546.配達人は捨てる。
「ッざけんな‼︎なんでテメェなんざを送るに飽き足らず俺の服までっ……‼︎」
「頼むっ‼︎これ代わりに貸すから‼︎‼︎」
な⁈と振り落とされないように足で踏み囓り、怒鳴るヴァルの上着を掴みながらアーサーは必死に食い下がる。
地面を滑らせ、さっさとアーサーを目的地に捨てるべく高速移動するヴァルは、自分の上着を押さえながら牙のような歯を剥き出しにした。アーサーが代わりにと差し出してきたのは、ハリソンから借りた上着だった。血の滲みががっつり残っている上、所々破けている。黒地で大して目立たない上、汚れ自体はヴァルもどうでも良いが、何故アーサーと服を交換なんかをしなければならないのかと疑問と不満しかない。
「テメェがそのボロを着りゃあ良いじゃねぇか‼︎」
「こっちは俺の持ちモンだって騎士にバレてンだよ‼︎‼︎顔隠してもバレたら意味ねぇだろォが‼︎」
知るかクソガキ‼︎と訳の分からないアーサーの言い分にヴァルがまた声を荒げる。
アーサーを治したことを若干後悔しながらもヴァル は渡すまいと上着を抑える手に力を込めた。大体、アーサーが正体を隠したがる意味がわからない。彼に望まれた目的地も含めて、アーサーの行動は全てがヴァルには意味不明だった。元罪人な上、風貌も目立つ自分と違ってアーサーが自分の顔を隠す意味がない。にも関わらず、必死にヴァルのフード付きの上着を引っ張り望むアーサーにヴァルは殴ろうとした。だが、拳を振り被った時点で動きがピタリと止まる。隷属の契約で、他者に暴力を振るえないヴァルは今もアーサーは殴れないことを確認し、一人舌打ちをした。そして実際アーサーと殴り合えば負けるのは確実に自分の方だということも後から自覚する。
ヴァルから力付くで上着を奪う事はできるが、アーサーも本人の承諾無しに剥ぎ取るような真似は性格上できない。頼むから‼︎と必死に食い下がるアーサーにヴァルが移動する地面の動きすら一度止め始めた時だった。
ぐいっ、と今度はヴァルから剥ぎ取るように上着が引っぺがされる。
ア゛ァ゛ッ⁈と思わず振り向きざまにヴァルが怒鳴れば、ケメトの隣で足元を固定されたままのセフェクが強引にヴァルの上着を引っ張っていた。
「貸してあげれば良いじゃない!どうせレオンからの貰い物なんだし。」
「ヴァル!こっちの黒いのも凄く格好良いと思いますよ‼︎」
セフェクに応戦するようにケメトまで声を上げる。
アーサーからハリソンの上着を受け取り、予想外の重さに上肢をふらつかせながらケメトがそれを広げて見せれば丈の長い上着が地面に着いた。
二人まで何故かアーサーの肩を持ち、ヴァルは顔を顰めてから荷袋を地面に下ろした。そのまま乱暴に自分の上着を脱いで丸めるとアーサーに投げつける。ボスッ!と顔面に丸めた布が叩きつけられ、アーサーは反射的に顔を逸らした。
「もう要らねぇ、捨てろ。」
ケッ!と吐き捨てながら、アーサーを睨んだヴァルはケメトからハリソンの上着を受け取った。
異様な重さに眉を狭め、バサンッと一度翻して軽く土埃を払えば、嫌そうにその上着に袖を通した。丈自体は大して問題ない。フード部分も被ってみれば損傷もなく、普通に顔を隠すこともできた。最後に荷袋を背負い直せば、色が変わった程度で格好は何ら変わらない。ただ、異様な重さの理由を理解したヴァルは一言アーサーに「嫌がらせか」と悪態をついた。
突然のセフェクとケメトからの手助けとすんなり上着をくれたことに、アーサーは驚きながら言葉を返す。鎧を着込まない状態の団服の上からであれば、問題なく袖まで通すことができた。更には元々自分より背丈のあるヴァルの足元近くまである上着だった為、自分が羽織れば綺麗に騎士団の団服を覆い隠してくれる。思ったよりも布地もしっかりしていたことに気付き、セフェクがレオンから貰ったものだと言ったことを思い出す。もしかしたら本当にかなり高い値の品を追い剥ぎしたんじゃないかと不安を覚えつつ、アーサーも長い髪を上着の中にいれ、深くフードを被った。
その途端、動きを止めていた地面が再び急発進した。のわっ⁈と思わずバランスを崩しかけたアーサーは、何とか足だけで地面に齧り付く。ヴァルの荒い操縦に振り飛ばされないようにと姿勢を低くするアーサーに、再びセフェクがその手を掴んだ。
予想外のことに目を丸くするアーサーをセフェクは一瞥すると、アーサーの腕を引っ張るようにしながらヴァルに「ねぇ‼︎」と声を上げた。
「腕痛いからこの人もちゃんと足元固定してあげなさいよ‼︎」
吹っ飛んじゃったら私まで巻き込まれるじゃない‼︎と自分で腕を掴んで置きながらヴァルに苦情を叫ぶセフェクに、アーサーは戸惑いが隠せない。確かに今の状態で自分が吹っ飛ばされれば、腕を掴んでくれているセフェクも引っ張られる。だが、アーサーは当然セフェクを巻き添えにするつもりもなければ、女子相手にずっと支えて貰おうとも思ってはいない。
セフェクに怒鳴られ、首だけ振り返ったヴァルは舌打ちを鳴らすと、仕方なくアーサーの足元を固定した。地面に足元が埋められ、一瞬驚いたアーサーだが、お陰で問題なくその場に立っていることができるようになった。セフェクもアーサーから素早く手を離し、掴む前と同じように再びケメトへ手を伸ばし、結ぶ。お礼を言おうとすればケメトと手を繋いだ彼女は、アーサーへ睨むようにして顔を向けた。
「ヴァルとケメトの為だもの。……ちゃんと主を助けてよね。」
ヴァルに聞こえないように声を潜め、冷たく遇らうように言いながら、彼女はぎゅっとケメトの手を握り直した。
何とか返事を返したアーサーだが、ケメトは未だしも何故ヴァルの為に自分をヴァルから庇ってくれたのかはわからないままだった。すると、今度はセフェクと手を繋いでいたケメトが反対の手でヴァルの腕を掴みながらアーサーへと笑いかける。
「大丈夫ですよ!きっと主は見つかります!ティアラもいますし、それにステイル様が女王様達を守ってくれてますから!」
え⁈と、ケメトの発言にアーサーは今度こそ声を上げる。
救護棟で情報を止められていたアーサーは全く何も知らされていない。プライド様がなんだって⁈ティアラも来てンのか⁈ステイルが陛下を守ってるって⁈と、ケメトの言葉に次々と疑問を投げ返してしまう。
アーサーが何も知らなかったことが意外だったケメトは、一つ一つ疑問に答えていく。あまりにも今の状況を把握していなかったアーサーにヴァルは舌打ちを繰り返したが、さっさと彼を目的地へ届けることに集中した。もともと離れているとはいえ城内ではあった為、ケメトの説明が終わるよりも先にヴァル達はそこに到着した。今は比較的に騎士も少なく、遠巻きに警備の衛兵も見えた。既にヴァル達のことは通信兵を介して情報が回っているが、フードで姿を隠したアーサーの正体まではわからず、警備についた騎士まで遠巻きに首を捻った。
着いたぞ、さっさと降りろとアーサーの足の固定を外して投げ掛けるヴァルだったが、その間にも聞こえていないように「行方不明⁈」「レオン王子やセドリック王子まで⁈」「ステイルが⁈」と既に数少ない情報でパニックを起こしていた。実際、全てを説明するには時間が足りな過ぎる。まさかここまで来てまた状況把握の為に時間を取られるのかと、ヴァル はアーサーとケメトを見比べてうんざりと息を吐いた。暫くはこのまま待ちぼうけかと、周囲を適当に見回し、まだ敵兵の侵攻が城内にはないことを確認したヴァルは
「………………アァ?」
ぽつりと、小さく唸った。
話に夢中のアーサーとケメトは気付かないが、ヴァルとセフェクの目には確かに入った。こちらに注意を向けてきた騎士や衛兵達も誰もがそちらに一度目を向け、わからないように眉を寄せる。
セフェクが小さく尋ねるように呟き、やっとヴァルから嫌そうな溜息がはっきりと吐き出された。
「おいガキ、俺達は急用ができた。降りてぇなら今降りろ。」
「!待っ……‼︎まだ全然知らねぇことばっかで……‼︎‼︎」
知るか、と慌てるアーサーにも御構い無しにヴァルが地面を動かし始めた。
容赦無く出発しようとするヴァルにアーサーは、仕方無く剣だけ抱えて飛び降り……、る前にあと一つだけ!ともう一度ケメトに振り返った。
残す質問を一つだけ確認したアーサーは「わかった‼︎」と頷き、ケメトに礼を言うと今度こそ移動を始める地面から飛び降りた。
突然、配達人の傍から王族かもしれない人物が飛び降りたことに騎士達は声を上げる。だが、アーサーはフードを深く被り直すと、その騎士達から寧ろ逃げるようにして目的の建物へと走り出した。
正体不明の人物が走り抜けそうとする様子に騎士も衛兵達も武器を身構える。それでも、アーサーは決してフードは取ろうとせず、むしろ力尽くで突破すべく剣を構えた。
「アーサー……どうしてあんなところに行きたがったんでしょうね?」
急速に走り出す地面の上でケメトはヴァルに投げ掛ける。
知るか、と一蹴するヴァルもむしろこっちが聞きたいぐらいだと心から思う。
アーサーが、自分との取引を忘れたとも破る気があるとも思わない。だがその上で、どうしてもアーサーがプライドの為に行きたい場所だと言うのならそうなのだろうとも判断した。
「興味ねぇ。……ちゃんと、条件さえ守りゃあな。」
プライドを救う。
それができる人間なら増やすべきだとヴァルは考える。別にアーサー個人には全く情はない。ティアラと共にアーサーが重体で騎士団の救護棟にいると聞いた時も心配にはならなかった。むしろ心配どころか
怒りが、湧いた。
ふざけるなと。
こんな時に何してやがると。以前からステイルと同じようにプライドの傍に居続けたアーサーが。更にはヴァルもその実力を目の当たりにした化け物級の騎士が、よりによって今この時に、どんな理由であれ戦線離脱など許さない。
自分達やレオンと違い、彼は〝プライドを守る人間〟なのだから。それが怪我をして寝ているなど、その所為でプライドをもし失ったり取り戻せなくなったらどうしてくれるんだと思った。
未だにアーサーがどれ程の重体だったかは知らないが、それでもこうして戦力を一人投下できたことは大きい。アーサーがあそこで何をしようとするにせよ、間違いなく彼が動くということは確実に〝プライドの為〟になることなのだから。
プライドの為に動く、彼女を裏切らないという点においてだけステイルとアーサーもヴァルの信用に足りた。そして、ヴァルが信用し必要としたからこそケメトもセフェクもアーサーの味方についた。
「だけど、あんな所に主が居るわけないのに。」
フンッ、と文句ありげに呟きながらもう見えなくなったアーサーへとセフェクが振り返る。
そのままヴァルに「アレの所に行くの?」と尋ねれば、一言が帰ってきた。ケメトが尋ねれば、ヴァルは「どうでも良い呼び出しだ」と一言切る。どうでも良い、という言葉に反して速度を増していくヴァルにケメトは不思議そうに顔を覗き込んだ。代わりにセフェクが説明すれば、納得したようにケメトは「急ぎましょう!」と声を上げた。
最後に、まだ疑問が残るようにセフェクはもう一度だけヴァルに向けて独り言を投げ掛けた。
「アーサーは〝救護棟〟の用事が終わったら、何処へ向かうつもりなのかしら?」
主の場所も知らないのに。と零すセフェクにヴァルは「知らねぇな」と切り捨てた。
アーサーが何をするつもりかどうかなど、プライドを救う事にさえ繋がれば彼にとってどうでも良いことだ。
「もう回収された怪我人のことなんざ知ったこっちゃねぇ。俺達がやるのは未回収の方だ。」
多くの意識不明になった衛兵が保護されている城内の救護棟。
彼の目的も知らぬままそこに降ろしたヴァル達は、急ぎ次へと向かった。
惨劇の、向こうへと。




