560.義弟は怒鳴り、
「確保致しました」と。
その報せが放たれたのは、九番隊が潜入し終えて間も無くのことだった。
塔の上から特殊能力で直接降りてきた騎士は、透明化もしていない。ステイル達の姿も見えていない筈の状態で、声を潜めて報告する騎士に隊長のケネスが答える。
急く気持ちを抑えつけ、上がりましょうとステイルが命じれば外で見張りの班にいた騎士の一人が透明化の紐を外して前に出た。「自分がお送り致します」と姿を現した騎士に、ケネスもステイルに了承を得てから自分の班の透明化を解除させる。
護衛と共に特殊能力を持つ騎士に触れられたステイルは、ケネスの合図と共にその場から飛び跳ねた。触れた騎士の特殊能力により一気に塔の最頂部を見下ろせるまで跳ね上がる。拷問塔の屋上まで上がれば、そこには騎士に囲まれた一人の姿があった。
「ッアダム……!」
騎士から既に報告を受けていたにも関わらず、その姿が目に映った瞬間、ステイルはギリッと歯を食い縛る。
飛び上がったまま騎士達の遥か頭上から、一瞬不快で軽薄なアダムの笑みが目に入る。
捕らえられているにも、関わらず。
飛び上がった最頂部から降下が始まり、軽く身構えれば奥の扉が勝手に開かれたのが目に入る。階段から上がってきた騎士達も辿り着いたのだろうと、ステイルは理解しながら眼鏡の縁を押さえ着地に備えた。
ステイル達が塔へ上がってきたことを確認し、アダムを包囲していた騎士達は深々と頭を下げる。
空中から衝撃も少なくするように膝を使って着地し、それから姿勢を伸ばし真っ直ぐと見据えれば、アダムを捕らえた騎士達が道を開けた。
膝を突かされ、右に流した紫色の髪が若干乱れてはいるが、それ以外は大して抵抗した痕跡もない。後ろに回された手は既に騎士により特殊能力者用の枷がかけられた後だった。報告した騎士からも、抵抗されなかったと聞いているステイルは、罠でもあるのではないかと今から警戒する。
あまりにも呆気なさ過ぎる。その上、引き上がった笑みを浮かべ続けているアダム以外、ティペットもプライドも見つかっていないことも不可解だった。
「おぉや……ステイル第一王子殿下。これはこれは。」
わざとらしい、ねっとりとしたその声にステイルは一瞬で眉を寄せた。
歯を食い縛るのだけを堪えて見下ろすようにアダムを睨み、彼をその足で踏み付けられる位置まで近付いた。拘束したアダムを更に警戒するように何人もの騎士が剣を構え、その首に突き付ける。
「アダム・ボルネオ・ネペンテス。姉君は何処にいる。」
「まさかここまで嗅ぎつけられるとは。流石はプライド王女の弟君。」
ステイルの問いに、敢えて見当違いな言葉を返す。
突き付けられた刃も見えていないかのように薄く笑い、狐のような細い目だけをステイルへ向けた。
返答すらされなかったことにステイルが黙すると、騎士の一人が捕捉するように「捕らえてからずっとこちらの問いには答えません」と耳打ちした。完全に舐められている、と理解しながらもステイルは再び問いを投げた。
「ティペットの助けを期待しているのならば無駄だ。透明化はもう彼らには通用しない。」
「あぁ?あー弟、ではなく義弟でしたかね。どおりで顔は全く似ていない。」
九番隊の騎士には温度感知の特殊能力者も複数いる。
たとえ今、ティペットが足を忍ばせようとも彼らが目を光らせている限りはアーサーのように奇襲はできない。こちらの優位を知らしめるように伝えるが、やはりアダムは動じない。まさか彼自身がもう狂ったのではないかと思うほど引き上げた口を降ろさない。
「将軍と参謀長も捕らえた。ここに姉君が居ることもわかっている。」
「あの艶やかな肌も、白く嫋やかな四肢も、猥らな眼差しも……」
ニタニタと、気味の悪い笑みと声が下からステイルを舐める。
ステイルの言葉を遮らず、あくまで彼が言い切ってから返事にならない返事を返す。
挑発だということはわかっている。だがそれでもステイルは今この場でアダムを滅多刺しにしてしまいたい欲求を必死に堪えた。アダムの口からプライドの話題が出ること自体が不快でならない。
「ッ……お前の〝狂気〟の特殊能力も既に把握済みだ。今すぐ姉君を元に戻せ。」
「艶めかしい身体、柔らかな唇、湿り気を帯びながらも心地よい舌、豊満な」
ジャランッ、と。
口を封じるように胸ぐらを掴み上げたステイルの枷が強く音を立てた。
ギリッと整った歯を、今度こそ食い縛りながら膝をついていたアダムを無理やり立たせる。ニタァァアと引き上がった笑みが至近距離からステイルへ向けられた。掴み上げた手まで震え、肌を怒りで紅潮させたステイルは知らず知らずの内に息まで荒くなる。
落ち着け、乗るなと頭の中で自分に必死に言い聞かせながらも、憎しみの宿った眼光をアダムの細目へ突き刺した。激情を半分近くに何とか抑えながらアダムの耳へ再び言い聞かせるように声を張る。
「姉君にッ‼︎かけた特殊能力を解けと言っ」
「能力封じられてて出来る訳ねぇだろばぁあああああああああああああか‼︎‼︎」
ハハハハハハハハハハッ‼︎‼︎と、ステイルへ唾を飛ばしながら初めてアダムが返答した。
ステイルの激情を見れたことが嬉しいと言わんばかりに彼は笑う。枷と短い鎖に繋がれた両手から上体に至るまで脱力し、己を掴むステイルの手に身を任すように天を仰いで背を反らす。
アダムに唾を飛ばされたことよりも、一気に豹変した姿にステイルは硬直する。その姿を見るの自体は初めてではない。通信の特殊能力者を使い、アダムの部屋の様子を盗み見た時から彼の本性はわかっていた。……だが。
こんな男にプライドの心が歪められたという事実に、吐気を超えて悍ましさが込み上げた。
「っつーか俺様の特殊能力も知ってんだ⁈ハハハハハハッ‼︎将軍だろ⁇アイツ見ねぇと思ったらやっぱ捕まってんじゃん‼︎‼︎なっさけねぇ〜〜‼︎」
終いにはステイルの腕の力だけで立っている状態になるアダムは足をバタバタ交差させて石畳を叩いた。
ぎゃははははははは‼︎という混じり気しかない笑い声が酷くステイルや騎士達の耳を汚す。
殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな、と。表情すら強張ったまま硬直させたステイルは、頭の中で必死に自身の理性と戦う。今アダムを殺せば自分達のプライドは戻ってこないかもしれない。一番確実なのは彼に特殊能力を解かせること。プライドの為に、今は、と何度も己に言い聞かす。
「話早いじゃ〜ん!プライドの居場所とぉ〜〜特殊能力を解け⁇どぉ〜する?緩い拷問で吐かせる⁇やれば?その間にプライドはぁ〜〜……」
「……………………ッ姉君が、なんだ⁈」
ニマァ……、と。爬虫類のような湿り気を帯びた笑みだけが返された。
単なるハッタリだ。ステイルも騎士達も誰もがそう判断する。だが、プライドが今どうなっているかなど知ることもできないステイル達には否定しきる決定打もなかった。アダムもそれをわかった上で彼らをひたすら焦らし続ける。
展望台側の内部に入れる入り口は巧妙に隠されている。外側から見つけることはステイルや騎士にも不可能だった。
そしてステイルはプライドが破滅を望んでいることを知っている。今こうしている間にもプライドが自らの喉笛を引き裂いているのではないかと、一雫でも予感が落ちれば焦燥ばかりが増していく。
言え‼︎と両手で掴み上げながら声を荒げるステイルに、流石に騎士が止めに入る。どうか御冷静に……‼︎とケネスに押さえられ、その間にも騎士達は懸命に隠し扉がないかと探すが見つからない。
殺気を滲ませるステイルの姿をケタケタと愉快そうに眺めるアダムは、白状するどころか視線すら泳がせない。爛々と輝かせる細目の奥に、いっそこのまま塔から落としてやりたいとステイルは本気で思う。一度頭を冷やす為に自分の両手にぶら下がったアダムを突き飛ばすように手放した。両手に枷をされたアダムはバランスを崩し背中を打ったが、その直後にはまたハハハハハハハハハハハハハッ‼︎と大笑いが響き渡った。ギリギリとステイルが歯を鳴らし憎悪を滾らせていると突然ハハハハハハハハハハハハという笑いが
「居ー場ー所。教えてやろうか?」
止まった。
その言葉に今度は衝動的には動かず、目だけ動かした。
反応を表には出さないように息を止め、口の中を噛み締める。しかし、耐え切れず見開かれた漆黒の瞳だけでアダムには充分だった。ニタニタと再び不快な笑みを浮かべながら優位に立ったように顎を上げ、ジャラジャラと後ろ手の枷をわざと煩く鳴らしてみせる。
「枷、外した俺と勝負して死なずにいられたら。……プライドの居場所を教えてやる。」
安い挑発を携えて。




