524.叛逆者は迎え討つ。
「ッステイル・ロイヤル・アイビーです!扉を開けて下さい‼︎」
数メートルの位置から、ステイルは扉を守る衛兵に向かい声を荒げた。
宰相の仮眠室でもあるそこに控えていた衛兵は、ステイルの形相と、更には彼の背後に控える騎士団に思わず肩を上下させた。
命じられるままに扉を彼らに開く。一度に大勢は入れないその扉に、最初に温度感知と透明の特殊能力者が入っていった。数秒待てば彼らから安全確認が取れたと合図が返され、騎士団長であるロデリックとその背後に付くようにステイルも部屋の中へ駆け込んだ。
三人分のベッドを敷き詰められ、更に医者や衛兵、侍女達で満杯となっていた部屋は本棚や家具などの所為もあり、かなり手狭となっていた。ステイルに続き、副団長のクラークと数人入ったところでこれ以上前に詰めることも難しくなる。
クラークは後続の騎士達に言葉を掛けて制止をしてから、部屋内を見回した。ベッドには女王、王配、摂政が呻きながら眠らされてはいるがそれ以外は無い。温度感知の特殊能力者の目からもラジヤの手の者は一人もいなかった。
あまりにもあっさりと奪還が叶ってしまった事実に、何かの罠ではないかと騎士の誰もが疑ってしまう。医者に確認すれば、女王であるローザたちの病状は全く変わらないとのことだった。
「どうする?護りやすい広間か部屋に移動するか?」
ここでは騎士全員が入ることは難しいが。とクラークが彼らの状態を確認しながらロデリックに投げ掛ける。
だが、言っては見たものの結論は予想も付いていた。窓を確認すれば正面門方向とも別方向に位置するそこは、例え王居に敵が攻め入ってきてもすぐには見つけられない場所だった。クラークからの言葉に「いや」と短く返すロデリックは、ステイルに確認を取るように視線を合わせ、判断を下す。
「陛下方が動けない今、ここを死守する方が良い。私とクラーク、そしてロドニーとダレルはこの部屋を。残りの騎士には部屋の扉を守らせる。」
ロドニーと呼ばれた温度感知の特殊能力者と、ダレルと呼ばれた通信手段を持つ特殊能力者の騎士は対ティペットと部屋の中でも騎士達に指示を飛ばす為にも外せない。代わりに部屋の中にいた衛兵には城内の人間の避難誘導を託して部屋から出した。
「部屋の外には七番隊の騎士も居ますし、侍女を残せば医者も避難させて大丈夫かと。母上達の状態は悪化することはありませんから。」
ロデリックに応じるようにステイルが続けて指示を出す。
既にアダムの特殊能力関連だとわかれば、医者がいなくても一日程度は問題ない。それよりも護衛対象が増えることで護衛の騎士達が動き難くなることの方が深刻だった。ステイルの指示に従い、衛兵達が誘導し護衛する形で医者が部屋を飛び出していった。城内ならば、敵襲から身を隠す避難所や隠れ場所もいくつかある。ラジヤが迫っている今、城下から離れるのは難しいが、避難だけならば今からでも充分間に合う。
数人分の空間が空いたことで、部屋に入ってきた敵を無力化するには充分なスペースが確保された。これで剣を振ってもベッドで眠る最上層部に当たることはないとロデリックは小さく安堵する。クラークが部屋の外にいる騎士達に指示を出す為に一度部屋から出て行くのを確認してから、再び部屋を見回した。ステイルも同じことを考え、落ち着かないように部屋を見回した。
「……侍女の話では、何度かこちらにジルベール宰相から映像は届いたそうです。」
ロデリックの言わんとしていることを汲み、ステイルが先に言葉を返す。
部屋に入ってすぐステイルはローザ達の無事と共にジルベールからの通信はなかったかを確認した。だが、届いた映像は折り返し連絡をという同じ内容の指示と、毎回変わる座標位置ばかりだった。移動しながら座標を計算し、映像をこの部屋に送ってくるジルベールの連絡から既に十分が経過している。恐らく今は別の座標に移動しているのだろうと、ステイルが言葉を結んだ時だった。
『こちらジルベールです。急ぎ次の座標にご連絡をお願い致します。五分後にまた移動を始めます。』
短い報告事項のみ残し、すぐに早口でこちらに語り掛けるジルベールの映像が部屋に表出した。
ジルベールが唱える座標を耳で覚えながら、急いで通信兵でもあるダレルが映像を繋げた。部屋の壁に視点を固定し、ステイルやローザ達の無事な姿が分かるようにと映像を送る。ステイルがすかさず「ジルベール宰相、聞こえたらすぐに返答を願います」と言葉を繰り返せば映像の中のジルベールの表情が代わった。『ステイル様……‼︎』と言葉を漏らし、視線が一点に注がれる。
「ご無事で何よりです、ジルベール宰相。母上達は無事に保護しました。それで、避難状況はどうなっているのでしょうか?」
ジルベールと同じように早口で必要事項のみ伝えたステイルは、迫るように本題を投げ掛けた。今は、何より互いの状況把握が第一優先である。
ステイルの言葉にローザ達の無事を確認できたジルベールは一度だけほっと息を吐くと、再び険しい表情で状況報告を始めた。
「先ず、民の最終避難確認は完了致しました。念の為に裏通りや下級層にも降りてみましたが、取り残されている者はいないようです。」
流石ですね、と返しながら今度はステイルが息を吐いた。
たった二日程度で城下の民を全員避難させてしまったジルベールには賞賛しかない。しかもまだ正午前だ。最終確認ということは、実際はその遥か前に避難が完了していたということになる。
ハナズオ連合王国とは規模の違うフリージア王国の城下町は、普通ならば号令を回しても全てを広めきるのに二日以上掛かる。九番隊の騎士や十番隊の助けを借りたとはいえ、それを避難まで完了させるのは並大抵の手腕ではない。ジルベールならできるだろうとは思っていたが、こうしてあっさりと一人の取り残しもなく終えてしまうと余計に彼の有能さが際立った。その証拠に報告を聞いた騎士達とロデリックも小さく感嘆の声を漏らした。騎士の助けを借りても、ジルベールでなければここまで早くは難しかっただろうとステイルも思う。
「先程の砲撃音……更に衝撃も二度ほど来ましたが、どうやら敵の侵撃が早まったようですね。民と陛下の安全が確保された今、迎撃に移って宜しいかと。」
「そうですね。今すぐこちらから各地の騎士達に連絡を回します。ジルベール宰相、とにかく貴方は早々にこちらに戻ってきて下さい。母上達の保護されている貴女の部屋がそのまま本陣となります。」
畏まりました、とジルベールは間髪入れずに言葉を返すと現在地をステイルに伝えた。
「ただし申し訳ありませんが、かなり外れまで来てしまった為急いでも最短で城まで三時間はかかるかと。」
三時間……‼︎とステイルはジルベールの言葉に歯噛みする。
だが、考えれば当然だった。本来ならば四時間後でも正午には余裕がある時間だ。端の端まで城下を見回っていた為、ジルベールはまだ下級層を抜けたばかりだった。砲撃音がしてからこまめに移動してはステイルのいそうな城の各部屋に次々と通信映像を送っていたジルベールだが、その為にあまり足を進めることもできなかった。向こうからの映像を受け取るには、自分達はその場から動けないのだから。
ジルベールへ少し詰まりながらも「ッわかりました、なるべく早くお願いします」と返す。騎士団の先行部隊を迎えに行かせるかとクラークが進言したが、ステイルもジルベールも首を横に振った。先行部隊に所属する騎士は元々の各隊に散っている。いつ国門が開かれるかわからない今、速さに特化した特殊能力者を一人でも動かすわけにはいかない。
十番隊と共に最前は尽くします、と言葉を最後にジルベールは頭を下げ、移動の為に通信を切らせた。映像が消えた空間に少し視線を置いた後、ステイルは静かにロデリック達へと視線を移す。
「急ぎ各陣に連絡とこちらの座標を。……迎撃を開始します。」
はっ!と騎士達の短い声が空気を震わせた。
部屋に戻ってきたクラークは、部屋の外にいる通信兵達に連絡を回させる為にすぐまた部屋を出た。ロデリックも通信兵のダレルに国門へ映像を送らせ、急ぎ指示を出す。僕もジルベール宰相の合流まではここに居ます、と伝えたステイルは、次々とロデリック達の指示により各陣から送られてくる映像に目を向けた。これで各陣営の状況を確認できると彼らからの報告を聞きながら、思考を巡らせた。
─ 呪われし傲慢が紡ぐ〝幸福なる結末〟
プライドとアダム達が何処に潜伏しているか。
ティペットの透明化を使えば、ある程度の場所には潜伏できる。運良く温度感知の特殊能力者の目に届けば良いが、そうでなければ見つけることは困難でもある。各陣にプライド達を発見次第、報告をと回しはするがそれでも安心はできない。
広大な城内で見つけ出せるのか、更には〝いつまで潜伏しているつもりなのか〟が問題だった。せめて枷の鍵さえ何とか出来ればとも考えたが、聞き出す間も無くプライドは行方を眩ませてしまった。
何故、慎重を期していたにも関わらずこちらの情報が漏れたのかはステイルにも確信が持てない。しかし王族の安全確保と民の避難が済んだ今。残すは敵軍の排除と、ラジヤからのプライド奪還のみ。
─ 呪いし元凶が誘う〝悲劇〟
「ップライド……っ。」
彼女を救い出すことこそが、彼の最終目的なのだから。
噛み締めるような声が小さく口から漏れた。拳を強く握り締め、胸騒ぎを必死に押さえつける。冷静にと必死に冷ました頭で優先順位を考える。先ずは敵の殲滅。そしてジルベールが戻り次第、すぐにプライドの捜索へ向かおうと心に決めた。
衝動のままに飛び出したい気持ちを堪え、フリージア王国の第一王子として本陣に身を置いた。
─ 双方への最後の叛逆が今、始まった。
二時間後。
限界に近付いた国門がとうとう開け放たれ、ラジヤ軍が雪崩れ込み始めても、なお。




