530.義弟は牙を剥かれる。
数分前。
「ッ怯むな‼︎このまま撃ち続けろ‼︎‼︎」
フリージア王国 国門。
既に多くのラジヤ帝国の骸が積み上がっている中、騎士達は大砲を撃ち鳴らす。
ドン、ドンと鈍い響きを轟かせながら煙を巻き上げ火を吹いた。国門下が煙に包まれ、敵の叫び声以外は砲撃が当たっているのかどうかもわからなくなる。五番隊が砲撃と銃撃を繰り返す中、四番隊が敵の総数と規模、望遠からラジヤ帝国の内どの国か、更には軍の所持武器や馬を確認しては本陣へと報告を繰り返す。
「装甲馬車がもう無いことは確認した‼︎遠慮なく撃ち鳴らせ‼︎‼︎」
「周囲の警戒を怠るな‼︎また増軍が確認次第すぐに報告を」
「ッ緊急です‼︎‼︎未確認移動物体がこちらに高速接近中‼︎馬ではあり得ない速さです……‼︎」
報告が重なり、最後の報告に四番隊の騎士達は急ぎ報告された方向へと目を向けた。
見れば明らかに馬車ではないそれは、地面自体が盛り上がり、滑るようにして移動していた。更には騎士団の先行部隊すら凌ぐほど、凄まじい速度でみるみる内に国門へ近付いている。報告した騎士以外の四番隊も目を向け、特殊能力で望遠可能の騎士が目を凝らす。そして急激に見開いた目で信じられないかのように叫ぶこともできず声を漏らした。
「ティアラ様……⁈」
……
「ッおい!王女‼︎どうなってやがる⁈もう始まってんじゃねぇか‼︎」
まだ数キロ以上先にある国門を捉えたヴァルは、舌打ち混じりの怒鳴り声とともに鋭い眼差しを背後へと向けた。
地面に足を埋め、高速で走らせる彼は顔だけで振り返る。背後にはティアラが土で作り出された椅子に腰掛け、手摺に掴まりながら背筋を伸ばすようにして視線を上げていた。既に始まっている、という彼の言葉に血を引いた彼女は、必死に眉を寄せて国門を見つめ上げた。人影こそまだ彼女の目では捉えられないが、立ち上る硝煙と何より地面の滑る音に紛れて確かに砲撃音や銃声が耳に届いていた。
文句に近い言葉に「急いで下さいっ!」と返され、ヴァルは舌打ちを再び鳴らし、速度を上げた。この王女に文句は通じないと思った彼は、今度は背後に立つ青年を睨む。
「大体テメェが荷造りに時間かけやがるからだレオン‼︎次々無駄に荷物増やしやがって‼︎‼︎」
ヴァルの苦情に、レオンは笑みで答えながら受け流すように「ごめん」と軽く答えた。
全く反省していないように笑む彼は、青い団服の襟を正しながらヴァルへ言葉という名の油を注ぐ。
「だけど、君もその間になかなか話し込んでいたじゃないか。……どちらにせよ、アネモネ王国を出る前に必要な時間だったんじゃないかな?」
「…………。」
レオンの言葉に苛立ちが最高潮に達したヴァルは、埋めた足で地団駄を踏めない代わりに更に速度を上げた。
ヴァルと同じく足を固定されたレオンだが、それでも急加速した勢いで肩に担いだ大筒ごと背が反った。ティアラも椅子の手摺に両手でしがみつき、思わず声を上げる。更に後方からはアネモネ王国の騎士隊が複数の荷車ごと揺らされた。車輪ごと地面に埋められた荷車は転倒しないが、騎士達はそれに掴まっては自分達を囲む土のドーム内で一方向に偏った。
「ヴァル殿……‼︎操縦を荒げるなら彼らの足元も固定した方が良いのではっ……」
座るティアラの背後に控えるような形で佇むセドリックがヴァルへと声を上げる。
レオン達と同じように足元を固定されているセドリックは、ドーム内で重力に揉みくちゃにされている騎士達を心配そうに振り返った。騎士達は手で「大丈夫です……!」と示すが、それでもチラチラと騎士達とヴァルの背中を見比べた。しかし「あいにく騎士なんざにまで気を回してやる筋合いはねぇ」と振り返らずにヴァルは言い捨てる。
本来ならばセドリックにも騎士達と同じ扱いをしたかったヴァルだが、いくら放置してもティアラから離れまいと高速移動する地面に足で齧り付く彼に仕方なく固定せざるを得なくなった。彼に配慮するよりも振り落とされた彼をわざわざ回収する方が遥かに面倒だった。
「機嫌が悪いのはわかるけど。……いま彼らに怪我を負わせたら戦力も低下するからね?」
良いのかい?と騎士隊を心配するように見つめながら肩に手を置いてくるレオンを、ヴァルは横目で睨んだ。
腕を回して弾きながら、やはりコイツらは置いてくれば良かったと心から思う。機嫌の悪さを指摘されれば、舌打ちを数度鳴らした後に「騎士なんざ連れて来やがって」と忌々しげに言い放つ。彼の機嫌の悪さはアネモネ王国をレオン達と出発する前から続いていた。レオンがアネモネ王国で急ぎ連れる騎士隊と種類別に纏めていた馬車の荷を選別している間、彼はケメトとセフェクとひたすら言い合いを続けていたのだから。
ケメトとセフェクをアネモネ王国に置いていくか、戦場であるフリージア王国に連れていくか、と。
ケメトと一時的に離れても結果的には特殊能力を使えるようになったヴァルは、わざわざケメトを連れていく必要もなくなっていた。
アネモネ王国が保護を請け負っている今、二人を安全な場所に預けても問題は全くない。だが、ケメトもセフェクはヴァルと離れるのは嫌だと抗議し、そしてヴァルも譲る気はなかった。ヴァルを巻き込む形になってしまったティアラも責任を感じて三人の間に入り「ヴァルは二人を心配してくれているんですよ!」「二人が大事だからこそですっ」とフリージア王国へ戻る危険性と共に何度も二人に言い聞かせた。
最初こそヴァルの意見に聞く耳を持たない勢いで突っ撥ね、腕にへばりつく勢いで猛抗議した二人だったが、最終的にはティアラの丁寧な対応で状況を正しく受け止めた。そして二人は
「もう少し丁寧に操縦しなさいよ!ティアラが椅子から落ちちゃったらどうするの⁈」
「ヴァル!国門のラジヤ帝国はどうするんですか⁈」
その上で付いてきた。
うるせぇ知るか、俺じゃなく王女に聞けとそれぞれ言葉を返しながら、ヴァルは隣に並ぶセフェクとケメトに軽く唸った。ケメトの肩に手を置きながら反対の手でガシガシと頭を掻いた彼は、うんざりとした声で吐き出した。
「ぎゃあぎゃあ騒ぐならアネモネに帰りやがれ。」
むしろ帰ってくれ、と言わんばかりのヴァルの声に二人は「いや‼︎」「いやです‼︎」と声を合わせた。
既に今日だけで数十度目のその返答にヴァルは反らすように頭を反対側へと傾けた。嫌そうに「い」の形で口と顔を歪めながらも、二人に目も向けない。見れば確実に真っ直ぐ自分を見上げていることはわかっていた。
「私が守ってあげないとヴァルが死んじゃうじゃない‼︎」
「僕は絶対ヴァルとセフェクから離れません!ずっとずっと一緒にいます!」
更に今日で十度目以上になる同じ切り替えしに、ヴァルの頭が重くなる。
二人の返答に低い声を漏らしながら頭を揺らしていると、心情に引き摺られるように荒い操縦が重々しく緩まった。
結局、何度断っても釘を刺しても突き放してもティアラが説き伏せても二人の意思は全く変わらなかった。レオンが準備が終わったとヴァル達に声を掛けた時には二人を力強くで置いていくか、連れていくかの二択しか残っていなかった。最終的にヴァルが「テメェらが死んだらどうしてくれる⁈」と怒鳴れば、セフェクから「ヴァルが一人で死んだらどうしてくれるの⁈」と怒鳴り返されたことで終止符を打たれた。
「そろそろ近付いてきたけれど。……ここからどうしようか?」
レオンが間近に迫ったラジヤ兵を眺めながらのんびりと言葉を掛ける。他人事のように言いながら、レオンは肩に背負ったバズーカ砲を軽く構えた。「一気に攻め込むかい?」と投げ掛けると、レオンの構えから意思を察したかのようにアネモネの騎士隊もそれぞれ武器を構え出した。セドリックもそれに気付き、改めてアネモネ王国から積まれた荷の数々を眺めた。その殆どがセドリックが今までの人生で見たこともない品ばかりだった。
一体どのような威力があるのか、と考えを巡らせれば防衛戦で話だけに聞いた最新鋭の武器を使ったアネモネ王国の話を鮮明に思い出す。まさかあの大軍に、この小規模で向かうつもりなのかとセドリックは無言で腰の剣に手を添えた。するとティアラは少し考えた表情を浮かべ、視線を進行先から高く聳え立つ国壁へと上げた。備え付けの大砲以外、何も見えないその位置に視線を注ぎ、声を張る。
「ヴァルっ!国壁を登れますか⁈」
椅子から乗り出すようにして尋ねるティアラの言葉にヴァルは「あー?」と面倒そうに振り返った。
見れば、真っ直ぐ訴えかけるように下唇を噛み締めるティアラと目が合ってしまう。
「……この地面丸ごとか?」
「できればっ!できなかったら正面突破でお願いします‼︎」
躊躇いなく言葉を返すティアラに顔を顰めたヴァルは、乱暴に国壁へ滑る地面を沿わせた。自分達を乗せている地面がガリガリと走りながら壁に削られる。破片が飛び散り、ティアラの顔の大きさほどの瓦礫がヴァル達の方へも跳ねたが、全て足元から伸びた地面の固まりが蛇のように畝り払い落とした。
無言で壁を見上げるヴァルに、レオンが「できるのかい?」と驚いたように尋ねた。ヴァルが壁を上がれることは知っているレオンだが、荷車数台を乗せた地面ごとの移動など想像も難しい。ヴァル自身、そんな大規模な壁登りなどしたこともない。速度を落とし、ラジヤ軍が集う国門の手前で一度動きを止めた。ケメトの肩に手を置いたまま、一度だけ歯軋りを鳴らしたヴァルは、ヤケを起こしたように声を荒げ出す。
「ッ落ちても文句言うんじゃねぇぞ⁉︎」
クソが‼︎と叫んだ途端、ゴガァアアッッ‼︎‼︎と崖崩れのような音を立てて彼らの地面が揺れだした。
今までに味わったことのない浮遊感と衝撃にセフェクとティアラは悲鳴を上げた。ティアラが椅子から落ちないようにと彼女の前へ手を伸ばしながらセドリックは辺りを見回し、見開いた。壁沿いに足場ごと地面が持ち上がり、彼らの視点があり得ない高さへと上がっていく。意味不明の巨大物の昇降に国門前に集うラジヤ兵も気付き声を上げた。何だあれはと口々に叫ばれながら、危なげなくヴァル達の足場が壁沿いに上がっていく。すると誰もいない筈の国壁の上から「なんだ⁈」「待て撃つな‼︎」と数人の声だけが洩れ聞こえた。姿は見えないそれにセドリックは眉をひそめ、口を開こうとするがそれより先にティアラに手を押しのけられた。
「第二王女、ティアラ・ロイヤル・アイビーですっ‼︎騎士の方々ですよね⁈お願いします、姿を現して下さいっ!」
不安定な足場のまま、とうとう椅子から立ち上がった彼女は近付く壁の最上部へ向かい、声を張る。すると「ティアラ様……⁈」「やはりティアラ様だ!銃を降ろせ!」「急ぎ通信兵を呼べ‼︎」という声と共に、突然何もいなかった筈の空間から多くの騎士が姿を現した。透明化を解いた特殊能力者と紐で繋がったままの彼らは、ティアラに向かいその場で跪き頭を下げた。
「彼らは敵ではありませんっ!アネモネ王国のレオン王子と騎士隊、ハナズオ連合王国のセドリック王子と我が国の配達人達です。今戦況はどうなっていますか⁈」
手短にお願いします!と早口で望むティアラに、騎士は一息で返事をした直後、押されるように語り始めた。彼女がどこまでフリージア王国の状況を知っているかまでは把握していない騎士は、国門突破から城下への侵攻、更に特殊能力者の奴隷による侵撃を報告した。国壁上の騎士達へティアラが歩み寄り、続くようにレオンとセドリックもその背に続く。地中に固定された足が砂中のように緩み、持ち上げれば軽々と抜けていった。
更にアネモネ騎士達もレオンの後に続けば、ラジヤ帝国による侵攻規模の増加を聞いたレオンは、国壁下を覗きながら「いま、国外に居るのはラジヤ軍だけですか」とフリージアの騎士へ投げかけた。それに頷くのを確認すると、レオンはアネモネ騎士隊に手で合図を
「おい王女‼︎……良いんだな?」
乱暴な声が、ティアラ達の後方から放たれた。
フリージアの騎士に近付きたくない彼は、乗り上げた地面から未だに一歩も動いていなかった。深く被ったフードの下からティアラ達を睨み付け、隠した顔から鋭い眼差しだけがギラリと刃物のように鈍く光った。
ヴァルの手を掴むケメトとその腕を掴むセフェクはわからないように首を傾げた。レオンが合図の為に上げた手を固め、セドリックが怪訝に眉を寄せる中、ティアラだけがヴァルへ強く見返した。
「はいっ……‼︎」
お願いします!と続けたティアラは、僅かに強張らせた表情のままはっきりと頷いてみせた。
ティアラそれは一体……⁈とセドリックが声を漏らしたが、それより先にヴァルの「ハッ‼︎」と鼻で笑う音が遮った。
引き上がった笑いをティアラに向けると、地に埋められていた足を引き抜く。ケメトとセフェクも続き、ヴァルと共に地面の塊から壁上へ移った。彼らが離れた後も特殊能力によって持ち上げられた地の塊は固定されたまま国壁の一部と化した。
ヴァルはそのまま騎士達を一瞥すると、二人を連れたまま国壁上を歩いて侵攻を受けている国門へと向かった。それを見たレオンが早足でそれに続いていく。気付いたヴァルが振り返り睨んだが、レオンが「君じゃ敵兵と間違われるだろう?」と滑らかに笑むと舌打ちだけを返した。さらにレオンの後をアネモネ騎士が手に持てる武器だけを構え、続いていく。
「……母上か兄様と通信を繋いで下さいっ。」
彼らを目で見送った後、ティアラが騎士達に命じた。
ちょうどヴァル達と入れ替わるように国門から通信兵が駆け込んでくる。通信兵が視点を固定し、ティアラの映像と座標を本陣に送れば一分もしない内にそれは出現した。
『ッティアラ‼︎‼︎何故お前がここに居るんだ⁈‼︎』
怒声というよりも絶叫に近いステイルの大声量に、ティアラは思わず耳を塞いだ。
更には背後に控えるセドリックが息も止まったかのように口を絞り、顔を青褪めた。映像には瞼を無くしたように目を見開いたステイルと、半分だけジルベールの姿も映っていた。ステイルと同じように目を丸くしたジルベールは確認するように「セドリック王子殿下まで……!」と唱えたが、あまりの衝撃にそれ以上が出てこない。
「兄様‼︎アネモネ王国とレオン王子達が援軍に来てくれたわ!いまは一体どうなっているの⁈母上達は無事⁈」
ステイルの問いには答えずティアラが自分の疑問を投げつける。「アネモネ……⁈」と声を漏らしたステイルは一度口を閉ざした後「なにをやっているんだ⁈」と再びティアラに怒鳴った。
『お前はハナズオにいた筈だろう‼︎何故アネモネとレオン王子と共に居るんだ⁈』
「私が無理矢理セドリック王子に頼んだのっ‼︎そんなことよりも何故アネモネ王国に援軍を望まなかったの⁈レオン王子がとても悲しがっていたわ!」
兄妹の一歩も引かない口喧嘩にセドリックが思わず慄いた。
自分の名前が出た途端、申し訳なさそうに視点に向かって頭を下げてしまう。大恩あるステイルからの頼みを反故にしてしまったことに、顔を合わせることも今は難しい。ステイルも今は頭を下げるセドリックに構ってはいられない。それよりもどうやってティアラを安全な場所へ逃がすかの方が先だった。
『これは我が国で押さえるべき問題だからだ‼︎今すぐレオン王子と共にアネモネ王国へ戻れ!騎士を護衛につけても良い、お前は今の状況がどれほど大変か……』
「絶対に嫌‼︎わかっていないのは兄様の方よっ!そんなだからお姉様に手枷までつけられちゃったんじゃないっ‼︎」
なっ……⁈とティアラからの予想外の言葉にステイルは絶句する。
思わず映像の中でたじろいだ拍子に、ガチャンと後ろに回していた手の枷が音を立てる。
セドリックもティアラの言葉に驚き、やっと顔を上げて映像のステイルを覗いた。映像からは手枷が見えないセドリックは、一体ステイルに何がと思いながらも同時に何故彼が映像ではなく、瞬間移動でこの場に来ないのかを理解した。数拍置いて「騎士から聞いたのか……」と呟いたステイルは、一人で息を吐くと改めて映像の中のティアラを睨む。
『……勝手にハナズオに送ったことは謝ろう。だが、今はそんな場合じゃない。レオン王子には俺から謝罪もしよう。レオン王子と代わっ』
「いいえ、兄様。私は私の意思で動きます。」
落ち着かせたステイルの言葉を軽やかなティアラの声が両断した。
鈴の音のような声に反抗され、ステイルの言葉が止まった。どういうことだ、まさか、と言葉を返す間も無くティアラは自分の胸に手を添え示す。そして今までになく強気な姿勢で胸を突き出した。
「私はこの国の第二王女です。私から正式にアネモネ王国へも援軍を願いました。彼らを私の意思に反して帰還させる権利は〝第一王子の兄様〟にはありません。」
ティアラのその言葉にステイルは唇を絞った。
額を僅かに汗で湿らせ、意図的に落ち着かせようと肩で呼吸する。平衡感覚を失いかけるほど、彼女の言葉は衝撃だった。今まで〝妹〟としてしか見ていなかった彼女が、王族としての威厳を発しステイルへと立ち塞がる。
フリージア王国の第二王女。正統なる王族の血を受け継ぐ第二王位継承者。
十六歳となり成人もした彼女は、今やステイルよりも遥かに立場の高い王族なのだから。
その事実を突きつけられ、ステイルは思わず僅かに背を逸らす。ティアラの言い分はあまりに正統なものだった。
「兄様の邪魔もジルベール宰相の邪魔もする気はありませんっ。必要な指示にもちゃんと従います。ただ、私は私の意思でフリージア王国に残ります。」
最後に「後でまたすぐにご連絡しますっ」と告げたティアラは、一方的に映像へ背中を向けた。待て、ティアラ!とステイルが映像から声を掛けた瞬間、突然ステイル達への映像がブレた。
同時にステイル達の本陣も余波で揺れ、ふらついたティアラを傍にいたセドリックが支えた。揺れる壁上から落ちないようにその場にしゃがみ込めば、二人を守るように騎士達も駆け寄った。通信兵が「地鳴りです‼︎爆撃などではありません!」とステイル達に向けて報告に声を上げる。
しゃがみ込むほどの揺れまでは本陣に届いてはいないステイルは、震源地がティアラ達に近いのだろうと予想する。映像を通して「今すぐティアラとセドリック王子達を保護しろ」と命じかけたその時。「私は‼︎‼︎」と今まで聞いたことがないほどに喉を痛めるようなティアラの叫びが飛び込んできた。
「私はっ……第二王女です‼︎ッ私だってお姉様と兄様の妹なんだから‼︎‼︎」
そう叫んだティアラは視点へ振り返ることなく、騎士達の手を借りて一歩一歩自分の足で国壁上から国内へと降りていく。
セドリックも騎士達の誘導のままそれに続きながら、アネモネ王国からの荷車も全て国内へ回収しレオン王子へと騎士達に望んだ。そのまま視点の範囲から去る間際、一度立ち止まった彼は視点に向かい頭を下げた。「申し訳ありません」と一言謝罪し、それでも燃える瞳を揺らすことなく最後にステイルへと言い切った。
「ですが、私はティアラ王女を支持します。彼女の望みの為ならば、喜んで重罰も受けましょう。」
失礼致します。とそのままステイルからの映像には目も向けず、セドリックもティアラの背に従うように去っていった。
茫然としたステイルは静かに映像からティアラやセドリックの姿が見えなくなるのを見つめ続けた。背後に控えるジルベールも、そして騎士団長であるロデリック達もあまりの事態に掛ける言葉が見つからない。立て続けに各陣から通信兵を通しての報告を受けながら、ステイルはぐるぐると頭の中に一年前のジルベールの言葉が戒めのように回り続けた。
『貴方様はっ…プライド様やティアラ様と同じく、今や我が国の大事な御方です…‼︎貴方様が危険に身を晒せば胸を痛める者が必ずっ…此処に、います…‼︎』
それを指摘されても、ステイルはやはりプライドを探しに行きたいとそう願った。
自分を大事に想う相手がいることを理解しながらも、それでもやはりステイルは彼自身が最も大事に想う相手の方を優先したかった。その機会があるならば絶対に逃しはしたくなかった。
『どうか、ゆめゆめお忘れ無きよう…!もしもの事があれば…っ。…それに』
御報告致します、報告です今特殊能力者の奴隷が、御報告します揺れの余波がこちらにも。と次々と雪崩れ込む報告に対応するジルベールへと目を向ける。あの時の言葉を本当の意味をステイルは正しく理解した。自分より先に持ち直し、各陣へロデリック達と共に指示を回すその姿に、きっとジルベールはあの時すでに予期していたのだろうと確信を持ってそう思う。
『貴方様がプライド様を倣うように、貴方様の妹君もまた、貴方方の背中を見ておられるのです…‼︎』
「ティアラ……。」
自分がそう思うように、ティアラが自国とプライドの危機にじっとしていられる訳がなかった。
口の中だけで小さく呟いたステイルは、一度だけ耐えるように歯を食い縛ってから各陣への指揮に回った。ティアラが、レオンが、セドリックがどうするつもりかはまだわからない。何故ティアラがラジヤの侵攻を知り、どうやって間に合ったのか。今は考える暇すら惜しい。ただ、今は。
「ッティアラとセドリック王子、アネモネ王国の援軍について各陣に報告を。……彼らは、我々の味方です。」
第一王子として、正しき判断を。
ステイルが身を切る思いでそれを決し、通信兵を含めたジルベール達へ正式に命じた。そして特殊能力者の奴隷をどうするかについても判断を口にしようとしたその時、国門の通信兵により新たな報告が上げられた。
ティアラ王女の同行者により、国外の敵全軍が無力化されつつあると。
耳を疑うその報告に本陣の誰もが息を忘れたが、通信兵の報告に混じえて聞こえてきた「ヒャハハハハハハハハッ‼︎」という明らかに騎士ではない笑い声が全てを物語っていた。
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