538.副隊長は覚悟する。
「ッエリック副隊長‼︎捕縛対象者を発見致しましたッ‼︎」
フリージア王国城下。
騎士の報告が聞こえ、見上げれば特殊能力者で建物の壁面を垂直に登った騎士の一人が俺に向けて二時の報告を指差した。そのまま目を離すな、通信兵に報告をと命じてから指し示された方向へと他の騎士達と共に走る。
特殊能力者の操縦で引かれた荷車で城下に上がってから、一番隊と二番隊は複数班に分かれて散らばった。ラジヤ兵の追討と、荷馬車から逃げ出した特殊能力者を追う為に。
ラジヤ帝国兵とフリージア王国騎士が入り混じる中、捕縛対象者となる奴隷にされた特殊能力者の捜索が最も難航していた。何せ、目印は首輪のみ。あとは他の兵と同じ格好だ。特殊能力を使わなければ殆ど見分けもつかない。
ハナズオ連合王国での防衛戦でも奴隷が大量投入されていた。だが彼らには奴隷の印は何もなかった。つまり今回投入された奴隷の彼らは〝敢えて〟奴隷だとわかるように見分けをつけられたということになる。
彼らが我が国の民だと、躊躇いを生ませるために。
そして実際、単に討伐ではなく保護という形の彼らに俺達は下手に攻撃することも、他の敵兵とまとめて攻撃することもできなくなった。相手の特殊能力もわからない今、下手に攻撃して死なせるわけにはいかない。彼らは元は我が国の民である奴隷被害者なのだから。
「……っとに‼︎嫌な真似をしてくれるなッ‼︎」
駆けながら食い縛った歯で思わず唸る。
騎士達に特殊能力者用の手枷は所持しているな⁈と確認を取り、城下の裏通りを抜けていく。既に城下に入って他の班が二人、特殊能力者を捕らえたという報告は入った。広い城下でどこに隠れているのか、それとも更に城へ向かっているのかもわからない。だが、避難が完了したお陰で民に紛れられなかっただけが幸いだった。移動中では通信兵も映像を送る座標を互いに掴めない。既に他にも捕らえた班がいるのかまだ二人のままなのかも不明だ。とにかく次の特殊能力者も絶対に保護しなければ!
途中で合流した十番隊の騎士が「先に向かいます‼︎」と敵兵から奪った馬で駆けて行く。その後に俺達も続けながら捕縛対象者の元へ向かった。暫く駆け続ければ最初に捕縛対象者を見つけた騎士から「今、十番隊が捕捉しました‼︎」という報告が建物の上から上げられた。直後、渇いた銃声音が響く。恐らく捕縛者の足を止める為だろう。どんな特殊能力を持っているかわからない今、遠距離からの攻撃で動きを奪うことが最も
「あああああああああああああああああああああああああああああああっっ‼︎‼︎」
突如、癇癪のような怒声が前方から響いた。
騎士の声か、それにしては覚えがない。なら、兵士かそれとも特殊能力者か。そう考えるのも一瞬に俺達の視界が
白く、染まった。
ドッガァッ‼︎ドッガァン‼︎ドォオッッ‼︎
光に視界を潰された直後、爆音が何度も何度も轟いた。
反射的にその場を退避したが、爆風に押されて飛び退いたまま建物に背中をぶつけた。息が一瞬止まり、その後も爆風の凄まじさで息が暫くできなくなる。
一時的に耳鳴りが酷くなり音も聞こえなくなる中、目を凝らした先では小爆弾のようにドカンドカンと今も爆破が続いていた。爆風に煽られながら両耳を押さえ、爆煙の中で騎士達は無事かと確認すれば、ちょうど騎士の一人が盾を片手に俺の方へ駆け寄ってきてくれたところだった。……衝撃を吸収する、特殊能力者製の盾だ。数の限られたそれは今は各班数人ずつで分散されていた。
先頭の俺以外は衝撃を吸収するその盾で身を守ったらしい。良かった、と安堵しながらぶつけた背中を壁から起こす。……よし、折れてはいない。
盾の背後に俺を入れてくれた騎士が「……ック……長‼︎……ガはあり……か⁈」と俺に叫んでいた。あまり聞こえないが、多分怪我はないかという確認だろう。手の合図で答え、暫く爆発が収まるまでを彼と待った。だが、数十分待っても爆発は止まらない。互いに片手ずつ耳を塞ぎながらもう片手で盾を押さえながら考える。これだけの爆弾をどこから、と思いかけて止まる。違う。これは爆弾じゃない、恐らくは
「特殊能力者か……。」
思わず言葉に出た声は、爆音に紛れて目の前の騎士にも届かなかった。
恐らく、騎士からの狙撃を受けてから能力を暴走させているのだろう。故意にか、それとも身を守る為にか。
とにかく、暴走だというならばこれ以上待っても止むとは思えない。盾の中に隠れる体勢から地面を踏み、盾の持ち手を握り直す。驚いたように目を丸くする騎士に指で合図を送り、前進を伝えた。
彼と共に盾を構え、その影に隠れながら足を揃えて前進する。さっきの先行した十番隊が辿り着いたことを考えても、捕縛対象者はここから遠くない。衝撃が届いているということから考えても間違いはないだろう。
騎士と共に爆破されて崩壊していく建物と瓦礫を通り過ぎながら奥へと向かう。段々と爆破の勢いが明らかに強くなっているのがわかると同時に、紛れるように小さく「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」とまたあの声が聞こえてきた。……癇癪がまだ続いているらしい。
ふと視線を感じて顔を上げると、先行した十番隊の騎士が建物の上からこっちに来るようにと手で呼んでいた。
他にも騎士が二人。一人は担がれ、もう一人は捕縛対象者を発見した騎士だ。どちらも建物の上に避難していた。どうやら彼らも無事で済んだらしい。馬だけを失ったようだ。
何か報告すべきことがあるのか、一度爆心地から逸れて彼らのいる建物の元へ歩み寄ればすぐに上にいた騎士が降りてきてくれた。
彼が俺達に触れてから一気に跳び上がれば、一度で数十メートルはある建物の最頂部まで届いた。「おつかれ様です!」と騎士の一人に叫ばれ、言葉を返す。
ここからは高さが大分あるお陰で、爆発の余波も薄いらしい。建造がしっかりした建物のお陰で爆風程度には揺れる程度で崩落の気配もない。
上から爆心地を見下ろせば、俺達が向かっていた方向にはやはり爆弾ではなく兵士が居た。頭の兜だけが爆風を受けて吹っ飛んだのか、はるか遠くに転がっている。彼の身体を中心としてその周囲が彼を守るように何度も爆破を繰り返している。更には四つん這いで地面にしがみつくような格好の兵士が、自らの爆破で壊した周囲の建物の瓦礫を拾っては四方にがむしゃらに投げていた。その度に投げられた瓦礫が数秒後にはまるで小爆弾のように破裂し、更にその余波が傍にあるものを壊し瓦礫を作り上げ、それをまた兵士が拾い投げるを繰り返している。
「恐らく触れたものを爆破させる特殊能力かと考えられます。手放して数秒後に爆発もさせることができるようです。」
特殊能力を使ってからずっとあの様子です、と十番隊の騎士が説明してくれる。
聞けば、鎧の隙間から撃ち抜いて足を止められたは良いが、倒れ込み逃げられないことを察知したからか能力を暴走させるように触れた地面を爆破させ始めたらしい。
申し訳ありません、と謝る彼らに返しながら腕を組む。あの爆音と爆風じゃ説得の呼び掛けもここからでは本人に聞こえない。もし聞こえたとしても、完全に奴隷として洗脳された相手には主人以外の言葉なんて殆ど通じない。全て通じるならこちらだって最初から撃ったりなどしない。それに、この爆風では麻酔銃を他の班から調達して撃ったところで当たらないだろう。
「対象は何者だった?」
未だに建物の上にいるこちらにも気付かず、手当たり次第に瓦礫を投げている兵士は、まるで癇癪を起こした子どものようだ。
身体がついた地面と手に取った瓦礫が能力で爆発さえしなければ、とても大の大人が考える攻撃とは思えない。
「まだ若い青年でした。足を撃たれて身動きが取れない為、ああするしかないのではと。それまでは街の破壊よりも城に向かうことを優先しているようでした。」
やっぱりか。
奴隷だった年数がどれくらいかはわからないが、洗脳するには長い期間をかけると聞く。なら、彼も頭は幼いままなのかもしれない。特殊能力こそかなり強大だが、完全に騎士団に怯えて暴れているだけだ。
相手は子ども、攻撃方法は爆破のみ。片足が撃たれているなら動けないし、更にはこちらからの呼び掛けにも応じないと。そこまで考えてから、仕方ないと俺は諦める。
騎士から特別製の盾を借り、壁を垂直に登れる騎士に途中まで降りるのを手伝ってくれと頼む。アーサーやアラン隊長なら未だしも、俺じゃ流石にこの高さから無事に着地はできない。
「俺が捕縛する。何かあった時はすぐに他の班から応援を呼んでくれ。アラン隊長か、ケレイブの班だ。」
部下達に城下のどこかにいるアラン隊長と二番隊の副隊長の名を指名する。
ケレイブの特殊能力かアラン隊長なら、あれぐらいの特殊能力者を捕らえることも容易だろう。ただ、俺達が一番捕縛対象者に近い今、可能な限りは対処するべきだ。特殊能力者用の枷を持っていることも確認し、銃弾の残りも確認する。レオン王子からの補給で充分にまだ潤っている。
特殊能力者の手を借り、爆風が顔に強く掛かる程度の高さまで壁沿いに降りる。片手は垂直に壁に立つ騎士の手を掴み、もう片手で銃を構える。最後に手を離すと同時に壁を蹴り、対象者の方へ飛び降りた。
盾で身を守り、爆破でぶつかってくる瓦礫と爆風の中で着地する。盾の影に隠れたまま対象者の方向へと一気に駆け抜ける。爆煙に紛れて難なく進めたが、至近距離になった辺りから俺の姿を捉えたのか集中的に爆発物が投げ込まれた。「死ね死ね死ね死ね」と、爆音に紛れてやっと「あ」以外の言葉が聞こえてくる。殺気も僅かに感じられてきた。
当然だ。こちらからすれば仕方がないとはいえ、まだ何もせずに逃げていただけの彼を撃ったのは俺達の方なのだから。今も怒りにぼやかされているだけで騎士に撃たれた足は酷く痛んでいるだろう。
更に駆ける足を強めれば、とうとう投げられた瓦礫が爆破する前に盾へぶつかる距離まで来た。盾にぶつかり落ちた瓦礫に足を吹き飛ばされないように盾の位置を下げて注意する。標的の声に大分近づいてきたところで俺は視界を塞ぐ盾を捨てる。一気に視界が開け、爆風に目を凝らして見れば、あと数歩先の場所にまだ十代であろう青年がこちらを睨んだまま膝をついていた。
……戦場では、生かすことより殺すことの方が簡単だ。
「大丈夫です、抵抗しなければ何もしません。」
試しに声を掛けてみる。
それでも青年は俺を睨んだまま手の瓦礫を振り投げていた。見開いた目から零れた涙が食い縛った歯の隙間まで垂れていた。殺意と敵意しか感じられない青年にやはり言葉は届かない。
銃を構え、青年の手を狙いたいところをぐっと堪える。また半端に痛みを与えたら、余計にこれ以上特殊能力を暴走させる可能性もある。代わりに俺は
投げられた瓦礫を撃ち弾いた。
バキィンッ、バキィッと投げられた瓦礫が弾け返り、弧を描くようにして青年の背後へ弾け飛んだ。
続けて俺に投げつけようとした爆弾が手元から離れぬまま、背後に飛んだことに青年が目を剥いて爆弾へ振り返った。どうやら、自分で爆発を取り消すことはできないらしい。代わりに青年の意識が背後にそれたからか地面の爆発も止まり、その隙に一気に俺は距離を詰める。
彼は足を撃ち抜かれて動けない。地面を爆破させている分は中心にいる本人だけは無事だったが、自分の手で爆弾に変えられた瓦礫が傍で爆発したら無事では済まないのだろう。
……あと二秒。
逃げられない彼の腕を掴み、引き寄せる。
「あ゛⁈」と声を上げた青年が俺の隣へ倒れこむと同時に反対の腕で彼の後頭部へと肘を打ち込む。
ガン、と鎧で覆われた肘を受けた青年は、今度は呻くこともなかった。捨てた盾を拾い、構えた直後には瓦礫が爆発した。
衝撃を盾で吸収しながら青年の無事を確認すれば、正面から地面に額ごとぶつけて倒れ伏していた。……しまった。無駄に怪我をさせたかもしれない。
爆破を防ぎきった後、盾を降ろして倒れたままの彼の両手へ特殊能力者用の手枷を嵌める。それからゆっくり顔が見えるように彼を抱き起こせば、額は擦れて血が滲んでいたが、それ以上は割れてもいないようでほっとする。
「エリック副隊長‼︎」
声に振り返れば、避難していた騎士達が駆け寄ってきていた。ご無事ですか⁈と叫ばれ、手で答えながら捕らえた青年の状態を確認する。
騎士に撃ち抜かれた足と、額の怪我。あとは俺に肘打ちされた後頭部が腫れているくらいだった。これなら後遺症も残らないだろう。
まだ気を失っている青年は、土のついた顔に涙の跡がはっきり残っていた。まるで兵器投入のように放られた彼はやはりまだ若い。少年と言っても良い年かもしれない。細い手足が満足に食事も与えられていなかったのだろう。身体の大きさにそぐわない鎧に着られたような状態の彼は、とうてい戦場に出せるような身体ではなかった。一年前の防衛戦でもそうだったが、戦場の奴隷は本当に人とは思えない扱われ方だ。
彼を抱き上げながら、騎士達に他に被害はなかったか確認する。馬が二頭やられたが、あとは誰も怪我もないと報告され、ちょうど同班の騎士達が後続から駆け込んできた。
開口一番に「流石です」「あの至近距離から瓦礫を撃ち弾くとは」と言われながら、次には「エリック副隊長はお怪我などはありませんか⁈」と聞かれてしまい「何とかな」と笑って返す。
「大丈夫大丈夫。それに俺は怪我できないから。」
笑いながら鎧ごと青年を抱き抱え、立ち上がる。
騎士達が何人か「……できない?」「確かエリック副隊長に特殊能力は無かったと……」と呟いたから、そういう意味じゃないと首を振る。そのまま彼を安全な場所に、と十番隊の騎士に彼を預けた。俺達一番隊の班には、まだ追討と捕縛が残っている。
武器と銃弾の残数を確認し、礼を言って盾を返す。見回して騎士に誰も欠員がいないことを確かめてから、改めて「行くぞ」と声を張る。
「まだ保護対象者もラジヤ軍の兵も全員でないことを忘れるな‼︎」
騎士達から一斉に覇気の篭った声が返ってくる。
通信兵のいる班に合流次第、本陣へ報告をと伝え再び捜索へと動く。騎士達を先導して走り、建物沿いに垂直に駆け回る騎士が「この先でも二箇所で戦闘が行われているようです‼︎」と声を上げた。
戦闘、ということは何処かの班が戦っているのか。どの班の方向だ、と聞いたら一つはアラン隊長の班が向かった方向。もう一つは別の一番隊の班だった。
アラン隊長が居れば大丈夫だろう。もう一つの班の方へ応援に行くことを決め、再び戦闘準備を整えてから駆け出した。何度も至近距離で爆発音を聞いたせいか耳がまだボワボワするが、それ以外は走ってみても問題はなさそうだ。後から思い返せば、我ながらあの距離からの爆撃で無傷は奇跡だった。盾を拾うのがあと少しでも遅れたら、自分どころか青年にまで深傷を負わすところだっ
『無理はなさらないで下さいね。エリック副隊長に何かあれば、私が泣きますから』
……不意に、まるで今あの人がいるかのような鮮明な声が頭に過ぎる。
駆けながら思わず周囲を見回してしまうけれど、当然居るわけもない。「どうかなさいましたか?」と騎士に尋ねられ、一言で否定した。
口の中を一度飲み込み、前を向く。握った拳に力を込めながら「大丈夫です」と胸の中だけで記憶のあの人へ唱えた。
〝復帰してくれて本当に嬉しい、これからも怪我には気をつけて下さい〟
……俺は、怪我することはできない。
少なくとも、簡単には。
騎士として、こんな戦場では無理なことだとはわかっている。それでも、出来うる限りあの人を悲しませることだけはしたくない。
『なら、お前はないのかよ?いつものプライド様だぞ⁇またあの人に会えんだぞ⁇何かねぇの?』
『じ……自分はっ、……そのっ、ただ………‼︎』
プライド様の、笑顔を。
また、あの大輪の花のような笑顔を見られるなら何でもする。……何でもできると、そう思う。
プライド様が操られていると知った時は怒りと喜びが同時に込み上げた。再びあのプライド様を取り戻せるのだという希望と、……あそこまでプライド様を狂わせたというアダム皇太子への憎しみが。きっとそう思った騎士は俺だけじゃないだろう。ラジヤ兵や捕縛対象者ではなく目の前の相手がアダム皇太子だったら、一瞬で殺気に染まれる自信がある。
あの人を本当に取り戻せた時、何一つ陰りなく笑って下さる日が来るように。その為ならばこの命すら惜しくはないと本気で思う。
「ただ……それじゃあ解決しない。」
今度こそ留まらずに口に出る。
風を切る音で他には聞こえなかったようだけど、またうっかり出ないようにと唇を直後に噛んだ。
俺が死ねば、きっと元に戻ったプライド様は悲しんで下さる。それは嬉しいことだが、……同時に何としても避けなければならない。
あの人が俺の無事を望んでくれるなら、どんな危険の中だろうと無傷でいる覚悟で臨む。でないときっと俺の願いも叶わない。俺の傷も、民の被害も騎士の死もプライド様を苦しめることは全て
絶対に許さない。
あの人の、騎士として。
331.367-2
522




