554.本陣は動き出す。
「お待たせ致しました。将軍より、全てを聞き出しました。」
クラークが再び本陣に戻ってきたのは、部屋を去って僅か三十分後のことだった。
将軍の捕縛と連行を他の騎士に任せたクラークは、単身で扉を潜る。あまりの早さにステイルは目を見開いた。
たった三十分。つまりは将軍が口を割った後の時間も入れれば本当にすぐに口を割ったということになる。一体どうやったのか、とも聞きたくなったがそれよりも今は情報だと思い直す。
ステイル達にレオン達の救護した時の状況と将軍であるアシュトンの発見時の状況報告を済ませたハリソンも振り返ってすぐに片膝をついた。「お疲れ様です」と他の騎士と同様に頭を下げるハリソンに、ロデリックと視線を交わした後、クラークは片手で返す。
「流石はクラーク副団長殿。……それで、プライド様とアダム皇太子の居場所は。」
満足げに優雅な笑みを浮かべたジルベールがそれと反して待ちきれないように数歩歩み寄った。
ステイルも同意するように喉を鳴らし、瞬きも忘れてクラークを見つめた。宰相と第一王子に求められ、クラークは礼をした後に口を開いた。アシュトンにより語られたプライド達の居場所を語る……前に。
「…………ハリソン。ご苦労だった、もう良いぞ。」
トン、と片膝をついたままのハリソンの肩を叩いた。
報告も終わり、クラークの代理として護衛にいたハリソンはもうこの場にいる必要はない。その上で告げたクラークの言葉にハリソンは瞬時に立ち上がった。抗言の代わりに、食い入るようにクラークの目を見つめ返したハリソンからは「何故」という訴えが妙実に語られていた。
ハリソンがこの場でプライドとアダムの居場所を知れば、確実に一瞬で向かうことは目に見えている。それを踏まえた上でクラークは肩に手を置いたまま丸く開いた紫色の目を覗き込んだ。
「本当によくやってくれた。あとは私達から正式な指令を出す。……お前には、他に頼みがある。」
穏やかに笑みながら、ステイル達を待たせられないと早口で囁くようにクラークは告げる。
少なくとも自分達の問いの答えをハリソンに聞かれるわけにはいかない。ステイル達もそれを理解し、急く気持ちを押さえつけながらも黙した。
他ならないクラークからの言葉に、ハリソンも黙し続ける。本来ならばクラーク達の想像通りの行動に移るつもりは充分あった。だが、他に頼みと言われれば断れない。また城内の見回りかと思いながら、口の中だけを噛み締めた。
騎士団長であるロデリックに自分が部屋を出てからの状況が変わっていないかを簡単に確認したクラークはもう一度ハリソンの肩を強く叩く。「決してお前を戦力外と言っている訳じゃないぞ」と断り、はっきりとした口調で彼に命を与えた。
「城門前だ。三十分以上前から未だに手間取っているらしい。お前もカラム達を手伝ってやってくれ。今度は副団長である私から正式に頼む。……できるな?」
きらっ、とクラークの言葉にハリソンの目が輝いた。
クラークの命により立ち退かされたあの場に、再び行っても良いのかと、もう一度その機会を貰えるのかと気が逸る。「はい……‼︎」と湧き上がる歓喜を必死に身の内で抑えながら、自分の胸を手で示し、剣を握る。
ハリソンの返答に安心したようにクラークは頷くと「ただし」と言葉を切り、釘も刺した。
「向こうにはアランもいるらしい。ちゃんと指示に従うように。何かあれば必ず私達からも指示を出す。それまでは隊長格の命を完遂してくれ。」
今はお前よりも彼らは上官なのだから。と言い聞かせるように語るクラークにハリソンは何度も強く頷いた。
更にクラークが視線で示すようにロデリックへと目を向ければ、促されるままにハリソンの眼差しがそちらへと流れる。クラークとハリソンの視線を同時に受けたロデリックは腕を組んだまま険しい表情で頷いた。短く「頼んだぞ」と言葉を掛ければ、それだけでハリソンは再び片膝をついて一声を返した。
最後に「よし行ってこい」とクラークが背中を叩けば、ステイル達に礼をした直後には一瞬で姿を消した。ぶわりと遅れて風が吹き、高速の足でハリソンが去ったことを全員が理解する。
「失礼致しました。ステイル様、ジルベール宰相殿。」
改めてクラークが礼儀正しく頭を下げれば、合わせるようにロデリックや他の騎士達も頭を下げた。
仮にも身内への指示の為にステイル達への報告を遅らせしまったことを謝罪するクラーク達に、ステイルは一言で許すとそれよりもと続きを促した。
はい、と頭を上げたクラークは今度こそ報告を始める。勿体ぶることもなく、単刀直入にプライドとアダムが共にいること、そして居場所から口にする。
その居場所を聞いてステイルは息を飲む。そんなところに……⁈と思いながら、取り繕いもない驚愕一色のままジルベールと顔を合わせた。ジルベールも同じような表情でステイルを見返した後「すぐに騎士を向かわせましょう」と言葉で返した。信じられない場所ではあるが、確かにそこは未だに捜索の手が伸び切っていない場所でもある。更にはヴァルとレオンが発見された方向にも合致していた。
「枷の鍵については、自身が持っていた筈が無くしたと。落としたのか奪われたのかはわかりません。将軍の左足と顔はレオン王子によってのものだそうです。話によれば、陛下の部屋の……隠し通路を見回り中だったと。そこでレオン王子が入り口を見つけ、返り討ちにされたとのことです。」
隠し通路、という言葉をある程度の声を潜めながら語るクラークはそれでも話を続けた。
詳細を聞きながら、ジルベールは「やはり」と声には出さずに胸の中だけで唸る。隠し通路の存在もある程度察していた彼には、将軍がレオンの置き土産であることも予想がついていた。
ステイルも、クラークの話をきいてとうとう完全に全てが繋がった。ジルベールがレオンを王居内の捜索に派遣した理由も、レオンによる置き土産も、そして何よりレオンとヴァルの重傷の理由と犯人を。
枷の鍵については残念だが、今はそれよりプライドだった。もし将軍が無くしたのならば、彼の知らない内に奪ったのはプライド、アダム、ティペットが可能性として色濃い。どちらにせよ目的地は変わらない。
クラークの話を聞き終わった後、ステイルの許可の下にロデリックは各陣へと指令と報告を回した。
プライドとアダムの居場所判明と、それに伴う各隊の指示。プライドやアダムに潜伏を気付かれないように隠密に適した九番隊の騎士を王居内から敵本陣へ。そして人を割く分の騎士を王居内へ派遣。ティペット対策に温度感知の特殊能力者を多数向かわせることをそれぞれの隊へ命じた。
「ッ……急ぎ、願います……‼︎包囲が完了後、突入前には必ず本陣へ報告を……!」
ロデリック達の指示を聞きながら、ステイルは降ろした拳をそのまま震えるほど強く握り締める。
苦々しい顔で顎が震えるほど歯を食い縛り、鋭くした眼差しで各陣からの映像を睨んだ。先行部隊にも属した、移動に長ける騎士達が急ぎ敵本陣へ向かうと報告が入る。それを聞きながら、早く敵本陣の映像をと一人喉の奥を痛めた。
ジルベールもそれに気付きながら、敢えて今は横目だけで言葉を飲み込んだ。本来ならば今すぐステイル自身が本陣から飛び出したいのだということをこの場の誰もが理解している。その上で王族として踏み止まっている彼に報いる為には早期解決しかない。
クラークとロデリックが各陣や隊へと指示を回す中、ステイルは立ち止まることすら苦悩かのように部屋中を歩き回った。女王であるローザ達の寝かされたベッドを端から端まで往復し、最後に摂政のヴェストの前でぎこちなく足を止めた。
魘され、呻き、痙攣する喉が既に干上がっている。少しでも負担がないように目元こそ濡れた布で額ごと覆われているが、ぴくぴくと瞼が動いているのが布越しの動きで明らかだった。存命を確認しながらもステイルはヴェストの手にそっと自身の手を重ねた。今は彼らの代わりに、そして王族としてここに立つのが自分の使命だと己に言い聞かした、その時。
緊急の映像が、飛び込んだ。
『緊急です‼︎‼︎王居内へ侵攻ッ‼︎ただいま侵入者が王宮へと向かっております‼︎‼︎』
通信兵からの映像で、急を要する声が放たれると同時に全員がそちらに振り返る。
素早く息を吸い込み、誰もが今から身構えた。通信兵による報告にロデリックとクラークも一度指示を止めて身体ごと耳を傾ける。ステイルがヴェストの傍から駆け出し、再び司令塔位置へと手枷を鳴らしながら移った。
詳細を‼︎とステイルが叫ぶのとほぼ同時に、本陣にいる通信兵が報告者の騎士と通信を繋げた。
侵入者と騎士達の迎撃と追跡状況を事細かに聞けば、更に王居内、王宮内と侵入者の痕跡を文字通り示すかのように次々と通信兵による報告映像が表出した。「今追跡を」「申し訳ありません!突破を」「緊急‼︎どうやら目的は」「ッ突破されました‼︎‼︎」と、更には映像ではなく騒ぎの様子が直接耳にまで届いてきた。最初こそまだ遠巻きの騒ぎだったが、騎士達の声と更には戦闘音まで確実に近付いている。お下がり下さい、とロデリックがステイル達に声を掛け、騎士達へと警戒を呼び掛ける。部屋の外には護衛が多くいる。それに、本陣の場所はまだ敵にはしられていない。外の騎士が上手く偽造し、この部屋ではなく誰もいない大広間や王族の部屋へ誘導すれば取り敢えずは難を逃れられる。
だが、そうステイルが考えている間にも戦闘音が更に近付いてくる。眠らされるローザ達の前に庇うように移動すれば、そのステイルの前に更にジルベールが立った。周囲の騎士も彼らを守るように武器を構える中、ステイルは静かに腰の剣を握る。
ドタドタと駆け込み、真っ直ぐに近付いてくる足音には明らかに目的が感じられた。ロデリックとクラーク自らが扉の横と正面に付き、敵に備える。もし部屋の外の騎士まで突破し、扉が開かれた時は速攻で迎え撃つその為に。
騎士達が静かにその闘志を高めて上げる中、とうとう扉一枚向こうまで騒がしくなった。追討する騎士も含め、迎撃する護衛騎士達と侵入者が入り混じり「来たぞ‼︎」「止めろ‼︎」「抜かせるな‼︎」という声がいくつも放たれる。だが、剣がぶつかり合い、特殊能力と思われる攻撃音も聞こえるが、それ以外は何も無かった。敵から反撃を受けたような声や音もない。今までの通信兵からの報告にも被害報告は全くなかった。
侵入者の意図と、そして何故他の何処でもなく本陣がこの部屋だとわかったのかとロデリックも耳を澄ませながら考えを巡らせる。そしてついに本陣の扉が勢い良く開け放たれた。
バンッッ‼︎
護衛の騎士達すら押し退け、侵入者はその足で蹴り破るように扉を開く。
頑丈な扉の為、壊れこそしなかったが、施錠のされていた扉は部屋側に開かれた拍子に鼓膜が破れ掛けるほどのけたたましい音を立てた。次の瞬間には現れた侵入者を部屋内の騎士達が迎え討つ。
騎士団長‼︎と侵入者を追う騎士達が多く声を上げる中、ロデリックは強い眼差しで侵入者を迎えた。駆け込んでくる侵入者へその剣を真っ直ぐ振るう。同時に風を切る音が轟音のように唸
─ ッキィィン‼︎‼︎
弾かれた。
騎士団長であるロデリックの剣を侵入者が同じ刃で弾いた。あまりの衝撃に耳鳴りのような甲高い音が鳴り響き、火花が散った。
騎士達だけでなく、横から二撃目を狙っていたクラークもそれには驚いた。ロデリックの一閃を受けただけでも相当な腕だというのに、それを弾いたのだから。どおりでここまで騎士達を潜り抜けてきただけはあると理解する。だが、たった一撃で負ける騎士団長でもない。二撃目を繰り出そうと再びロデリックが振るい、そのタイミングに合わせるようにクラークが更に駆け込んだ。……が。
「……ち……っ……‼っ……︎」
侵入者が小さく声を漏らした、途端。
ロデリックは大きく目を見開き、振るう腕が急激に止まった。
くわり、と大きく開かれた蒼色の瞳が動揺に揺れる。その躊躇いが生まれた瞬間、侵入者はロデリックの二撃目も弾き、飛び込むようにして真横を抜けた。ロデリックの異変に気付き、追撃の手を止めたクラークもそれには声を上げた。「ロデリック⁈」と叫ぶが、ロデリックはポカンとした表情のまま顔ごと侵入者を見送るだけだった。他の騎士が急ぎ迎撃しようとステイル達の前から駆け込めば、今度は侵入者の方が足を止めた。剣を持つ手と逆の指を口へと運び
ピィィイィィィィイイイッ‼︎‼︎
「⁈待て‼︎‼︎ッ全員彼に指一本触れるな‼︎‼︎」
指笛の音に、今度はステイルが声を張り上げた。
部屋中に響き渡る第一王子の命令に、騎士達の動きも止まる。迎撃しようとする腕を急停止させ、目だけを侵入者へ向けた。ステイル様……⁈とジルベールが振り返るが、それ以上口を閉ざしたステイルの眼差しは射抜くように侵入者へと突き刺さったままだった。騎士達の動きが止まれば逆に侵入者が再び駆け出した。
騎士を抜きジルベールを抜きステイルの横を抜ける時、擦れ違いざまにその肩を軽く叩いた。
パンっと叩かれたステイルは、あまりの驚愕に身体がフラつき呼吸も忘れる。ジルベールまでもが戸惑いを隠せず、歯を食い締めたまま侵入者とステイルを見比べた。その間にも侵入者は奥に並べられたベッドへと駆け寄っていく。そして構えていた剣を素早く腰に戻し、両手をそれぞれ彼らへ伸ばす。先ずは女王と王配に
万物の病を癒すその手で、触れる。
その光景に、今度はジルベールがふらついた。
切れ長な目が極限まで開かれ、薄水色の瞳が震えるほどに酷く揺れた。僅かに息遣いのような声が漏れ、目の前の事実を受け止めきれない。
侵入者が触れて、ほんの暫くの間がまるで数時間かのように長く感じられた。その間、騎士達もステイル達も誰一人、身動ぎひとつできずに固まり続けた。
そしてとうとう眠る二人からその手が離される。直後に再び駆けた侵入者は両手で摂政へと手を伸ばし、触れた。再びその手でヴェストを癒す中、ベッドから
フリージア王国の女王と王配が目を覚ます。
ステイルとジルベールがそれぞれ彼らを呼ぶのと、ロデリック達が陛下‼︎と声を上げるのは殆ど同時だった。
部屋中が騒然とし、侵入者を追って扉の前まで来た騎士達も揃って跪いた。
状況に惑う女王のローザと王配のアルバートにステイルとジルベールが駆け寄り水や声を掛けるまでの僅かな間に今度は摂政のヴェストまでもが目を覚ました。
頭を片手で抱え、この騒ぎは何がと呻く姿にステイルは「ヴェスト叔父様‼︎」と声を上げて駆け寄った。侵入者の横に並び、ローザ達へと同じようにヴェストへ言葉を掛ける。すると、入れ替わるように侵入者がその場から数歩身を引いた。フードを深く被り直すように手前へ引き、反対の手でステイルの背をつき飛ばすようにして一度叩いた。前のめりにグラつき、ステイルはヴェストのベッドに倒れかける。
一体……⁈と声を漏らすアルバートとヴェスト、未だ声が出ないように一口ずつ水を含み続けるローザは、完全に正気だった。跪いた騎士達がステイルの許しを得て駆け寄り出す中、侵入者は静かに窓へと後退る。
騎士達やステイルとジルベール、更にはローザ達の視線からも逃げるように侵入者は、フードのまま顔を俯けた。ぺこり、と礼をするように頭を下げ、次の瞬間には何も言わず窓から飛び降りた。
騎士でも無傷で飛び降りるには難のある高さを、躊躇いなく。
それを追うようにステイルは窓から身を乗り出した。確証はない、だがそれ以上の確信を持って彼は地上へと降下していく侵入者へ力の限り声を張り上げた。
「プライドは拷問塔だッ‼︎‼︎俺も必ず……ッそこへ行く‼︎‼︎」
侵入者が誰なのかを確信し、そう叫ぶ。
ステイルの叫びに、侵入者は僅かに顔を上げ、着地寸前に拳だけを彼へと掲げて応えた。ぐい、と高々に上げられた拳を降ろした直後、無事に着地した侵入者は逃げるようにそのばを駆け抜けていった。
「………………ステイル様……。今の、はっ……。」
窓から消え去った侵入者を遠巻きで見届けたロデリックが、思わずといった様子で問いを漏らした。
その言葉に侵入者の背中を最後まで見届けてからステイルも振り返る。ロデリックと並ぶクラークも、ローザ達の回復と侵入者の身のこなしに一つの可能性を瞳に宿した。
ステイルは二人に向け、唇をきつく結んでからその目だけを力一杯に輝かせた。こくんっ!と縦に頷いた後のその顔は、二人が見たことのない程の光に満ちていた。
その表情と返答に、ロデリックは心臓が大きく一度高鳴った。肩が強張ったまま硬直し「まさか……‼︎」の言葉を息と共に飲み込んだ。自分の記憶と目を疑い、遅れて身体が酷く強張った。
あの覚えのある剣の太刀筋と、身のこなし。そして「ち……」と漏らしたその声は酷く聞き覚えのある声で「父上」と。……そう言いかけたかのようだった。
……あり得ない。アーサーは、確かに腕が……。
だが、アーサー以外では全てに説明がつかない。
女王が目覚めたことよりも、その一瞬の出来事の方が今のロデリックには大きかった。
思考と現実と確信が錯綜する中、それを読んだかのようにクラークがその肩を叩いた。
「…………確認するまで死ねないな、ロデリック。」
私もお前も、と。ロデリックにだけ聞こえる小声で付け足すクラークの声は早くも喜びを噛み締めていた。くっくっ、と敢えて喉を鳴らして笑う声にロデリックの肩から力が抜ける。
今は任務中であり、私情を挟むべきではない。そう言い聞かせてロデリックは長く深い息を吐く。拍動を静まらせるように呼吸を整え、眉間の皺を深くした。そして気持ちを切り替える前に、一度だけクラークに対して情けのない声を零して返した。
「………………そう……だな……。」
─ この目で、確認するまでは。




