幕間 少年と王女
13years ago
「やめっ…やめて下さいお願いしますやめて下さいお願いっ…ッァアアッ‼︎」
泣き声と笑い声が入り混じる。
鞭を振るい、楽しげに笑い声をあげる少年と、痛みに悲鳴を上げ泣き叫ぶ子どもの叫びが地下に響く。
皇帝である父親から与えられた奴隷で行うそれは、教師からの授業で少年にとって最も楽しいものだった。
自分と同じ人の姿でありながら、粗末な布を羽織り首や手足を鎖で繋がれ、家畜以下の扱いを良しとされる〝奴隷〟を痛めつけ、調教し、強者の優位を味わう。奴隷大国であり、侵略と蹂躙で規模を広げているラジヤ帝国の皇族としては必要不可欠な授業だ。
第一皇子、アダム。九歳の少年にとって、それは日常だった。
定期的に〝授業〟の為に使い捨てる用の多くの〝高級商品〟が皇子の為に買い付けられた。
「この中には特殊能力者がいるかもしれません。もし、調教できたソレが特殊能力者であれば貴方の奴隷にできます。」
教師は穏やかな声でそれを約束した。
皇子となる者、全員への試験のひとつでもあった。調教が先か、特殊能力者が先か。
どちらでも構わない。高級商品であるフリージア王国の民の内、敢えて〝特殊能力者以外〟を掻き集めた奴隷達。その中で特殊能力者という〝宝〟を己が運で手に入れられるかという次期皇帝となる運を持ち合わせているか。過去の父、そして過去に皇帝となった者の中にもそれで特殊能力者を見事引き当てた者も居た。
アダムはその為に次々と奴隷を痛めつけ、時には嬲り殺し、減れば新しい奴隷をまた調教し続け、特殊能力を出せと脅していった。
出せ、出せ、平伏せ、誰が頭を上げて良いって言った?俺様に逆らえば殺してやるからなと。何度も言葉を浴びせ、嘲笑いながら自分と同じ人間へと鞭を振るい、髪を掴み、首を絞め、踏み付け、齧り、骨を折り、腕を捥
「あああ⁈あ、ああぁァアッ……‼︎アァァアアッ⁈‼︎アアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアァッッ‼︎‼︎」
断末魔が、響いた。
あまりの叫び声に、檻の外でそろそろ来るであろう訪問者を迎えるべく佇んでいた教師も肩を上下した。肩を落とし、俯き、やれやれと溜息混じりに「アダム様。…あまりやり過ぎてはまた調教前に死なせてしまいますよ」と振り返り、……目を、剥いた。
第一皇子であるアダムが、頭を抱え踠き苦しみながら泥のついた床に倒れ込んでいた。
アダム様⁈と教師が声を上げ、彼へと駆け寄った。
ビクビクと身体を痙攣させながら呻き声を上げるアダムは、どうみても正気ではなかった。
誰か、医者を‼︎と叫びながら教師は一体何が起こったのか考える。檻に居たのは皇子と奴隷のみ。そして奴隷は鎖で抵抗できないように繋がれている。「おい!アダム様に何をした⁈聞いているのか!」とアダムを抱え込みながら、うつ伏した奴隷を足蹴にし続ける。
そうやっている間にも何故、どうやってと考え、ある一つの可能性が教師の脳裏に浮かぶ。
〝特殊能力者〟と。
その言葉を紡ぎきる前に今度は教師が叫び声を上げた。先ほどまで足蹴にしていた奴隷が自分の足を掴んだのを意識が途切れる寸前に見た。抱えていた皇子を手放し、頭を抱え、叫び、汚れきった床に転がった。甲高い皇子の叫び声と野太い教師の叫び声が響き渡る中、奴隷の少年は言葉も出ずに目の前の光景を眺め続けた。
「……!これは。………なるほど、特殊能力者か。」
数分後に一人の男が檻の前に足を踏み入れた。
豪奢な衣服を身に纏い、多くの護衛と奴隷を引き連れたその男は、檻の中で倒れる教師と自分の息子である筈の皇子を冷たい目で見下ろした。
既に何人もの息子娘がいる皇帝にとって、一人の損失程度は大したことはなかった。定期的な視察としてアダムの授業姿を見に足を運びはしたが、大して出来も良くない息子に何も愛着はない。彼にとって最も大事なことは次なる皇帝として相応しい世継ぎを得る、それだけなのだから。むしろ、目の前にいる奴隷が特殊能力者であったことの方が興味深い。
「少年よ、それは何の特殊能力だ?一体なにをやった?」
檻の扉を潜り、倒れた教師と皇子を跨ぎ、奴隷の少年を覗き込む。
床にへたり込み、全身に鞭の跡と抉れた傷後を残し、血を滴らせた少年は茫然としたまま動かなかった。目の前にいる筈の皇帝を見上げることもせず、視線は自分を苦しめていたアダムと教師へ注がれたままだった。
既に少年も常軌を逸しているのか、壊れた後か。奴隷にされた人間がそうなることは珍しくもない。皇帝は反応のない少年に手を差し出した。手枷を嵌められた少年はやっとその手に気付き、不思議そうに首を傾げ、初めて皇帝を見上げた。
「来なさい。私の所有物にしてやろう。」
淡々としたその声に、少年は表情を僅かに変えた。
手枷に戒められ、細い骨だけの手がゆっくりと意思をもって持ち上げられる。餌を殆ど与えられず、乾ききった喉がゴクリと小さく音を立てた。そして少年は、蜘蛛の糸のように細く垂らされた救いに、皇帝の大きなその手を取り
呪った。
ッああああああああぁァアああああ⁈アアアアアアアアアアッ‼︎‼︎と、先ほどまで落ち着き払っていた皇帝が叫び声を上げ、頭を抱え倒れ伏す。
その途端、檻の外に控えていた護衛の誰もが慌てふためき皇帝へと駆け寄った。誰もが皇子も教師にも目もくれず、皇帝のみに声を張り上げ救護しようと手を伸ばす。何をした⁈と数人の護衛は少年へ銃を突きつけた。少年は答えない。床にへたり込んだまま、虚ろな目のまま黙したままだった。
特殊能力。フリージア王国以外では殆ど理解されていないその力や危険性はラジヤでも当然未知の領域。鎖で繋がれ、調教されていれば恐れはないと思い込まれていた。
特殊能力者は、その者に触れるだけでも危険の恐れがあると知る者もいなかった。
震えながら銃の照準を合わせる兵士もまた、動揺が収まらない。目の前のバケモノに銃程度が敵うのかどうかも疑わしい。そして原因が判明するまでは処分するわけにもいかない。もし皇帝が目を覚まさければ、手がかりはその少年だけなのだから。何より、殺戮兵器ともなり得る少年は皇帝が欲していた特殊能力者でもある。自分達の一存で処分は許されな
「……ッハハハハハハハ……‼︎素晴らしい……!素晴らしい素晴らしい素晴らしいッ……‼︎‼︎」
ハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎と突如、倒れ伏していた皇帝は笑い出す。
救護しようとする護衛や従者、奴隷達の手を払いのけ、自らの足で立ち上がる。
皇帝陛下⁈陛下‼︎と誰もが声を上げるが、聞く耳も持たず皇帝は引き上がった笑みのままに奴隷の少年へと歩み寄る。今度こそ驚きで目を見開いた少年が、身動ぎ一つ出来ずに息を止めれば、皇帝は従者達さえ見たことのない笑みのまま両手を広げて見せた。
─ 少年は、望んだ。〝助かりたい〟と。
死にたくない、今の地獄から抜け出したいと望み願った。
「この力こそが真なる支配者……‼︎全ての者を跪かせる絶対的な力に違いない‼︎」
まるでつい今しがた、その少年に殺されかけたことを忘れているかのように皇帝は高らかに謳い上げた。
─ 皇帝は、望んだ。〝相応しき後継者を〟と。
どんな手を使っても良い、ラジヤ帝国を統率し、更に高みに、拡大させることのできる者を望み、産ませ、育てさせ続けた。
「〝アダム〟‼︎……それこそがお前に相応しき名だ‼︎我が一番目の息子……正統なる後継者となる男だ……‼︎」
─ 二つの望みと狂気が混ざり合い、皇帝を狂人へと堕とした。
奴隷になった少年をこの場から救い、そして相応しき後継者へ仕立てる。その原動力のみが皇帝を生かす。たとえ己が望まぬ後継者であろうとも。
今すぐこの少年に、〝アダム〟に相応しき服を、部屋を、全てを。
興奮した皇帝の叫び声と豹変に、異議を唱える者はいなかった。〝アダム〟だった皇子に見向きもせず、皇帝は嬉々としてその少年を抱き締めた。
今迄、十人以上居る子どもの誰にもしたことのない抱擁に皇帝を知る誰もが目を疑った。
「アダム……‼︎お前こそがラジヤ帝国を、世界の支配者となる男だ……‼︎」
高揚した皇帝の語りは止まらない。
茫然とする少年を抱き締めたまま、泥のついた顔で満面の笑みを見せた。己が狂人と化したことも知らず、アダムと己の望みを叶えるべく全ての権力を彼へと注ぐ。
別人に成り代わり、アダムとなった少年は十三年間の間に少しずつ己が目覚めた特殊能力を知っていく。試す相手ならば困らなかった。以前のアダムだった皇子と同じ教育を受ければ、先ずは奴隷で試した。そして〝素質〟のある者を一人手に入れた。運良く特殊能力者だったその女性をアダムは己が手元に置いた。
更には突然〝第一王位継承者〟とされた自分へ妬みや命を狙う、腹違いですらない兄弟で試していった。そして
……〝素質〟のある者は、居なかった。
最後には蠱毒のように、残された皇帝の息子はアダム一人のみ。
上層部はアダムの力を恐れ、皇帝に寵愛を受けた権力者である青年を恐れ続けた。逆らえば、権力で潰されるか恐ろしい特殊能力で生き恥を晒し苦しみ続けて死んでいく。過去十人以上の皇子がそうだったように、アダムの特殊能力から逃れられる方法などないのだから。
そして、少年がアダムとなって十三年。
「ローザ・ロイヤル・アイビー女王陛下の御言葉です。」
少年は、呪い続けた。
己が出生を。
化け物の国の人間として産まれただけで珍獣のように扱われ、奴隷として使い捨てられかけた事実を。
フリージア王国でさえ産まれなければ、自身は奴隷として狙われることもなかったかもしれない。親も家族も記憶にないが、物心ついた時からの地獄のような日々からは逃れられた筈だと。化け物と呼ばれ、踏み躙られながら、嘲笑われる日々などなかった筈だと。
「我が娘、第一王女プライド・ロイヤル・アイビーです。」
少年は、嫌悪し続けた。
ラジヤ帝国と、奴隷を。
己を奴隷の身分に堕とし、存在を弄び、特殊能力を覚醒させるまで常に数多の主人の元へ転がし続けた国を。
力を得たからといって、国の為になど動ける筈もない。ラジヤ帝国全てを己が快楽の為に利用し続けると彼は決めた。
そして、己が過去を彷彿とさせる象徴である奴隷にも嫌悪はしても情などは向ける気にもなれなかった。ただただ過去の己という戒めとして奴隷をやっかみ、使い潰す側の人間に望んでなった。
「御紹介に預かりました。第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーです。」
少年は、信じ続けた。
この世の全ては己が快楽の為にだけ在るのだと。
フリージア王国から捕らわれ荒み続けた過去とラジヤ帝国の歪んだ教育が彼を精製し続けた。
「今回、私が皆様にお伝え致しマスのハッ…、…⁈…ッ…‼︎……!…‼︎」
─ 皇太子は、望んだ。〝フリージア王国に破滅を〟と。
自分から一度全てを奪った元凶と思えたその国の人間全て、己が手でラジヤの商品棚へと並べる為に。
己が過去の象徴である奴隷に自分以外のフリージア王国の人間全てを堕とすその為に。
「ァッ…ッ‼︎あ、…あ、あああ…ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」
─ 王女は、望んだ。〝ゲームのような幸福な結末を〟と。
十年前、己が暴走を予知していた彼女は己を呪い、嫌悪した。
そして明滅する思考の中で、前世の記憶を元にたった一つの手段を導き出す。
愛する自国より先に己が断罪こそが救いだと。
「……フ………ハハッ…ハハハハハ…ハハハッ‼︎アッハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハッ…‼︎‼︎」
─ 二つの望みと狂気が混ざり合い、王女を狂人へと堕とした。
王女は狂い、紡ぎ出す。
フリージア王国を破滅させ、己が身が断罪されることによって〝ゲームのように〟全てに幸福をもたらす物語。その原動力のみが王女を生かす。たとえ、己が望まぬ手段であろうとも。
〝ゲームのように〟幸福な結末の為にフリージアへ破滅を。
〝ゲームのように〟幸福な結末の為に彼らに不幸を。
〝ゲームのように〟幸福な結末の為に彼らから憎しみを。
〝ゲームのように〟幸福な結末の為に悲劇を。
〝ゲームのように〟破壊と再生による、幸福な結末を。
全てを奪われた少年は動き出す。全てに与えられた王女と共に。
己が快楽を満たすまで。
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415-2
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王女の願いは、彼らの幸福だけでした。
ゲームを知っていたからこそ、これからの悲劇にそう願ってしまいました。
そしてその願いが、恐れていたゲームのラスボスへと歪めさせました。
いま、王女は




