルは許せない。その衝動に駆られれば、脳裏に過ったのは自分の目の前で彼女に手首へ口付けを受けたアダムの姿だった。左手首のその痕跡すら許すものかと貫くまで力が込めてやれば、今度はアーサーが奪われたのと同じ右手にまで目がいく。このまま腕二本抉り取ってやりたいという衝動を押さえ、痛みに喚くアダムから一度刃を抜き去った。
「立てアダム。……それとも無様に這いつくばったまま嬲られたいか。」
氷よりも冷ややかなステイルの声を浴びせられ、アダムはすぐに起き上がる。
戸惑いと憎しみの色を宿しながら、歯軋りをした歯の隙間から熱い息がフーフーと吹き荒れた。左手首から血を滴らせながらも血流が極限まで上がり耳鳴りまで起こし出す。先程の余裕の笑みが嘘のように、憤怒に塗られた顔色にステイルは顎を高くして見下した。
燃えるような黒い覇気を全身に纏わせたステイルは、眼鏡の奥から漆黒の瞳をただ焦がす。筋肉から血管まで張り詰めさせ、敢えて見下す姿勢を変えないまま内側から熱が上がる感覚だけに肩を僅かに強張らせた。
そして最後にまだ自分より低い位置に膝をつくアダムへ向け、ゆっくりと感情を載せるように低めた声を地へと這わす。
「たかがその程度でこの俺に勝てると思うなよ?」
刃よりも鋭い、殺意を胸に。




