526.宰相は駆け上がる。
「…おや。討ち漏らしでしょうか。」
王都、中心地。
馬一頭に二人ずつ跨り移動しながら、やっとそこまで辿り着いたジルベールは、驚いたように軽く目を開いた。
目の前には自分達と同じように馬に乗った兵士が銃を構えたままジルベールの方を睨んでいた。同時に護衛の騎士達が剣を構え、ジルベールを守るように前に出る。相対するのは明らかにフリージア王国の人間ではない兵士達だった。騎馬兵は誰もがいくらか負傷はしていたが、無人の城下で歩む騎士隊とジルベール達を見逃しはしなかった。ここにも騎士がいやがったと発するよりも前に、先制を取るべく彼らへ向かい馬を走らせる。
パァンッ!と敵から銃が放たれる直前、ジルベールの馬を操っていた騎士が馬ごとその場から避けさせる。
騎馬兵が銃の照準を合わせるよりも、別の騎士が馬と共に駆け込み、兵の腕を斬り落とす方が速かった。更にはジルベールを守る為に並んで控えた騎士が馬上から騎馬兵を狙撃すれば、仰け反るようにして兵士がドサドサと落馬する。馬が驚き、悲鳴と共に前足を大きく振り上げた。
「一、二番隊がもう討ち漏らすとは……やはり大国の大軍は数も計り知れませんねぇ。」
やれやれ。と目の前で瞬く間の内に無力化された兵士を眺めながら、ジルベールは何事もなかったかのように肩を落とした。
この程度の兵士に騎士が負けたとは思えない。ならばやはり数の流れに漏れて逃げ果せたのだろうと考える。小さく振り返り、自分の護衛の騎士達を確認した。もともと、自分の護衛と民の迅速な避難誘導の為に連れてきた十番隊。だが、民が全員避難完了した今は、些か自分の護衛としては多過ぎる気もした。
前を向けば、敵を落とした後の馬達が暴れるのを、馬から降りた騎士が手慣れた様子で落ち着かせている。
「……その馬も使いましょうか。」
五頭の馬。数を確認しながら語るジルベールの言葉に、騎士達はすぐに応えた。
もともと奪還戦の為に必要最低限の馬しか自分達は使わず、二人で一頭ずつに乗って回っていたジルベール達だが、今は急を要する。自分達を乗せている馬も二人から一人に荷が軽くなる分、足も軽く機動力も上がる。
早速、控えていた騎士の内ジルベールが指定した騎士が難なく落ち着いたばかりの馬に乗り上げ、手綱を掴む。他者の馬をすぐに乗りこなすのは、騎士でも誰もができることではない。だが、その場にいる騎士達は誰もが簡単に暴れる馬を落ち着け、素早く手なづけ乗りこなすことができた。通信と温度感知の特殊能力者、そして適した騎士を二名選ぶとジルベールは彼らを自分の護衛にと単騎で乗るように命じた。
「残りの方々はこのまま城を目指し、討ち漏らしの掃討と城門の援護に回って下さい。ここまで兵士が来ているということは、そろそろ城にも回るでしょう。城下から城までの経路で敵兵の掃討をお願いします。」
ちょうど今は王都とはいえ、中心部。
これから向かう城にもそう遠くはない。何より、ここから先ほどのような先行を図る騎馬兵が蔓延っているのならば〝都合も良い〟とジルベールは考える。
各配置は隊長に任せますというジルベールの落ち着いた指示に、騎士達は一声で応じた。馬に跨った通信兵に、現状を城へ報告するように指示を出したジルベールは、馬を走らせる前ににっこりと笑い、最後に彼らへ一言掛けた。
「今、城下中にいる馬は全て十番隊の皆さんのものだと言っても過言ではないでしょう。……期待してますよ。」
宰相であるジルベールからの穏やかな激励に、騎士達から響かせるような声が返ってくる。
ジルベールに一人一頭の馬で騎士が控える中、ジルベールだけが二人乗りで騎士に手綱を任せたままだった。当然、ジルベールが馬に乗れないわけではない。彼も一人で人並み以上には馬を扱える。だが、それでも騎士に任せた方が正しいとそう彼は確信を持って判断していた。
十番隊の彼らは騎士団で最も騎馬での戦闘に特化した騎士隊なのだから。特別編成の先行部隊を抜けば、騎士団で最上位の機動力誇る彼らにとって敵味方問わず馬を手足のように扱うことなど造作もない。
それでは、と護衛の騎士達と共に馬を走らせ始めるジルベールを見送った直後、十番隊は隊長の指揮通りに散開していった。半数は城下に。そして半数はジルベール達を追うように城へと駆けていく。
「……に、しても。想定よりも早かったですねぇ。」
馬を走らせながら、ジルベールは太陽の位置を確認し、小さく口を動かした。
馬の蹄の音と風を切る音に紛れながら、目の前で馬を操る騎士にも聞こえないようにどこか忌々しそうに声を低める。
今、城の本陣とされている部屋。そこがまさか王族の部屋ですらない宰相である自分の部屋だと思えば、溜息も漏れてしまう。自分の大恩人であるステイル。更には今そこに大恩ある女王と摂政、そして無二の親友が呻きながら横たえられていると思えば因果を通り越して何かの戒めにすら思えて仕方ない。
一度深く息を吐いた後、前後左右を騎士達と馬に守られるジルベールは切れ長な目に力を込めた。
「ッ失ってなるものかっ……‼︎」
今度こそ、手放しはしない。
そう思いながらジルベールは静かに唇を噛み締めた。




