そして逃亡者は立ち去る。
「ッバリー隊長!保護対象者は無事捕縛されました……!」
「よし!ッカラム隊長は⁈アランはどうなっている⁉︎」
ヴァルが城門についた時には既に城門前は収拾と緊急とが入り混じっていた。
城門まで辿り着き、閉ざされた門を特殊能力で荷車ごと越えたヴァルは三番隊と六番隊を見下ろした。双眼鏡や特殊能力で遠方を確認しているらしき騎士が次々と報告に声を上げ、更に遠方からは手枷を嵌められた大男が騎士達に担がれてくるところだった。
やっぱりもう終わってんじゃねぇか、とヴァルは思いながら仕方なく城外へと降りる。フードを深く被り、荷車ごと下に降ろせば気配に気づいた騎士達がすぐに振り返った。一度ティアラやレオンと共に顔を合わせた為、武器を向けられることはなかったがそれでも警戒したように騎士は自分達に何の用かとヴァル達に向き直った。
「……第二王女から武器の補給だ。それと特殊能力者の奴隷の連行に手を貸せと命令された。」
騎士相手に話すのも嫌そうに低い声で語るヴァルは、フードの下から騎士達を目だけで見回した。
ヴァルの風貌と七年前の前科から彼に対し戸惑い気味の騎士の中から話が早い奴はと探し、……気がついた。
最初に門を通った時には居たカラムがそこにいないことに。
少し訝しみながらもそれを訪ねようとすれば、先に別の騎士が再び六番隊の隊長であるバリーへ報告をと声を上げた。
「カラム隊長は御無事なようです!ですがアラン隊長が深傷を負わされたらしく……!いま、ジェイルさんが処置につきました!」
騎士の報告に全員が一度ざわついた。
アラン隊長が⁈傷の状態は?ここからは見えません、とバリーや副隊長達も詳細を求める。突然のヴァルの登場よりも遥かにアランの重傷の方が彼らには深刻だった。一気に騎士達からの注意が逸れたヴァルはその二人の名前に眉を寄せる。二人共彼の聞き覚えのある名前だ。特にカラムという名前を聞けば一年前を思い出し、またあの騎士かと呆れに近いものまで覚えてしまう。
「ヴァルっ……!」
名前を呼ばれ、視線を下ろせばケメトがぎゅっとヴァルの腕を握っていた。
不安げなその表情をヴァルに向けた後、今度は訴えかけるようにその視線をカラム達がいるであろう方向へと向けた。続けてセフェクが「その二人って主の近衛騎士じゃない⁇」と重ねれば、彼女までケメトと同じように視線を投げた。
二人の訴えに苛々とヴァルは首の後ろを掻き毟る。食い縛った歯の間から音を出して息を吐いた。顔自体も顰めながら、二人に「知らねぇぞ」とだけ断ったヴァルは、荷車だけをその場に置いて再び地面を滑らせた。
騎士の間を高速で抜け、保護された大男と騎士ともすれ違い、更に向こうへ氷と手枷で固められた男と複数の騎士達を視界に捉える。
まだ他にも居たのかと思いながら、ヴァルは速度を緩めたがこちらも騎士によって捕らえられた後だった。氷を騎士達の手で砕かれる男を横目で見て過ぎた後、その数メートル先にいるカラムの背中に気が付いた。速度を落としたまま近付き、その背後で能力を解く。
「死ぬな……死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな……‼︎」
背後に近付いた自分達にすら気付かないほどに、ひたすら同じ言葉を唱え続けるカラムの背中は丸くなっていた。
こりゃあ……と思えば、ケメトが心配そうに眉を垂らしながら自分を引っ張り、背後からはセフェクが無言で自分を押してきた。二人の意思に促されるようにしてヴァルは更に歩み寄る。カラムと七番隊の騎士であるジェイルの背後から覗けば、力無く横たわったアランが目に入った。
ヴァル達に気付いたジェイルは目だけを驚いたように一度向け、無言ですぐにアランへ視線を注ぎ直した。その手で変わらず特殊能力で治療を施してはいるが、身体の真ん中にくっきりと空いた大穴と出血にヴァルは一目で〝もう駄目だな〟と理解した。
あまりに大きな風穴にセフェクは小さく悲鳴を上げてヴァルにしがみつく。ケメトも気付いた瞬間ビクッとヴァルの腕を掴む手に力を込め、僅かに震えながらもその光景から目を離せなかった。
まるで周りが見えないようにたった三文字だけ唱え続けるカラムと、そして生きているのが不思議なほど酷い傷と浅すぎる呼吸でその目に光を無くしつつあるアランの姿にヴァルは気分が悪くなる。別にアランの死には何も感じない。彼らにヴァルは全く情を抱いていないのだから。だが、今この時に死なれること自体に怒りを抱く。ジルベールとステイルから聞いた奪還戦の条件は、全員が生き残ること。それなのにこれから死者が出る。しかもプライドにとって身近な人間でもある近衛騎士だ。
よりにもよって今日くたばるんじゃねぇよ、と言ってやりたい気分にもなったが、目の前で「死ぬな」と零し続けるカラムの姿に不思議とその言葉を吐き捨てる気が失せた。すると
「……ケメト?」
カラムとアランを睨み続けていれば、ふいにケメトがヴァルから手を離して前に出る。
呼び掛けにも珍しく応じず、自ら一歩一歩震える足でアラン達へと歩み寄っていた。
アランの酷たらしい傷が目に入る度にビクビクと肩を上下させるケメトは、既に泣きそうに顔を歪めていた。戦場をヴァル達と共に駆け巡った彼だが、敵は良くても味方や身近な人物の死に対しては拒絶と恐怖が強い。堪えるように絞った下唇を噛み締め、そしてその手を怪我治療の特殊能力者であるジェイルに彼はゆっくりと伸ばし出した。
まさか、とヴァルとセフェクは同時に息を飲む。
ケメトのしようとしていることを理解しながらも動かない。どういう理由であろうとも初めて〝自分の意思で〟動いたことを止めることにセフェクは当然のこと、ヴァルも喉が引っかかるような抵抗が残った。二人が躊躇っている間にもケメトはとうとう震え伸ばした手をジェイルの背中につく。そして
…………何も、起こらなかった。
ペタリ、とケメトの小さな手が確かにジェイルの背中についたが、何も変わらない。
怪我治療の特殊能力を使っているジェイルにも、そしてアランの傷口もぽっかりと変わらず風穴が開いたままだった。
ジェイルは鎧越しに小さい圧をかけられたことは気付いたが、子どもが触れているだけだと気にしない。そんなことを気にしている場合でもなかった。視線の先では、アランがゆっくりとその口を動かしたところだったのだから。……たった四文字を、カラムに伝える為に。
何も変わらず、むしろ先ほどまで唱え続けていたカラムの目からポタポタと涙が溢れ始めたのを目の当たりにしたケメトは、絞った唇を震わせる。
……だめだった。
ケメトとアランは何ら大した関わりはない。
だが、自分達が現れても嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれる人は全員ケメトにとっては〝良い人〟で、そして自分にとっても大好きな人であるプライドの〝大事な人〟はケメトにとってもそうだった。
年齢と共に特殊能力は安定する、成長するといってもまだ十歳のケメトには限界が多過ぎる。
もし自分がいま、思い通りに特殊能力を使えたら目の前で死にそうになっているアランも、その死を悲しんでいるカラム達も助けられたのにと思えば悔しさと無力感ばかりが込み上げる。
もう一度、祈るように意思を持ってジェイルに触れる。だがやはり駄目だった。鎧越しにだからなど関係ない、ヴァルやセフェクには服越しでもできていた。目の前の事実にケメトは心の中で何度も「なんで」と繰り返し続けた。
アランが死ねば、自分もきっと悲しい。アランが死ねば、カラムがもっと悲しんでしまう。アランが死ねば、プライドやティアラが泣いてしまう。プライドが泣けばヴァルも辛くなる。そう思いながらもジェイルの背中に触れて何度も何度も特殊能力を望むが、叶わない。今まで、自分の意思でケメトは特殊能力を使えたことすら無いのだから。
そうしている間にもアランの目がとうとう意思を持って閉じられる。いつのまにか小さく笑っていた彼は、その死を受け入れ始めた。カラムとジェイルが息を飲み、ケメトも強張らせた顔のまま目元に溜まっていた大粒の涙が肩を震わせると同時に零れ落ちた。
ジェイルに手をついたまま、目の前で自分が特殊能力を使えなかった所為で救えなかった命を前に呼吸が止まる。「アランッ‼︎‼︎‼︎‼︎」と血を吐くようなカラムの叫び声に、まるで自分が殺してしまったかのような錯覚を覚え、ケメトの顔色が蒼白へと変わっていく。呼吸が止まったまま強張った顔の筋肉で瞬きすら出来なくなる。
背中からでも明らかなケメトの動揺する姿にヴァルは胃の中を酷く揺らした。ケメトに余計な責を負わせたとアランとカラムへの怒りと、自分自身への嫌悪が募る。その背に歩み寄り、「ケメト」と彼をジェイルから今度こそ引き剥がすべくそっとヴァル は彼の小さな肩を掴み
「ッ⁈……ゔッぁあアア⁈あ゛ッ、ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ⁈‼︎‼︎」
ぐわり、と突如としてジェイルの絶叫が響き渡った。
あまりの叫びにカラムも初めて顔を上げ、ヴァルも目を剥いた。
尋常ではない、叫び声というよりも唸りに近いそれにヴァルの背後にいたセフェクは悲鳴を上げた。ケメトはまるで苦しんでいるようにも見えるジェイルの背中に思わず手を引
─ こうとした瞬間。背後からヴァルがその手を押さえつけた。
ガッ、とケメトの手がジェイルの背から離れないように押さえつけるヴァルは、反対の手でもケメトの肩を支えるようにして掴み、歯を食い縛った。
ケメトが驚きのまま振り返っても、ヴァルは掴んだ手を離そうとしない。「離すな」と言っているかのようなその顔に、今度はケメト自らもジェイルの背中に手を押し付けた。
ケメトに触れられた背を仰け反らせ、唸り声を上げるジェイルの姿はヴァルには酷く覚えがあった。自分が初めてケメトの力で特殊能力を使った時だ。
「ックソが……。」
ジェイルの絶叫に紛れて、一度だけヴァルは言葉を零した。
だがそれでも、ジェイルに触れるケメトの手をここで離そうとも離させようとも思わない。歯をぎりぎりと鳴らしながら両手でケメトの手と肩を支え続けた。
ジェイル⁈と掠れた声を上げるカラムだったが、すぐにその目の前の光景にそれ以上の言葉が出なくなる。
ジェイルが手をかざしていたアランの風穴が、みるみる内に塞がっていく光景に。
凄まじい速さで、まるで泥の穴が小さくなるように周りから再生し、次第に埋まる。
腕の太さほどあった大きさの穴が小さく縮み、目を疑うのを止めるより先に傷が嘘のように塞がっていった。
まさか、とカラムは驚きのあまり、瞼が無くなった目でアランの顔を覗き込む。見れば、先程までは白に近かった筈のアランの顔に血色が戻っている。更には頬の火傷すら最初からなかったかのように消えていた。そして傷が跡形もなくなれば、ジェイルからもやっと絶叫が収まった。特殊能力は使ったままだが既に目の前のアランは正常に呼吸をし、傷もない。
恐る恐る特殊能力を止めて手をアランから下ろすと、それに合わせるようにケメトとヴァルが彼の背から手を離した。背後の気配の正体はと、ジェイルは目を丸くしたまま二人へと振り返った。
ケメトはぽかんと放心したまま動かない。まるで置いてかれた子どものように固まってしまう。君は、とジェイルが尋ねようと口を動かせば
ヴァルが引き離すようにケメトを片腕で抱え上げた。
わっ⁈と、気が付いたようにケメトが小さく声を漏らし、顔を上げる。
ヴァルは威嚇するような目でジェイルと、そしてカラムを順々に睨み付けた。牙のような歯を剥き出しにしながら「ずらかるぞ」と背後にくっつくセフェクの手を握った。フーッッ……と獣のように息を吐きながら、ヴァルは言葉を探すように騎士二人を睨む。契約で脅迫行為ができない彼はそれを歯痒く思いながら、何とか一番自分の意思に最も近い言葉を絞り出す。
「ッ言うんじゃねぇぞ……‼︎」
言ったら殺す、と言わんばかりに血走らせた目を凶悪に尖らせ、次の瞬間にはボコリと地面を盛り上げ滑らせた。
ビュァアッッ、と風を切るほどの速さに一瞬カラムとジェイルは目を凝らした。完全に〝逃亡〟という言葉が似合う様子で城門の方向へ立ち去ったヴァル達に疑問しか浮かばない。何故、逃げたのか。一体彼らは何をしたのか。何故ここにいたのか。と次から次へと疑問が生まれる中、二人の意識を小さな呻き声が引き戻す。
「っ……?」
息を詰まらせるような、悪夢から目を覚ましたような小さな呻きだったが、今のカラムとジェイルを大き過ぎる変化だった。
目を自ら閉じていたアランの瞼がピクピクと動き、顔の筋肉に力が入り始めていた。未だ目の前のことが信じられないままカラムは「⁈アランッ……‼︎アラン‼︎アラン⁈」と繰り返し呼び叫ぶ。すると、朝の目覚めのようにすんなりとアランの瞼が開いた。アラン隊長……‼︎とジェイルも声を震わせる中、アランはパチリパチリと二度瞬きをすると、視界に広がる友の名を驚いたように呼んだ。
「……………カラム……?」
その言葉に、カラムは一瞬溢れ切った筈のものがまた目の奥まで込み上げた。
口の中を強く噛んで堪え、アランを見返せば本人が一番驚いているように仰向けのまま自分の手の平を見つめ始めた。瞬きが止まらないように何度もパチパチとした後、小さく「…………生きてる……?」と呟いた。そして
「……ッえ⁈ちょっ、待て何で俺生きてッ⁈」
ええぇえっ⁈‼︎と。絶叫に近い叫び声を上げたアランは次の瞬間に勢いよく飛び起きた。
仰向けの状態から一気に跳ね上がるようにピョンッと立ち上がったアランは、覗き込んでいたカラムの顎に頭をぶつけかけた。反射的に顔を反らし避けたカラムも、いつもなら危ないだろうと文句の一つでも言ったが今はそれどころではなかった。
「え⁈夢……いや夢じゃねぇだろ⁈あれ、なんで、どうやって怪我ッ……えええ⁈ねぇし‼︎これ、えっ……えええええっ⁈」
嘘だろ⁈と「え」が止まらないままに自分の身体を手で叩くように触れて確かめるアランは、若干パニックのようだった。
明らかに傷があったであろう場所は鎧も溶け、大きく丸い穴が空いているが肝心の身体には傷がない。割れた腹筋を覗かせるだけだった。
「ッ落ち着け、アラン!とにかく、今は」
「ジェイルお前か⁈今絶対死ぬと思ったぞ俺‼︎怪我かなりやばかっただろ⁈」
任務中に私情は抑えねばと自分自身に言い聞かせながら話をしようとするカラムの言葉を、アランが上塗りするように声を荒げてジェイルに詰め寄る。
両肩を鷲掴み、真っ直ぐに見開いた目を向けてくるアランにジェイルは「い、いえ、そのっ……」と戸惑いのまま言葉を濁す。アランが助かったことの喜びと、未だに信じられない驚愕。自分がやったという言葉が間違ってもいなければ正確でもない。更には助けてくれた本人、もしくはその連れであるヴァルから口止めされた以上、話して良いかもわからない。すると、興奮した様子のアランに、火の男を氷から救出している最中の騎士達も振り返り「アラン隊長‼︎」「動いては怪我に響きますから‼︎」と口々に声を上げた。
注意こそアランに向けていたが、ずっと炎の男の氷を砕くほうに目を向けていた彼らはヴァル達の存在は気付いてもアランの傷の状態や具体的に何が起こったのかまでは知らない。ジェイルが絶叫した時も振り返りはしたが、てっきりアランが死んだことで取り乱したのかとしか思っていなかった。炎の男も確かにアランを貫いたと確信していた為、あまりに元気な様子のアランに顔が驚愕に硬直したままだった。
「ッアラン‼︎いい加減にしろ!今は任務中だ‼︎‼︎」
仕方なくカラムが怒鳴る。ハリソンの暴走時と殆ど同じだった。
本当なら自分も同じ疑問を周りに投げ掛け、アランが助かったことを喜びたかったが、今はそれよりも任務が優先だった。
カラムの怒鳴り声に、やっとアランが振り向く。笑いながら「悪い、悪い」と返すが全く反省の色がなかった。そのアランのいつも通り過ぎる反応に、カラムとジェイルは同時に肩の力が抜けてしまう。一度片手で頭を押さえた後、気を取り直してカラムは口を開いた。
「……アラン。とにかく、助かってくれて良かった。何故そうなったかは私達にもわからない。だが、今それを追求してる場合ではない。今はお前が戦線復帰できるかどうかだけ教えてくれ。」
通常、怪我治療の特殊能力は痛みなどを抑え、後から治癒を早めるまでが限界だ。表面上は治っても動かせば悪化や再発があって当然だった。しかし……
「全っ然問題ねぇよ。どこ動かしても痛くもねぇしさ。」
ニッ、と歯を見せて気楽に笑うアランはそのままストレッチのように身体を捻らせ、伸ばして見せたが全く痛みも不調もなかった。
アランの言葉に一言で返しながら、カラムはなるべく深くは考え込まないようにと息を吐く。単に一命を取り止めただけではない、怪我が最初からなかったと思えるほどの治癒力などあり得ないと何度も過ぎった考えを必死に頭の中で抑えつけた。
前髪を指で押さえ、もう一度自分を落ち着かせるべく深呼吸をする。カラムに倣うようにジェイルも肩を使って深呼吸を繰り返す中、アランは気が付いたようにある一点に向かい手を振った。カラムもその方向へと目を向ければ、一番隊の騎士だ。アランと同班の騎士達がやっと追いつき、合流を果たすべく駆け寄ってきた。
「アラン隊長!御無事で何よりです!」
「捕縛対象者はアラン隊長が⁈」
「アラン隊長、その血と鎧は……⁈」
一番隊の騎士達の続く問い掛けにアランは笑って返す。
何とかな、いや俺じゃなくアイツらだと親指で炎の男と氷から掘り起こす騎士を指した。
「血はー……まぁ軽く怪我してさ。もうジェイルが治してくれたから問題ねぇよ。」
はははっ、と間抜けに穴の空いた鎧を手で叩きながら、アランは未だ戸惑い気味のジェイルの肩に腕を回す。
血の量と鎧に穴が空いているという時点で軽傷とは信じ難いが、傷痕もなければアランがこの上なく元気なのが何よりの証だった。頬の傷もジェイルに治されたのだろうと思いながら、騎士達はジェイルに礼を伝えた。
肯定も否定もできず「アラン隊長が御無事に済んで何よりです……!」とだけ返すジェイルは、未だに頭の整理がつかない。ただ、アランが生きて笑っているという事実にだけ気を抜くと涙が出そうになった。
「いや〜、あの捕縛対象者すげぇ強いから三番隊の奴らがいてくれて助かったよ。剣も鎧も溶かすしさ。お前らにも全部任せちまって悪かったな。」
消火活動おつかれさん、とアランは一番隊の騎士一人一人の肩を叩いて労った。
いえ、アラン隊長こそ、と言葉を返しながら騎士達は姿勢を正す。アランは最後の一人の肩を叩いた後、笑いながらカラムへと身体ごと向き直り、……また笑った。
「カラムも。…………ごめんな。」
最後だけ、明るく笑って言いながらも眉を垂らすアランにカラムは思わず唇を噛んだ。死ぬと思う寸前まで意識はあったアランは、ついさっきのことも当然覚えている。
カラムは堪えるように顔を険しくして見つめ返すと、顔を背ける前にアランの肩を右手で叩いた。
「……お互い様だ。」
今は任務中だと忘れるな、と続けた声の方が大きかった。
アランはそれに一言で答えると、地面に捨てていた団服を拾った。バサバサと軽く土埃を払うように翻し、腕を通した後は穴の空いた鎧を隠すように団服の前を正しく閉じた。団服も汚れや焼け焦げはいくらかあるが、穴の空いた鎧よりは目立たない。そして軽い調子で、同班の騎士に炎の男を氷から出す手伝いをしてやれと指示を出した。
アランのことがあった為、あまりにも手加減なく本気で特殊能力を使ってしまった氷は分厚く硬く、簡単には砕けてくれない。半分近くはなんとか削れたが、本気を出せば炎の男ごと斬りかねない作業に騎士達は慎重を期した。
早く助け出さないとまた他の兵士や特殊能力者が来るかもしれない。そうでなくても長時間このままにすれば男が凍死か酷い凍傷になると、数を増やした騎士達は急ぎ手を動かした。するとカラムは彼らに一言掛けた後、氷漬けの男に歩み寄る。そして一度だけ目を合わせた直後、〝怪力〟の特殊能力の拳で男の足元に叩き込み、大部分を粉砕した。
計算し尽くされた拳は男には衝撃を与えず、氷だけを破壊した。まだ身体にこびり付いてはいるが、これで無事連行できると騎士達は「流石です!」と声を上げた。
一度、現状報告と指揮の為にカラムとジェイルは後をアラン達に任せ、先に城門前へ戻った。駆け足で向かいながら敢えて二人はさっきのことは話さなかった。しかしただ一つ、ジェイルはどうしても気になることだけをカラムに確認すべく小声で投げ掛ける。
「……あの男、確か防衛戦にも居た配達人と存じます。……彼は、我々の味方なのでしょうか…?」
防衛戦で足に怪我を負ったプライドに特殊能力を施したジェイルは、当然ヴァル達のことも覚えている。
だが、自分達騎士に対しての彼の態度とさらには七年前のことを当然覚えている彼には何とも判断が難しい。
ジェイルの言葉にカラムは暫く口を閉ざした。そして数メートル門に近付いてから、全てを総合して確かなことだけを口にする。
「……少なくとも、敵ではない。」
それに連れの少年少女は良い子達だ、と。そう続けたカラムの言葉にジェイルは頷いた。
三番隊、六番隊に手を振り、やっと彼らは合流する。城門前の彼らから、保護対象者である大男はヴァル達が連行の為に騎士と共に連れて行ったと聞きながら、置いてかれた武器の荷車を目で確認する。元々ある程度はまだ余裕もあったが、これだけあれば補給の要請も必要ないとカラムは判断する。
六番隊隊長のバリーが一言カラムを労った後に報告を求めた。それにジェイルが自分が報告をと進み出る。炎の特殊能力者の捕縛、一番隊の班との合流、それを詳細に説明した後に最も大事な報告を、彼ははっきりとその場にいる騎士達全員へと告げた。
「重傷者、死者ともにありません。」
アラン隊長も軽傷で済みました、と続けながら思わずジェイルは笑う。
カラムも込み上げた喉を息ごと止め、堪えきれずうつむかせた口端が緩みかけるのを片手で押さえつけた。
その報告ができた喜びを、二人は気付かれないように胸の奥だけで噛み締めた。
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