549.配達人は辿り、
閃光が、瞬いた。
「………………アァ?」
それを見つけたヴァルはぽつりと、小さく唸った。
レオンが団服を爆破した際、共に瞬いた閃光は確かに彼の目に入った。
塔の上ではあったが、ティアラとセドリックを降ろした場所とも違う。移動したにしては距離があまりに遠過ぎる。フリージア王国の騎士や衛兵達も誰もがそちらに一度目を向け、わからないように首を捻った。フリージア王国が使わないその閃光は、明らかにアネモネ王国のものだった。味方同士で合図でも飛ばしているのか、だが何故あんなところに。そうは考えても、この緊急事態にその程度で持ち場を離れるわけにはいかない。更にいえばその閃光は、誰かに当ててというにしては塔の壁内で殆どの光が籠った為に大した光量も届かなかった。
「ヴァル、あれって…。」
セフェクが小さく尋ねるように呟いてからやっと、ヴァルから嫌そうな溜息がはっきりと吐き出された。
「おいガキ、俺達は急用ができた。降りてぇなら今降りろ。」
「!待っ……‼︎まだ全然知らねぇことばっかで……‼︎‼︎」
「知るか。」
アネモネ王国騎士団が使う閃光弾の意味。
それをヴァル達は一年前の防衛戦で嫌というほど見てきたのだから。
……
「そういえば、それ重くないですか?」
「?何か入ってるの⁇」
閃光が瞬いた塔に着いてすぐ、足元の地面が沈みきるのを待たずに飛び降りたヴァルにケメトは問い掛けた。
ドスンッといういつものヴァルより遥かに重い体重音にセフェクも首を捻って続く。ヴァルは説明するのも面倒なように上着の内側を開いて見せる。上着の内側には大量のナイフが備え付けてあった。アーサーから貸されたハリソンの上着は血の汚れどころかナイフまでそのままヴァルに渡されていた。
あまりの数に目を丸くするセフェクと「刺さらないですか⁈」と声を上げるケメトにヴァルは煩そうに眉を寄せて答えた。見かけこそ針山のような状態だが、着ている分には別に刺さらない。ただ、何の嫌がらせかと思うほどにズシリと加重された上着は、ただただ鬱陶しかった。特殊能力を使った移動でなければ確実にナイフ全てを放り捨てていた。
ティアラに合流したら全て補充と言って彼女に押し付けようと思いながら、ヴァルは塔の壁面へと歩み寄る。
「クソが。……レオンの奴、なんだってこんな所に呼び付けやがる。」
どうせ怪我人の回収だろう、とヴァルは忌々しげに塔の上を見上げた。
閃光を発見してすぐ、レオンだということはわかった。城下側とも全く違う方向であるその塔から、どうせ彼が怪我した騎士の回収の為に自分を呼び出しているんだろうと思い、すぐに地面を滑らせた。
わざわざ送った王居ともかけ離れたそこに、何処まで探索してやがんだとも思ったが、大してそれ以上の感想もない。
石造りの橋で繋がった二つの塔の内の一つに手をつき、見上げる。
近くでみれば隣の塔と違い、閃光の上がった方は窓もない。それどころか地上から登るための入り口すら見当たらなかった。ならばこちらは塔というよりも隣の塔の為の見晴台なのだろうかと考える。隣の塔からわざわざ登ることも面倒なヴァルは、いつものように外壁から特殊能力で直接上がった。そして一直線に屋上へと辿り着けば
惨劇が、広がっていた。
「ッッチィッ……‼︎」
倒れたレオンと、振り降ろそうと剣を掲げるプライドの姿に一度は目を疑う。
悲鳴を上げようとしたセフェクの口をケメトが覆い、ヴァルが急ぎハリソンの上着からナイフを投げ放った。
キィンッ‼︎と振り下ろされる剣を弾く。すかさず荷袋の砂を操り、駆け寄るよりも先にプライドを拘束した。彼女が地面に転がったのを確認してからセフェク達と共にレオンへ駆け寄れば、彼が殺される直前だったことは誰の目にも明らかだった。
「ちょっと!レオン‼︎大丈夫なの⁈ねぇ!」
「ヴァル!血が凄いです‼︎何か、縛るものをっ……!」
倒れるレオンを起こすように膝を貸すセフェクと、真っ青になりながらレオンの出血を止めようとするケメトにヴァルも喚くプライドよりも先にレオンへ歩み寄る。
プライドを拘束する以外の砂を使い、ケメトが服を破いた布を当てた箇所を砂で締め付けた。普通に布で縛るよりも遥かに圧力が加わったそこは、急速に止血される。意識があるのかないのか、ゆっくりと閉ざされる瞼にセフェクが「死んじゃった⁈」と声を上げたが、正常にレオンの肩は呼吸の為だけに上下を繰り返していた。無視しようかとも思ったが、ケメトに続きセフェクまで青い顔をして「ヴァル!レオンが‼︎‼︎」と訴え出した。二年ほど前までレオンと距離を置いていたのが嘘のように心配をする二人の姿にヴァルも仕方なく言葉を返す。
「……あー?死んじゃいねぇ、そのまま寝かせとけ。セフェク、ケメト。」
肩の怪我はそれなりに血が多いが、それ以外の傷自体は小さい。
止血さえすれば死にはしないだろうと、ヴァルは二人にレオンを任す。そして今度こそレオンの隣に転がるプライドへと身体を向けた。ケメト達が視界に入るように反対側へ回り込み、二人と左右で挟むようにしてプライドの隣にしゃがむ。
自分の存在に気が付いてから、怒鳴り、何度も声を荒げるプライドを覗き込むようにしてヴァルは彼女を見下ろした。
「随分とレオンとイイコトしてたみてぇじゃねぇか、主。脱がして乗るなんざ、ガキが随分と大胆になったもんだ。」
「ッ今すぐ貴方達の心臓も抉り出してあげるわよ‼︎拘束を解きなさい!」
敢えて挑発するようにニヤリとヴァルが笑いかければ、ギラッと今まで見たことのないようなプライドの鋭い眼差しが向けられた。
近くでそれを見ていたセフェクとケメトもあまりに殺気を孕んだ眼差しと言葉に短く悲鳴を上げた。歯を食い縛ったプライドは再びヴァルへ怒声を浴びせかける。だがヴァルは楽しそうにそれを眺めたまま耳を穿るだけだった。どれだけ口汚くえげつない言葉を吐こうとも、彼には全く効果がない。ギリギリと歯を噛み締め鳴らしたプライドは、一度言葉を止めた後に今度は血を吐くような声で「何故⁈」と叫び、再び荒げ、投げつける。
「何故命令に従わないの⁈‼︎」
フーッ……フーッ……と手負いの獣のように息を荒げながら投げ掛けるプライドの言葉に、ヴァルはニヤニヤと嫌な笑みだけで返した。
隷属の契約。プライドの言葉一つで、主である彼女の思うがままに動かされる筈のヴァルはずっとその言葉を聞き流していた。レオンを助け、駆け寄り、止血している間もずっと彼女はヴァルに命令を繰り返していたが、全く動じない。その辺の犬が吠えているような感覚で聞き流し、更にはプライドの醜い命令を聞いてはそのえげつなさを聞いて楽しむ余裕すらあった。
「どうして⁈おかしいじゃない‼︎貴方は私の奴隷でしょう⁈」
「あー?……そんな誓いもしたな。」
敢えて否定はせずとぼけるヴァルは、それ以上は答えない。
石畳みに転がる彼女を覗きながら、助け起こそうともしなかった。再びプライドから命令が繰り返されたが、やはりヴァルは動じない。まるで自分の方が悪人かのように、歯を剥くプライドの顎を指で軽く摘み上げた。
ヴァルを睨み上げ、プライドがその指に噛み付こうとすれば素早く手を引いた。「たまには悪くねぇ」とケタケタ笑うヴァルへプライドは怒りで顔を真っ赤にする。攻略対象者どころかモブキャラに自分が捕まったことが屈辱で仕方がない。一体どうやって契約に抗ったのかと考えれば、小さく何かが頭に引っかかった。しかし不思議とそれ以上を拒絶するように途中で思考が打ち消される。目の前の腹立たしさで思考が纏まらないのだとプライドは判断し、代わりに熱を発散するように腹に力を込め怒鳴った。
剣さえあれば、ヴァルの砂ぐらいは真っ二つにできる自信はある。だが、両腕ごと拘束された今はそれすら許されない。本来ならばその口だけでヴァルに地を這わせることもできる自分が、こんなところで彼に捕まるなど有り得ない。
どうして‼︎‼︎と思考を投げて叫んだが、やはりヴァルは答えない。自分より低い位置にいるプライドを眺めながら、取り敢えずレオンとプライドだけでも王居に連れ帰るかと考える。レオンはさっきアーサーが保護されていた救護塔にでも放り込めば問題ない。王居に戻れば誰かしら騎士もいる、プライドも怪我はしているが大して深くもない。ステイルやジルベールに引き渡せば後は彼らが何とかするだろうとあたりをつける。他に残す仕事は何があったかと、プライドの罵声を聞きながらジルベールから聞いた話を思い出
どすっ。
「………………あ…?」
灼熱が、背後を貫いた。
ヴァルを見上げていたプライドも、驚いて目を見張る。自分は何もしていない、にも関わらず肉を裂く音とヴァルの顔色、そして何よりも視線の先でぼたぼたと血を溢れさせる彼の身体から目が離せない。
ヴァルが膝をつき、背後を振り返る。だが、そこには誰もいなかった。前を向けば、セフェクとケメトも異常に気がついたように目を丸くし、一箇所から血を溢れさせ出すヴァルを放心するように見つめていた。
……何だ。今、何された?
グパッッ……、と血を一気に吐き出した。
その瞬間、セフェク達から悲鳴が上がり、自分の名を呼んで駆け寄って来ようとくる彼らを「来るんじゃねぇ‼︎」と血を吐きながら押し留めた。居るとすれば敵は自分のすぐ背後。ケメト達の目の前に立っている。
確実に、躊躇いのない一撃だったと理解する。
背中から刃物を突き刺された感覚だけを確信しながら、ジルベールが話していた敵の存在を思い出す。一人は狂気の特殊能力者のアダム、そしてもう一人は
「……本当、主人と違って優秀な秘密道具ねぇ?」
ケタケタと自分を見上げたまま余裕を取り戻したようにプライドが笑い出す。
姿と気配を消す、特殊能力者。その存在をヴァルはやっと思い出した。いつから居たのか、最初から様子を伺っていたのかさえわからない。
レオンにアダムを撃たれた後、ティペットは屋上の爆発音をきっかけにアダムの命令で一人プライド達を追い、上がってきていた。レオンが転がり、唯一の屋上への隠し扉が開かれた時こそプライドの優勢だったが、ヴァルの登場を前にアダムの命令を遂行すべくとうとう彼女は動き出す。「プライドを死なすな」「連れ去られそうになったら敵は皆殺せ」と。
プライドが敗北し、更には連れ去ろうとする動きを見せるヴァルは
間違いなく、その対象者だった。
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