527.騎士隊長は怒り、
「ッカラム隊長‼︎申し訳ありません我々ではやはり止めきれません……‼︎」
「バリー隊長‼︎‼︎このままでは狙撃も不可能です‼︎」
城門解放後。
城門前では後衛特化の三番隊と狙撃に特化した六番隊の騎士が配置されていた。国門と城下前で数を大幅に減らされたラジヤ兵だったが、運良く一二番隊の猛攻から逃れられた兵士は、その足を城下から王都へと向かい駆け上がらせ、更に騎馬兵に至ってはとうとう城まで辿り着くことができていた。
しかし、一度に突入してくる騎馬兵も数で言えばたったの数十程度。三番隊と六番隊が難なく掃討できる数でもある。……しかし。
今、城門前は混沌そのものだった。
六番隊の騎士は銃を撃てずに構えたまま膠着し、三番隊の騎士が代わりに前に出て健闘するが全く事態は好転しない。
六番隊隊長のバリーは片手で頭を抱え、苦渋の決断の末に通信兵へ本陣に連絡をと繋げさせた。三番隊隊長のカラムも目の前の事態に顎を高く上げ、彼にしては珍しく乱暴に剣を地面に突き立てた。「……ッ加減に……‼︎」と低い声を僅かに漏らし、喉を震わせる。そしてついに三番隊の騎士の悲鳴が再び上がった直後、カラムが強張った眼差しのまま声を張り上げた。
「ッハリソン‼︎‼︎いい加減にしろ‼︎六番隊の邪魔だ‼︎‼︎」
お前は城内まで控えていろ‼︎と、珍し過ぎるカラムの怒鳴り声に三番隊のみならず六番隊も思わず肩を上下した。
視線の先には今もなお、カラムの制止をものともせずにハリソンがラジヤ騎馬兵を馬ごと次々と斬り裂いていた。高速の足で駆け回るハリソンが前方にいる為、六番隊は下手に射撃することもできない。ハリソンを退かそうと三番隊の騎士も前に出るが、騎士団でも戦闘力で五本の指に入る彼を止められる者など居なかった。氷結の特殊能力者が本人に触れられないまでも地面を凍らせて動きを奪おうとしたが、それすら上手く避けてしまう。力尽くで止めようとすれば、寸前までハリソンに剣を突き付けられる騎士まで出てきていた。
これ以上刺激すれば、今度は本当に斬られかねないと誰もが思う。いっそ麻酔銃でも撃ち込みましょうか、と狙撃の特殊能力者が隊長のバリーに許可を求め出す。そうしている間も、変わらずハリソンは城に突入してくる騎馬兵を次々と一瞬で斬り伏していく。ズザザサッと馬に乗ったまま兵士が血を噴き出し倒れこみ、更に馬も絶命して地面を揺らし、崩れ落ちていく。最後に残しておいた騎馬兵を目で確認すれば、馬の足を斬り落とし、馬ごと転倒した兵士へハリソンは躊躇うことなく剣を突き立てた。グシャ、と肉が突き破れて血が噴き出す音と同時に兵士の断末魔が上がる。
「答えろ。貴様らの将軍はどこにいる?集えと命じられた場所は何処だ。」
ぐあああああああっっ‼︎‼︎と悲鳴が上がる中、構わず淡々と常に同じ問いをハリソンは繰り返す。
当然答える余裕もない兵士にハリソンは顔を顰めると「知らぬなら死ね」と叫び終えるのも待たずに喉を斬り裂いた。ブシャァッ!と返り血が足にかかったが、気にせずハリソンは何度も敵兵の身体に剣を突き立てた。
カラムが城門前からハリソンへ声を張り上げるが、耳に入っても頭に通らない。止めようとする騎士達にまで剣を構えるハリソンは、視線だけは変わらず敵兵の亡骸へと向けられていた。
「軟弱者が。」
この程度で死ぬなどと言わんばかりに吐き捨てるハリソンは、目の前から他の死骸へと視線を注ぐ。
血溜まりの中に一つでも生きている兵士はいないかと確認し、ピクリともしない死骸の山々に息を吐く。試しに手の届く範囲の兵士に剣をグシャグシャと突き立てるがやはり声すら漏らさないそれは、死骸でしかなかった。
ラジヤ帝国の将軍達がまだ城内に潜伏している今、軍の最高権力者である筈の彼の元にラジヤ兵達が集おうとしているのは容易に考えられることだった。正午より侵攻が早められた今、何らかの方法で将軍からラジヤ帝国軍に指示が出されたのではないかと考えられる今は尚更に。だが、いくら騎馬兵を問い詰めたところで答えは無しか、もしくは「建物を崩すな、国を墜とせという命のみ」という情報しか得られていなかった。
その為、ハリソンは満足な情報を得られるまで、ひたすら城に侵撃しようとする騎馬兵を惨殺しては問い詰めるのを繰り返していた。本来ならば城前はカラム達の領分。八番隊は城の外周と城内を任され散ってはいるが、当然ながら三番隊と六番隊の仕事を横取りして良いわけではない。
カラムも本来であれば、今すぐにでも直接ハリソンを引き摺り回収したかったが、確実に無駄な戦闘になることは目に見えていた。
「ハリソン‼︎アーサーに頼まれただろう⁈お前の気持ちはわかるが、作戦の邪魔をしてどうする⁈」
亡骸も無闇に痛めつけるな‼︎と反応のないハリソンに再びカラムが声を上げる。
だが、やはりハリソンは振り向きもしない。いま弔うにはいかずとも、無力化された兵士や亡骸を必要以上に痛め付け傷付けるような騎士道に反する行為はカラムや他の騎士にも目に余るものだった。ハリソンにはいつものことだとわかっていても、咎めずにはいられない。
結果としてはハリソンの活躍で敵は掃討できているが、あくまでハリソンの役目は三番隊六番隊の討ち漏らしの掃討。長期戦が予想される以上、それを前に大きな戦力且つ戦闘要員でもあるハリソンを体力消耗させては後々全体の戦況にも影響をしかねない。ハリソンの体力も無尽蔵ではないのだから。
だが、カラムがそれを改めて説いたところでやはりハリソンは聞かない。それどころか再び蹄の音が複数聞こえてきた途端に、そちらにだけ注意が向いた。騎馬兵が来た事がわかったハリソンは、死骸に突き立てた剣を抜く。そして六番隊の照準の邪魔になることも構わず、死骸で埋まった足場を躊躇いなく踏みつけ再び騎馬兵へと高速の足を
『ハリソン‼︎今すぐ城内に戻れッ!』
ぴくり、と。突然聞こえてきた声にハリソンが初めて反応し、カラム達の方へ振り向いた。
そして、六番隊と三番隊が並ぶ列の中。一人の騎士がオレンジ色に光らせた目を自分に向けていることに気付き、ハリソンは自身の目を見開いた直後に一瞬でその場から消えた。ハリソンが消えたことで彼を押さえようとしていた三番隊の騎士達も急ぎ元の配置へと駆け戻る。
障害物が何もなくなったことで、侵撃にと押し寄せてくる騎馬兵へようやく六番隊の銃が火を噴いた。パンッパンッ‼︎と何度も殆ど同時に乾いた音が鳴り響き、城門へ辿り着く前に兵士が落馬し、馬も追うように地面を揺らして倒れ込んでいく。
やっと本来の動きを取り戻した騎士隊の背後、城門の内側ではハリソンが通信兵からの映像に向かい片膝をついていた。その光景を通信兵である騎士がオレンジ色に光らせた送っていた。
映像の向こうで腕を組む副団長のクラーク達に。
『……ハリソン。私も気持ちは一緒だが、バリー達の邪魔はするな。』
「申し訳ありません……。」
頭を下げたハリソンが萎れた声で言葉を返す。
ため息混じりにハリソンへ言葉をかけるクラークは「まったく」と呟きながら、本当に反省しているのかと数秒間敢えて無言でハリソンを見つめ続けた。
六番隊の騎士隊長であるバリーにより、通信兵を介し本陣へいるクラーク達へ恥を忍んで〝ハリソンがまた暴走して私達では止められません〟と報告がされたのはつい先程のことだった。
自分達の制止を無視し続けていたことが嘘のように、自分の非を認めて大人しくなるハリソンの姿もカラム達は既に見慣れていた。ハリソンが入隊してから一、二年ほどまでは日常茶飯事の光景だったのだから。だが、まさかこんな時に再び目にすることになるとはと、カラムはバリーと目を合わせながら無言で互いに肩を落とした。
……アーサーの負傷はやはり未だ相当堪えているな……。
カラムも、数年前のハリソンを知る他の騎士も予想できたことではあった。
アーサーの成長を楽しみにしていたハリソンが、どれほど身の内が穏やかではないことも、復讐心を煽られて自分の行動範囲に敵が来るまで待っていられないほどに殺意を色濃くしていることも。
この数年、少なくともアーサーが入隊してからはハリソンが今のような隊同士の越権行為をすることなど一度もなかったのだから。
『他の隊の邪魔をするな。敵が大国で、今がどういう状況かもわかっているな?長期戦になれば、城内にまで敵が詰め寄る可能性もある。それまで温存することもお前の役目だ。』
他の八番隊もそうしているだろう?と重ねられ、ハリソンは頭が上がらない。
映像の向こうでは窘めこそクラークに任せているものの、騎士団長のロデリックも厳しい眼差しをハリソンの映像へと向けていた。
「……畏まりました。」
『陣系統を乱すな。……頼むから私に「お前はもう何もするな」なんて命令はさせないでくれ。』
がばっ‼︎とハリソンが思わず顔を上げる。
穏やかな声で説教をする映像のクラークに真っ直ぐ見開いた目を向ければ、背後に立つロデリックも無言で一度頷いていた。つまりはこれ以上の勝手が続けば戦闘からも外されかねないという状況に、ゴクリと口の中を飲み込んだ。それを見たクラークが、少し眉間の皺を緩めると柔らかくハリソンに言葉を続ける。
『聞こえたぞ、アーサーに何か頼まれたんだろう?なら、ちゃんと万全の状態で務めを果たせ。お前は大事な我が騎士団の戦力であることを忘れるな。』
はい。はい……!と両膝に手を置きながら頷くハリソンは、横の髪が垂れて正面を向いても顔が見えなくなる。だが、黒い髪の隙間から光らせる紫色の瞳は強く意思を持った。
よし、それで良い。と頷いたクラークは最後に話を切ろうとしたところで「!あぁ……」と思い付いたように声を漏らし、笑った。
突然の笑みにハリソンだけでなく、背後にいたバリーとカラムも瞬きをすると、クラークは再びその口を開いた。
『次、何かやらかしたら今の件も含めてアーサーにすぐ伝えるからな。アイツがお前の暴走を心配して救護棟を飛び出したらお前の責任だ。』
良いな?とクラークに念を押され、ハリソンは今度こそ言葉が出なかった。
口を僅かに開いて閉じるが、返せずに頷けない。その様子にクラークは、フ。と小さく含むように笑むと「以上だ、何か報告がある時は直接私の元へ来ても良い」と言って通信を切らせた。
クラーク達の映像が消えても暫く固まって動かないハリソンを見て、こんなに狼狽える彼を見るのは初めてだとカラムは思う。ハリソンを置いてバリーとカラムは二人で視点となっている通信兵に向けて頭を下げた。通信兵に対してではなく、この場をおさめてくれたクラークに対しての礼と謝罪だった。二人のそれを合図に通信兵の目の色はオレンジから元の色へと変わり、通信が切られた。
再び、三番隊と六番隊の指揮へと戻る騎士隊長二人は放心するハリソンに背を向けた。騎士達へ指示を出し、間違いなく敵兵を掃討しながらカラムは頭の隅で小さく思う。
…あのハリソンが、誰かに心配をかけることを恐れるようになるとは。
七年前には想像もできなかったハリソンの変化に、もう一度背後を振り返りたい気持ちを押さえ、カラムは目前へ指示を飛ばし続けた。
今、最優先すべきは戦況。そしてハリソンに与えるべきは慰めよりも考えさせ、来たるべき時の為に身を休ませる時間なのだから。
クラークに叱責を受けた時とは比べ物にならないほど沈んだ様子のハリソンが十分後にやっと高速の足でその場を離れた。
五頭の馬が宰相と十番隊の騎士を乗せて城門へ飛び込んでくるのはその直後のことだった。




