559.騎士隊長は焦燥する。
「ハハハハハハハハハハハハハッ‼︎‼︎どうした⁈あと何万でも呼べば良いッッ!」
城門前。
防衛に加わってから暫く経った今も、ハリソンの剣技に衰えは見られなかった。
たった一人で広い城門全てに飛び掛かる鳥を羽ごと細切れに斬り刻んでいく。ボトボトボトボトと足元に落ちた鳥の死骸が何度もハリソンに踏み潰され、悲惨に平たくなって原型を更に失った。三番隊の騎士が一人その間際まで歩み寄り、ハリソンへ報告を伝えるべく声を張る。破片や飛沫から顔を腕で庇いながら、返事をしないハリソンが反応を返すまで。
高速の足を緩めず鳥をシュレッダー処理し続けるハリソンだが、騎士の話を聞き取るべく笑い声だけが一度収まった。
「…………。」
その様子を木の上から遠目に眺めていた特殊能力者は、鳥が破裂しているのではないかと目を疑った。
月明かりと城門の灯りを頼りに目を凝らせば、自分が操っている鳥の群勢は討滅される一方で未だ騎士を倒すどころか一羽も侵攻を叶えていない。その上、もう操れる範囲の鳥も尽き出した。時間があれば、今までのように操作可能範囲まで鳥を呼ぶ事もできたが、ハリソンの討滅はその暇すらも許さない。バラリ、パラリとついに城門を埋め尽くす鳥の数は十匹前後まで減っていた。
だが、主人に命じられている限り奴隷である彼女は行動を改めようとも諦めようとも思えない。いくら無駄であろうとも門を通れるようになるまでは門番である騎士達が退くか戦闘不能になるまで攻撃を続けるしかない。
暫く経ち、とうとう操れる範囲の鳥がいなくなってしまうと彼女は一度身を隠したまま、攻撃から操作可能範囲まで再び鳥を呼び直すことに集中す
「ここか。」
ザクンッ、と。
顔の真横に鋭くナイフが突き立てられた。
今の今まで見つかる気配すらなく、木の上に隠れていた筈の彼女の目前に突然黒髪の騎士が現れる。長い髪を振り乱し、前髪を切り揃えられているにも関わらず両端の髪で顔が隠れた騎士だ。つむじから足先まで血で赤黒く染まり、その下から紫色の瞳だけが爛々と輝いていた。
更には笑みこそ裂けたように引き上がったまま、彼女の顔の真横には握ったままのナイフが背後の幹へ突き立てられた。鼻先が当たるほどの距離に笑みを詰められ、真横のナイフよりも彼女はそちらの方に小さな悲鳴を上げた。
一体いつの間に、何故見つかったのかと疑問が浮かぶが、それ以前についさっきまで鳥の群勢を一人で防いでいたのが目の前の騎士だということに彼女は気づいていない。
鳥が尽きた瞬間、三番隊の騎士に伝えられた彼女の推測潜伏範囲をハリソンは高速の足で一つ一つしらみ潰しに確認していた。彼女にとっては少しの間でも、ハリソンには充分過ぎる時間だ。
目の前に敵が現れたことまでは頭で飲み込め、その場から下がろうとしたが、既に木に背中を預けていた彼女はこれ以上下がれない。降りようにも飛び降りれば無事では済まない高さでもある。鳥を使おうとしたが既に尽きている。手段を全て奪われていた彼女は尖らせた眼差しでハリソンへとがむしゃらに飛びかか
ドスッ。
─ る、前に。その腹部へと容赦なく拳がめり込まされた。
「帰るぞ。」
一言冷たく聞こえる声でそう言い放つと、ハリソンは気を失う女性を片腕で受け止めた。
手心を加えているとはいえ、ハリソンの拳を直接受けた人間が意識を保つことは不可能だった。女性を俵のように肩に担いだ彼は、軽々と木から飛び降りる。二人分の体重が一箇所に集まったことでメキッと枝が悲鳴を上げたが、一瞬だったお陰で折れずに済んだ。
殆ど衝撃も無く着地した後は、特殊能力を使わず歩いて城門へと戻る。既に城門では「捕縛対象者が確保されました‼︎」「ハリソン副隊長⁈枷は⁈」「お疲れ様です!」と騎士達から声を上げられる。
それを聞きながら、そういえば特殊能力者用の枷を自分は持っていないことにぼんやりと気が付く。同時に何か大事なことを忘れているような気がしたハリソンは悠長にも数秒足を止める。すると考えに至る前に今度はとうとうカラムから「ハリソン!枷はどうした⁈」と叫ばれた。仕方なく、一度思考を止めて高速の足で彼の前まで移動し、直接手渡した。
「特殊能力者の奴隷はこれで全員か。」
「ああ、最初に荷馬車から確認された人数と合わせればこれで全員だ。」
そうだな?とハリソンから捕縛者を受け取りながらカラムがアランに尋ねる。
当時、馬車から飛び出した特殊能力者達の姿を直接確認した一人であるアランはそれに軽く答えた。そのままカラムが抱き上げた女性の手に特殊能力者用の枷をガチャリと掛ける。
既に牢に入れた者、各班から預かった者、城壁に保護された者。通信兵から報告された者を含めて、彼女で全員だった。
「つまらん」
カラムの言葉にハリソンは低めた声を零すように呟いた。
不謹慎ではあるが、ハリソンにとっては心からの感想だった。折角楽しくなってきたにも関わらず、特殊能力者はもういない。それどころか、鳥の特殊能力者に手こずっている間から城門に辿り着いた敵兵すら、ただの一人もいない。全員、城門に辿り着く前に十番隊や一、二番隊の騎士に無力化された後だった。
手持ち無沙汰になってしまったハリソンが一度電池が切れたかのように沈黙する。
不満そうに首をぐるりと回せば、それだけで髪から滴る血がポトポトと零れ落ちた。血だけではなく、羽や破片まで白かった団服にこびりついたハリソンに、カラムが女性を抱えたまま彼から距離を取るべく数歩身を引いた。
アランが通信兵に本陣へ報告するように指示をする中、三番隊が現状を改めてカラム達に報告する。城下や国門、そして城内から王居までの報告を確認したカラムは、捕縛した特殊能力者達を全員牢へ連行するように三番隊へ指示を回した。
「……まだ警戒は抜けない。が、……恐らく一波は越えただろう。」
特殊能力者も捕らえ、国門も全方位に渡って異常なし。
城下前のアネモネ騎士にも後から来たアネモネ騎士団が合流してから一気に鎮静が進んでいた。城下の掃討も進み、上層部も復帰。重傷者はいくらか出てはいるものの、今のところ死者は無し。ティアラとセドリックも騎士により安全が報告された。将軍も既に捕らえられ、残す問題はアダムとティペットと、プライドのみ。
「だな」と軽く相槌を打つアランが気を紛らわすように首を左右に鳴らした。ゴキッ、ゴキッと骨の音がカラムの耳まで届く。
「あ〜〜……プライド様に会いてぇなぁ。」
「……そうだな。」
場違いなアランのぼやきに、今度はカラムも注意しなかった。むしろ一度考えるように目を閉じ、同意する。
拷問塔ってあっちだったか?とアランが適当に指差すとカラムは再び目を開け、振り返ってから「こっちだ」と正反対を指し示した。
「ステイル様達はもう着いた頃だろう。……アーサーも間に合うと良いが。」
「いやー間に合うだろ絶対。アイツ、足も速いし。」
「…………………………道に迷わなければ良いのだが。」
最後のカラムの言葉にアランが若干濁すように「ああ〜……」と喉からガラリとした声を漏らした。カラムにわざわざ聞いたということは、彼は場所を把握していなかったということになる。思わず苦笑いを零しながら頭に両手を回すアランは口の中だけで「確かに……」と呟いた。
騎士の中でも城内の慣れない区域では迷う人間は少なくない。二人の間に微妙な空気が流れ始めた時
「ところでカラム・ボルドー。」
不意にそれをハリソンが断ち切った。
なんだ?と、呼び掛けにカラムがすぐに顔を向ける。見れば、戦闘が終わり大分いつもの調子に戻ったハリソンはジトリとした眼差しをカラムに向けていた。いつもの睨むより、少し棘のないようにも見えたその眼差しにカラムは首を傾げる。自分に向けるにしては珍しい気がするその表情は、少し惑いと躊躇いが含まれていた。
アランも気になったようにハリソンへ首を傾け、直後には改めて血塗れな上に羽と破片だらけのハリソンに喉を反らした。少しは払えよと呟くが、ハリソンからそれに関しての返答はない。代わりに語られたのは
「……先程、アーサー・ベレスフォードに鍵をと言ってなかったか……?」
何故、今その話題を。と思いながらカラムは目を丸くする。
確かに言った。現状を教えて欲しいと望んだアーサーに説明し、飛び出す彼にカラムは重要事項を纏めて言い聞かせた。
『ステイル様とジルベール宰相の鍵も発見次第、近くの通信兵を介して報告すること』
「確かに言ったが、……それがどうした?」
何か不備でもあっただろうかと、問いに問いで返せばハリソンからは沈黙だけが返ってきた。
ハリソンの謎の問い掛けにアランも首を捻る。どうしたんだよ?と尋ねるが、やはり返事はない。何か思い出すように無表情で固まるハリソンにカラムが「騎士団長からの報告を忘れたのか?」と投げ掛ける。そしてアランにも情報が合っているか確認するように詳細を改めた。
「ステイル様とジルベール宰相に掛けられた特殊能力を封じる枷の鍵だ。捕縛された将軍が持っていなかったというのならば、恐らくプライド様かアダム皇太」
「これのことか?」
チャリッ、と。ハリソンが服の内側から取り出して見せたのは二つの鍵だった。
一つの金属の輪っかで纏めるようにして繋げられたそれは、騎士なら誰もが一目でわかる特殊能力者用のものだった。指先で引っ掛けるようにして掲げるハリソンに今度はカラムもアランも大声を上げてしまう。なっ⁈は⁈と叫び、鍵とハリソンを見比べた。
「ハリソン‼︎何故お前がそれを持っている⁈」
「アシュトン・エッガーを捕らえた際に没収した。」
「いやいやいや‼︎お前さっきまで本陣いたんだよな⁈ステイル様達に渡せたよな⁈なんでまだ持ってんだよ‼︎‼︎」
カラムの言葉に淡々と答えるハリソンだが、アランの言葉には即答できず目を背ける。指先に掲げた鍵だけがゆらゆら揺れては存在を主張していた。
ナイフで針山にしたアシュトンの足を止血する際、破いた衣服。そこから零れた彼の持ち物で目ぼしい物は全て回収したハリソンだったが、アーサーの仇を前に頭が沸騰した彼は回収した鍵が重要物であることまで考えが及べなかった。ステイル達の枷のことは当然知っていたが、完全に頭から抜け落ちていた。
カラムとアランに凄まじい勢いで怒鳴られながら、我ながらやはり頭に血が上っていたのだなと今更ながら自覚する。騎士団長であるロデリック、副団長であるクラークへの報告ミスだと思えば、ハリソンも心の底で若干の焦りも滲む。しまった……と心では思ったが、口にまでは出せない。
だが、カラムとアランの焦りも当然ながら尋常ではない。ハリソンが鍵を持っている。つまり、拷問塔へ行ってもプライド達から枷の鍵を取り戻すことは不可能だということだ。今、ここにあるのだから。
「どうする⁈ジルベール宰相はともかくもうステイル様は九番隊と出ちまってるぞ‼︎」
「今は戦場に出られたステイル様の方が深刻だ‼︎ハリソン!とにかく今すぐ騎士団長へ報告を」
「伝令です‼︎‼︎」
突然通信兵が高らかに声を上げ出した。
血相変えた様子と、その声色にアランとカラムが口を噤んで表情も引き締める。どうした⁈と珍しく言葉が揃った二人に、通信兵は背筋を伸ばして口を開く。若干焦燥していたハリソンも、報告を聞こうと勢いよく身体ごと振り返った。翻した拍子に濡れた髪や団服についたままの破片がアランまで飛び散った。
「ティアラ様とセドリック王子殿下がっ……護衛の騎士を倒し逃走を……‼︎‼︎いま、目を覚ました騎士から報告が!恐らく拷問塔へ向かったのではないかと……‼︎」
は⁈何だと⁈とアランとカラムが目を丸くする。
ハリソンも無言ではあったが鋭さを失い見開かれた目が驚愕を表していた。
「本陣より全騎士団へ、発見した騎士は速やかに保護と本陣へ御二人を連れ帰るようにと……」
「ちょっと待てよ⁈やられた騎士って……確か、安全確認を報告してきたのってグウィン達だよな⁈」
通信兵の報告に、アランが思わず先に待ったを掛ける。
最初にティアラとセドリックを発見したと報告を受けた時、どの通信兵からの報告かも聞いていた。第二王女と王弟をどの騎士が守っているかも騎士団で共有された。三人の内、一人はティアラ達の護衛についた温度感知の四番隊の騎士。一人は急患の為に一時派遣された救護棟から元の班へ戻る途中だった七番隊の騎士。そして通信兵であるグウィンは
「…………我が八番隊騎士が、負けただと……⁈」
ぐおわッと急激に殺気を増したハリソンに思わずアランも歯を噛み締め慄いた。
倒した相手というよりも、兵士ですらない相手に負けた騎士に対して怒りを露わにするハリソンの殺気に、周囲の騎士達も思わず振り返る。「落ち着けハリソン!」とカラムが叱咤するが、全く耳に届いていない。それどころか自分の失態も忘れて「どういうことだ⁈」と声を荒げるハリソンに通信兵が口の中を飲み込んでから報告を続けた。
ティアラが本陣移動を拒み、拷問塔への参戦を望んだところでセドリックが閃光弾を使って目眩し後に騎士を昏倒させ逃亡したと。「たかが目潰し如きで…‼︎」と再び部下の失態に怒り燃えあげるハリソンに、通信兵は思わず目を逸らす。代わりにカラムの方へと視線を預けながら、更に続けた。
「通信兵によれば王子とは思えぬ、本隊騎士のような戦闘技術であったと」
「ッ理由になるものか‼︎」
通信兵の言葉をまた断ち切るハリソンは今から剣を握り出す。
今すぐにでもセドリックではなく、負けた方のグウィンを叩き斬りに行きたい衝動に駆られるが、それを力尽くでカラムが腕を押さえつけ、反対の腕もアランが両手で押さえ込んだ。無言で離せと言わんばかりに二人を振り解こうと暴れるハリソンにカラムとアランは
滝のような汗が、とまらない。
……まさか、このような事態になろうとは。
……う〜〜わぁぁあぉ……、……やっべ。
唇をきつく結び、ハリソンを押さえる手に力を込めることで必死に表情だけには出すまいと堪えるが、流れ伝う汗だけは正直だった。
恐らく今頃王居で同じ報告を聞いたであろうエリックも自分達と同じ心境だろうも確信する。セドリックの力尽くでの逃亡手段、それを教えたのは他ならない自分達なのだから。
カラムとエリックにとっては軽い護身術ぐらいの感覚で教えたつもりだった。そしてセドリックがそれを見事に習得したことも当然彼らは知っている。
更に言えばアーサーと共にセドリックの〝神子〟を知っていたアランにおいては、吸収できることをわかった上で、面白半分に大技まで伝授してしまったのだから。……まさか、味方である騎士へ直接ぶつけられることになるとは思いもせずに。
「……ッ、セドリック王子は一年前の防衛戦でも健闘されたと聞く!彼らに不備があったとは限らない。」
「そ、そうだって‼︎それにセドリック王子がってことはラジヤに連れ去られたわけじゃねぇんだし‼︎」
このままでは自分達の所為でグウィンがハリソンに八つ裂きにされてしまうと、カラムとアランが必死に説得する。
だが、八番隊は完全実力主義。個人行動を許された騎士が、他にも騎士が二人も付いていながら護衛対象である王子に気絶させられて逃げられるなど恥でしかない。自分にも他者にも厳しいハリソンが許すわけもなかった。
実際、その所為でいまティアラとセドリックは結果的には護衛のいない危険な状態で行方不明となっている。しかも目的地はアダムがいる拷問塔。たとえ護衛対象に抵抗をされようとも王族を守る側としては許されない失態だと、他の護衛騎士二人はどうでも良いとして自分の八番隊騎士に対してハリソンは怒りが収まら
「ッ緊急です‼︎‼︎本陣から騎士団長より映像とお呼出しが!」
駆け込んできた騎士の叫びが、彼らの間に割って入る。
それを聞いた途端、カラムの手が緩む。それを逃さずハリソンは手を抜き、反対の腕を掴むアランを乱暴に振り払った。
カラムが「すぐに繋げ!」と目の前の通信兵へ指示を出すのと、ハリソンが映像の届いている位置へと駆け込むのは同時にだった。アランも続き、通信兵が映像を送るべく目の色が変色させながら彼らを追いかけた。
騎士団長であるロデリックの名にハリソンの優先順位が一気に切り替わったことに、カラムとアランは心の底で安堵した。
……
「ここか……。」
馬の上からステイルは静かにそれを見上げた。
簡素な場所だった。周囲に木々こそひしめきあっているものの、城内でもその周辺地帯は処刑台以外は全て過去の王族が造らせた遺物ばかりだった為、今は必要時以外で立ち寄る者も滅多にいなかった。大昔に建てられたままその姿を保っている石造りの塔は、高さだけは城内のどの建造物にも引けは取らず高高と聳え立っている。
二つの塔と、それを繋ぐ石橋。だが、片方の塔には入り口はおろか窓もなかった。螺旋階段のある方の塔から上がり、石橋を渡る以外登る方法すらない展望台だ。
その最頂部は石壁で高く囲まれ、そこで誰が……たとえ王族が外の空気を吸っていようとも、知られることはないように設計されていた。今は不自然に一部が崩れているが、それでも遥か上部の位置の為、地上からでは見上げてもその奥の様子は確認できない。
そして展望台と繋がれた、螺旋階段を抱く方の塔には、地下は牢獄と多くの器具を取り揃えた拷問部屋。最上階には拷問器具の他、晒し台なども完備されていた。その二つを合わせ、戒めを込めて嘘偽りない〝拷問塔〟という名で呼ばれる塔だ。使用こそ今は禁じられているものの、過去の忌まわしい遺物として城内の片隅に存在し続けていた。
今では塔を使ってまでの執拗な苦しみを与え続けることだけを目的とした拷問などは行われない。罪や情報を吐かす以外、道楽や快楽の為にこの塔を使う人間など今の王族には一人も居ないのだから。
もし、再びこの塔を嬉々として使う者や、それを黙認する者がいればその人物こそ〝拷問される側〟として相応しいだろうとステイルは思う。……そして、アダム相手であれば自分もその中に入りかねないことも、静かに自覚する。
「入り口は一つ。……扉と、直接屋上への侵入もお願いします。」
今、塔の前には一望するだけでは誰もいない。
透明の特殊能力者により姿を消された特殊能力製の乗物と荷車の車輪の跡だけが僅かに残っていた。
ステイルの潜めた声の指揮に、騎士達はそれぞれ頷く。荷車を降り、騎士隊長のケネスが姿の見えない騎士達に声だけで外に控える者、扉から入る者、塔の壁から直接侵入を試みる者とを各班ごとに指揮した。
「……お願いします。」
透明の特殊能力者と繋がる紐を軽く掴んで弛ませながら、ステイルも騎士達と共に荷車から降りる。
その言葉に同じ紐で繋がれたケネスは「お任せ下さい」と声を潜めて応じ、自身も含めたステイルと繋がれた複数の騎士で彼を囲った。先ずは様子見。扉と壁から同時に先行で騎士達が潜入し、中の状況を確認することになる。
ステイルの目には同じ透明の特殊能力者と繋がれた護衛の騎士達以外、誰も見えない。班ごとに紐で繋がれているにも関わらず、寸分の狂いもなく動く騎士達は誰一人ぶつかるどころか足音すら消し去ったままだった。
ケネスの潜めた声と共に、確実に騎士達はそれぞれの塔の壁際に付き、扉に着く。ギィ……と鍵が掛かっていないことを確認するように扉が小さく音を立て僅かに開いたのを見たステイルは、やはり見えないだけで騎士達が配備についているのだと改めて理解する。
タン、タンタンと僅かにリズミカルな足音が各所から聞こえた。準備が出来たという合図だ。
ケネスはステイルと目を合わせ、互いに頷いた後にまたタンタンタンタン、と足音で合図を返した。その直後、僅かにだけ開いていた扉が静かに開かれる。
錆びついた扉の悲鳴以外、全く音を立てることなく騎士達は一気に潜入を試みた。特殊能力で壁から垂直に走れる者も自力で壁を登る者も全員が透明を維持する為に長い紐に繋がれ、速度を合わせて進行する。
「…………プライド。」
声には出さず、口の中だけでステイルは唱えた。
開いたままの扉に、まだ騎士達が潜入している途中なのだと思う。周囲を見回しても、同じ透明の特殊能力で繋がれた護衛の騎士以外は人影すら全く無い。
……アーサーはまだ着いてないのか。
当然だった。アーサーはステイル達と違い、馬も先行できる特殊能力者の補助もないのだから。更にはカラム達に場所を確認する為に城門へ寄り道をしている。
早く来い、と願うように思いながら拳を握り、騎士達の報告を待つ。扉から今度は塔の頂を見上げ、何処かに潜んでいるであろう彼女へ殺した声で呼び掛ける。
「……いま、止めますから。」
─ 今度こそ、貴方を救います。
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