そして絞り取る。
「宜しくお願い致します、クラーク副団長殿。」
そう言って優雅な動作で笑むジルベールにステイルは振り返った。
だがそれも気にしないようにジルベールは扉を出て少し歩いた先の部屋を勧めると、クラークに全てを一任する。ゆっくりとした動作でステイルと切れ長な目を合わせたジルベールはにっこりと笑みだけで返した。
ジルベールからの一任に、ステイルも引っかかりながらも了承する。「では」とクラークは歩けない将軍の左腕を掴むと自分の肩に回して立ち上がらせた。空いた手で丁寧にハリソンが放り捨てた右腕も拾い上げ、部屋から出て行く。途中、それを見た騎士達が運ぶのを手伝うと名乗り出たが断り、一人だけでアシュトンを指定された部屋まで運び込んでいった。
「……クラーク副団長は、何か自白関連の特殊能力を?」
クラークが去り、扉が閉められた後。
ステイルはハリソンの報告を聞く前に疑問を騎士団長のロデリックへと投げ掛けた。いつも穏やかな雰囲気を纏ったクラークが尋問を自ら引き受けたことも、ジルベールがそれを任せたことも引っかかる。
当然、ステイルも副団長としてクラークを心から信頼してはいる。人格と実力共に副団長に相応しい騎士だ。しかし、今の状況は些か疑問だった。
ステイルからの疑問にロデリックは首を横に振る。いえ、と短く断りながら黙し続けていた口を開いた。
「クラークは特殊能力者ではありますが、能力自体は相手に自白を促すようなものではありません。……ただ。」
一度言葉を切り、クラークが出て行った方向へと目を向ける。
ロデリックだけではない、部屋の中にいる騎士達も何人かはクラークの特殊能力を知っている。そしてジルベールも宰相として副団長のクラークの能力も功績も当然ながら熟知していた。
「クラークが自白させられなかった者は過去に一人もおりません。……長くとも一時間以内には情報を得られるかと。」
長くとも⁈と思わずステイルは耳を疑う。
クラークにそんな経歴があることも驚いたが、どうりでジルベールが任したのだと納得もする。ロデリックの口から語られたのであれば、その評価は確実に大袈裟なものではなく事実なのだろうとも思える。どれほどの交渉術か話術かと考えるステイルの横顔を見ながら、ジルベールは静かに五年前を思い出す。
アーサーの叙任式で、初めて語らった時の話を鮮明に。病を癒す特殊能力者を探す為、多くの人間に探りを入れていたジルベールに当時アーサーが返した言葉は。
『自分が会ったことがあるのは父を除けばー…』
……
ドサリ、と。
部屋に入ってから扉を閉めてすぐ、アシュトンは床に倒れ込まされた。
今までの中では一番丁寧な扱いを受けたが、それでも音を立てて床に転がった。呻き、目だけで見上げるようにクラークを睨んだが、その途端に再びアシュトンの喉が干上がった。
「さて。……先ずは復習しよう、一番に私達が聞きたいのはアダム皇太子とプライド様の居場所だ。あとはレオン王子のことやお前の左足や顔を誰がやったのか。ステイル様とジルベール宰相の鍵の在り処も聞かせて欲しい。」
言うものか、と言いたかったが言葉どころか声も出ない。
それ程の殺気を彼は孕んでいた。今までレオンやハリソンだけではない。将軍となる迄に多くの拷問も取り扱い、自分が受けたこともある。どのような責め苦を受けようとも吐かない自信もある。彼にとって抗えないほどの恐怖の対象はアダムぐらいのものだった。ハリソン相手ですら恐怖は感じても口をつぐみ切るつもりはあった。だが、目の前にいる騎士は。
「どうだ?教えてくれないか。今なら私も穏便に済ませると約束しよう。」
当然、まだ答えない。
部屋中がクラークの殺意に満たされ、吐き出したい欲求をアシュトンは必死に堪える。
殺意の塊である男に向かい、何とか目を鋭くするが血の気が勝手に引いていくのを自覚する。青くなるにつれ、とうとうアシュトンは初めて目を逸らす。何度も唾を飲み込み、知らず知らずの内に背中が丸まった。
「答えないか。まぁ、………そうだろうな。」
淡々と無感情に呟くその抑揚は、自分を捕らえた時のハリソンにも似ていた。
干上がる喉で唾を飲み込み続ければ、代わりに血の味が滲んだ。食い縛り続けた歯茎から滲んだ味だった。恐怖に抗うように震えるほどに顎に力を込めた、瞬間。
ガンッ‼︎と。
突然、頭を鷲掴まれ叩きつけられる。
一度持ち上げられた頭をそのままに、床が割れんばかりの威力で後頭部を打ち付ける。がっ⁈と声が漏れたが、痛みよりも間近に迫った殺意の権化にヒュッと変な音が漏れた。
ギラリと刃物のような眼光が、凶器となってアシュトンへ突き刺さる。
「……先日、お前が痛め付けてくれた男は我が騎士団の一員でね。ハリソンが多少手荒くなったことは謝ろう。」
そう言いながらも叩きつける手は緩めない。
ひやりと頭が湿る感覚に、それが汗か血かもわからない。心拍が激しく、吐き気にも似た衝動が湧き上がる。心臓がチクチクと針で穴を開けられるような感覚で全身に怖気が走る。
穏やかに語るその口調に反し、青筋を立てたクラークの形相は未だに殺意に塗れていた。ハリソンすらも比べてしまえばまだ人に近いと思える程に。
「だが、彼はハリソンにとって可愛い後輩なんだ。そして我が友の息子でもある。……未来ある、我が騎士団の優秀な騎士だ。」
静かな声だった。
だが、その一音一音が刃のようにアシュトンを刺す。殺意を乗せた眼は、まるで赤く光っているかのようだった。銀色の瞳がそれだけで刃のように研ぎ澄まされ、剣を突き付けられているかのような感覚に襲われる。震え続け、だが言うまいと必死に顎へと力を込める。いくら脅そうとも自分が口を割らない限りは勝ちだ。
「私にとっても弟のような存在だ。」
そこまで言うと、頭を鷲掴んでいた手がアシュトンの顔の正面を掴み直した。
仰向きに倒れたアシュトンへ上から全体重を掛けるように圧が増す。ぐにぃ、と溶けた顔ごと変形するほどに掴まれた。指の一本が目に引っかかりかけたが、僅かに顔を反らして免れた。だが、頭を掴まれた以上の力が加わっているかのような強さに痛みが走る。溶けた後、乾いた筈の傷から再び血が滲んだ。一体この部屋で自分に何をするつもりか、満足な拷問器具もない部屋でどうやって自分の口を割らすつもりかと考える。騎士であるクラークが持っているのは見た限りは剣と銃程度。レオンのように数々の武器を携えているわけでもない。そう思考している間にもクラークは一度止めた口を思い出したかのように動かした。
「…………いや、一つ違うな。」
ぽつりと小さな声は、急激に鋭さが凪いだ。
自分の世界にでも入ったような丸い声に一瞬だけアシュトンの緊張も弛む。ここで少しでも熱を引けば良い、尋問程度に収めるつもりになればそれだけ時間も稼げる。戦況を把握はしてないが、ラジヤ帝国の群勢と援軍。更には特殊能力者の奴隷も注ぎ込んだ。城まで群勢が迫るのも堕とすのも時間の問題だと自分に言い聞かせる。そう考えれば、それまで耐え抜けば良いと考えればこの場でどのような拷問も耐え切れるとアシュトンは
「未来ある……我が騎士団の優秀な騎士だった……‼︎ッお前達のお陰でな……‼︎‼︎」
瞬間。
急速にアシュトンの顔が乾涸び出す。
メキメキと、歪な音を立てて筋肉の塊のようなアシュトンの顔から身体までもが萎れていく。手に力を込められずとも顔が変形し、頬が痩けていく。ア……ァ、ア゛……‼︎と枯れた声が僅かに消え入るように出たがそれだけだった。顔だけではない。腕も、足も、首も身体中が折れんばかりに細くなり、骨と皮ばかりになっていく。パキ、パキッ……と急激な身体の変化に肉体以外の全てが悲鳴を上げる。見開いた目が血走りも無くなり、代わりに白目が殆どになっていく。上等な将軍服がブカブカとなり、身体の輪郭が服から浮き出て余分な布は床にべたりと沈んだ。
声が物理的に出せなくなり、乾いた唇がカサリと皮の捲れる音を鳴らしただけだった。骨と皮だけの物体になったアシュトンは瞬く間の内に思考も褪せ、息を引き取
……る、直前に吹き返した。
ぐはっぁ……あぁ……はっ……‼︎と、文字通り死に物狂いでアシュトンは空気を取り込んだ。
なりふり構わず暴れるように口と肺を働かせ、目をぐるぐると回して唇の捲れた皮を息だけで吹き飛ばす。あ゛あ゛あ゛あ゛っ⁈と半狂乱になりながら顔を左右に振り乱す。あまりの苦痛と死ぬ間際の一瞬の快楽が混ざり合い、手足の痛みも忘れて暴れ出す。だが、クラークに押さえつけられたまま、もどかしい苦痛に一度枯れた喉を酷使し声を上げることしかできない。本気で死を確信した身体がまた再生する感覚が、蛇の群れに浸からされたようで気味が悪い。いっそこのまま死にたかったとアシュトンは半分狂った頭で思った。
「どうだ?一度死んだ感覚は。……生きたまま身体中の水分が無くなるのは相当な苦痛らしい。」
淡々と語る冷たい声に少しだけ頭が冷やされる。
自分が何をされたのかを語られ、やっと苦痛の正体を理解する。肉を削ぐ、血を抜く、刃や針を刺し続けるなどの拷問はアシュトンも知っている。だが、今のはどれとも全く違う。じゅわりと身体の内側から音を立てるようにして水分が消えていっていた。
死ぬ直後まで生きていたことが気持ち悪い。自分でもどう表現すれば良いのかわからない。まるで自分の身体が無機物に化したかのような感覚に、思い出せば余計に恐怖が湧き出した。
「私は自ら蒸発させたものを戻すこともできる。……何度でも。」
優秀な特殊能力者でもあるクラークだからこそ可能な技だった。
同じ特殊能力であっても、並みの能力者であれば蒸発させたものを戻すことなどできはしない。火の特殊能力者が、一度燃やした物体の火を消せないように。氷の特殊能力者が凍らした後の物体を溶かせないように。そしてクラークは
「勿論、〝こう〟なってしまえば元にも戻せない。」
そう言って一度、アシュトンの顔を掴んでいるのと反対の手で目前にハリソンが切り落とした彼の腕を見せつけた。
まだ意識がはっきりとは定まっていないアシュトンの目の前で、自分の腕だったものがクラークの手の中でみるみる内に萎れていく。パキパキと音を立てながら細く縮み、痩せ、枯れ木のように変形して色まで薄黒くなっていった。そして完全に骨と皮だけの物体になったそれをクラークは躊躇いなく目の前で握り潰す。パキキッ!と音を立て、腕だった物は握られた部分が潰れ、そこから二つに折れた。カラリと枯れ葉のように舞いながら破片が落ちる。床に落ちたその一つを鎧に包まれた足で踏みつければ、灰のように散り散りになった。
あ゛あ゛ぅあああううぅぁあ゛あ゛あ゛あ゛‼︎‼︎‼︎と焦点の定まらない頭で叫び、喚く。特殊能力のない国であるラジヤ帝国では元々腕の接合すらも難しく、元に戻るわけがない。それでも目の前で自分の身体が消滅したことに混乱した頭で狼狽ずにはいられない。そしてそのアシュトンに、クラークは青筋を立てたまま表情を変えなかった。
「もう一度、問う。アダム皇太子とプライド様の居場所。そしてレオン王子のことやお前の左足や顔を誰がやったのか。そして鍵の在処。……ああ、答えるのは後で良い。」
一方的に再び問いを繰り返す。
半狂乱に喚きながら、訳も分からない頭でその問いに答えるべきかどうかも未だ考えられない。だが代わりに、この場から逃れたい、誰か、助けろ、助けろ、まだなのか、まだ解放されないのか、助かりたいが死にたいと。謎の思考がアシュトンの頭に錯綜し続けた。
その中、まるで頭の中を覗いているかのようにクラークはそれを眺めながら落ち着き払う。そしてアシュトンが次はちゃんと聞こえるようになるまで敢えて黙し続けた。彼が喚ききり、息を正常に整え、思考がやっと纏まり、脂汗を滴らせながらクラークを睨み返せるほどの余裕が出てきたところで静かに言葉を続けた。
「あと九回。……今のを繰り返してから答えを聞こう。その次は二十、……次は四十、そして八十と……その度に一度だけ聞いてやる。」
ひぃッ……‼︎と、今度こそ女のように甲高い悲鳴が上げられた。
ガクガクと全身を震わせ、弱者のように首を振る。逃げるように上肢を必死に捻らし、震え過ぎて口の中を噛むことすらできなかった。唯一自由になる左手で床に爪を立てれば力を込め過ぎて折れた。見開き、恐怖のあまり涙まで滲ませる。今すぐ問いに答えてしまいたい衝動に駆られたが、恐怖心が強過ぎて舌が回らない。発作が起き掛けた身体が、再びクラークの特殊能力により生命反応を起こす余裕も奪われる。食い縛った口端から溢れた涎も、滲ませ垂れた涙もみるみる内に再び干上がっていく。
「アシュトン・エッガー。お前は何度死んだら口を割る?」
水分を蒸発させる特殊能力者。
クラーク・ダーウィンがアーサーも知るその特殊能力を大いに振るう。
何度でも。
47
356.358-1.
474.514-2.
31.
だからこそ、七年前まで失意の底にいたアーサーに掛ける言葉を持てませんでした。




