544.騎士は選ぶ。
「ッありえない……‼︎ありえないわこんなことっ…こんな……‼︎」
……なんだ?
「ッ……。……────────……。……っ。……、……ハハッ……。……ア……ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハッ‼︎‼︎」
小さく彼女への恨み言を唱えた後、女王は狂ったように笑い出す。
血の如く真っ赤な髪を揺らめかせ、目を極限まで見開き、口を大きく開けて笑い声をあげる姿は醜態……いや、錯乱と呼ぶに相応しい。ラジヤ帝国も逃げ去った今、女王を守る者はもういない。誰にも心を傾けなかった報いだ。
奇跡を目にした女王は天を仰ぎ、笑い、笑い、笑い……そしてプツリと糸が切れたように止まった。私は愛しき彼女を背で隠し、剣を構える。「お下がり下さい」と、一度彼女を橋の向こうまで退がらせる。そこから私は一歩一歩、吊人形のように佇んだまま俯く女王へと近付いた。今なら容易にこの悪魔を討てるのではないかと思ったその時。
パァンッ‼︎
「アーサーっ‼︎‼︎」
銃声の直後、ティアラ様からの悲鳴が響く。
寸前で避けたが、女王の弾が腕を掠った。鎧が弾き、傷には及ばずに済んだ。「大丈夫です……!」と声だけを私は彼女に返す。見れば、女王が顔を俯かせたまま下ろした手が銃を握っていた。一体どうやって照準を合わせたのか、これ以上距離を開けるのは逆にこちらが不利だと判断し、一気に私は奴へと駆け上がる。顔を俯かせた女王に剣が届く距離まで詰めた瞬間。……肉食獣のように獰猛な笑みと見開いた紫色の眼差しが鋭く差し向けられた。
「ッお見通しだと……言ったでしょう⁈」
甲高くも地の底に響かせるような笑い声を上げ、女王が今度は剣を振るう。
金属の音がけたましく鳴り響き、私は女王の剣を防ぐ。アッハハハハハ‼︎と狂ったように笑い声をあげながら私に剣を振るう女王は、引き上がった口端をさらに釣り上げた。
予知の特殊能力者。
女王の剣は、どれもまるで私の一手先を知っていたかのように放たれる。右を防ごうとすれば左に回り込まれ、一歩引こうとした瞬間に懐へと飛び込まれる。ここまで辿り着くまでに相対したラジヤ帝国、レオン王子、セドリック王子、ステイル摂政の誰よりも厄介で恐ろしい使い手だ。……が、しかし!
キィィンッ‼︎と聞き慣れた剣の鬩ぎ合う音が何度も響く。
女王が私に届かせるよりも速く剣を弾き、体勢をを立て直す前にもう一振り打ち込めば良い。王子や兵士ならば未だしも、騎士団長である私が剣で女王如きに負ける理由もない。
私が剣を弾き、その隙に身体へと刃を放てば女王は身を逸らし、逃げるように一歩一歩後退っていく。それでも、私の剣技に追いつかず身体こそ免れたものの、一撃ごとに女王を包むドレスの生地が裂かれ、破れ、首の装飾の鎖も切れて落ちた。女王が下がり続け、とうとう背後に足場が無くなった時には、既に奴を着飾っていたドレスはただの上等な布の塊と成り果てた。破れた袖や胸元を銃を握った片手で押さえ、追い詰められた女王の眼差しが刺すように私へと向けられる。
「……七年前の父と騎士達の無念、ここで晴らさせてもらう。」
この場で、断罪する。……あの時、できなかった仇を今度こそ。
意思を込め、剣先を奴の目前へと突き付ける。女王は顔を背後に反らし、整えられた白い歯を食い締めた。私の剣先を睨み、ギリッ……と音を鳴らす。これでやっと終わる。私の長過ぎた地獄も悪夢も全て。
─ ……なに、やってンだ俺……?なんで、よりによってプライド様に剣をー……
「…………そう簡単にいくかしら?」
女王が、笑う。
この期に及んでまだ負けを認めぬように強張らせながらも不敵な笑みを私に向けた。まだ何か隠し球でもあるのか。もう逃げ場などないにも関わらず、女王は落ちる寸前まで靴の踵を下げ、銃を静かに握った。剣で敵わぬならば銃で対抗するつもりか。だが、無駄だ。剣が届くこの至近距離からであれば問題はない。撃たれる前にその手の銃を剣で叩き落と
「アッハ。」
タンッ、と。
女王が突然私の方を向いたまま自ら背後に飛び跳ねた。
足場がない筈の空間へ迷いなく飛び降りる。まさか復讐を果たさせる事も許さず自ら命を絶つつもりなのかと目を剥けば、女王は空中でも変わらず、気味の悪い笑みを私へと浮かべていた。
血の色をした髪を風圧で舞い上げ、長い髪に紛れるように銃を構えた。最後に道連れにするつもりなのかと身構えれば、銃口の照準は真っ直ぐに私へ……、?では、ない。これはっ……
「ッ!アーサーそこから離れてっ‼︎」
ティアラ様の声が、背後から放たれる。
どういうことか、女王の歪んだ笑みと銃口から目が離せなかった私はその言葉だけを頼りに振り返り、急ぎ駆け出した。その途端、銃の乾いた音が一度鳴り響き、凄まじい爆音の直後には足場が崩れ出した。……どうやら爆弾を仕掛けられていたらしい。
「アーサー‼︎」
ティアラ様の叫び声と共にアッハハハハハハハハハハハ‼︎と崩落音に紛れて女王の笑い声が耳を同時に刺す。
振り返り目を向ければ、あの女はやはり笑っていた。足場より先に落下しながら、その笑みは悦楽に染まるかのように歪んでいた。橋の向こうにいるティアラ様の元までは崩落が及んでいないのが救いだが、私は崩落に間に合いそうもない。……ッならば!
「……ッ逃すものか‼︎」
あの女を、討つ。たとえ死すことになろうとも、間違い無く私のこの手で。
駆け戻るのを諦め、身体を捻らせた私は崩れる足場を蹴った。下へ、下へ、余裕の笑みで落下を続けるあの女王へ。この剣が、……ッ届くまで‼︎‼︎
足に掛かる瓦礫を蹴るのを繰り返し、更に下へと自ら勢いを増して飛ぶ。女王もそれに気付き、笑いながら私へ銃を放った。パァンッパンッ!と音が響き、私は剣を盾に見切り、致命傷を避ける。アッハハハハハ‼︎‼︎と笑う女王自身の笑い声も、そして私自身の距離も近付いていく。
「最高よぉ騎士団長‼︎こんなところまで来るだなんて‼︎」
弾数が無くなったのか、撃てなくなった銃を放り捨て、まるで私を迎え入れるかのように両手を広げて女王は笑う。高らかに声を上げ、右手の剣が月明かりに照らされ妖しく光る。落下中とも私にとどめを刺される前とも思えぬ歓喜の笑みを広げ、爛々とその目を輝かせる。
「いらっしゃい!やってみなさいな‼︎私に殺されて醜き叛逆者として首を晒すか!私を殺して歴史に名を残す英雄となるか‼︎」
「英雄……⁈」
この女は何を言っている?
私は既に騎士としてすら終わっている。父の死の真相と仇の為に騎士を目指し、ティアラ様を守る為にハリソン騎士団長に任された騎士団すらも最後は裏切った‼︎私のような者が英雄になどなれる訳がない。
誰に認められずとも構わない。世界中が私を父の亡霊だと、誇りを失いし騎士だと、叛逆者と罵ろうと構うものか。
ティアラ様が気付かせてくれた……!どれほど父を真似り、いくら間違い、そして汚れようとも私は〝私〟であるのだと‼︎‼︎だからっ……‼︎
「ッふざけンな……‼︎」
腹の底から絞り出し、歯を食い縛る。
女王に近付き、地面も近い。私から目を離さず引き上がった口で笑い、奴が剣を構える。死ぬ前にコイツを斬るか、それとも私が死ぬか‼︎たとえどちらであろうとも振り上げた剣を止めはしない。
「英雄なんざどうでも良い……‼︎俺がっ……ッ私が今日まで生きてきた理由も騎士になった理由も全ては!テメェをこの手で裁く為……ッそして‼︎」
そうだ、私はそうして生きてきた。
騎士の誇りも何もない。ただ復讐心とその正当性のみを求めて生きてきた。
父の存在を利用し、己を自ら殺して亡霊と成り果てた。この女を殺せばもう私に生きる意味なんざなくなっちまうぐれぇに。騎士団を裏切った俺を騎士の方々が許す訳もない。……ッだが今は‼︎
「今‼︎……ッこれから先も俺が生き続けるその理由は‼︎‼︎」
飛び込む前に聞いた、愛しき彼女の声を思い出す。
私の叫びに女王がニタァァ……と静かに笑う。振り下ろされる前に私を貫こうと、剣を私の心臓に向けて構える。兵士の鎧すら容易に斬り裂く女王の剣。届けば間違い無く私の鎧ごと心臓を貫くだろう。奥歯が砕けんばかりに食い縛り、最期の機会だと覚悟する。女王の突きは素早く、空中の私は避けられない。ッだがそれは奴も同じ事‼︎この一振りに私の!俺の‼︎全てを‼︎‼︎
「ティアラ様を護る為だッッ‼︎‼︎」
ズパンッ。
骨と肉が、同時に断裂する。
女王の剣よりも先に私の剣が一閃を走った。銀色の残像の後、その線を境に目を見開いた女王の身体が縦にずれ、血を噴き出した。
悲鳴もない、恍惚に輝いた笑みのまま硬直した女王の顔も二つに分かれ、己が噴き出す血に覆われた。ぶわりとまるで絹を広げたかのように血が撒かれ、風圧で私の団服をも染め上げる。
……やった。
地面に間近になったことよりも、やっと終わったのだという安堵が私を満たす。
剣を鞘に戻すこともなく、振り下ろした形のまま私は静かに一人で笑う。父の無念も晴らし、これでティアラ様も救われる。彼女が女王となればきっとフリージア王国は昔の美しさを取り戻すだろう。
空中で体勢を立て直し、着地する。直後、降り注ぐ瓦礫の山が私の視界を奪った。轟音と衝撃がいくつも連続し、私を襲う。
このまま潰されれば女王と共に死体すら残りはしないだろう。死に方まで父と同じなど、亡霊となった私に相応しい最期だとも思う。……しかし。
『アーサーっ!』
……生きてみせる。
父を失った時の私と同じ絶望をティアラ様に味わわせなどするものか。
仇さえ討てれば死んでも良いと思っていた私に、生きる意味を与えて下さったあの御方の為に私はっー……、……。
─ ……………………………………俺。今、なにやった?
……音が、止んだ。
遠退いていた意識を掴み取り、手近な瓦礫から退け転がす。ガラッ、と一つずらせば他の瓦礫も均衡を崩して崩れ出す。…………私は、まだ生きているようだ。
頭上の瓦礫の塊が大きすぎる。お陰で影にこうして身を守れたが、抜け出すのもひと苦労しそうだ。
─ ……斬った。あの人を。護りたくて護りたくて仕方がなかったあの人を。………この、俺が。
全身が打ち付けられ、痛む。空気も薄く、少し動くだけでも息が荒くなる。いっそ、このまま死んだ方が楽ではないかと過ぎりながらそれでも這いずり光を目指す。……この先に私の愛したあの御方が居ると信じて。
─ ……ッ待てよ、ざけンな‼︎なんで、なんで俺っ……プライド様、を……⁈
狭い間を通り抜け、力でどかせる瓦礫は押し退ける。
巨大な瓦礫に何度も月光へ行く手を阻まれながら、我ながらよく生きていたものだと思う。………父が、守ってくれたのだろうか。
─ なんで‼︎あんなっ……あんな躊躇いなくあの人を斬ったンだ⁈取り戻すって決めただろ⁈絶対助ける為に、あの人を迎えにいく為に俺はっ……‼︎
アーサー、と。……彼女の声が聞こえた気がした。
それだけで力尽きようとする身体が彼女を求め、望む。瓦礫の隙間から溢れる月明かりへと手を伸ばす。ガララッ……とまた瓦礫が崩れ、腕一本だけ地上の空気に触れる。
誰か、こっちだと今度は太い声が聞こえてくる。数も多い。聞き覚えのある気がする声に、父が、殉職した騎士達が呼んでるのかと思ってしまう。
─ …………こんなンなら……、動けねぇままが良かった。そしたら俺があの人を殺すこともなかったのに。……このまま死んじまえば良い。
瓦礫が少しずつ撤去される。気をつけろ、崩すなと声を掛け合いながら光が更に大きくなる。大した瓦礫が無くなり、……自らの手で残りを撤去できるようになるほどに。
ガラリガラリと自ら瓦礫を退かし、這い出れば騒めきが広がった。見れば、そこには多くの騎士達が集っていた。目を輝かせ「騎士団長‼︎」と私を呼ぶ。……何故、彼らが。
─ すみませんプライド様……っ、せっかく貴方を見つけたのに……!……ックソ!ステイルやティアラにどういやァ
「アーサー‼︎‼︎」
……ティアラ様。
その鈴の音のような声と、弾むような抑揚に振り返る。
そこには間違うことない、ティアラ様がおられた。私に向かい、足場の悪い中を慣れない足で駈けられる。私からも転ばぬ内にと手を伸ばし、最後に小さな身体で飛び込んでこられたティアラ様を両腕で受け止め、抱き締めた。
泣きながら、私に無事で良かったと唱え続けて下さるティアラ様に私からも言葉を返す。貴方の為に生きようと思えたと。貴方がいてくれたから、私はこうして生きられたのだと。間違いなくこの上ない真実を。
抱き締めた彼女の身体を少し離し、涙に濡れたその顔を正面から覗く。美しき金色の瞳が涙で潤み、泣いた後の顔は薔薇のように赤く染まっていた。これ以上ない愛しさが込み上げる。
私を見上げるティアラ様の髪を撫で、そして気がつけば、……蕾のようなその唇に自らを重ねていた。
柔らかな唇は緊張したように震え、そして次第に解れるように私を受け入れた。互いに重なり合い、彼女を抱き締める手に力を込めればティアラ様もまた細い腕で私の頭を抱えるように抱き締め返して下さった。
父と同じ銀の短髪を彼女の手の平がそっと撫で、そして私もまたこの腕で彼女の存在を確かめる。
─ ……………………。
彼女を守れた。
そして再びこの手に抱く事ができた。この上ない愛おしさに溺れかければ、ふいに窺うように小さく「アーサー騎士団長……」と声を掛けられる。
彼女から唇を離し、腕を緩めて目を向ければ一人の騎士が恐る恐る私を覗いていた。「女王は……⁈」と尋ねられ、私からはっきりと答える。間違いなく私がこの手で討ったと。そして今は恐らく瓦礫の下であることも。
死体の残骸が残るかも怪しい中、己が罪を黙っていることもできた。だが、これ以上は己に嘘をつくことも偽ることもしたくはなかった。……たとえ叛逆者の烙印と共に彼らに罰せられようとも。
私の話を聞いた騎士達は誰もが一度口を閉ざし、互いに確認するように目配せし合い、そして
歓喜した。
おおおおおおおおおっっ‼︎と騎士の誰もが両手を上げ、拳を握り、涙ながらに歓喜する。
終わったのだと、解放された、我々は自由だ、これでもう民を傷付けずに済むと叫び、抱き合った。騎士の誰もが私に罪を問おうとはせず、むしろ無事を喜ぶかのように私の元へ集まってきた。ティアラ様を手から離し、今度は彼らを受け止める。私を、……〝アーサー・ベレスフォード〟の無事を喜んでくれた、彼らを。
─ ……もう……わけがわかんねぇ……。何もかもが狂ってるッ……‼︎
ふと、気がつけばティアラ様がまた瓦礫の山に歩み寄っておられた。
まだ危ないと止めようとすれば、すぐ手前でゆっくりとしゃがむように両膝をつかれた。背後からそっと歩み寄れば、女王の履いていた靴が片方そこに転がっていた。周囲には巨大な瓦礫がいくつも重なり積み上がり、……これではやはり、死体も出てこないだろう。
撤去から破片を拾うのにも苦労するに違いない。だが私が間違いなくこの手で斬った、確認するまでもない。
彼女は悼むようにその靴を眺め、顔を覆い、肩を震わせながら涙を流し始めた。堪らず声を掛けた私に、ティアラ様は語られる。己が胸に秘めてきた想いと、哀しみを。
あのような悪魔すらをも恨めず、気にかけるなど。やはりこの御方はお優し過ぎる。
─ なンだよ……なんなんだよこの世界……っ。
震わせ、さらに小さくなる彼女を背後から再び抱き締める。
これからは私が共に居ます、永遠に貴方を守り続けます、と。……言葉にし、彼女に誓う。
涙を伝らせながら、彼女は小さく頷いた。途絶えることの無い歓喜の声に包まれながら、そっと互いの手を重ね合う。顎まで震わした彼女の手もまだ震えていた。
─ あの人が死んで、なんでっ……何でみんな……っ。……あんな嬉しそうに笑ってられンだ…⁈
父よ、……やっと終わりました。
もう、私が騎士を続ける意味はありません。過去の真の亡霊を倒し、最後の最後に貴方が望む本当の騎士にもなれました。
次からは……もし許されるのならば、この先は彼女だけの騎士として。やっと見つけた護るべき女性の傍らで生きて行こうと
─ ああクソ……この世界はまるで
父よ。……クラーク、名も知れぬ先人の騎士、新兵。そして何処かで生きて居られるであろうハリソン殿。……ありがとうございます。貴方方のお陰で私はここまで来れました。
農民として朽ちる筈だった私は辛き時を乗り越え、一時でも憧れた騎士団長の座に着き、そして愛する人を得られました。そして、この国の長き悪夢もたった今終わりを告げました。騎士達は皆、まだ騎士として誇りを、民を見捨ててはいなかった。
この国は、必ず復興します。
全てから解放され、未来への希望に満ち溢れた今。私は心の底から
幸福で
─ 地獄みてぇだ。
……
…
「……アーサー、横になりたくなったら遠慮なく言えよ。」
何かあったらすぐ起こすから、とマートさんが声を掛けてくれる。
ありがとうございますと礼を言いながら、……やっぱりそれでも横になる気にはなれない。上半身を起こして貰ったまま、窓の向こうばっか気になって堪らない。大分もう外も薄暗い。
「お前、今朝もあまり寝てないだろ。心配なのはわかるが無理はするな。」
「いえ……でも、意識取り戻すまではすげぇ寝てましたし。身体も動かしてねぇから疲れても」
「気絶と睡眠を一緒にするな。あと動かなくても怪我を治す為に身体は働いてるんだ。ちゃんと労われ。」
ザックリ言い返される。はい、すみません……と謝りながら、思わず顔が引き攣った。
昨晩も遅くまでステイルとジルベール宰相と話をして、その後もプライド様や今日のことを考えてなかなか眠れなかった。やっと眠れたと思えば、……すげぇ魘された。
自力で起きるより先に七番隊の騎士に起こされた。目が覚めたらすげぇ息も苦しくて胸が絞られるみてぇに痛くて、……涙で視界まで滲んでた。怪我が痛んだのか、悪夢でも見たのかもわかンねぇけど、……ただ死ぬほど辛かった。
状態悪化かとか、発熱かとか心配までかけて。一から全部状態確認も受けて、…………両手使えねぇから涙まで拭って貰ったのがガキみてぇで、すっっっっげぇ恥ずかしかった。
「っつーか……本当にあの地震、なんだったンでしょうね……。」
話を変えようと、もう何回か話題にしてることもまた投げ掛けちまう。
マートさんはもう諦めたみてぇに「さあな。だが、きっと全員無事だ」と同じ返答を投げてくれた。ハナズオの時みてぇに投爆かとも思ったけど、煙も出てなかったし衝撃波もなかった。地震……っつーと、一人だけすげぇ思い当たるけどまさかいるわけもねぇし。でも確かに、今のところ救護棟に運び込まれてくる騎士もいねぇし、無事なのは確かだろう。……死んでなけりゃあ。
騎士団の人達が負けるなんてあるわけねぇ、とは思うけど実際は今までも戦死や殉職した騎士や新兵は普通にいる。ここ最近は死傷者も大幅に減ってるけど、……それでもだ。
ステイルが騎士団に命じたのは〝全員の生存〟……。ラジヤ帝国なんてでかい大国相手に無茶だとも思う。でも、……俺もそうであって欲しい。
あの人が、これ以上傷付かないように。
そう思った途端、胸だけじゃなく感覚のない筈の腕が酷く重く感じた。
全員が被害を出さず生き残ること。それがどうか叶って欲しいと思う反面……それさえなけりゃあとも思っちまう俺もいる。その命令さえなけりゃあ……、……俺も死んでも良いからって言えば戦場を許されたかもしれねぇのに。
……わかってる。
もう何度も何度も自分に言い聞かせたことだ。今の俺は足手まといだと。だから、俺の全部を託した。ステイルに、ジルベール宰相に、父上に、ハリソンさんに、……騎士団に。
ステイルを、そしてプライド様をこれ以上追い詰めない為にも俺は生きてねぇと駄目だ。プライド様が戻って、俺に逢いに来てくれた時に笑って返せるように。腕より何よりも貴方が戻ってきてくれたことが嬉しいと、それだけで報われたとちゃんと胸を張って言えるように
「……おい、クソガキ。」
……突然、眺めていた窓から人影が現れた。
牙みてぇな歯を剥いた口元と顔を隠すフードに、マートさんが一瞬で剣を構える。マートさん!と声を上げようとしたら、喉を張ろうとし過ぎて言い切る前に咳き込んだ。ラジヤか……⁈と迎撃の体勢を整えるマートさんが斬りかかる前にと、なんとか声を押さえて「敵じゃありません」と言葉を出し、睨む。
「テメッ……!……ンでここにいやがる……⁈」
ヴァル……‼︎とそこまで言葉にすると、マートさんもやっと警戒を緩めてくれた。
同時に窓から顔を覗かせるヴァルに並ぶみてぇにケメトとセフェクまで姿を現した。「アーサー!」「見つけた‼︎」と声を上げる二人にとうとう剣を鞘に収めてくれた。どうやらマートさんもヴァル達のことは知ってるらしい。
俺の問いかけにヴァルは窓から上半身だけ乗り出しながらフードを取った。焦茶色の髪をバサつかせながら露わにしたその目はすげぇ不機嫌で、若干血走らせた状態で俺を睨んだ。
一度深く吸い上げた息をフーッ……と一気に吐き出して獣みてぇな息遣いまで放たれる。セフェクとケメトが先に窓から入ってきて、ケメトに「ヴァルも入って良いですか?」と聞かれる。そこにいられたら窓の外が見えねぇし、何よりラジヤ兵と間違われて狙撃されたらやべぇから取り敢えず頷く。……っつーか、どうやってここまで登ってきたんだコイツ。
そう思っている間にも窓から入ってきたヴァルはズカズカと大股で俺に歩み寄る。
身体を左右に揺らしながら、鋭い眼だけが俺に刺さったように固定されていた。一体なんだ、プライド様のことか現状でも聞きにきたのかと言おうとした時。
「俺と、取引しろ。」
ヴァルが先にそう言った。
は……⁈と、思わず声が漏れる。何言ってンだテメェ、と言おうにも訳がわからな過ぎて言葉に出ない。マートさんもヴァルが俺に危害を加えないように剣に手を添えながら、顔を険しくした。そんな中でヴァルは更に言葉を続ける。
「取引のことは誰にも言うな。そこの騎士も、テメェも、……あの赤毛の近衛騎士にも口止めさせろ。」
最初から俺の意見なんて聞く気がねぇみたいに話を続ける。
すげぇ一方的な言い方に驚きながら、赤毛ってのはカラム隊長のことかなとだけ理解する。……でもなんでカラム隊長が。
「取引に乗るなら今すぐテメェを戦場へ出れるようにしてや」
「ッ乗った!」
………。……しまった。疑問より先に出た。
思わず前のめりに返しちまった後で気付いたけど、取り消す気にもなれずに口を結んだ。ヴァルもすぐに俺が返事するとは思ってなかったらしく、目を大きく見開いた。すると、話を聞いてたマートさんが腕をヴァルとの間に伸ばす。「色々言いたいことはあるが」と言いながら、俺を守るみてぇに前に出た。
「先ず一つ。どこまで知ってるかは知らないが……アーサーは、重体だ。下手に動かすつもりなら俺が力尽くでも止めさせてもらう。」
……やっぱりマートさんは甘くない。
俺がここで行くっつっても絶対許してくれないんだろう。最悪の場合、ここでヴァルとマートさんの殺し合いが始まりかねない。
ヴァルは不快そうに顔を歪めた後、マートさんよりでかい背で顎を上げ、見下ろすようにマートとさんと俺へと視線を投げた。
「コイツは何かの特殊能力者か」と聞いてきたヴァルに、俺が答えるより先にマートさんが「治癒の特殊能力者だ。負傷したアーサーの身と護衛を任されている」と言い返した。その途端、ヴァルの口端が一瞬だけピクリと片方引き上がった。……まさか攻撃系の特殊能力者じゃなきゃ勝てると思ってンのか。だとしたらふざけんな。
騎士なめてンならぶっ飛ばすぞと思いながらヴァルを睨む。腹が立ち過ぎて、やっぱ取引は断ろうかとも考える。だけどマートさんは冷静なまま「そしてもう一つ」とヴァルに問いを重ねた。
「条件は何だ。取引というからにはお前も見返りを望んでいるんだろう。」
それを提示させるまでは頷くな、と軽く振り向いたマートさんに俺まで怒られる。
慌てて頭を下げながら冷静になった頭で、確かにとも思う。さっきの口止め自体が条件だとも思えない。プライド様との契約で〝こっちが不利になる〟取引はできねぇとは思うけど、さっきはそれすら考えていなかった。
マートさんの言葉に、ヴァルが今度は黙った。
視線を彷徨わせるみてぇにマートさんから逸らして、最後に俺へと向ける。首をガリガリと掻きながら頭を左右に傾けた。そうして数秒の沈黙の後、とうとうゆっくりとその口を開く。さっきの脅してるみてぇな言い方とは違ってすげぇ落ち着いた、……棘のない、唱えるみてぇな低い声で。
「…………………………………………主を、助けろ。」
その言葉に。
俺は、今度こそ取引を決めた。




