そして獲る。
ドンドンドンドンドンドンッ‼︎
「おい‼︎鍵はまだか⁈レオン様が入られた時は施錠まではされていなかったぞ⁈」
まずい、と。男は思った。
内側から扉の鍵を閉め、思い付く限りの家具や荷で封鎖もした。だが、これでは時間稼ぎにしかならないことも理解していた。
「ッここは我々に任せ、貴方方は救護棟へ‼︎」
「アネモネ騎士団は我々がレオン王子殿下の救護棟へ御案内致します!」
「いえ!レオン王子より己が身に有事の際はフリージア王国に指揮を任すと」
次々と扉の向こうから聞こえる騎士の声に、男は喉を干上がらせた。
歯を食い縛り、溶けた顔を押さえながらどうすれば助かるかを考える。左足は負傷、鏡を見れば自分の顔は醜く変わり果てていた。更には隠し通路は入り口が塞がれている。レオンによって封鎖もされている扉だが、元々プライドが操作したそれをどうやれば再び開けられるのかも彼は知らなかった。周囲をぐちゃぐちゃと壊さんばかりに荒らし、叩き、引っ張ったが隠し通路の入り口は当然のことながら開かない。負傷した左足で部屋の扉を封鎖しただけでも消耗していた男は、既に頭にもあまり血が巡らない。
自分一人で複数の騎士に、ましてや化け物騎士団に勝てるわけもない。だが、既に部屋の外の騎士は鍵を取りに行っているようだった。女王の部屋の為、内側のみの鍵も掛けてはいるが複数の騎士達に破けないわけがない。
男は隠し通路を諦め、他に逃げ場所はないかと考える。扉は一つだけ。だが、窓がある。その内には、大きさこそ自分の身体を通すことがギリギリで、嵌め硝子ではあるが窓縁や壁の装飾を上手く飛び移っていけば何とか逃げられそうな窓があった。普通の人間ならば難しいだろうが、自分なら降りる程度は不可能ではない。最悪、怪我をした左足を犠牲にする覚悟でいけば何とかなる。
窓を割り、男は迷わずそこを潜る。身体つきの大きな男だったが先に上着を窓の外に放り出し、無理矢理肩を捻じ込めばギリギリ通った。
抜けた後には上着を前も止めずに腕だけを通してはためかせた。
片脚負傷の場合の身体の使い方も長年の経験からわかっている、問題はないと。外に出た男は、既に外が暗くなっていたことに感謝した。闇夜に紛れ、周囲に気を払いながらそっと壁を辿る。息を潜め、時には目下を通りすがる騎士や衛兵に身を潜め、次々と器用に、そして確実に降りていく。トン、トンッと自分が出てきた部屋からそれなりに離れたが、やはり地上にはまだ遠かった。いっそこれならば人影のない別部屋に忍び込んで暫く身を潜めている方が良いかもしれないと庭の木々の枝葉に隠された窓に目を止める。あそこなら外から目立たない上、部屋には明かりもない。男は腕の力と片脚でバランスを取りながら、その窓へと飛び移
─ る、直前。右足にナイフが放たれた。
風を切る音に耳だけが反応できたのも束の間に、肉に刃か刺さる独特の感触音が何度も身体を通して響き、目を向けた時には一度に夥しい数のナイフが右足を針山のように串刺していた。
その光景とあまりの痛みに男はぐああっ⁈と思わず唸るように声を上げる。タイミングを逃し、目的の窓へ飛び移る前に壁から転がり落ちた。
傍にあった枝が数本折れながら、男の墜落の衝撃を和らげる。バキッガキッと痛々しい音が連続し、最後は花壇に背中から落下した。
美しい花々を無残に背面で潰し、自身もあまりの衝撃と打撲に息が詰まって声がでない。仰向けに倒れながら、何があったのかと自分が飛び移る筈だった窓を睨む。左足に続き、今度は運悪く右足だ。更には刺さったナイフのいくつかが落下の衝撃で抜けたものだけではない。更に奥へと突き刺さり、変に削ぎながら血肉ごと飛び散ったものもあった。背中の痛みと呼吸困難で顔を青くし、激痛に表情が追いつかない。自分の現状を理解するだけで精一杯の男に、静かな声が浴びせられた。
「見つけたぞ。」
ずん、とその声と共に放たれる覇気だけで男はまた酸素を吸い上げられなくなった。
呼吸不足で青褪めた顔が、また別の理由で血の気を失っていく。静かさに反して重過ぎる声にまるで今自分が生き埋めにされているのではないかと錯覚するほどだった。
見上げた視界は、星の輪郭がはっきりした夜空と月。そして木々の枝と自分が飛び移る筈だった窓のみだった。なのに今、それが別の物で覆い隠される。
闇夜に溶けているかのような髪と、そして悍ましく光る紫色の瞳。
一瞬、この世のものではないのかと思うほどの姿に、血走った目が離せない。自分へ向けた俯き気味の頭から垂れる長髪が自分の視界全てを覆うかのようだった。
「貴様を探し続けていた。」
銃は、剣はどこにしまったか、駄目だ全て奪われた後だと身の危険に喉が反らしながら男は呼吸を止める。尋常ではない脂汗がぶわりと溢れ、衣服の下まで湿らされた。
身動ぎ一つでもすれば、一瞬で首を刎ねられるという確信が男にはあった。貴様は、と枯れきった喉で尋ねようとすれば途中で先に男の右腕が一瞬で刎ねられた。
ぐあああああああっ⁈‼︎と何の前触れもなく右腕を肩から切り離され、掠らせながらも野太い悲鳴を張り上げる。枯れた喉で放たれた叫びはまるで老人のようだった。勢いよく溢れて跳ねる返り血に、男の腕を奪った騎士の団服が赤く染まる。
男の叫びに騎士は眉一つどころか瞬き一つもせずに視線を落とし続け、再び口を動かした。
「貴様が奪った右腕の代償は、その命よりも遥かに重い。」
重々しく、どす黒い殺気を孕んだ声は、淡々としていながらも確かな憤怒も感じられた。
どういう意味だ、右腕を奪われたのはこっちの方だと思いながら、騎士へ剥き出しの歯を食い縛る。
これが騎士のすることかと罵声を上げたくても声が出ない。ギリギリと鳴らしながら、騎士の言葉の意味を探り続けた。だが、どうしてもわからない。痛みに息を荒げることで、なんとか呼吸を確保できたがそれ以上は叶わない。新しい痛みに頭が覚醒し、血が放出されたことで僅かに冷えた。次第に青褪めた顔がじわじわと怒りで紅潮していった。だが、それでも騎士の表情は変わらない。彼の紫色の瞳の方が遥かに激情に燃えている。
「……一応聞いてやろう。我らが第一王女、もしくは貴様の主は何処にいる?」
淡々と問いながら、未だに騎士は瞬きをしない。
ギラギラと光った瞳が月明かりよりも眩しかった。だが、男は歯を食い縛ったまま話さない。口の端々に唾液を溜めながら話さないという意思を嗄れた唸り声のみで返す。ブシュウップシュッと右肩から血を噴き出させ、次第に紅潮した顔がまた青白んできた。
男が問いに黙しても、やはり騎士は気にしない。右足で男の左腕を動かせないように踏み付けながら、肩からバッサリ腕を失った傷口を乱暴に縛って止血した。
「……ならばそのまま答えるな。」
男が死なないようにと止血をした騎士は、今度は独り言のように低く呟いた。
自分で相手の腕を切り落としておきながら、ご丁寧に止血までしてくる騎士に男は既視感を覚える。何だったか、いつだったかと思っても覚えがあり過ぎて照合できない。
「その方が都合も良い。」
脅しというよりも、宣言に近かった。
騎士は覗き込んだ顔をやっと上げると、ゆっくりと足元へ移動する。もう男が逃げられないことも理解した上で、単純な作業のように雑に男の足からナイフを抜いていく。ぽいぽいと抜いては、血がついたままのナイフを服の中にしま…、おうとして放り捨てた。単なる敵なら未だしも、その男の血に汚れた武器など持つ事すら騎士には不快だった。足の方も出血は著しかったが、傷が多過ぎるせいで全て止血するのも面倒だと思う。だが、万が一にも出血死されるのと困る為、考えた結果男の上着を剥ぎ取った。
脱がすまで待てず、切り捨てた右腕側の上着を引っ張り、剣を使って背中部分から半分に破り裂く。
服の中身を適当に地面に散らしながら、布になった上着の破片で男の足をぐるぐる巻きに纏めて止血する。それから地面へ落とした男の私物に盗品はないかだけ確認した。深くは考えず目ぼしい物だけ適当に拾い、回収する。事実、女王の部屋から逃げ出した男だが逃亡が優先だった為、無駄な荷を増やす余裕もなかった。
「………………一人の騎士が、利腕を捥がれた。」
ぼそりと呟く声は、また独り言のようだった。
動けないまま耳だけを傾ける男は、思い出した呼吸で息を荒げる。だがそれにも目もくれず騎士は止血した男の足を布の上からそのまま掴み、引き摺り出した。圧迫された傷口を布越しに掴まれたことで更に痛み、何より足を掴まれ引きずられるという屈辱的な扱いに男は呻いた。抵抗しようと足を動かしたが、それ以上の握力と腕力で掴まれ、ビクともしない。自分よりは細身の筈の男とは思えない力で地面を引きずられ続ける。
「左腕を折られ、右腕を捥がれ、喉を潰された。」
呻きがやっと「離せ」「何をする」「覚えておけ」という言葉らしい言葉になった頃、再び騎士が言葉を呟いた。
自分の声に遮られ、はっきりとは男にも聞こえなかったが、部分の単語だけでも自分の最近の記憶を刺激するには充分だった。腕、捥ぐ、喉、潰すという単語で、つい最近に自分がある男に何をしたかを思い出す。団服すら着ていなかったその男が〝騎士〟とプライドに呼ばれていたことも。
「死なぬように、発見された時には止血もされていた。」
男には慣れた所業だった。
あの時も、アダムの指示通りにその騎士を生かしたまま放置する為に止血を施した。相手に責め苦を与え続けるのも、死なせてやらずに苦しめるのも、四肢を捥ぐような拷問も彼にとっては楽しい特技だったのだから。
「指示をしたのはアダム・ボルネオ・ネペンテス。」
ぞくり、と。そこでやっと男はさっきまで理解していた以上の危機を感じ取った。
何故、アダムが指示したと知られているのか、誰が話したのか。見ていた人間は全員が死に等しい状態に葬られた筈、なのに何故と。
本来、騎士というのは誇り高い。騎士道精神に則り、たとえ敵であろうとも礼を尽くすような〝甘い〟存在だ。自分が一度捕まったとしても、逃げるのは不可能だろうが尋問や捕縛をされる程度。少なくともこの侵略が終わるまでは安全な筈とたかを括っていた。いくら抵抗しようと逃げようと、重要人物の自分は生かしておかなければならない筈なのだから。だが今、目の前にいる騎士がどういうつもりで自分を引き摺っているのかと考えれば嫌な予感しか湧いてこない。
「騎士は望んだ。失われし右腕に相応せし結果をと。」
普段の騎士にしては珍しく口数が増えていた。
一言ひとことこそ短いものの、一人で語るのは珍しい。しかも今、彼は消して上機嫌ではないのだから。
男は今度こそ耳を潜めて騎士の小さな一言全てを聞き取った。その言葉に、まさかと一瞬恐怖で痛みも恥も忘れた。
あり得ない、伝達手段を間違いなく奪った筈のアレが伝えられるわけがない。だが、騎士の発言はまるでアレから直接話しを聞いたかのような口ぶりだった。
「騎士としての命を奪われ、恥を晒すように敢えて生かされた。………その騎士が、望んだ。」
突然生々しい音が男の耳に届いた。
自分に痛みはない、まさか自分を引きずっている騎士が攻撃を受けたのかと期待もしたが違った。一度足を止めた騎士は、自分の足を掴むとは反対の手で鷲掴んでいたものを握り潰さんばかりに力を込めたのだ。……男から自ら切り落とした、その右腕を。
ぶちゃりと切り口部分から血が絞り出される光景は男の目から見ても嫌悪と恐怖が湧いた。思わず声を出して息を漏らすと、騎士が一度立ち止まった。男を引きずったまま、尋常ではない殺意を乗せ、鋭くした眼差しを串刺した。
「ラジヤ帝国将軍、アシュトン・エッガー。……貴様に腕を奪われた我が隊長への償いで死ね。」
隊長。
その言葉の恐ろしさに男……アシュトンは全身で鳥肌を立てて怯え出した。
まさかあの若い男が騎士団の隊長だったのかと。そして目の前の騎士は確実に自分への復讐を願っている。
通常騎士は復讐などには囚われない。だが、躊躇いなく右腕を奪い返してきたこの騎士は、もし自分が少しでも殺す為の大義名分を与えれば間違いなく殺しに来ると確信する。アシュトンはガタガタと身体を震わせ、喉仏を上下した。
あの男が隊長で、そして既にアダムや自分の仕業ということも知られているのならば騎士団からの恨みも大きい。しかも目の前の騎士は口振りからして、あの騎士の部下。その目が瞳孔が開くほどに見開かれ、尋常ではない自分への殺意を宿している理由をやっと理解する。
「貴様の大罪は極刑すらをも凌駕する。」
そこまで言うと最後にとうとうハリソンは歩くのをやめた。
今度こそ高速の足を使い、アシュトンの足を引き摺り出す。馬車で引き摺り回す以上の速さで段差も地面も障害物も関係なくハリソンに引き摺り回され、アシュトンは何度も背中や頭を打った。城内を容赦なく引き回されながら、アシュトンはまだ理解していなかった。ハリソンの言葉の意味を、そして
これから、今以上の報復が待っていることに。
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