542.配達人は頼る。
「ヴァ……ヴァル。その、さっ……さっきはごめんなさい……。」
アァ⁈と、ケメトの小さな謝罪にヴァルが唸った。
捕縛対象者の大男を城内の牢獄まで連行した後。建物内まで連行する騎士を置いて、ヴァル達は三人でティアラ達の元へ向かっていた。
ケメトの謝罪に苛つきを露わにしたヴァルは、珍しく自分の前で小さく俯くケメトに「なんでテメェが謝る」と低い声で尋ねた。
「だって、……ヴァルとセフェクが僕の為に隠してくれてたのに。……勝手に、しました。」
ケメト自身、自分の特殊能力が珍しいこともその為にヴァルやプライド達が隠し続けてくれていることも、人前で自分の特殊能力を見せることが危険なこともわかっていた。更には助けた相手はヴァルが毛嫌いしている騎士だ。
ごめんなさい……とまた小さく謝るケメトにヴァルは舌を打つ。頭をガシガシと痛むほどに掻きながら「テメェに怒ってるんじゃねぇ」と短く答えた。その返答にケメトが目を丸くして見上げると、セフェクが言葉が足りないと言わんばかりにヴァルの袖を引いて抗議した。
セフェクから袖を振り解きながら、ヴァルはもう一度ケメトを見る。速度を落とし、鋭い眼光が彼だけを捉えた。
「……くたばり掛けやがったあの騎士に腹が立ってるだけだ。」
もし言いふらしやがったら残りの騎士二人も許さねぇが。と零しながらヴァルはケメトの寝癖混じりの髪の上に手を置いた。
実際、ケメトに対しては本当にヴァルもセフェクも怒ってはいない。ケメトが自己防衛よりも人命を優先したならばそれは本人の勝手。そして以前よりも危険な立場にケメトがなったとしても、それをケメトに代わってどうにかするのもまた自分達の勝手なのだから。そんなことよりもケメトが初めて自分の意思で動いたことの方が二人には驚きだった。
「そうよ!それにヴァルだって最後は協力してたんだから同罪よ!」
ケメトだけが悪くないわ!とケメトとヴァルの背後から今度は二人の袖を引っ張るセフェクに「誰が協力だ」と一言ヴァルは言い返す。
だが、セフェクから最後にアランを助けようとしていたケメトに手を貸していたことを指摘されれば、唸り声と「うぜぇ」という一言しか返せなくなる。
ヴァル自身、何故自分がわざわざあんなことをしたのかはわからない。ただ、あれほど必死に助けようとしたケメトの姿とそしてプライドのことを考えれば、選択の余地など彼にはなかった。
「そんなことはどうでも良い。……それより」
そこまで言ってヴァルの言葉が止まった。
舌打ちを何度も繰り返しながら、続きの言葉を出したくないように黙するヴァルにケメトとセフェクは首を捻る。なんでもねぇ、と返しながら取り敢えず二人にさっきのことはティアラ達にも誰にも言わないように、そして安易に使わないようにだけ念を押す。するとケメトは、ヴァルが自分に怒っていないことを安心したからかまたいつものように言葉をかけた。
「……ヴァルは何を悩んでいるんですか?」
アァ⁈とまた声を荒げるヴァルに、ケメトは全く動じず瞬きを繰り返す。
セフェクも続くように視線を上げれば、先にヴァルの方が二人から顔を逸らした。舌打ちだけで敢えて答えないままで前方を睨んでいると、次第に先ほどいた塔まで辿り着いた。更に近付くにつれ、一番奥の塔の前でティアラが手を振っている姿が目に入る。隣にはセドリックも並び、二人でこちらを迎えていた。すると、セフェクがティアラに手を大きく振り返す中、何も言わないヴァルにケメトは言葉を重ねた。
「僕は、大丈夫ですよ。」
ヴァルの腕に掴まりながら、ケメトは言う。
先ほどの呼びかけるような声ではなく、大きな独り言のような話し方にヴァルもセフェクも目を向けた。見れば、ケメト自身二人の方向ではなく、前方へ顔を向けながら口だけを動かして笑っていた。
速度を落とした地面が馬程度の速さでティアラ達に近づいて行く。
「アラン隊長を助けたかったのは僕の我儘です。僕と、主と……アラン隊長とカラム隊長の為です。でも、僕は」
そういって、言葉を切ったケメトはゆっくりと顔を二人へ上げる。ヴァルの腕を掴む手に力を込め、セフェクの手を握り直しながら彼は眩しいほどの満面の笑みを浮かべて彼を見上げた。
「ヴァルとセフェクの我儘なら、なんだって叶えたいです!」
弾むような声で、そう告げた。
言った直後、照れ笑いを浮かべるケメトは一度丸く見開かれたヴァルの目と視線が合うと、満足したように前方へと向き直った。ティアラの方へと手を振り、そろそろ止めないとティアラ達にぶつかっちゃいますよと声をかける。ケメトに視線がそのままになりながら地面を止めれば、ティアラの方から「ありがとうございましたっ」と言葉が放たれた。
「どの塔にもお姉様はいませんでしたっ……。城門の方はどうでしたか?」
ティアラの言葉にヴァルの代わりにセフェクが答える。
「皆、無事よ」と伝えれば、ほっとしたようにティアラもセドリックも胸を撫で下ろした。特殊能力を一度解かれ、また土に戻った地面に二人と護衛の騎士が乗り込めば再びヴァルの特殊能力によって地面が盛り上がる。再び次の塔へ移動すべく地面を滑らせる前にとヴァルがやっとケメトから視線を外し、後方にいるティアラへと振り返った。
「おい、王女。次の塔に着いたらもう一度別行動させろ。」
不意なヴァルの投げ掛けにティアラはキョトンとする。
セドリックも驚きながら「ヴァル殿、それは……」と返すが、ヴァルはその言葉を「聞くな」と二人に向かって断じた。
ティアラは突然の別行動に一瞬戸惑ったが、ヴァルの鋭い眼差しとそしてその傍にいるケメトの訴えるような真っ直ぐな眼差しに喉を小さく鳴らした。ティアラ自身、ヴァルに自分を始終守ってもらう為に彼を呼んだわけではない。何より、単なる戦線離脱やうんざりしたなどの理由での別行動ではないだろうことがティアラにははっきりと汲み取れた。
確認の意味を込めて、一つだけティアラはヴァルに問う。
「それはっ……お姉様の為ですか?」
「そうだ。そしてテメェの為だ。」
ヴァルは、ティアラに嘘はつけない。
その上で彼が躊躇なくはなったその言葉にティアラは力強く頷いた。わかりました、と返しながら次の目的地をヴァルに伝える。城内でも特に塔関連が密集した場所を選び、ヴァルに「必要な用事が全て終わったら迎えに来て下さいっ」と伝えた。
ティアラとヴァルとのやり取りにセドリックは唇を結んだまま考えるように眉間に皺を寄せて強張らせたが、今度は何も聞かなかった。ヴァルが進行方向を目的地へと変えて速度を上げる中、無言で先の空を見上げる。既に陽が傾き、翳り始めていた。
セフェクもちょうど空が目に入り「少し暗くなってきたわ」と声を掛ければ、生返事を返したヴァルは自分の腕に掴まる少年に再び目をやった。
「ケメト」と彼の名を呼び、傍にいる二人にしか聞こえない声でぼそりと言葉を掛ける。
「……なら、俺の我儘をきいてくれ。」
敢えて無感情にも聞こえるような低い声で。
片手で首の後ろを掻き、まるで嫌々言っているかのような表情と起伏のない言い方にそれでもケメトは目を輝かせた。「はい‼︎」と声を跳ねさせ、ヴァルの腕を掴む手に力を込めた。初めてヴァルから頼られた気がしたその言葉が嬉しくて仕方がない。
するとセフェクが、二人のやり取りを羨ましそうに頬を膨らませながら「私にはないの⁈」とヴァルの袖を掴んで声を上げた。面倒そうな言い方でヴァルが「テメェも来い」と投げるように言えば、まるで売り言葉に買い言葉のように「当たり前でしょう⁈」とセフェクが怒って返した。
甲高いセフェクの声を間近に放たれ、片手で耳を塞ぎながらヴァルは顔を歪める。うるせぇ、と零しながらさっさとティアラとセドリックを塔に届けるべく速度を上げた。
自身の、我儘の為に。




