537.貿易王子は踏み込む。
「!お待ちしておりました、ティアラ様!」
セドリック王子に二十一個目の武器を説明し終えた時、とうとう僕らはフリージア王国の城門に辿り着いた。
城門が見えてきたと思えば、カラムと多くの騎士達が出迎えてくれた。恐らくこの城門を守る騎士隊だろう。銃の構えを解き敬礼をしてくれる。
既に通信兵を介してステイル王子が呼んでくれていたらしく、手筈通り二名の温度感知の騎士が名乗り出てくれた。王居内にいた九番隊の騎士だ。
彼らにも同乗してもらい、カラムに話を聞けばどうやらまだ城内に侵攻はされていないらしい。城門前には多くの敵兵の亡骸があったけれど、騎士のものは一つもなかった。カラム曰く「十番隊が合流してからはここまで辿り着く者もおりません」らしい。
ジルベール宰相が城下と城前に放った十番隊。
城門が見える地点から、馬に乗った騎士が左右に分かれて僕らに道を開けてくれた。恐らく彼らのことだろうと思い出す。その時点から多くの敵兵を掃討した痕跡もあった。ここまで国門から辿り着くのに人の足じゃかなり時間は掛かるし、まだ騎馬兵しかここまで辿り着けていないのだろう。
そして同じ騎馬で彼ら十番隊に勝つのは不可能だろう。確か、十番隊はあらゆる状況における騎馬での戦闘に特化した騎士だった筈だ。馬よりも素早く動ける騎士すら居るフリージア王国騎士団の中、騎馬兵として時にはその彼らよりも迅速に動き、馬を手足のように扱う隊でもある彼らが、同じ条件下でたかだか少人数ずつ訪れる騎馬兵に負けるとは思えない。
僕が「なら、補給は足りていますね」と確認を取ると、すぐに肯定が返ってきた。弾や銃が足りているなら何よりだ。十番隊が援護に入ってから撃っていないのなら当然だ。……何故かカラムが少し含むように「色々と弾を節約できてしまう事態が重なりまして」と疲れた声を漏らしていたけれど。
「で?テメェは降りねぇのか。」
「折角ならこのまま王居まで頼めるかな。たぶんそこが一番怪しいと思うんだ。」
城門を通されてすぐ僕らの方にアネモネ騎士達の方を振り返ったヴァルに笑みで応える。
城内に入ったところで、フリージア王国は城内の規模が違う。折角なら近くまで送ってもらえた方が助かる。
面倒そうに舌打ちをしたヴァルだけれど、すぐに地面を走らせてくれた。王居に着いたら僕とヴァル達は別行動をとる事になる。僕とアネモネ騎士達は城の建物内を、ティアラ達は城内の屋外を中心に
プライドを、探す。
途方もなく広い城内で、衛兵が今も捜索を続けてくれているけれど見つからない。
ステイル王子から城内全てに僕とアネモネ騎士の立ち入りも全て許可を降ろしてくれた。ティアラではなく、他国の王子である部外者の僕が良いのだろうかとも思ったけれど「レオン王子の頭脳と王族としての視点から捜索を願いたいのです」とジルベール宰相も言ってくれた。……どこか、プライドの居る場所に検討がついているようにも見えたけれど。でも、それなら最初から口にしてくれただろうし。
「おいレオン!さっさと降りやがれ‼︎」
王居の前で地面が急停止した途端、固定された足元が解放された。
騎士達と荷車も外されたようだけれど、僕はアネモネ騎士隊と温度感知の騎士を一人、そして必要な武器だけを手に取る。残りは君達に、と荷車をまるごと彼らに託してから僕らは乗っていた地面を飛び降りた。
「ありがとう、じゃあ行ってくるよ。」
お礼と共にヴァルを始めにティアラ達へ手を振る。ヴァルとセフェクには目だけで睨むように見下ろされたけれど、ケメトとティアラは「気をつけて下さい!」「気をつけてよっ!」と声を掛けてくれた。最後に目が合ったセドリック王子も何か神妙な面持ちで深々と頭を下げてくれる。
ティアラ達を乗せたまま地面が滑り走っていく。敢えて速度を落としたそれは、温度感知の騎士が周囲を見回しせるように小回りを効かせながら城中を巡る。城内に詳しいティアラもいるし、彼女の案内なら城内全てを巡り切ることも可能だろう。彼らがプライドを見つけるのが先か、僕らが見つけるのが先か。どちらにせよ、それさえできれば。
「……さて、行きましょうか。」
小さくなっていく彼らを見送り、僕らは王居から宮殿へと駆け出した。
フリージア王国の宮殿……そして、王宮に。プライドが見つかっていない今、王族が住まうこここそが一番可能性が高い。背中に掛けた銃と腰の剣を確かめた僕は扉を開かせ、足を踏み入れる。
一時は愛しい彼女と共に過ごした王居で、そして今はその彼女を
取り戻す、その為に。
……
「おっそぉ〜い。……ねぇ?せっかく期待した貴方のラジヤ兵はどうしたのかしら。」
足を放って壁に背を預ける。
正午をとっくに過ぎた今も変わらずラジヤ帝国軍は我が城に攻め入って来ない。覗き穴から覗いても騒ぎこそ聞こえても、最初以上に慌ただしくなるようには見えない。敢えてせせら嗤いながらと言ってみれば、思った通りアダムが苛立たしげに国門へと窓のない壁を睨んでいた。取り繕い切れてない顔が楽しくて、アッハハ!と声に出して笑ってしまう。アダムの機嫌の悪さに将軍も冷や汗が止まらない様子で棒立ちだった。
「こまったわぁ……?まさか兵が城内に突入すら出来ないなんて、がぁっかり。」
てっきり数にものを言わせてそろそろ城内に雪崩れ込むぐらいは頑張ってくれると思ったのに。
雪崩れ込むどころか城まで大軍の雄叫びも蹄の音すら届いてこない。半端な数で突入しても我が騎士団に全滅させられるに決まっている。銃声や馬の声は聞こえるし、いくらかは城まで届いているのかもしれないけれど、どうやら全部死んでるみたい。
「これじゃあ貴方と私も死ぬしかないわねぇ。……ここから出たらすぐに温度感知の特殊能力者に見つかるわ?」
突くようにアダムへ言葉を重ねる。ピクッ、ピクッ!と死にかけの虫のように肩を揺らして反応する彼を見るに、なかなかの屈辱のようだ。
実際、このまま兵が城まで届かなければ彼らに逃げ場はない。たかだか三人四人で騎士団に勝てるわけもない。まぁ所詮はゲームでの小ボス、毎回簡単に攻略対象者に蹴散らされているのだからここまでがせいぜいだろう。私もそうなる為に手を打ったのだから。……それに。
「……さっきの地震?すごかったわねぇ。アッハハ!〝どっかの特殊能力者の仕業かしら?〟ラジヤの?それとも我が国の⁇どちらにせよ優勢は明らかだけれど。まぁ特殊能力もない国じゃ所詮この程度」
「ッおい‼︎特上を取り寄せたんじゃねぇのか⁈」
どういうことだ!と苛立ちを剥き出しにした歯でアダムが荒げる。
負けている自国の恥と屈辱で、顔が真っ赤だ。その顔を大笑いしながら眺めていると、狐のような細い目が僅かに開かれた。手のひらが開かれたまま指先全てに力が入り、関節を曲げて震わせている。
将軍がビクビクと身体を震わせながら、手配はしましたと訴えたけれど、アダムの怒りは収まらない。……嗚呼、素敵。
「増援は⁈正午には間に合う筈だったじゃねぇか‼︎なんでまだこねぇんだよ‼︎」
どうやら彼には城に辿り着く前に掃討されたという思考はないらしい。
とうとう私の前でも態度を変える彼にケラケラ笑ってしまう。ああ、今なら何時間でも見てられる。ああ楽しい、ああ素敵、ああ……
絶望に染まる姿がこんなにも愛おしい。
アハハハハハハッ……と耐え切れず笑いが溢れてしまう。
駄目だ、本当なら見つかるから黙りなさいとアダムを叱らないといけないのに楽しさの方がついつい勝ってしまう。途端にアダムと将軍が同時に私の方に振り返った。その顔がまた間抜けで、熱も怯えも引いてなくて私はドレスの下から足をバタつかせ、お腹を抱えて嘲笑う。
「素敵っ……素敵よぉ?アダム!ハハハッ………‼︎……貴方はその姿の方がずぅっと素敵。」
いらっしゃい?と笑みのままにアダムへ手を伸ばす。
それだけで魔法のように、アダムが怒りの引かない赤い顔で私に引き寄せられるように近づいてくる。細い眼が間近で見ると瞳以外も血走っていて真っ赤だった。口端だけが笑うように涎が垂れそうなほどに開かれ、引き上がっている。跪いた彼の顎を指で転がせばゴクリと鳴らした。本当に動物みたいだ。
嘲った筈なのに褒められたとでも思ったのか、アダムの顔に笑みが入った。……そんな顔じゃつまらないというのに。だから私は彼のその頭を
思い切り鷲掴む。
グシャッと髪の束を掴んで引き上げれば、アダムの顔が驚愕と痛みに染まった。
将軍がアダムの名を呼んだけれど構わず、私はアダムの顔を無理矢理あげさせて顔を近付ける。狐のような細目をじっと覗き込み「そう、その顔よ」と笑いかける。
痛みと屈辱、戸惑いが混ざったその顔じゃないとつまらない。また私の好きな愛しい顔のまま硬直する彼の頬を反対の手で軽く撫でてあげる。その途端、顔が紅潮した彼の顔がまた悦に緩んだ。痛みが足りなかったらしく、髪を鷲掴んだ手に力を込めれば今度は痛みに軽く呻く。
どうやら彼は少しでも褒めたら調子に乗るらしい。なら仕方がない、ちゃんと自分の立場を彼にもわからせてあげないと。
「楽しみねぇ?アダム。貴方自慢の帝国が敗北する時が。……その時は、騎士に殺される前に私が殺してあげる。」
どうせ、私を裏切るつもりの男なのだから。
私の少し前に殺したところで問題はない。彼が殺されるルートだってちゃんとあったもの。
「ほらほらほらぁ?良いのかしらこのままで⁇フリージア王国に自分から喧嘩を売っといて支配どころか爪痕すら残せていないじゃない。アッハハ!これで侵略国なんて笑っちゃう。」
本国ではないにしろ、侵略国家と謳いながらフリージア王国の騎士団には全く歯が立たないなんて。城を堕とすどころか、城下さえこの調子なら大した被害は与えられていないだろう。それとも今は城下を荒らし回っているから遅れてるだけとでもいうのか。……いや、予想よりもラジヤが下回ったのは残念だけど、所詮はモブキャラ。期待なんてしただけ無駄だ。
「貴方の価値なんて、今は騎士団に首を取られるくらいしかないんじゃない?」
詰り、髪を引っ張り、嘲笑い、床について崩れた彼の足を踏みつける。
アダムは瞼を無くしたように見開いたまま私を見つめたままだった。自分が上手く調子に乗らせている筈の相手にここまでされたのが衝撃なのか、抵抗どころか言い返しすらしてこない。
実際は、彼は母上達を治す唯一の方法だから、それさえ取引材料に使えば生かされるかもしれない。……でも、彼にはもっともっともっと追い詰められてもらわないと困る。最高の幸福な結末の為には最後の最後の大逆転じゃないとつまらない、なのにこれじゃあ単なる主人公側の圧勝だ。夜にすらなる前にラジヤ帝国軍全滅もあり得てしまう。
ステイルとジルベール宰相の特殊能力者は封じた。アーサーは死んだ。レオンはそろそろ我が国へ向かっている頃だろう。そしてセドリックはハナズオ連合王国。
つまり、今動ける攻略対象者は居てもステイルとジルベール宰相とレオンだけ。先ずは敵の戦力を削らないと。騎士団演習場の武器庫にでも侵入して大爆発でも起こそうか。私ならきっとある程度なら騎士も倒せるし、無理矢理押し入って火をつければ簡単だ。騎士団の武器庫の火薬量なら被害もかなりのものになるだろう。あとは、もういっそステイルかジルベール宰相を殺しちゃうのも良いかもしれな
─ 爆音が、轟いた。
ドッガァッ‼︎ドッガァン‼︎ドォオッッ‼︎という、連続した爆音と振動が私達のいる空間を空気ごと何度も揺らした。
あまりの音にアダムを掴む手が緩まった。ハナズオの時のように投爆かと思ったけれど、覗き穴を除くと違うらしい。爆弾が落とされるような光景も気球もない。代わりに視界の隅の方が爆音と共に何度もチカチカ光ってみえた。何かと尋ねる前に、今度は爆音に合わせるようにハハハハハハッ‼︎とアダムの笑い声が間近で響いた。振り向けば嬉しそうに赤い目を輝かせたアダムが私へ満面の笑みを向けている。
「あああぁあああ‼︎やぁっと動いたようです‼︎我が国の特上品が……‼︎」
ハハハハハハハハハハハハ‼︎‼︎と唾を飛ばして笑うアダムは裂いた口で笑った。あまりの大声に外に聞こえると私が頭の代わりに口を塞げば、息苦しいのかすぐに顔が赤らみ出す。目だけは卑しく笑ったまま私へと向ける彼はかなりのご機嫌らしい。
彼らの放った奴隷がやっと暴れ出していることに。
覗き穴を再び覗き込んで見ていれば、まるで呼び水かのように、爆音の次は別の場所から火柱が上がった。更には何やら空が怪しい。雨雲かなと思うほどの黒い影が近付いてきたと思えば気持ち悪いほどの数の鳥の群れだった。……どうやら〝特上〟というのは言い過ぎではなかったらしい。
「……やればできるじゃない。」
彼の口から手を離し、べったり涎のついた手を擦りつけるように彼の頭を撫でる。
ここからじゃあ小さくしか見えないけれど、あれほどの爆破や火なら軽く百以上は民の被害が出ただろう。この数時間で民が全員避難できるわけがないのだから。
「アッハハハハハ……」
民が、死んだ。
これでまた誰か私を恨んでくれたかしらと思うと興奮が胸を躍らせる。息が細切れに激しくなり、覗き穴からの景色に目が離せなくなる。あの方向は間違いなく城下だ。
特上の特殊能力者。奴隷大国ラジヤの最高の商品は、いつどんな時に侵略に使われても良いように彼らの支配下国に必ず数体は保持されている。たとえどれ程に本国から遠方の国が相手であろうとも、圧倒的な力で侵略する為の秘密兵器だ。しかも今回は特上の奴隷の収穫場所でもあるフリージア王国から比較的近い〝ラジヤ帝国〟と植民地から。お陰で余計に特殊能力者の保持数も特上の投入可能数も多かったらしい。
てっきり奴隷も早々と騎士団に捕まっちゃったかしらと思ったけれど、ちゃんと残っていたみたい。ああああああ良かった本当に良かった早く早く城に来て。
あまりの嬉しい驚きに呼吸が荒くなったまま私まで笑った口から涎が垂れそうになる。これでやっと、やっとゲームらしいエンディングが迎えられる!もっともっと城下を火の海にしてくれないとつまらない‼︎騎士団に止められる前に早く、もっともっと壊して殺して苦しめて。
そう思っている間にもまた爆音が何度も何度も轟き、衛兵が慌てたように城内を駆け巡るのが見えた。嬉しくて楽しくて口が引き上がったまま下がらない。
─ やっぱり、この世界はラスボスに都合が良いように出来ている。
ゲームでは攻略対象者達のメインの敵はフリージア王国と他の攻略対象者や登場キャラだったけれど、この世界ではそのフリージア王国が襲われている。これこそ私が望んだ展開だ。ちゃんと私が殺されるに相応しい環境と展開が作り出されてくれている。
早く、もっと壊してと思う反面、早く私を見つけてとも思う。
ちゃんとラスボスらしいエンディングに相応しい場面になるまでは見つかる訳にはいかないのに。それでも興奮が胸の高鳴りが抑えきれない。叶うならこの目で苦しみのたうちまわる民と嘆き悲しむ騎士が見たいのに。ああああああああ早く壊して、早く来て、早く見つけて、早く、早く早く早く
私を、殺して。




