518.傲慢王女は呼ぶ。
「ッどうなっている⁈」
早朝、城内は騒然とした。
慌ただしく城内を衛兵が駆け巡り、互いに声を掛け合い指示を出し合った。
明け方前に部屋に戻ってから、数時間足らずで衛兵から報告を受けたステイルもまた部屋から飛び出した。着替えた服を整える時間も惜しみ、剣を腰に差しながら指示を出し、彼もまた他の衛兵達と同じように駆けていく。ジャラッジャランジャランと鬱陶しく手枷の鎖を鳴らしながら隠すことなく彼は走った。歯を食い縛り、睡眠不足の頭を活性させ、黒縁眼鏡の奥を怒りに光らせながら。
予定より早いラジヤ帝国から侵略に、ではない。
「ップライド‼︎‼︎」
忽然と部屋から姿を消した女王代理とラジヤ帝国の二人を、探す為に。
……
4hours ago
「眠られないのですか?我がプライド女王。」
……夜が、明ける。
窓の外を眺め続けていれば、真っ暗だった景色が薄く色付いてきた。眩しくて、綺麗で、……これが最期の朝陽だと思うと酷く残酷で。
女王の部屋にも関わらずノックも無しに入ってきたアダムの声に、折角の気分が台無しになる。眉の間に力が入って、振り返らないまま溜息を吐く。……折角寝室を別にしたのに、何故今日に限って現れるのか。
「悪くって?記念すべき日の朝だもの。どうせなら目に焼き付けておきたいじゃない?」
「失礼致しました。……てっきり、今更になって怖気付かれたのかと」
ハァ?と、アダムの言葉に侮蔑を含んで振り返る。
するともう彼は私の背後に立っていた。秘密道具ほどでなくても彼もなかなか気配を消すのが上手い。忍ばせる声だけじゃ真後ろなんてわからなかった。
顔を向ければ、前のめりに私を覗く彼の顔はすぐ目の前だった。少し驚き、少し丸くなった目を合わせて睨み合えば狐のような眼が薄く開かれた。……赤い瞳。ニタァ、と引き上がった口から涎を溢れかけながら笑い、生暖かい息を放つ。
「失礼。……御安心下さい、愛しきプライド女王。我々の計画は完璧です。フリージア王国は我らのものに。そして、……貴方も。」
ぬっ、と蛇のようにアダムの腕が私へ伸びてくる。
首でも締めるつもりかと思えば、肩へと回され抱き寄せられた。馴れ馴れしく彼の身体に引き寄せられて、顎が彼の肩に乗る。未だに彼の偽りは解けない、まだ私に好意的だと思わせたいらしい。肩で溜息を漏らせば、彼がそっと抱き寄せたのと反対の手で私の身体に触れた。腰からなぞり、這うかのように掌を添わせ上がってくる。……気持ち悪い。
そう思っていると、とうとう彼の手が私の胸へと伸び、私は躊躇わず彼の首に歯を突き立てた。ガブリ、と噛み切るつもりで顎に力を込めれば私の胸へと伸びた手ごと彼の身体が跳ね、私から離れた。
くっきりと付いた歯型が、アダムが首を押さえる直前にチラリと見えた。痛みに目を歪めながら耐えるように顔を赤く紅潮させ、余裕を示すように口端だけを引き上げて笑うアダムを指差し笑う。アッハハハハハ!と声に出せば、恥からか更にアダムの顔も目も赤みが増した。
「言ったでしょう?私を得られるのは条件を満たしてから。……フリージア王国を名実ともに奴隷生産国に堕として初めて貴方は私に触れられるのだから。」
忘れないでちょうだい?と彼の名残りを打ち消すように身体を払えば「失礼致しました。……つい」と反省の色がない返事が返ってきた。むしろ興奮するように目を爛々と輝かせている。つまらない。
「跪きなさい、アダム。」
窓に背中を向け、足を組んで彼へと向く。
髪を搔きあげ流して見せれば、深紅の髪が波立った。アダムがその軌跡を追うように口を開けたまま硬直し、そして髪が降り切った途端にその場へ跪く。従順を演じる彼が道化のように滑稽で、見下し笑いかけながら私は膝の上に頬杖をつく。
「期待してあげる。沢山の民を苦しめてちょうだい?我が国の民が苦しめば苦しむほど、最後に御褒美も弾んであげる。」
仰せのままに。と、アダムはすんなり頭を下げる。
笑った口端から涎が垂れ、床に数的垂れ落ちた。椅子から立ち上がり、上出来な答えを返せたアダムに私から歩み寄る。動物を相手にするように指先で顎を擽ればゴロゴロと鳴らさない代わりにゴクリと生唾を飲み込む音が振動になって指に伝わった。顔を上げ、恍惚と笑むアダムに私からも冷笑を返す。
「楽しみたいのでしょう?なら、ちゃあんと仕事を終わらせなさい。私を飽きさせないでちょうだい。」
顎から頬を撫で、指先で首をなぞるように添わせれば、分かりやすくアダムの身体がビクビクと震え上がった。怯えているのか、やはり小ボスのアダムにとってもラスボスである私の存在は恐怖の対象だ。
「約束の時まであと半日を切ったわ。……上手に〝待て〟程度はできるでしょう?」
最後に野良猫でも相手にするように、指先で扉の方へと払ってみせれば、恭しく頭を下げてアダムは去った。
パタン、と扉が閉じられたのを確認してから、ベッドに今度は背中から倒れ込む。勢いよく倒れ込んだせいでマットが伸縮して身体が縦に揺れた。息を大きく吸い込み、少しずつ吐き出す。窓の外をみたらもう太陽が昇っていた。……最期の日の出を身損ねたと少しだけ落ち込む。
「…………所詮、裏切るくせに。」
悪態をつこうとすれば、鼻息混じりに怨みだけが溢れた。
きっと、今ごろ彼の頭には月を肴にラジヤ帝国軍と祝杯を交わし、勝利の美酒に酔い痴れる自分の姿でも映っているのだろう。私にとって彼がそうであるように、彼にとっても私は利用し切り捨てるだけの間柄だ。
そして、私は彼の計画が失敗することを知っている。
アーサーはバッドエンド。セドリックは国外。残すはステイル、ジルベール宰相、レオンだけ。ジルベール宰相はマリアがいるし、ならティアラとルートを進むのはステイルかレオンだろうか。
今日の為にちゃんと私は働いた。これで侵略が始まれば、きっと誰もが私に刃を向けるだろう。そして私を殺しても誰もそれを咎めはしない。本性を出した王女を、反乱を起こした悪女を討伐するのに何も罪はないもの。
「……あとちょっと。」
窓からの明かりで部屋まで明るくなる。
私の役目はもう少しで終わり。沢山の人に憎まれ嫌われ断罪される。ゲームの大筋通り、フリージア王国をラジヤ帝国と共に奴隷生産国に堕とすべく動き、その前に殺される。それでやっと、私はラスボスとしての華々しい人生を完遂できる。
それが、私の存在意義。その為に私はあれだけのことをして、何人もの人を傷付け……、……。
〝その為に〟⁇
「っふ、はは……ッ……アッハハハハハ……ハハハハハハッ‼︎‼︎」
おかしくなって、お腹を抱えて笑い出す。
耐え切れず靴を履いたまま足をバタつかせ、広いベッドの上に笑い転げる。笑い過ぎて息が苦しくて目尻に涙が溜まって滲んだ視界で天井の照明を仰ぐ。
そんなわけないじゃないっ‼︎
「アッハハハハハハハ‼︎ハハハハハハハハハハハハッ‼︎」
楽しくて愉しくていとしくて愛しくて愛しくて愛しくて堪らなかった。
屈辱に歪んだ顔も苦しみ堪えた表情も、憎しみも絶望も苦痛も悲愴も激情全てが見たくて見たくて堪らない‼︎ああああああ激情に歪んだステイルも絶望いっぱいに私を見返したアーサーも苦痛に耐えて悲愴に歪むジルベール宰相も絶望に染まったヴァルも信じられないものを見る目で顔色を変えたレオンも苦痛に堪えるように私を睨むセドリックも母上も父上もヴェスト叔父様もアラン隊長もカラム隊長もエリック副隊長もセフェクとケメトもマリーもロッテもジャックも侍女も衛兵も教師もみんなみんなみんな
身体が火照りきるほど愛しくて。
「アッハハハハ……‼︎馬鹿みたい。私がそう望んだんじゃないっ……。」
愉しいから傷付けた。怯える姿が愛しくて当り散らした。私の事で傷付いてくれるなら身体の痛みすらどうでもよかった。痛めば痛むほど私なんかを想う優しい人が傷付いてくれると思えば身体が紅潮するほど気持ち良かった。ゲームの私もきっとこの快感を知っていたからやめなかった。こんなに愉しくて気持ち良くって素敵なことをやめられるわけがないもの。
私を見て私のせいで悲しめば愛しくて苦しめば愛しくて苦痛に歪めば楽しくて。あああああああああああああずるいずるい!ゲームの私はもっともっと長く愉しく沢山これができたのに‼︎
傷付けたい傷付けたい傷付けたい傷付けたいっっ!もっともっと悲しむ顔を愛しい愛しい絶望に染まる顔が憎しみ乱れる激情が見たい触れたい愛しみたい屈辱に歪む綺麗な顔が見たい殺意に塗れた顔をこの手で抱き締めたい‼︎‼︎
アハハハハハハハハハハハハッ‼︎と甲高い声で笑い続ける。
眉がピクピク動いて息が弾んだ。部屋も明るくなって、馬鹿みたいに私の無様な姿が露わになる。これもこれで悪役女王らしいと余計に笑いが止まらない。
ああああああっ……もっともっと見たかった。
ステイルに母親を殺させてアーサーに親の仇と怨まれてジルベール宰相にマリアを失わせてレオンの前で民を嬲り殺してセドリックを騙して全てを失わせたかった。
「ハハハ……ハハッ……、……。……………残念ね。」
喉が張り疲れてやっと呼吸が整ってくる。胸が上下し、顔が火照りきって顔が湿った。
愛しい愛しい時間も、もう終わってしまう。仕方がない、これが私の役割だ。私は今日この日の為に生まれてきたのだか
…………!
「……?……今の……は……?」
ふと、過ぎる。
最初は戸惑い、身を硬ばらせた。火照った筈の身体が冷めて、頭も一緒に冷えていく。そして、……理解した。
「………………アッハ。」
……嗚呼、もうアダム達を呼ばなくちゃ。
そう思った私はベッドから起き上がり、乱れた髪のままに窓へと歩む。太陽が昇った空を眺めながら、少しだけ眩しくて目を凝らす。
「……朝陽は駄目だったけれど、最後に月は見れるかしら。」
ゲームでは、最後の決着はどれも月夜だった。
昨日の夜空から考えても、きっと今夜は満月だろう。綺麗な綺麗な月光に照らされて私は断罪される。ゲームと同じ天気なのだとすれば、日付けまでぴったりエンディングの日と重なっている証拠だ。やはりここはゲームの世界なのだと改めて認識する。
そう、ここは全て強制的にエンディング通りに回る世界。…………だと、したら。
「…………。」
窓に指を当て、考える。
この世界がゲーム通りに回る運命ならば。私の望み通りに最期を彩る幸福な結末へと向かっているのだとすれば。……どうか、こうであって欲しいと思い願う。
「……最期に、……ちゃんと皆に逢いたいわ。」
運命が意思を持っているのなら、叶えて欲しい。
どうせ私は誰かに殺される。国を傾けた悪の女王として断罪される。たった一人、ティアラに選ばれた攻略対象者が私を終わらせてくれる。でも、もし叶うならば最後の最期にどうか
大好きな皆に会ってから死にたい。
もっともっと苦しめる為?わからない。ただ逢いたいとひたすら思う。
無理だってわかってる。アーサーは死んだ、ヴァル達も私の手の届かない場所に逃げた、レオンはエンディングには間に合ってくれるだろうけれど、セドリックやランス国王、ヨアン国王はハナズオ連合王国。マリアとステラが城に来るなんてあり得ない。
でも、そう思ってみると、未だ誰にもお別れが言えなかったなとそう思う。私を断罪する人には言えるかも知れないけれど。……まぁ、皆はどうせもう私の顔なんて見たくもないだろう。
いくら優しく善人の彼らだってアーサーを殺し、反乱を起こしてラジヤと手を組む最低王女を許すわけがない。だからそう、叶うならたとえばゲームのジルルートみたいに
「みんなで私を殺してちょうだい。」
軽蔑と憎しみの目を向けて。可哀想なんて微塵も思わずに、死んで当然の私を断罪して殺して欲しい。
そうしてやっと、私の人生は完遂するのだから。
「……そして楽しませて?エンディングは盛り上がらないとつまらないもの。」
鼻歌交じりに口ずさみ、両手でそっと窓を開ける。
外開きの大きな窓から朝の新鮮な空気が吹き込んできた。鼻から息を吸い上げて、口から吐いて深呼吸する。残り数時間で、美しい城下は崩れて民の断末魔が響き渡ると思うと今からわくわくして落ち着かない。ああああ早く、早く来て。早く、早く来てそして早く
私を、殺して。
素敵なエンディングを迎えましょう?
ティアラと一緒にどうか幸福な結末を手に入れて。手加減なんて許さない。私に手なんか抜いたらその時は
私がバッドエンドにしちゃうから。
最後の一人に、なるまでは。




