放たれ、
「アーサー⁈‼︎」
その叫びに、「お疲れ様です‼︎」と叫ぶ騎士はアラン達だけでなく他の名前を呼んだ騎士達にもペコペコと頭を下げながら近付いてきた。
驚きのあまりカラムは声が出ない。口を開けたまま瞬きもせずにアーサーを見つめていれば、とうとう本人はカラム達の目の前まで来てしまった。突然すみません、と謝る彼だが、当然ながらアラン達が驚いているのはそこではない。
「さっき、その……途中の騎士から聞いたンすけど拷問塔って何処かわかりますか……⁈あ!あと、今の現状とか殆ど俺わかんなくて出来ればいくつか教えて頂ければと」
「待て待て待て待て待て待て待て‼︎‼︎おまっ……お前本当にアーサーか⁈」
あまりにも話をぐいぐいと進めてしまうアーサーにアランが待ったをかける。
アランの言葉に一瞬意図が分からず狐につままれたような顔をするアーサーは、本人自身も慌て過ぎて自分の立場を半分忘れていた。アーサーの言葉を遮りながらその右腕を指差すアランは既に本物か疑うように剣を構えていた。アランの指差しでやっとそれを思い出したアーサーは、どう言い訳すべきか悩む。そういえばヴァルがカラムにも口止めをさせろと言っていたことを思い出し、視線をアランから再びカラムへと向ければ
別方向からナイフを放たれた。
シュシュッ‼︎と風を切る音がいくつも鳴り、カラムとアランの間を縫うように放たれたナイフの数々にアーサーは反射的に飛び上がる。
空中に上がった瞬間、ハリソンの名を呼ぶ前に今度は容赦なく銃を放たれた。空中で身動きが取れず、避ける代わりに剣で銃弾を叩き落せばやっとハリソンからの攻撃が止んだ。キィンッ‼︎‼︎と金属がぶつかる音と同時に銃を放ったハリソンも硬直する。それを見ていたカラムとアランはハリソンを咎める声すらまだ出ない。だが、目の前にいるのが正真正銘のアーサー・ベレスフォードだという事実がやっと証明された。
着地したアーサーが剣を片手に「ッ自分は本物です‼︎‼︎」と慌ててハリソンへ訴える。右手に剣を持ち、振るったその腕前は全く衰えていなかった。
「そのっ……‼︎色々あって!言えないンすけど取り敢えず怪我はもう平気です‼︎本当の本当に自分は本物で‼︎‼︎ええと……アーサー・ベレスフォードです!プライド様の近衛騎士で、ハリソンさんが団服返してくれたお陰で病室から今この格好で……」
「……………………⁈」
必死に自分の無実を主張しようとするアーサーに、ハリソンが無言で手を伸ばす。
また何かと思わず身構えたが、今度は攻撃ではなくその手は真っ直ぐとアーサーの両肩を掴まえた。ビクッ‼︎と突然鷲掴まれたことに両肩を上下させるアーサーはおっかなびっくりにハリソンを見返し、更に目を見開く。ハリソンの顔が今迄見た事がない程に驚愕に開いていた。長い黒髪から覗かせた紫色の目が極限まで開かれ水晶のように丸く、更には間の抜けたかのように口が俄かに力なく空いたままだ。ハリソンのその表情を真正面から受け、アーサーの方が驚いてしまうとその間にもハリソンは確かめるように彼の肩を始めとして傷のあった箇所を叩くようにして触れた。
最終的には右腕を掴み上げ、それにアーサーが動くことを証明するように手をグーパーと繰り返してみせれば、掴むハリソンの握力が強張るようにして増した。その途端、鎧を着込んでいないアーサーから「あだだだだだだっ⁈」と目が覚めたような悲鳴が上がる。
「ッだ、い丈夫です‼︎動きます!動きます動きます動きます動きます動きますから‼︎‼︎〜〜ッッハリソンさん‼︎‼︎」
このままでは折られると、耐え切れずにアーサーが表情の変わらないハリソンから力任せに手を振り払った。
そして勢いのまま逆に今度はアーサーの方からハリソンの両肩を叩き、掴む。バンッ‼︎と団服越しに鎧が音を立て、そこに力を込めて引き剥がした。ぜぇ……はぁ……と何とか骨折を免れたことに息を吐き、見据えるようにしてハリソンの瞳を覗く。
「………………動きます。もう、大丈夫です。御心配お掛けしてすみませんでした。自分は、もう、戦えます。」
一言ひとこと言い聞かせるように訴える。
すると、まるでさっきまで息が止まっていたかのようにハリソンの肩が呼吸に合わせてゆっくりと上下し始めた。瞬き一つせずにアーサーを捉え、その言葉を少しずつ飲み込んだ。
今は一刻を争う状況ではあるが、目の前にいるハリソンに先ずは納得してもらわなければとアーサーは肌で理解する。ハリソンの呼吸が穏やかになるのを待ち、アランとカラムもその間に頭の中を整理した。そして、開いたままにされていたハリソンの口がやっと意思を持って動かされる。
「…………騎士に、復帰できるのか。」
「え、あぁ……その、自分は。…………ただ、処分がどうなるかは」
「必ずしろ。」
問いに対し、少し濁すアーサーにハリソンが杭を打ち込む。
いえそれは自分の一存では、と言葉を零すがハリソンは聞かない。決定事項かのようにアーサーの手を片手で振り払い、カラム達と並ぶように背中を向けて下がってしまった。捕縛者へ目を向けながらも、カラム達に並んだままもうそれ以上動こうとはしなかった。
取り敢えずハリソンが落ち着いてくれたらしいことにほっとしたアーサーは、やっとそこでカラムとアランに向き直る。
拷問塔は、現状は、と再び問いを繰り返すアーサーにカラムが掻い摘んで必要な情報だけを伝えた。
拷問塔の方角、最上層部の復活と九番隊の編成、八番隊の配備命令まで説明をする中、今度はアランがカラムとアーサーの様子を交互に見比べる。
アーサーの復活について既にうっすらと見当がついているカラムと違い、アランは未だに理解はしても納得できない。自分自身が九死に一生を得た後にアーサーの復活。今、自分が見ているのがただの夢なのではないかと本気で考えてしまう。任務中で無ければアーサーに飛び付きたいぐらいだったが、今は我慢した。代わりにハリソンのように話し中のアーサーの右腕を掴んでしまう。
間違いなくアーサーの右腕が可動している上に、無理をしているようにも見えない。カラムの話に集中しているのを良い事に、そのままアランは黙しているアーサーの団服を捲るようにして肌けさせた。肩まで出させれば鎧も身に付けていない肉体が露わになるが、包帯どころか傷の継ぎ目跡すら見つからなかった。
それを受け、アーサーがカラムの話を聞きながら証明の為にと自分から団服を一度脱いで見せる。やはり包帯の巻かれていない上半身はかすり傷の一つもない。
何故鎧は着ていない?というカラムの問いが途中で入り、時間が無かったと言いながらアーサーは急いで団服を着直した。こんな格好で戦闘に出るのかと窘められる可能性を今更考えて、急いで前もしっかり閉じた。
カラムはアーサーへの視線をそのままに一度口を噤む。怒られるのか止められるのかとアーサーが口も結んで固まると、カラムは口元に指を添えて少しだけ考えた。それから「アーサー」と短く呼ぶと、そっとその耳元に口を近付ける。アーサーからも何かと思いながら耳を傾ければ、カラムは潜めた声でそっとその耳元に問い掛けた。
「…………ヴァルか?」
びくくっ‼︎‼︎と分かりやすくアーサーの身体が電気を流したかのように飛び上がる。
カラムに嘘をつくこともできず、顔を離して丸い目で見返せば無言の頷きで更に返された。どうか極秘に……‼︎と願う途中でやっとカラムに口止めをするようにヴァルに言われたことを思い出す。「あ」の口で固まり、慌てるように「あと!その、……アイツがカラム隊長……達?にも口止めとか言ってたンすけど……‼︎」と惑いながら潜めた声で訴えれば、カラムが無言で二度頷いた。
大丈夫だ、わかってると返されてほっと息を吐くが、アーサー自身ヴァルとカラムの間に何があったのかは知らない。だが、少なくとも自分の回復の理由を察するようなことがあったのだろうと思えば、それ以上は踏み入ってはいけない気がした。ひたすらに頭を自分から深々下げて「本当にすみません」「宜しくお願いします」とヴァルが犯したであろう無礼も含めて自分が謝ってしまう。
カラムは頭を礼儀正しく下げるアーサーを見ると、思わず口端が緩んでしまった。本当に正真正銘のアーサーなのだなと実感し、最後に肩へ手をポンと置いた。
顔を上げたアーサーがそのままカラムの笑みに気付けば、また照れたように視線を落としてしまう。自分の回復を喜んでくれているのだと「良かった」や「謝る必要はない」と複数の言葉を全て含んだ笑みだということが声に出されずともわかってしまった。
説明を終え、最後に話を締め括るようにカラムが目前の課題を纏め上げる。
「第一はプライド様の奪還、アダム皇太子の生捕りだ。わかっているだろうがティペットには気を付けろ。必ず温度感知をできる騎士と連携を取れ。ステイル様とジルベール宰相の鍵も発見次第、近くの通信兵を介して報告すること。」
わかりました‼︎と勢いよく返事をしたアーサーは、そのまま「拷問塔はこっちでしたよね…⁈」と確認を取って頭を下げる。頷いたアランが力強く背中を叩けば、一気にアーサーの背筋が伸びる。頼むぞ!と明るく声を掛けられ、倍の声量で言葉を返した。そして一気に駆け出すべく足に力を込める……直前で、止めた。
「あ!」と今度ははっきり声に出し、視線を自分を見送ろうとしてくれたカラムとアランではなく、その横に並ぶハリソンへと向ける。
「ッハリソンさん!」
アーサーの回復を確認してから、ハリソンはアーサーの方は向かず捕縛者達へ向けたままだった。
それでもアーサーが呼び掛ければ、軽く顔を傾けるようにして彼の方を向く。長い横髪に顔が隠れ、切り揃えられた前髪が無意味なほど顔が見えなくなるハリソンからその視線の強さだけを感じ取る。
既にハリソンの視線自体には慣れたアーサーは、彼の髪越しに見えない目を見返すと、姿勢を正したまま声を張り上げた。
「騎士団を頼みます‼︎‼︎」
その、言葉に。
ハリソンはとうとう顔ごと見開いたその目をアーサーへと向けた。
乱された髪の下から紫色の目が光り、見開かれるのを彼は自覚する。自分でも不思議なほどにアーサーの言葉が強く胸を打った。
身体が疼き、鼓動が速まる感覚が心地よく内側から音を鳴らす。それだけが表情ごと身体を一時停止させたハリソンが生きている数少ない証だった。人形のようになってしまったハリソンにアーサーは気付かず、まるで捲したてるように言葉を続ける。
「元隊長命令です‼︎‼︎敵倒して騎士助けて民守って国守って下さい‼︎俺も死なないンでハリソンさんも絶ッ対死なないで下さい‼︎‼︎」
お願いします‼︎と最後に一番の声で叫び、返事も待たず今度こそアーサーは拷問塔へと駆け出した。
アーサー自身、今は隊長としての権限もない自分がハリソンに命令を出す権利もないことはわかっている。
だが、それでも彼に伝えたいと思ってしまった。
腕を無くした自分の代わりに怒鳴り、嘆き、心配してくれた彼に全ての謝罪や感謝をする暇も今はない。だが、だからこそ隊長として彼に信頼の証として命じたかった。
命令というよりもそれは鼓舞に近い。この奪還戦において、全てが必須事項であることはハリソン自身最初からわかっている。今更そんなことを言われたからといって彼の行動を指示するものになりはしない。アーサーもそれを充分に理解した上で、ハリソンにそれを命じたのだから。そしてハリソンは
「……っ、……ふ……。…………フ、……ははは……‼︎」
きた。と、最初にカラムが肌で感じた。
あちゃー……とアランも去っていくアーサーの背中を見送りながら、理解した。口端がヒクつき、たらりと汗が一筋滴った。
去っていったアーサーと、そして残されたハリソンから発せられる異様な覇気に背中を向けていた騎士達も堪らず振り返った。俯き、長く垂れた黒髪ごと額を鷲掴むようにするハリソンは、肩を細やかに揺らしていた。さっきまで注意だけは常に払っていた筈の捕縛者へすらもう意識が向いていない。代わりにカラムが捕縛者の元まで下がり注意を払うが、実際はそれどころではなかった。
まさか、と勘の良い何人かは気付き、目の前の攻撃よりも背後のハリソンへ身を硬ばらせた。カラム隊長……‼︎と訴えるように後衛の三番隊騎士が言葉を掛けたが、同時に発せられたハリソンの声に上塗られてしまう。
「カラム・ボルドー。……私と代われ。我が〝隊長〟の御命令だ……‼︎」
笑いを堪え切れないように語るハリソンの声は、抑揚こそあるが恐ろしく低かった。
その分の反動がこれから大変なことになると理解したカラムは溜息と共に前髪を指先で押さえた。もうハリソンを止めることも、そして止める必要もないと理解する。
カラムの溜息に合わせるようにアランと六番隊の副隊長が前衛に全員下がるように命じた。もともと狙撃や中距離、遠距離攻撃が主軸だった為、前に出ている者はいなかったが、それでも全体が二歩ほど更に下がった。
「ハリソン。……アーサーの命令だけは守れ。」
特殊能力者は我が国の民だぞ、とカラムの諦めにも似たその声色と言葉を皮切りにハリソンはその場から姿を消す。
風が吹き、カラムとアランの髪を揺らした直後、城門の前衛方向から「ッ当然だ‼︎‼︎」という返事と共に、鳥の群勢が今まで以上に悲鳴を上げた。
ハハハハハハハハハハハハハハハハッ‼︎という高笑いまで早くも放たれ、鳥の断末魔よりも騎士達にはそちらの方が恐ろしかった。騎士が大勢で対応していた鳥の群勢が、たった一人の騎士によって散らされていく様子は、月夜の中で見ればはどちらが怪物かわからないほどだった。
「う……わ〜……アーサー、最後にやってくれたなぁ……。」
カラムと並んで捕縛者の監視に加わりながら、アランは苦笑いを更に引攣らせる。
ははは……と枯れた笑いがハリソンの高笑いに揉み消されながらカラムの耳に届く。それを聞き取ったカラムは肩を落とすように頷きながら「無理もない」と言葉を紡ぐ。
「だが、今度はハリソンも問題なく役目を果たしてくれるだろう。……抑える必要もない。」
「アレもアレで暴走みたいなもんだけどな。」
ハハッ、と今度は本当に笑いながらハリソンの暴れぶりを眺めたアランにカラムも「確かに」と少し同意した。
それでも今のハリソンの心境を察すれば、余計にあの上機嫌を止めることは難しい。
ハリソンの暴走の最大要因であったアーサーの怪我が完治した今。そしてそのアーサーがプライド救出へ向かった今。ハリソンの憂いは完全に晴れてしまったのだから。
お陰で任務に集中してくれる、と前向きに考えながらカラムは三番隊に指示を出す。ハリソンが請け負っている間に特殊能力者の潜伏先を絞り込め、と。
ハリソンは、確実に任務をやり遂げる。
副団長であるクラークに、城門への援助を命じられれば従う。そして隊長格の指示に従えと命じられればカラム達の指示通りに捕縛者の監視もこなす。
そして、今。とうとう彼は最後の最後にアーサーから〝命じられ〟てしまったのだから。
『元隊長命令です‼︎‼︎敵倒して騎士助けて民守って国守って下さい‼︎俺も死なないンでハリソンさんも絶ッ対死なないで下さい‼︎‼︎』
彼にとって他ならない、八番隊〝隊長〟に。
操られた鳥の群勢を〝倒し〟城門を守る騎士達を〝助け〟特殊能力を持った奴隷という〝民〟を守り、国を守り、……そして自らも絶対に死なないようにと。
ハリソンにとって、同じ隊長格でも当然ながらカラム達からの指示よりもアーサーからの指示の方が優先度は圧倒的に高い。そしてアーサーに許可を得て、更にはクラークからの指示にも反さない時点で彼の行動は決まっていた。
ハリソン・ディルクは、確実に任務をやり遂げるのだから。
……ただし、自身の恐ろしい見落としに彼はまだ気付いていない。
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