そして怒られる。
「………ここまで、音が聞こえてきましたね。」
さっきの砲撃音以外は聞こえなかったのに。と静かに窓の向こうを眺めるアーサーは、軽く身を起こした。
特殊能力による治療のお陰で、大声でなければ普通に声が出せるようになったアーサーはぼやくように口を開く。片足を曲げ、落ち着かないように窓へと顔を向けては唇を結ぶアーサーに、七番隊の騎士は一度目を閉じた。次にアーサーが何を言うかは予想がついている。
「マートさん、自分は良いンでやっぱ今からにでも騎士団に」
「駄ー目ーだ。絶対に抜け出すだろう。」
うぐ……、と七番隊の騎士であるマートの言葉にアーサーは口を噤む。もう既にこのやり取りは五度目だった。
七番隊の隊長、副隊長格ではないがアーサーより騎士経験の長いマートは、アーサーとの力関係も彼が入隊した時からあまり変わらなかった。諦めの悪いアーサーに、マートは「もう一度言うぞ」と断ってから今日で二度目になる状態説明を口にする。
「喉は良い、足も走る分には問題ない。だが肩の傷は下手に暴れれば首まで広がり大量出血もあり得る。腹の傷だって走れば必ずすぐに痛み出すし悪化する。左腕の骨折だって剣を一回でも振れたら奇跡だ。それに何より利き腕が動くどころか感覚すら戻ってないお前が敵兵に遭遇したら確実に死ぬ。」
ドスドスガスッ、と容赦なく事実を語るマートの物言いにアーサーは脱力するようにベッドの背凭れへ倒れこむ。その途端、勢いをつけ過ぎて肩の傷が痛み、顔を顰めれば「ほら見ろ」と駄目押しを喰らう。
「ほんっっと……マートさん容赦ないですね……。」
「優しい方が大人しくするか?」
いえ……すみません……。とマートに封殺されるアーサーは耳で敵兵や馬の叫びと銃の発砲音を聞きながら溜息を漏らした。
重傷を負った仲間の騎士相手にここまで一刀両断できる騎士も数少ない。自分が戦場に出たからといって役に立たないことはアーサーもよくわかっている。だが、それでも今も外で騎士団が、ステイルが戦っているのだと思えば落ち着いてなどいられない。プライドが同じ城内にいるならば、今すぐにでも彼女の元へ足を走らせたくて堪らない。マートにプライドが行方不明だということも知らされていないアーサーは、何故ラジヤ帝国からの奇襲が早まったのか、プライドは騎士団に保護されたのかどうかすらわからない。いくら尋ねても「戦が終わったら教えてやる」の一点張りだった。
アーサーにそれを言えば、この場で這ってでもベッドを抜け出して傷を悪化させることは目に見えていた。だからこそこうして自分がアーサーの護衛且つ監視を任されたのだから。そしてアーサーもまた、マートが一度口を閉ざしたら絶対にその情報を流出させてくれない相手だということも理解していた。だが、それでも外から戦闘音が聞こえればどうしても気がはやってしまう。自分が何故あの戦場に居られず守られているのかと、思考が流れていきそうになる度に話をして気を紛らわすしかなかった。
「いやでも……本当に申し訳ないです……。俺なんかの護衛でマートさんまで戦場に出られないのは。」
「〝なんか〟じゃない。……絶対に。それに、城内に居た所為で避難が敵わなかったお前を守るのは当然だ。別の救護棟の衛兵達もそうだろ。」
はい……。と言葉で潰されながらアーサーは首の動きだけで顔に掛かった髪を振る。
自分がもし動ければ、ステイルの瞬間移動さえあればと。離れの塔を守り続け、最後に倒れた衛兵達の顔が目に浮かんだ。誰もがプライドを守り、止めようとしてくれた誇り高い兵だ。
そう思ってアーサーがまた落ち着かないように再び上半身を背凭れから起こす。そのまま窓の外へと目を向ければマートは少し考えるように眉間に皺を寄せ、投げ掛けた。
「……次、逃げようとしたらハリソン副隊長に報告するからな。」
戦が終わった後に。と付け足すマートの言葉に、アーサーの顔から一気に血の気が引いた。
先日、あれだけのことを託して置きながら自分が部屋を抜け出そうとしたなどと知られたら、まるでハリソンのことを信頼していなかったかのようになってしまう。
……いや!ハリソンさんのことはすっっげぇ信頼してっけど‼︎‼︎
だが、ハリソンなら言い訳も聞かずに重傷の身でも容赦なくナイフを投げ付けてくるのではないかとアーサーは本気で思う。何より、ハリソンや他の騎士達への信頼が疑われるのは途方もなく嫌だった。
「…………すみません……。」
落ち込むように頭を下げ、肩を落とすアーサーにマートはそっと毛布をかけ直した。
─ ………信じてはいる。ただ、……ただそれでも俺はやっぱりあの人に
窓に視線を投げ、眩しい太陽と皮肉なほど晴れ渡った空が目に入る。
太陽の光が直撃して、手で遮れないアーサーは目を絞って歯を食いしばった。
今、こうしている間も誰かが死に物狂いで戦っている。ラジヤが攻め入っていると思えば酷く胸が騒ついた。
─ プライド様を、迎えに。
叶うはずのない願いだと理解しながらもアーサーは食い縛る歯に更に力を込めた。
握り締めることも叩きつけることもできない両拳が酷く歯痒く、掻きむしりたくなるほどに悔しかった。




