540.騎士隊長は呼び掛け、
「アランッッ‼︎‼︎‼︎」
目の前で倒れ込んだまま血を吐き出し続けるアランにカラムは声を張り上げた。
同時にアラン隊長‼︎と彼の名を呼ぶ声がいくつも背後から響き、顔だけで振り返れば城門の騎士が駆け付けたところだった。その更に後方では、一人の騎士が大男を保護する為に急ぎ城門まで担いで走っていた。
炎の男が再び一網打尽にすべく手を構えるが、それより先に駆け付けた騎士が二人同時に手から特殊能力で水を放つ方が先だった。ジュワッ‼︎と男が炎を纏った直後に消化され、水蒸気がを大量に噴き上げた。相手が炎の特殊能力者だとわかった時点で、城門の騎士達は炎に強い特殊能力者を応援にと走らせていた。
絶え間なく水を浴び続け、視界が水蒸気で白くなった男はぐあっと声を漏らしてよろめいた。その隙に別の騎士が放水の間を縫うように男の懐へと飛び込めばその身体に手をついた。途端に男の身体がみるみる内に凍り出し、懐から足、上半身へと氷が広がった。全身から炎を出して溶かそうとしたが、氷を溶かしたり突然の灼熱で割っても騎士が男から手を離さない限りは何度でも瞬時に凍らされてしまう。
先程の大男にやったような手加減ではなく、身体の芯まで凍らせるように氷結し続けたまま騎士は男から離れない。更には止まることなく水まで浴びせられ、水蒸気が出すばかりで満足に手からも全身からも炎が出せなくなる。炎の特殊能力と動きを封じられた男に、氷結の特殊能力者は一度手を離すと瞬時に手枷を取り出し、水を防ごうと顔の前に構えられたままの手首に嵌めた。
ガチャン、と水ではない感覚が腕を重くし、完全に特殊能力が使えなくなった男は、水に濡らされ氷に覆われ、凍えるしかなくなった。安全を確保された後、分厚い氷に覆われた男が凍死する前にと急いで騎士達により氷の中からの救出作業が行われる。剣で砕き、本人に傷を負わせないように配慮する中、騎士達の意識だけは目の前の男にではなく、彼らの背後で何度も名を呼ばれ続ける
……アランへと、向けられていた。
「アラン‼︎しっかりしろアランッ‼︎‼︎七番隊が来るぞ‼︎」
あまりの重傷に下手に動かすことも出来ず、自分の足に覆い被さったアランを呼吸がしやすいように仰向けの体勢にだけ変えさせたカラムは何度も何度も必死に呼び続ける。
頭を上にするようにそのまま自身の足を貸すが、アランの息は既に細かった。足を自分の団服やズボンがアランの血を吸い、染まって重くなるのを感じながらカラムの息までもが細かく荒くなっていく。
脈を確かめる為に触れていたアランの首の温度が急激に熱を失っていくのが嫌でもわかり、指先から全身が微弱に震え出す。血を口からも傷からも多く流し、薄く開いた目でアランは僅かにパクパクと口を開くが言葉にはなっていなかった。「わ゛ッ……ヅ、ゲン……ガッ……‼︎」と声を発する度にゲホッガバッと、咳き込み同時に血を吐いた。「悪い。アイツ、剣も溶かしちまうんだ」と言いたかったアランだが、それも届かないままカラムに「ッ今は喋るな‼︎‼︎」と怒鳴られた。
班で行動中、炎の男を発見したアラン達だが、自分達を見てすぐに攻撃の意思を見せた男と交戦が始まった。水や氷結の特殊能力者も居なく、通信兵も自分の班には不在の為に応援も呼べず苦戦を強いられた。
炎の槍は鎧ごと騎士の脇腹を掠めて焼き切り、飛んでくる炎の槍を横から打ち返すべく真っ二つに斬ろうとした騎士の剣をも一瞬で溶かした。更には男は大量の炎を撒き散らして周囲を火事にした為、その消化活動中に大量の炎に紛れるように男は逃げてしまった。火事と燃え落ちる瓦礫に足止めを喰らいながらも持ち前の足で男に追い付けたのはアランだけだった。
途中でアランの足についていけなくなった騎士達に、消化活動と近くの通信兵か声拡張の特殊能力者へ応援要請をするように指示したアランがやっと追いついた時には、既に炎の男は十番隊の元まで辿りついてしまっていた。
十番隊の護りすら貫き破る力を持った男相手に、アランは敢えて彼らに道を開けさせた。彼らよりも城前にいる筈の三番隊の水や氷結の特殊能力者と連携した方が確実で被害も少なく済む。そして予想通りに男は城門に向かい、そのまま男の特殊能力を把握した自分が彼らと協力して男を止める筈だった。
その前に、大男を捕らえたカラムと鉢合わせなければ。
「ッお待たせ致しました‼︎……ッいま、治療を……‼︎」
「ジェイル‼︎急いでくれっ…!」
誰も悪くはない。それは、騎士の誰もが理解している。
アランもカラムも最善を尽くし、これはその結果なのだから。男の炎の槍の恐ろしさを知るアランが庇わなければ、カラムが確実に死んでいた。
城門から駆け付けてきた七番隊の騎士であるジェイルが怪我治療の特殊能力をアランに使う。騎士団の中でも怪我治療の特殊能力が優秀な騎士だが、腕一つ分の風穴が特殊能力の可能範囲を越えていることは明らかだった。
助からない、と。
それもまた、アランの傷を目にすれば誰もが理解できることだった。
「アラン、死ぬな、頼む、ッまだやるべきことが!お前には山のようにあるだろう⁈」
カラムもまた、理解しながら叫び続ける。
速くなる自身の鼓動の音が耳まで届き、胸も喉も肺も恐怖で縮み上がるように痛んだ。目の前の現実に腕どころか全身が震え出し、彼の足の上に頭を乗せたアランも同時に僅かに振動した。
歯を強く食い縛り、薄く目を開いたまま瞬きもしないアランをカラムは見つめ続けた。肩を硬ばらせ、自分自身が息も満足にできないまま鎧の下の手が酷く汗で湿った。しっかりしろ、死ぬな、アラン、と何度も何度も呼び掛けながらカラムの頭には一年前の会話が嫌なほど鮮明に思い出された。
『お前もさ、……次は絶対死ぬなよ?プライド様が泣くぞ〜?』
騎士団長であるロデリックに、騎士の継続意思を伝えた後だ。
あの時のアランの真剣な表情と、最後のからかうような笑顔がまるで遠い昔のように感じられてしまい、カラムの背筋を凍らせた。
『俺も。……もう二度と御免だ』
アランは言った。
プライドを助ける為、仲間の死を確信したアランの絶望も恐怖も責任感も苦痛も頭ではカラムも理解しているつもりだった。
……だが、今。
こうして目の前で死にゆく友を真近にすれば自分でも制御できないほどの拒絶感に襲われた。負の感情全てを纏めて凝縮したような感覚が全身を襲う。死ぬな、死ぬな、死ぬな、と。とうとうその言葉だけを唱えながら視界の中にも脳処理にも目の前のアランしか入らなくなる。今まで騎士の死は何人も見てきたカラムだが、友が自分を庇って死ぬのは初めてだった。そうしている間にもアランの身体は順調に生から遠退いていく。
脈が弱くなる、細い息の回数すら少なくなり、血色が殆どなくなり白に近くなる、脱力した筈の身体が時折痙攣を起こすように震えを起こした。
死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな、と繰り返しながらカラムの頭に鮮明にあの時の会話の続きが再生される。
『…すまない』
『良いって。いつか絶対─』
ジェイルが能力を続けながらも歯を食いしばり、強く目を瞑って首を横に振る。
もう駄目だと、助からないと。だが、炎の特殊能力者の対応に追われた騎士達とアランに全神経を注いでいるカラムにもその合図は目に入らなかった。最初からそうわかっていながらも、それでも藻搔くようにジェイルは特殊能力を使い続けたが、本当に無駄だった。
怪我治療の特殊能力が優秀な彼にでさえ、痛みを消し去り、炎症を抑え、血を止めて回復力を増幅させることはできても、完全にアランの風穴を元通りになどできるわけがない。血は止まったが、大事な身体の臓器を欠損したアランの身体は内側からも血溜まりができ、繋がり合った他の臓器までもが機能を停止し始めていた。
せめてアランが息を引き取るまではと特殊能力を続けるジェイルだが、もうその視線は彼の傷口ではなく目に光を失いつつあるアランの顔へと向けられていた。
死ぬな、死ぬな、死ぬな、と訴え続けるカラムの顔を見上げるように軌道を確保されたアランの口がパク、パク、パク、パク……と薄く小さく開くように動かされる。声を出すことを諦め、口の動きだけで伝えようとするアランのそれを、カラムもジェイルも何とか読み取った。途端、その意味を理解できないジェイルと違い、アランへと俯いたままのカラムからポタッ、ポタタ、と涙の粒が耐え切れずに溢れ落ちた。
〝し〟〝か〟〝え〟〝し〟
その四文字を遺したアランは、僅かに笑った。
微笑むのとは違う。してやったりと言うような、騎士団の誰もが見た覚えのある屈託のないアランの笑顔だった。
『良いって。いつか絶対仕返すから』
ああ、本当に仕返されたと。
任務中に涙など許されないと理解しながらも、カラムは堪え切れなかった分の涙粒をアランの上に零した。
ここまで来て、こんな状況で、最期に残す言葉がそれかと。仕返しというならば私と同じようにお前も助かれと。強張った表情のまま口の中だけで食い縛り、いつものようにアランに怒ったような表情をカラムは返した。すると、細く短かったアランの息が長く吐き出された。同時に薄く開いていたその目が意思を持って閉ざされる。
触れた首の脈も、もう微弱というほど無に等しい。熱量の多いアランの身体が冷え切り、細い息すら聞こえなくなってきた。
静かに死に浸かっていくアランの身体とそして何よりも死を受け入れたアランの姿にカラムもジェイルも息を飲む。全身を強張らせ、次の瞬間には誰もが聞いたことの無いカラムの血を吐くような叫びが轟いた。
「アランッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
直後、続くようにジェイルの絶叫までもが響いた。
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