519.傲慢王女は知らしめる。
「……そろそろ、着く頃かしらね。」
フン、と軽く鼻を鳴らしながら私は玉座の上で足を組む。
玉座の間。
視界の先では護衛の衛兵が所狭しと並ぶ中、両隣にアダムと将軍を立たせた私は玉座の上でぼんやりと窓の外を眺めた。完全に太陽が昇りきり、明るく部屋を照らしていた。
「ええ。その時こそ我々の新しい時代が始まります。」
私の隣からにやにやと不快な笑みを隠さずに仄めかすアダムは、するりと私の玉座を撫でた。私の側に手を添わせては、触れる直前で留めるを繰り返している。触れてないのに空気一枚分でアダムの手の感触がする気がしてこれはこれで腹立たしい。アダムに聞こえるようにフン、ともう一度鼻をならしてから頬杖をつき、睨む。……その時だった。
「プライド女王代理。……お待たせ致しました。」
扉が開かれ、ステイルの声で顔を上げる。
ジャランジャランと手枷を鳴らしながら、彼はゆっくりと一人玉座の間に足を踏み入れた。黒縁眼鏡の奥を鈍く光らせながら、その眼光は私ではなくアダムへと向けられていた。
「あら?今日はジルベール宰相はいないの。」
いつもはいる筈のジルベールがそこにはいない。
私の問いにステイルは「ええ……」と短く答えると、やっと視線を私に向けた。同時に彼が入ってきた扉がゆっくりと閉ざされ、再び広間が密室状態になった。
ステイルは一度目を瞑り、そして開いた。漆黒の瞳が真っ直ぐに私へ見上げて光を宿す。
「報告の前に一つ、お聞きしたいことがあります。……俺とジルベール宰相の枷の鍵は何処にあるのでしょうか。」
「貴方が今すぐにでも隷属の契約を結べば教えてあげるわ。」
言ったでしょう?と軽くステイルをせせら笑う。
その返答に小さく唇を噛んだステイルは「そうですか……」と静かに言葉を返した。小さく俯き、拳を震わせ握るステイルに「それで、ジルベール宰相は?」と私が投げ掛ければすぐに顔を上げた。顎を高く上げ、首元が露わになる。整えられた黒髪が揺れ、指先で眼鏡の黒縁を押さえた。
「……プライド・ロイヤル・アイビー女王代理。」
改めてステイルが私を呼ぶ。なにかしら?と軽く首を傾げ、薄く馬鹿にするように笑ってみせてもステイルは揺らぐ事なく声を張る。
「いま、止めますから。」
ステイルが、大きく手を振り上げる。
その瞬間、彼の背後から騎士が姿を表した。ズラリと並ぶ大広間を埋め尽くす騎士達に騎士団長や副団長の姿もあって、アダム達だけでなく私も思わず息を飲む。「これは」とアダムが声を漏らし、引き攣った笑みのまま一歩引く。将軍が剣を構えたけれど、どうせ勝てる筈もない。戦車にカマキリが腕を構えるようなものだ。アダムはそのまま腕を自分の背後に伸ば
「皇太子の背後に一人居ります‼︎恐らく件の透明の特殊能力者かと思われます‼︎」
ーす、……前に騎士の一人が放った声に肩を硬直させた。
温度感知の特殊能力者だ。アダムもそれをすぐに理解したのか、ギリギリと歯を鳴らして騎士達を睨んだ。役立たずが、と吐き捨てて背後へ拳を振るう。何も見えないそこからドンッと鈍い音が鳴った。どうやら背後に秘密道具を忍ばせていたらしい。
周囲の衛兵に向かい、アダムが反逆者を捕らえろと叫んだけれどどうせ無意味だ。既に彼らは騎士達と並ぶように私達へ向かって槍を構えているのだから。
「無駄です。城の者達は全員ジルベール宰相が説得済みです。もう誰も貴方方の味方ではありません。」
母上達の元にも騎士団の保護が終えている筈です、と。
ステイルの冷たい言葉と共に、騎士隊長から号令が響き渡った。騎士達が一気に私達の元へと駆け出してくる。
あまりの数にアダムが棒立ちのまま身を反らして喚く。腕で顔を庇うように構えこそするけれど、剣を持った騎士相手では彼の特殊能力も腕が届く前に切り落とされるだけだ。更には「皇太子には触れるな‼︎」「剣で動きを封じろ‼︎」「枷で捕らえろ‼︎」と声を掛け合い、明らかに騎士達も彼の特殊能力を知っている。そして私は
「アッハハハ‼︎やるじゃないっ!」
あまりに楽しくなって声を上げる。
剣を抜き、玉座の上に立ち上がる。ドレスで少し動きにくいけれど、構わず私の元へと駆け込んで来る騎士へと飛び込んだ。ガキィィンッ‼︎と金属の激しい音が響き、騎士の一人が私の剣を受け取めた。力で敵わず軽く弾かれて、その直後に私は騎士の足を払って転ばせる。
アダムや将軍、秘密道具は捕まっていくけれど構わない。私に向けられる剣をいなし、捌ききる。騎士達の牽制を全て弾いた後は玉座の背凭れを蹴飛ばすようにして高く飛び上がる。
騎士達の頭も簡単に飛び越えた私は、彼らの背後へと着地する。彼らが振り返る前に鎧の身体へそのまま一人を刺し貫いた。ラスボスのチートは鉄の鎧を難なく貫き、肉まで到達すればズブリとした感触が心地よく手に伝わった。グアッ、と叫んだ騎士を蹴り飛ばし、私は反動のまま更に背後へ飛び退いた。空中で身体を捻って振り返れば、ステイルが驚いたように目を見張っていた。残念ながら彼は剣を持っていない。更には枷まで付いている。「ステイル様‼︎」と何人か騎士の叫び声が聞こえた。彼らの叫びを打ち消すように私からも彼に声を張る。
「バッドエンド、ねぇッ⁈」
私の叫びに、ステイルの漆黒の瞳が極限まで開かれた。
………
…
「……なぁんて。……本当、ステイルもジルベール宰相も優秀なんだから。」
フフッ……と思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
小さな覗き穴から外を眺めれば、景色の向こうの城下は対して変わらないけれど、下へと視線を下げれば黒い点程度の大きさで衛兵らしき影が慌ただしく右往左往しているのが遠目からちらちら見えた。
石畳みに直接腰を下ろし、動き易いように選んだ金具の少ない深紅のドレスに皺を作る。戦闘服も魅力的だったけれど、やっぱりゲームと同じドレスじゃないと味も出ない。
寛ぎながら衛兵達の姿を楽しんでいると、ギギィ……、と古びた扉が開かれる音が耳を引っ掻いた。目を向ければ、思った通りの人物達がタン、タン、タンとリズミカルに足音を立てて歩み寄ってくる。
「……指示通り、書状を用意致しました。そろそろお聞かせ願えますか?プライド王女。」
不満と快楽の混じった声だ。
アダムは引き上がった口端をそのままに右へ流した深紫の髪を撫でた。抑揚をつけてはくるけれど、不満なのは明らかだった。まぁ、豪奢な王族の部屋からこんなところに押し込められたら不満にもなるだろう。
仕方なく覗き穴から顔を離し、改めて部屋を見回す。隅には将軍が腕を組んだまま置物のようにして佇んでいた。文句を言いたいけれど、発言権が自分にないこともわかっているのだろう。
次に再びアダムへ目線を向ける。私と目が合ったことを確認したアダムは、それを返事と受け止めたようにその口を動かした。
「何故、突然このような場所に我々が身を隠さねばならないのでしょう?今更慌てずとも我が軍は正午には到着します。」
「あら?問題ないでしょう。もともと合流の予定はなかったし。ちゃんと将軍と〝ローブ〟ちゃんにも必要物資もコレも運ばせたし。唯一の入口以外からは絶対に中には入れない。それに武器や弾薬も充分に備えてあるもの。」
コレ、と言って私は軽く棚の上に置かれた鳥籠に目を向ける。中には二匹の鳥が詰められたまま大人しくしていた。
軽く呼んでもローブちゃん……秘密道具はやはり姿を現さない。離れの塔からアダム達と逃げ出す時、一緒に透明になって初めて姿を見れたけれど全身をローブで隠して顔も見れなかった。背は低かったから体格的に見て勝手に女性だと認定している。
アダムが私に紹介したがらないわけだ。私に好意を持っているとか嘯きながら女性を常に携帯していたら信用のかけらもない。
髪を弄りながら敢えて返事にならない返事を返してみれば、アダムの口端がわかりやすくヒクついた。それはそうですが……と言葉を漏らせば、不満を露わに彼の笑みが歪んでいく。その表情にやっと私も満足できて、お腹を抱えてアッハ!と軽くアダムを笑い飛ばした。ちょっと突いただけでこれだ。彼の化けの皮は剥がすのが簡単過ぎる。
アダムの無様な姿に満足できた私は、ゆっくりと彼らに身体ごと向いて答えてあげる。「だあってぇ」と大袈裟に声を上げ、彼らに真実を突きつける。
「あのまま居たらステイルと騎士団に捕まっちゃってたんだもの。」
当然のようにそう言って見せれば、狐のように細い目が僅かに驚愕で開かれた。血のように真っ赤な瞳が丸く姿を見せる。
口を閉じたまま目だけ開く姿は凄く間抜けだ。アッハハハ!と嘲笑いながら、私は彼らに言葉を続ける。
「今朝予知したの。私達はラジヤ帝国軍より先に嵌められてステイルと騎士団に捕まっていたわ。」
実際は予知した部分までなら私はまだ捕まっていないし、ステイルに勝ったかどうかもわからないけれど。
ゲームでも、ティアラと攻略対象者が城で女王台頭の為に乗り込んでくることを予知した私は、自分の敵になる前に上層部全員を始末していた。……やっぱり大筋は面白いほどにゲーム通りだ。
姿が見えない秘密道具はわからないけれど、将軍も驚いたように目を丸くしたまま口も少し空いていた。私は自慢するように胸で自分の指先で示しながら彼らに言い放つ。
「感謝なさい?私が居なければ貴方達はあの場で捕縛。フリージア王国を手にするなんて夢のまた夢だったのだから。」
ラジヤ帝国軍が攻め込んで来たとして、皇太子を人質にされれば無駄だ。
城下に被害は出せたかもしれないけれど、いくら暴れようとも最後にアダムを引き換えにされたら白旗を上げざるを得なくなる。それでは私も困る。私の目的はフリージア王国に甚大な被害を及ぼし、美しくこの身を断罪させて幸福な結末へと導くことなのだから。
私が彼らに冷笑を向ければ、段々と顔を紅潮させていったアダムが「素晴らしい‼︎」とか「流石は私の最高傑作……‼︎」とか意味不明なことをぺちゃくちゃ語らってきたけれど無視をする。彼の言葉はどれもお世辞で嘘っぽいしわざとらしいので聞くだけ無駄だ。途中、また私の手に口付けをしようとしてきたので指先だけでピシンと弾く。それでも嬉しそうに紅潮させた顔のまま私に目を光らせてきたけれど。ここまで来ても私におべっか使うなんてどれだけ機嫌を取りたいのか。……それとも、それだけラスボスである私への恐怖心が強いのだろうか。またはこれもゲームの強制力で小ボスの彼は私に服従するようにできているのか。
「そんな言葉は聞き飽きたわ。それよりもさっさとその書状を書いてラジヤ帝国軍に送ってちょうだい。城内の建物と城下の指定建築物は破壊するな。……そして正午を待たず、侵略を始めろとね。」
私は軽く溜息を吐いた後、彼らに命じる。
城内の建物と言えば、取り敢えずここも巻き添えにされる心配はない。指定建築物には壊されたらフリージアの復興や発展が遠退きやすい大施設や新機関。それさえ残れば民が何千何億死のうと国が破滅しようとまぁどうにでもなるだろう。
人差し指を伸ばし、先ずアダムへ向かい鳥籠を指し示せば「直ちに……!」と高揚した返事が帰ってきた。その次に将軍を指し、今度は見やる。
「下階の方は?全て使用不可なんて言わないでちょうだいね?」
私の問いに将軍は答える、全て問題ないと。
その返答に満足して笑って見せれば、その途端に将軍の肩が一度上下した。その反応が楽しくて口端をもっと引き上がれば更に身を反らした。
「良くって?もし万が一私が捕まりそうになったら手筈通りにね。貴方達は隣の塔なり死ぬなり好きになさい。私はその程度じゃ死なないのだから。」
そう嘯いて、念を押すようにアダム達を一人ひとりを指し示す。
殺されるなら良い、でも捕らえられるのは駄目。意味がないし許サレナイ。最悪の場合、攻略対象者の手で殺されないとしてもゲームと同じようになるように私からも演出を。幸福な結末の為にも万全を期しておかないと。
人質となる母上達を手放したのはもったいないけれど仕方ない。どうせアーサーが死んだ今、母上達を治せるのはアダムしかいないのだから、人質としてはまだ機能もしてる。
取り敢えず侵略が進むまでは捕まるわけにはいかない。ここなら母上達と私しか知らない場所だから絶対安全だ。本当にステイルの特殊能力を封じておいて良かった。暫くはこのまま高みの見物をしていよう。エンディングと同じ、満月が出るまではゆっくりと。
「貴方様と協力できて幸いでした……!流石は我が愛しきプライド王女。他の塵共とは天地の差っ……‼︎」
またアダムが声高にお世辞を吐いてくる。
心配はないとは思うけれど、外に声を聞かれたら面倒だ。
「その口。……煩いわね。」
アダムの口を片手で無理矢理塞ぐ。
その途端、ングッ⁈とアダムは間抜けな声を漏らした。口封じをされたことに見開いた目を向けるアダムへ顔を近づける。
「舌でも抜いてあげましょうか?……その方がきっと素敵になるわ。」
ゲームでは大して話さなかった小ボスのくせにお喋り過ぎる。
神絵師のお陰でそれなりに整った顔なのだから、いっそこのまま舌を無くした方がずっと良い。そう考えれば、頭の中で喋れなくなって無様に口をパクつかせるアダムの姿が浮かんで、久々にぞくぞくと快感が肌を走った。恐怖か、それとも侮辱された怒りでか見開いた目とともにアダムの息が縊られたように止まった。そんな顔を見たらまた愛しくなってきて、勝手に口の端が引き上がる。
「アッハハ!良いかもね?ねぇ、いまやりましょうか?……ちゃあんと痛がってね。」
興奮のあまり今度は私の声が上擦った。
潜ませるように必死に抑えて彼へ唱える。彼の口を押さえたまま、もう片手で剣を掴んで見せれば彼より先に控えていた将軍が慌てて動き出す。腰の剣に手を添えたのが見えて、目だけ軽く睨めば笑っちゃうくらいに動揺していた。ハハッ、と軽く笑ってアダムから手を離す。……遊べないのは残念。だけど今アダム達を敵に回すわけにはいかない。殺そうとすれば殺せるし、今は目的の為に利用することだけに集中しよう。
「冗談よ?……今はね。」
アダムよりも背後に控えていた将軍に向かってそう言えば、静かに剣が納められた。
手を離した後もアダムはポカンと呆けたままだ。そんなに私に逆らわれたのが衝撃だったのか、情けない顔を嘲りながら眺めていると、次第に私を向けられたままの顔がじわじわと染みを作るように悦楽に開き歪んでいった。
「あと。……これだけは忘れないでちょうだい?」
剣を片手に立ち上がり、私は悦に浸るアダムを通り過ぎる。
大して広くもない部屋の隅に佇んだままの将軍に歩み寄れば、既に私へ警戒した彼は身構え出す。腰に差した剣へと手が伸び、掴む。彼が鞘から抜く前に、私はその首へ刃を瞬時に突きつけた。私の動きに反応出来なかった将軍は、痙攣を起こすように指先を震わしたまま動きを止めた。
アハッ、と笑い混じりに息を首に吐きかければビクリと一度だけ肩が震えた。一ミリずつ動かすように剣を彼の首へ、皮へと近付け押し付ければ、赤い線がうっすら入って少し滴った。命の危険を感じたように筋がビクビクと震えていた。こんなのがラジヤ帝国の将軍だなんて呆れてしまう。身体の作りこそ悪くはないけれど、我が国の新兵の方が手答えがあるのではないかさえと思う。
反対の手で将軍の懐をツン、と突く。「無くさないでね?」と言葉を掛ければ、これ以上刃にめり込ませないように首を微弱に震わせるようにして彼は頷いた。彼の懐の大事な大事な物。どうせなら私達と別行動する彼が持っていた方が都合も良い。モブ以下の彼は、保身が大事みたいだしゲーム終了までは誰にも見つからず隅で小さくなって震えていれば良い。ゲームの為にも、彼らの為にも。彼の存在意義は私が断罪されて騎士達に発見されてからなのだから。
年甲斐もなく怯える将軍が楽しくて、彼の耳元に顔を近付ける。フーッと息を細く吹きかけると同時に刃を更に首へと押し付けていけば、息を引く音がはっきりと聞こえた。
「私が他と違うのは当然なの。だって」
怯える彼とそしてアダム、ついでに何処かにいるであろう秘密道具に宣言する。彼らと私の決定的な立場とその差を、知らしめるその為に。
この場で将軍の首に刃を埋めたい衝動とアダムの舌を切り落としたい衝動に耐え、私は笑う。ラスボスとして世界一相応しいこの言葉とともに。
「私は、神に選ばれし予知能力者なのだから。」
己が存在価値を彼らへ掲げてみせる。
すでに己が選ばれし存在ではないことを知りながら。
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