そして遭遇する。
『プライド様はアダム皇太子の特殊能力により操られております』
ふざけるな。
人の主に何してくれやがる。
『狂気の特殊能力。それによりプライド様はあの夜から……』
主がトチ狂ったのもセフェクとケメトを俺が殺しかけたのも全てその馬鹿共の所為じゃねぇか。くだらねぇ国同士の喧嘩なんざに巻き込みやがって冗談じゃねぇ。テメェらの所為でこっちは良い迷惑だ。
痛めつけられ、世話になりたくもねぇアネモネ王国に足止め食らって……また、戻って来ちまった。
『私が憎いでしょう⁈殺したいと思うでしょう⁈まさか私に何をされたか忘れちゃったのかしら⁈』
ああ憎くてしかたねぇぜクソ主。
ぶっ殺してぇほどに腹が立つ。テメェの所為でどんだけしんどい思いさせられたと思ってやがる?特殊能力者の国の王女が、バケモン王女が逆に特殊能力の餌食なんざ間抜けにもほどがある。
忘れられるわけがねぇ、テメェがしでかしたこと全部生々しいぐれぇに覚えてる。思い出す度腑が煮えくり返っては気分もわりぃ。内臓まで重くなっては吐き気がする。あれからずっと一度も忘れることなんざできなかった。いつまで経っても頭を引っ掻きやがる。
テメェがいなけりゃ、何もなかった。
俺から全て奪って放って拾って救っておいて……テメェだけが幸せにならねぇでどうすんだ。
俺達に出す必要のねぇ手ばかり伸ばしたテメェが、……救われねぇでどうすんだ。
似合わねぇ言葉吐いて似合わねぇ笑い方して似合わねぇことで楽しんでるテメェが。…………独りでいるテメェが、一番似合わねぇ。
『どうやって契約を解いたかは知らないけどッ‼︎二度と貴方にこんな機会はないと思いなさい‼︎‼︎』
あってたまるかよ。
二度とごめんだ。テメェを殺せる機会なんざ欲しくもねぇ。ぎゃあぎゃあ吠えて喚いて、結局こんな状態でもガキの主に変わりねぇんだとつくづく思い知る。
テメェに逆らえる時なんざ、別に望んじゃいなかった。主が主でさえ居てくれりゃあ振り回されてもそれが〝理由〟になった。……奪えねぇくらいが丁度良い。
『それでも私を置いて行く?』
………………二度と、ねぇだろう。
この契約に〝抗える〟日も、俺が主に逆らえる日も、……触れられる日も、下手すりゃこのままもう二度と。
刺された腹が激痛を叫ぶ。立っているどころか息することもまともにできやしねぇ。意識だけで身体を引き摺り、主へ歩む。
血の量がまともじゃねぇ。このまま死んでもおかしくねぇと、テメェが一番わかってる。全員が死ぬか俺だけ死ぬかって時に、足止めなのか引っかかることばかり吠えやがる。
散々煽った、テメェが悪い。
『ッッ⁈‼︎』
その首筋に、誓いを立てる。
主が捻じ曲げられちまっただけなら、取り戻す方法があるのなら、……二度と諦めてはやらねぇと。
何度テメェから逃げようと、何度テメェに逃げられようと……取り戻せる日まで地の果てでも追い続けてやる。
たとえ正気に戻った主が、テメェのやらかしてきた事に気付いて泣こうが嘆こうが死にたいと叫ぼうが知ったこっちゃねぇ。
死ぬまで諦めねぇ。たとえ這い蹲ってでも
一生テメェに執着し続けてやる。
『……戻ったら。…………そん時はまた、テメェの奴隷だ。』
主の、〝欲〟のままに。
今までと何ら変わらねぇ、また元に戻ってくれりゃあそれで良い。
主が戻って、また面倒な仕事やらされて、振り回されて、うざってぇ連中に付きまとわれて、……たまに美味い酒が飲めりゃあ良い。捨てられるまでは適当に付き合ってやる。
産まれも育ちも流れる血も、何一つ思い入れのねぇ筈のこの国で。………主と生きた、この国で。
「セフェク‼︎血っ……ヴァルが!レオンが‼︎血がっ……‼︎」
─ ……クソが。もう意識が……ッやがった……。
能力使わねぇで止血をすりゃあ良かったか。
セフェクとケメトが俺を呼ぶ。返事する力なんざ残ってたら、もっと安全な場所にテメェらを運んでる。
─ ……昔ならこんな風に死んでも大した感想なんざなかったんだが。
俺みたいなのはどうせそんな死に方で終わるだろうと、何度も思っては先に諦めた。
ああいう生き方してりゃあ死に方も大概は決まってる。野垂れ死ぬか、裏切られて死ぬか、裏切って死ぬか、恨まれて死ぬか、裁かれるか、それぐらいのもんだ。俺みてぇなのはそうやって死ぬのが一番わりにもあってる。だが今は、……死ぬには残しちまったもんが多過ぎる。
─ セフェクとケメトを、安全な場所に。
まだ護り切っていねぇ、アイツらがテメェから離れると言わねぇ限りはまだ手離せねぇ。……まだアイツらにやり残したことが多過ぎる。
─ レオンの、止血は。
まだ呑んでねぇ酒もある。こんなんで死なれても迷惑だ。……ここで死なせちまうのには少し惜しい。
─ フリージアは。
主の国だ、俺の国だ、セフェクとケメトの国だ。ラジヤ帝国なんざに潰されてたまるか。……国に思い残しなんざ、何もねぇ筈だった。
─ ………………主は。
……主に、誰も殺させたくねぇ。
レオンどころか俺の命すら主の犠牲にしたくねぇ。主の手を、……そういうので汚したくねぇ。主の犠牲なんざ一人も出したくねぇってのに。……ッああクソ、………………駄目だ、もう
死ねなくなっちまった。
どうすりゃあ生き延びられる?
どうすりゃあ助かる?
どうすりゃあ……泣かせねぇで済む……?
……………………………………こんなこと、考えるようになるなんざ。
責任、取りやがれ。……主。
………
…
「……問いに答えろ。貴様らはここで何をしている?」
ケメトは凍りつく。
突然現れた彼の姿に声も出ない。言わないといけない、答えないといけない、逃げないといけない。なのに頭でいくら考えても身体が金縛りに合ったように言うことを聞かなかった。
背後からはセフェクの悲鳴が聞こえる。「逃げて」と甲高い声に混じって言われた気がしたが、それでも動けない。セフェクよりも冷静に助けを呼びに動けたケメトだが、ヴァルとレオンの危機と助けを呼ばないといけないという状況下で目の前の男を前に思考が途中で停止してしまう。口が開いたまま、竦んだ足を必死に動かそうと震わせる。
「……何故答えない?やましい理由でもあるのか。」
ギラリ、と男の剣が光った。
その途端、ケメトの肩が急激に強張った。ケメトの反応に余計に男からの容疑が強まる。
小首を傾げ、視線をケメトからその背後にいるセフェク達へと初めて向けた。そして次の瞬間、倒れている人物の一人を見て目を見開いた。顔を確認しようとセフェクの方へ歩み寄ろうとした横切った瞬間にやっとケメトの身体が動いた。通り過ぎる男を引き止めるようにその腕を両手で掴む。しかし男は一度足を止めはしたものの、すぐにまたケメトごと引き摺るように足を動かした。
今度はセフェクが放水攻撃を放つ。「来ないで‼︎」と悲鳴混じりに叫びながら放った水は、ケメトの補助がない為に攻撃といえる程の水力はなかった。水は至近距離にいる男へ正面から掛かる
ー前に、高速の足で避けられた。
腕にしがみ付いたケメトごと、一気に目の前まで距離を詰められてセフェクは再び悲鳴を上げる。
更にはケメトも突然の高速に振り落とされるようにふらつき、急停止と共に尻餅をついてしまった。男はまるで二人が見えていないかのように今度こそ間近で彼を覗き込み、そして目を見開いた。
「ッレオン・アドニス・コロナリア第一王子殿下……‼︎⁈」
驚愕に近い声でハリソンはレオンの名を呼んだ。
アネモネ王国の第一王子。見るからに重傷の彼は、止血も満足に処されていなかった。ハリソンは急ぎレオンの傷を止血しながら改めてセフェク達に目を向ける。吊り上がった目で鋭く睨んでくるセフェクが、守るように両腕で頭を抱き締めている人物にそこでやっと気が付いた。的確にレオンの止血を済ませながら、長い黒髪の奥からハリソンはセフェクとヴァルを見比べる。
「……その男が、傷を負わせたのか。」
「ッ違うわよ‼︎ヴァルが居なかったらレオンなんて心臓抉られてたんだから‼︎」
「ヴァっヴァルが!レオンを。助け……っ。」
力なく倒れ込んだままのヴァルをセフェクが必死に囲う。
ケメトもハリソンを前に途中から言葉が上手く出ない。それでもセフェクとハリソンの間に入るように立ち、足を震わせながら睨んだ。
〝助けた〟という台詞にハリソンは疑問を抱く。庇っているのか、と適当に思いながらも今はレオンの救命を優先させた。七番隊を連れて来るにしても、一番近い救護棟へ運ぶにしても応急処置は必要だった。
最後に他に出血が無いかと確認してから、ハリソンは立ち上がる。ゆらりと長い髪を揺らしながらヴァルに歩み寄れば、セフェクが再び水を放つべく手を構えた。今度は自分の背後にレオンがいた為安易に避けるわけにもいかず、その前に高速の足を動かした。セフェクの隣へ瞬時に移動し、その腕を掴み上げる。
突然目の前から消えたハリソンに今度は腕を掴まれ、セフェクが悲鳴をあげる。ケメトが一拍後に振り返るが、既にセフェクがハリソンを睨み返した後だった。片腕はしっかりとヴァルの頭を抱えながら、ハリソンに掴み上げられた手から水を放つ。今度は背後の位置にレオンもいない為、そのまま顔を傾けて避けたハリソンだがそれでもセフェクの攻撃は止まらない。来ないで、と何度も叫びながら水を放ち続けた。全てを避けたハリソンだが、そのまま強引に掴んだセフェクの腕を動かすと、ゆっくりとその手のひらの照準を
彼女の抱えるヴァルへと向けた。
「致命傷だ。今なら貴様の手でもその男を殺せるだろう。」
ぴたり、と。ハリソンの言葉にセフェクの放水が止まる。ハリソンに掴まれたままの手が腕ごと強張り震え出す。堪えるように唇を結び、そして目を見開いた。
ケメトがヴァルの傷を庇うように覆い被さり、顔を上げてハリソンを強く睨む。堪えきれず、その目に涙を浮かべるケメトの目は敵意に満ちていた。
セフェクの攻撃が止んだことに、ハリソンは掴んだ手をそのままに反対の手をヴァルへと動かした。先ずはケメトを退かせようと手を伸ばせば、その途端「やめて」と震える声がセフェクから放たれた。
一度手を止め、ハリソンが無言で目を向ければ、彼女の頬には既に涙が伝っていた。下唇を噛みながら、涙で上擦った声が紡がれる。
「ヴァルが死んだら許さない。ケメトを傷つけたら許さない。」
「どちらにせよ、このままならその男は死ぬ。」
ハリソンの冷たい言葉に切られ、セフェクの顔が凍りつく。
くたり、と掴んでいた彼女の腕から力が抜けたの感じ、ハリソンも手を離した。今度は攻撃をしようとはせず、セフェクは離された手を片腕と交差するようにしてヴァルの頭を抱き締め直した。ぎゅぅっ……、と震える腕で目を開かないヴァルを全身で抱え込む。俯くセフェクから、ハリソンが覆い被さるケメトを退かそうと彼の肩を掴んだ。ケメトがハリソンの腕を振り払うように腕を振り回せば、簡単にハリソンに掴まれる。そのまま力尽くで引き剥がそうとケメトの腕を引けば「やめてくださいッ‼︎」と声を荒げた。それでも構わず暴れようとするケメトの両腕を掴むと
「……お願いっ……。」
震える声が、こぼれた。
あまりにも悲愴感の強いその声に、ケメトも動きを止めて振り向いた。合わせるようにハリソンも目を向けると、セフェクがヴァルの頭を抱き締めたまま震わす唇を動かしていた。眉が垂れ、肩まで震え、しゃくりあげた喉がひくついた。潤み、伝う涙を拭わずに真っ赤に充血した目をハリソンへ真っ直ぐ向けている。
「殺さないで……下さっ……。……っ、……家族、なの……。……願い……しますっ……。」
ぼろぼろと涙を零しながら訴えるセフェクは、そこまで言うと再び喉を鳴らした。
そしてセフェクとヴァルを庇うように今も自分の腕に必死にしがみつくケメトを見て、やっとハリソンは状況を正しく理解する。ケメトを剥がすことを一度諦め、今度は自分が力を抜く。するとケメトもそれに驚いたようにハリソンを見上げてきた。
丸くなったケメトの目と合わせた後、ハリソンは次に紫色の瞳を泣きじゃくるセフェクへと向けた。
「……ならば、さっさと止血をさせろ。」
死なせたくないのだろう。と、語られたハリソンの言葉にセフェクは目を大きく見開いた。
「え……」と小さく零した声に、ケメトも放心する。固まったケメトの腕から、するりとハリソンの腕が抜けた。そのまま「止血の邪魔だ」とハリソンがケメトの肩を押してヴァルから退けようとすれば、置物のように無抵抗にその場からずらされた。
レオンの時と同じようにヴァルの傷を止血し始めるハリソンに、セフェクの両腕が僅かに緩んだ。
ぽかんと二人で口を開いたままハリソンを見続けるが、少なくともレオンと同じように止血をしているようにしか見えない。致命傷とはいえ、傷自体は一つしかないヴァルはレオンよりも比較的に早く処置が済む。応急処置を進めながら、ハリソンはヴァルの上着にどこかで見覚えがあるとは思ったが、それ以上は気にも留めなかった。
「殺さないの……?」
信じられず、最初にセフェクが尋ねた。
庭園で最初に会った時から問答無用でヴァルの命を狙ってきたハリソンは、セフェクとケメトには敵でしかなかった。更には今はレオンも怪我をし、その容疑までかけられた。戦場で再びヴァルに会ってしまったハリソンが、プライドやティアラも居ない中でヴァルを殺そうとしない理由が二人には見つからない。
セフェクからの疑問にハリソンが「殺して良いのか」と短く返した途端、二人から「駄目‼︎」「駄目です‼︎」と同時に叫ばれた。二人の怒声に眉ひとつ動かさないハリソンは一度立ち上がり、周囲を見回す。副団長のクラークに城内で大人しくするように命じられたハリソンだが、その間も〝探し物〟の為に城内を高速の足で移動して回っていた。今度は他の隊の邪魔にならないようにと警備外の範囲ばかりを捜索していたところで助けを呼ぶセフェク達の声が耳に引っかかり、そして気がついた。
周囲には自分以外の騎士は見当たらない。城門や城壁、更には王居からも離れた位置であるそこは警備も薄かった。七番隊も近くには居ない今、城内の救護棟に一人ずつ運んだ方が早いと判断する。
「……貴様らは此処で待っていろ。」
そう言って、最初にヴァルを担ぎ上げる。
身体の大きなヴァルを片腕で担いだハリソンにも驚いたが、それ以上に第一王子のレオンよりヴァルを先に運ぼうとしていることに二人は驚いた。ケメトが戸惑いながらも素直に「レオンを先に運ばないんですか」と尋ねれば、ハリソンは視線だけをケメトへ下ろした。間髪入れず「こちらの方が死に掛けだ」と言っても、いまいち二人は納得できない。
死にかけているヴァルを優先して欲しいことは当然だが、レオンよりも優先されるというのは疑問だった。まさか助ける振りをしてヴァルを殺すつもりなのではないかとまで考える。更に少し疑うように「どうして助けてくれるんですか」とケメトは言葉を重ねた。さっさとヴァルを運び終えたいハリソンだが、このままではヴァルを追ってその場から離れそうな二人に仕方なく言葉を返す。
「……犠牲は出せん。それにこの男は第一王女殿下の〝大事な人〟だ。」
その言葉に二人は息を飲む。
目が次第に見開かれていくケメトとセフェクから、次の質問が上がらないのを確認してからハリソンは姿を消した。高速の足を使い、人間一人を抱えてなお殆ど速度を落とさないままに城内の救護棟へと走り去っていった。
風と共にヴァルを連れ去ったハリソンの痕跡だけを眺めながら、セフェクとケメトは同じ言葉を思い出す。
『今は私にとっても大事な人なので‼︎‼︎』
ハリソンの指示により、八番隊と七番隊の騎士がセフェク達の元へと駆け付けたのはそれから間も無くのことだった。
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