そして降りる。
「ッ貴様‼︎なッ何故ここがっ……!レオン……王子だと……⁈」
……………………あれは。
上擦り慌てた声に、目を凝らす。
見れば、一人の男が通路の奥に佇んでいた。目を剥き、食い縛った歯は敵意の塊だ。
フリージア王国の人間ではない。僕も数度だけ顔を合わせたことがある。暗がりでうっすらとしか装いは見えないけれど、やはり間違いなさそうだ。
翳した灯りを反対の手に持ち直し、利き手を剣に添える。そうすれば、相手もまた銃を構え出そうと懐に手を入れていた。
「銃はやめておいた方が良い。……部屋の外には騎士がいる、音を立てれば飛び込んでくるよ。」
そうでなければ僕が先に撃っていた。
彼は僕の言葉に入り口の向こうの部屋を睨み、銃を持つ手を剣に持ち替えた。彼としてもここの通路を知られるのは避けたいのだろう。僕も、正直言えば女王しか知るべきでないこの隠し通路の存在は明らかにしたくない。僕一人が知ってしまっただけでも大ごとなのだから。
僕はじりじりと近付いてくる彼に、灯りを一度置いて自分から歩み寄る。入り口付近はまだ狭いし、ここで戦闘になるよりも奥の通路の方が楽そうだ。
「どうやってここがっ……‼︎ここは確か、女王しか知らない場所の筈……それを」
「そうだね。ちなみに、この通路はどこに繋がっているのかな?……アシュトン・エッガー将軍。」
なるべく声を絞って唸る彼に、僕から問い掛ける。
ラジヤ帝国の将軍……今まで、貿易で数回顔を合わせたことのある御人だ。狼狽えているからか、それとも見つかった時点で僕を殺すと決めてか敬語をつかわず荒げる彼はまだ敵意が露わなままだ。
僕からの問い掛けに、彼は再び食い縛った歯で背後に一度だけ目を向けた。……どうやらこの先に誰かしらはいるらしい。
「僕はその奥に用がある。……大人しく投降してくれるなら、僕からは危害を加えないと約束しよう。」
互いに剣を構えながら、とうとう剣先がぶつかり合う距離まで近付く。
僕の言葉に将軍は鼻で笑うと剣を構えたまま胸を張る。馬鹿にするように「この私に剣で勝てると?」と言い張った。……まぁ、彼の自信も当然だろう。将軍職を得たということは彼もそれなりの武勲を得た猛者なのだから。
騎士ならば未だしも、僕がただの王子だとわかれば勝てないと考えるほうが難しい。いまこの状況では、アネモネの武器も殆ど使えない。
ビュッ、と素早く剣を一度横に振った将軍は、誘うように剣先を再び僕に向けて遊んだ。
「むしろ交渉して欲しいのは貴殿ではないのか?レオン王子。……ここで降伏すれば私がアダム様に取立ててやろう。そうでなければフリージア王国のみならずアネモネ王国も我が帝国に」
「うん、じゃあ交渉決裂だ。」
踏み込み、懐へ入る。
驚いた彼が、急ぎ剣を突いてきたところで僕はそれを弾いた。キィンッ‼︎と石造りの通路に甲高い音が響き、互いの剣が手元に跳ね返る。再び振れば甲高い音と共に剣がぶつかり交差した。ギギギ……と剣越しに力を込め合えば、僅かに彼の方が優った。流石将軍というだけあって、この程度の奇襲じゃ駄目みたいだ。だけど、少し体勢と力の加える方向を変えてみれば簡単に押し勝てる。
突然僕からの力が強まったことに一歩足を退げた彼は、脂汗を滴らせた顔で至近距離から僕を睨む。「ッわかっているのか……⁈」と僕からの攻撃が意外だったかのように呻く。
「ラジヤ帝国だぞ……⁈我が帝国を、貴様は同盟国などの為に敵に回すのか……⁈」
「勿論さ。同盟国のフリージア王国、対するは奴隷制度撤廃を進めてから殆ど貿易の関わりも稀薄な交易国。……考えるまでもないだろう?」
アネモネ王国は、もう奴隷を必要としていない。ラジヤ帝国から交易で代金を受けることはあっても、奴隷は受け取らない。逆らったところで僕らの貿易に支障なんて大してない。それをわかりやすく彼に伝えれば、彼は唾が飛ぶほどに抑えた声を荒げた。興奮しているのか血管が首まで浮き出ている。
「弱小の貿易国が我が帝国に敵うと本気で思うのか⁈フリージアという後ろ盾さえ失えば‼︎貴様らなどすぐにでもっ……」
「わからないかなぁ。僕は怒っているんだよ?」
蹴り、上げる。正面から彼のがら空きになった腹部をこの脚で。
ガッ、と剣で押し合ったまま打撃を受けると思わなかったのか、彼は簡単に仰け反るように数歩よろけた。剣の長さは拮抗しても、足の長さは僕の方が余裕もある。剣が届く程度の距離なら容易だ。
彼は剣を構え直しながら、ギョロついた目を僕に向けた。驚愕だけでなく、何故か顔色もさっきより悪い。そんなに僕からの反撃や言葉は信じられないものだったのか。
……フリージア王国を本気で僕がその程度にしか思っていないとでも?
そう思えば、不思議と余計に血が熱くなってくる。
自分の息が静かで、はっきり聞こえる。剣を彼に向け、離れた分だけまた近付けば彼は両手で剣を構えて睨んだ。まさか彼も武器ばかりで剣は慣れてないのかと思うほどに剣先が微々と震えていた。
軽く剣を振れば、簡単に受け止められた。そのまま渾身の力で僕の剣を弾くと今度は彼が空いた僕の懐へ横振りに剣を振ってきた。
「僕は。」
キィィンッ!と剣をいなして避ける。単純な力で敵わなければ技巧で返す、当然の対処だ。
「……君達に大事なものを踏み荒らされてばかりだ。」
カンッカンッキィッッ!と、彼が放つ剣技全てを受け流す。
この剣がくれば、こう対処し、このように反撃する、と。……そんな、とっくの昔に教師から教わったことができないわけがない。どの剣も全て対処法から反撃まで教師が教えてくれた。王族剣術は身を守ること、そして相対する敵を倒す為の技術。複数なら未だしも、一対一でなら充分勝てる。教わったことをその通りにやるだけなのだから。
剣で連打を互いに繰り返し、将軍の剣を全て流しては僕からの一撃を試みる。将軍、ということもあり簡単には身体に届かない。それでも、ある程度見切りが可能になってきた彼に僕から再び語り掛ける。
「君に罪が全てあるとは思わない。今なお掃討されているラジヤ帝国の兵にもね。……彼らもまた、愛する自国の為に最善を尽くしているのだから。」
これは、国同士の争いだ。
彼ほどの位置にいる男ならば、自分の意思関係無く皇太子に従わなければならないことも多いだろう。兵士だって上からの命令でフリージア王国に攻め入っているだけだ。彼にも、彼らにだって守るべきものがあるのだから。……それでも。
「ッこの……‼︎」
僕が語りかけたことで、余裕を示されたと思ったのか将軍が食い縛った歯をギリリと鳴らす。
怒りに身を任せ、気迫で何撃も何撃も剣を振るう。そんな力任せな剣じゃ、避けろといっているようなものだ。剣で受けるだけでなく、身体を反らしてしまえば簡単に彼の剣は空ぶった。もしかしたら将軍になってからは前線にも立たずに腕を鈍らせていたのか。僕も剣だけでここまでやり合うのは教師以来だけれど、……まさか将軍にもなった男が〝この程度〟とは思えない。確かに僕に剣を教えてくれた教師よりは彼の方が強いし力もある。けど、……少なくともフリージア王国の騎士よりはずっと弱い。
「僕は君に対しては憎しみを抱いてはいないよ。……だから、僕に道を開けてくれ。」
ガキンッ‼︎と、大振りで上から僕を叩き潰すように振り下ろされる剣を僕も両手で剣を押さえて防ぐ。
……やはり話を聞いてくれない。流石に渾身の力で放たれただけがあって手が痺れた。足に力を込め、なんとか堪えれば剣ごと僕を斬りたいのか更に将軍が上から体重を剣越しに乗せてくる。堪え続け、顔に力が入ると僕を見下ろしていた将軍から力が少し緩んだ。その瞬間、一気に引くようにしてしゃがみ込む。前のめりに体重を掛けた彼がバランスを崩したのを見計らって、その体勢のまま僕は彼の左足に剣を突き立てた。
ぐあァっ……‼︎と声を漏らす彼はそれでも怯みはしなかった。再び足元にいる僕が立ち上がる前にと剣を振り下ろす。けれど僕の背中に到達される前に、後ろ手の剣で簡単に防げた。足を怪我した分、踏み込みが浅い。
「片足を負傷して、まだ僕に勝てるつもりかい?……なるべく僕は君を殺したくないんだ。」
弾き、今度こそ僕は立ち上がる。
できれば彼は殺さず捕まえたい。王族として憎しみの為だけに剣を振りたくもないし、この手をそんな理由で血に染めたくない。
だけど彼は僕の言葉にはやはり応じない。剣を片手で構えながら僕を睨む。痛みに耐えているせいか、息もさっきより荒い。これなら決着も時間の問題かな、と思った時。……急に彼がニヤリと笑った。
どうしたのかと思えば、彼はおもむろに左手を懐へと忍ばせた。まさか、と思えばやはり銃だ。
ここまで来てそれを使うつもりらしい。だが正しい判断だ。どちらにしても負ければ自分は騎士達に捕まってしまう。ならば、騎士に知られてでも僕を倒して奥に逃げたほうがまだ安全だ。彼は指を引き金に掛けた状態で、僕へ見せつけるように銃を出す。僕は彼が撃つよりも先にとポケットから小瓶を取り出し
「駄目だよ。」
硫酸を、彼に。
指で栓を外しながら撒くようにして彼へ浴びせかけた。その途端ジュワァアッ、と焼ける音と共に男の顔の皮膚が溶け出した。彼が痛みに気付いて叫び出す前に、鎧の手でその口を押さえつける。
ゴンッ、と勢いのまま彼の後頭部が壁に当たり、それも気にならないほどに彼は溶けていく皮膚に絶叫した。目に入らなかったのは幸運だろうけれど、顔中の皮膚が異臭と共に焼け溶けていく感覚に将軍は剣も銃も放って自らの顔を押さえつけ、拭おうと暴れ出す。流石に彼の渾身の力を押さえつけるほどの腕力が僕にはない。取り乱す彼を転ばせるようにして押し倒し、今度は僕から全体重を掛けた。押さえつけられた口からくぐもった声で断末魔のような絶叫が途絶えない。
「………まだやるのかい?」
片足を負傷し、顔が溶けた将軍を至近距離から覗き込む。
その途端、僕の目を見た将軍の肩が上下した。怯えるようにそのまま肩がガタガタと震え出す。もしかしたらまたさっきの小瓶をかけられると警戒しているのかもしれない。……実際、まだ一つ予備もある。
硫酸……本来の用途は違うものだけれど、かなりの劇薬だ。鎧を着込んでなかったら彼の口を押さえている僕の手も溶けていただろう。
「君にも国や守るものの為に戦う理由がある。そして君を僕はできれば殺したくない。だけど、……〝殺す以外なら何をしても良いとも思っているよ?〟」
─ だって、君は僕の〝敵〟だから。
そう意味を込めて彼に眼差しを向ければ、皮の無くなった彼の目が見開かれた。
瞼も溶けたのかと思うほどのそれに、僕は逸らさず視線を注ぐ。
……誰にも、理由はある。
彼らが全て悪とは思わない。立場が違うだけで、何かの為に戦うのは同じだ。ラジヤ帝国にとって、侵略を広げて国を拡大させることが自衛であり正義であるならば、彼らに非があるという判断も難しいかもしれない。
僕の下敷きとなったまま将軍は顔から異臭と煙を放つ。彼が、どんな意思でどんな愛するものの為、どんな覚悟でいるのか僕は知らない。立場が違えば、手を差し伸べたいと思った相手かもしれない。プライドが庇いたいと思った相手かもしれない。ただそれでも、国同士の争いの中で僕らは〝敵〟だ。だって
「愛しい彼女を救うのを、君が阻むというならば。」
容赦は、しない。
僕もまた僕の愛するものの為、決して譲ることはできないのだから。
真っ直ぐと彼を見つめ返し、更に覗くように煙がおさまった顔に顔を近づけてみれば彼は無言で歯を剥いた。息を引くように視線を向けたまま、やっと彼の叫びが止まった。肩や胸を大きく上下させながら、抵抗の意思が削がれた様子の彼の喉に剣を突き付ける。逃れるように喉を反らそうとする彼は喉骨がはっきりと上下し、ゆっくりと両手を上げ……る、前に。その右手を僕は掴んだ。
パシッ、と掴めば彼の身体が大きく震え上がった。抵抗すれば殺すと意思を込めて刃先をピタリも喉に当てながら彼の右手を掴みあげる。注意しながら袖下を除けばやはりナイフが仕込まれていた。
掴んだ手でそのまま彼のナイフを取り上げる。通路の奥に捨てようかとも思ったけれど、透明の特殊能力者を警戒して一度僕の服にしまい込む。
更に想像がつく彼の身体中に仕込まれた武器を一つ一つ片手で回収していく。僕自身、全身武装してる身として彼が隠す場所は全て予想がついた。時折、何故わかったのかと声を漏らす音が聞こえたけれど、構わず全て武器は没収した。
「……さて。それで聞いていなかったな。この通路は……いや、プライドはどこにいるんだい?」
教えてくれないかな?と刃先を少し押し付ける。赤い線を引くように切れて血が伝ったけれど、将軍は何も言わない。……やはりそれなりに口は堅いらしい。
試しにポケットからもう一つの小瓶を出して翳してみたけれど身体を震わすだけで歯を食い縛ったままだった。それだけ皇族に忠誠心があるのか。または彼にとって、これよりも怖いものがあるということか。
「なら、他の人達に任せようかな。」
仕方ない。どうせこの先に居るなら、進めばわかるだろう。
武器も全て奪った。足にも負傷を負わせたし、これなら問題なく騎士達も彼を捕らえられるだろう。
残念ながら拘束する道具を持たない僕は、剣を突きつけたまま彼に命じて立たせた。自ら足を引きずりながらも立ち上がってくれる彼に心の底でほっとする。流石に大柄な身体の彼を引きずるのは僕では骨が折れる。
彼の背後に回り、僕が入ってきた入り口まで一歩一歩歩かせる。ズッ……ズッ……とではあるけれど、そんなに遠くない距離で彼を女王の部屋まで追いやれた。通路を出たところで将軍は小さく僕の方に振り返り「どうするつもりだ」と唸るように投げ掛けた。溶けた顔が醜く僕を睨む。
「大丈夫。殺すつもりはないよ。……僕はね。」
次の瞬間。
剣の柄で彼の後頭部を打ちつける。ぐあっ⁈と軽く声を漏らした彼を倒れたままにし、僕は彼の様子を確認したまま後ろ足で隠し通路へと下がった。
このまま彼が倒れていれば、その内に僕が出てこないことを心配した騎士が部屋に入ってきてくれるだろう。たぶん彼もすぐ目は覚ますだろうけれど、起きようと起きまいと関係ない。この隠し通路さえ塞いでしまえば、拘束せずとも彼に逃げ場はない。
「じゃあね。……ちゃんと、プライドの居場所を吐いた方が身の為だよ。」
もう届いていないであろう彼にその場から小さく語り掛ける。
悪いとは思いながら、隠し通路の入り口の仕掛けを一部壊させてもらう。扉の開閉自体は単純な仕掛けだ。これでもう女王の部屋から隠し扉を開けることはできなくなる。将軍は隠し通路に戻れない。あとは彼がプライドの居場所を騎士達に伝えてくれれば良い。
扉を内側から閉ざせばガカチャッ、と少しだけ歪な音がした。恐らく壊した仕掛けのせいだろう。
入り口の傍に置いた灯りを拾い、もう一度奥の通路へ向き直る。カツン、カツン、と足音を響かせながら慎重に進み、先ほど将軍が現れた辺りまで来れば梯子と下へと繋がる穴が空いていた。……どうやら、やはりこの先もあるようだ。
深く、明かりで照らしても底までは見えない。この高さなら地上どころか地下まで辿り着くんじゃないかと思うほどに深かった。誰かが待ち伏せている気配はないけれど油断はできない。
思わず緊張から鎧越しに胸を押さえつけた。とくん、とくんとゆっくりなのに大きな鼓動が手まで伝わるかのようだった。大きく息を吸い上げ、吐き出す。呼吸を整えながら、この先に彼女がいるのだと確信する。……プライドが。
「……いま、逢いに行くから。」
底に向かい、一人彼女へ語り掛ける。
梯子に足を掛け、一つ一つ間違いないように小さな灯りと共に闇へと身を降ろす。
大丈夫、絶対に逢いに行く。愛しい愛しい君の為なら何処までも。たとえ、この先が地の底へと続いていようとも。
今度こそ、あの花の言葉に応えよう。
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