515.宰相は聞き届ける。
「それは本当なの?ジル……!本当に────様はそんなことを……⁈」
……これは。
「ええ。……ですからティアラ様、貴方は城に戻られてはなりません。もし見つかり、捕らえられれば最後フリージア王国は奴隷生産国と成り果ててしまいます。」
……私は、何を……?
…………ああ、そうだ。彼女に、とうとう真実を話してしまったのだ。
貧困に苦しむ民を放って置けない、特殊能力申請義務令で苦しむ民を解放したいと。……優しい彼女に。
城に戻って女王を説得すると訴える彼女を今日まで言葉で誤魔化し偽り続けてきたが、とうとう真実を語る日が来てしまった。
私の言葉に衝撃が隠せない様子の彼女は、困惑を露わにした。今までも城の人間が彼女を探しにここまで辿り着いたことはあったが、年齢操作したままの十三歳の姿の彼女と、共に生活している下級層の彼らの助けもあり事なきを得て来た。このまま、彼女の時間を十三歳で止め続ければ平穏無事に過ごせるだろう。……ただし
「っ、……それでも……!私は、行きますっ……‼︎」
決意を帯びた、強い彼女の声が放たれた。
手で胸を押さえ、下唇を小さく噛みながら私を真っ直ぐに見つめ返してくる彼女は、十三歳の少女のものではなかった。
「このままずっと身を潜めていても、いつかは絶対に奴隷生産国にされてしまいますっ……!そんなの私は嫌……!大切な国の民が奴隷にされるなんて絶対に嫌です!」
……その通りだった。あの女王がいつまでもティアラ様を探し続け、それまで奴隷制度を進めない保証などどこにもない。いずれは綻び、終わる。ティアラ様、そして私が匿っている彼らがいつ、奴隷として捕らえられるかわかったものではないのだから。
目の前の女性は十六歳の成人女性。博識で頭の良い彼女が、そのような簡単なことに気付かぬわけもなかった。
「お願い、協力してジルッ!フリージア王国を奴隷生産国にしないで済むなら、私は何でもやるわ……‼︎」
強い、目だ。
金色の瞳が輝き、背筋を伸ばし声を張る姿は凛々しき第二王女そのものだった。彼女が何者であるかを思い出した時、思わず私は身が震えた。
女王が国を支配し、ステイル第一王子殿下が傀儡とされ、レオン王子が玩具にされ、……既に、この国の希望は潰えているかと思った。一分一秒でも長く、国が民が人らしい生活を永らえさせることが今の私に唯一できる贖罪かと思っていた。だが
我らが王族はまだもう一人おられた。
唯一の救い、光だ。
ティアラ・ロイヤル・アイビー第二王女殿下。
我が友アルバートとローザ様が遺した最期の遺産。二人の魂と心を受け継いだ正統なる王位継承者。彼女ならばっ……‼︎
フリージア王国を救う唯一の方法に気がついた私は、細い彼女の肩を両手で掴む。「きゃっ!」といううら若き高い悲鳴とともに、彼女は私を見返した。「ジル……?」と問う彼女に私はいま一度、その決意を確認する。
「本当に、……御覚悟はありますか…⁈」
緊張で僅かに震えた私の声にティアラ様は大きな目を丸くし、そしてすぐに強く頷かれた。
彼女もまた、その手に震えを隠しきれぬまま、その瞳だけには少しの惑いも迷いも感じられなかった。
「……ひとつだけ、方法があります。奴隷制度を撤廃し、特殊能力申請義務例の被害者を解放し、フリージア王国を救える唯一の方法が……‼︎」
それを言い放った途端、ティアラ様の瞳が眩く光られた。
そんな方法が、と言わんばかりに希望を宿し肩を掴む私の手を握り返してこられた。「それはなに……⁈」と上擦る声で尋ねられるティアラ様に、私は十三の未成熟な声を張り上げる。
「貴方がっ……新たなる女王となるのです……‼︎‼︎」
息を飲み、言葉の意味を計りかねるように肩を強張らせるティアラ様は、その瞳を動揺で酷く揺らされた。
「女王……?」と己の耳を疑うように聞き返し、私から肯定以外の返事を望まれているようだった。だが、現実を突きつけるように敢えて私は強く言葉をまくし立てるように続ける。
「貴方が王位継承者として名乗りを上げるのです……‼︎先代の血を引き継ぐ貴方ならばできます!女王側の人間などたかが知れております。奴隷制度を提唱されてからはさらに上層部も疑念や不穏が渦巻いております。貴方が真なる女王と名乗り出れば必ず、上層部は貴方を選びます!そして上層部全体が認めさえすれば城の人間も……そして民も‼︎貴方を女王と認めます‼︎貴方がこの国を変えるのです‼︎」
そんな、私なんかが女王なんて、と声を漏らされるティアラ様は酷く戸惑われていた。
だが、女王としての素質であればティアラ様は申し分ない。博識で知に長けておられるだけではない王の素質だ。所詮、女王も公務の殆どを私とステイル様に放っていた。あの女ができて、ティアラ様ができぬことなどあり得ない。ティアラ様であれば、私は誠心誠意尽くして見せる。共に昔のような美しき国に戻す為にならば、必ず……‼︎
「でもっ、私には予知能力が……」
「その程度ならば何とでも言い逃れができます‼︎今は、それを偽ってでも守るべきものがある筈です‼︎いま、上層部が、国が求めているのは〝きっかけ〟なのです!それさえあればっ……貴方の声さえあれば皆が立ち上がれるのです…‼︎」
残酷であることは理解している。
心優しい彼女に、虫も殺せぬような彼女に実の姉を椅子から引き摺り下ろせなど。
だが今はこれしか方法がないのも事実。それに何より、……既にあの女は人ではない、化物だ。他者を苦しめることを何とも思わず寧ろ嬉々とし、民のことも資源のひとつ程度にしか考えていない。悪意の如きあの女が産まれてしまったからこそ、天使のようなティアラ様という清らかな存在が産まれたのだろう。……いつかこの国を救う、その時の為に。
「私が命に代えても御守り致します……‼︎どうか我が国をお救い下さい、ティアラ・ロイヤル・アイビー第二王女殿下……‼︎」
私の決死の訴えに、ティアラ様は唇を強く結ばれた。
丸まりかけた背筋を伸ばし、胸を突き出したまま小さな拳を握られる。コクンッと見間違うことないはっきりとした動作で私に頷かれ、そして張りのある鈴の音のような声を放たれた。
「わかった……‼︎」
狙うは明日の正午。
上層部が集まり、女王と共に決議会を行うその時に。
……
…
「……ベール。……ジルベール!寝るならソファーを使え。書状の山が崩れたらどうする。」
……?
申し訳ありません、と口では反射的に答えながら頭が追いつかない。
声のする方に顔を上げれば、どうやら机の前で頬杖をついたままうたた寝をしてしまっていたらしい。
……私は、……なにを……?
「もう書類も今日の分はある程度片付いた。例の使者からの書状について姉君に報告しに行くが、お前はどうする。」
強めの口調で仰られるステイル様は使者からの書状を纏めて枷の嵌められた手で抱えられた。……ああそうだ、騎士団演習場での後……そのままの足で王居に。
昨晩も騎士達と城内の者達へ説き伏せて回っていた所為で寝不足らしい。だが、これくらいの徹夜は大して疲労にも入らないのだが……やはり年だろうかとぼやけた頭で考える。何か夢までみた気がするが、全く思い出せない。お陰で余計に頭が呆けている。
「……いえ、お供致します。プライド様にも〝念の為、お伝えせねばなりませんから〟」
私も仕事は終わりましたからと言葉を返し、こちらも書状を纏める。仕事が一区切りついた途端に気が抜けて眠るなど、宰相にあるまじき怠惰だと己を叱咤する。相手が王配のアルバートであれば、拳の一つも叩き落とされていただろう。
「本当に、ヴェスト叔父様の執務室でなどお前も良い度胸だな。」
部屋を出て、プライド様の元へ歩きながらも頭を下げる。
ステイル様が「姉君は確か玉座の間におられる筈だったな」と確認しながらも、不機嫌そうな眼差しで睨まれた。……怒るのも当然だ。ただでさえ、水面下で動いていることを気取られてはならないというのに。もしあの部屋にティペット嬢がいたとしたら、不審に思われかねない。
更に、今朝あったことを私はまだステイル様に報告できていない。王居に居られる限り、いつどこで聞き耳を立てられているかわからないのだから。ステイル様からすれば私が上手く契約書にサインを書かせられたかも不安なものだろう。
……まぁ、まだ知らない方が良いかもしれないが。
成功したこと程度ならば良いが、参謀長のあの話を聞けば流石のステイル様も平静でいるのは難しいだろう。
私自身、あの場で息の根を止めたい衝動を抑えるのに一苦労だった。時間がなく、全ては尋ねられなかったがあの調子では恐らくまだ私すら知らない爆弾を抱えているに違いない。残す尋問は騎士団に任せたが、……まぁ、いくら殺気立っていたとはいえ殺しはしないだろう。
それよりも今は、ひたすら水面下に徹しなければ。
「えぇ?使者からの書状⁇」
玉座の間。その椅子に座り、寛ぐだけで満足されているプライド様は面倒そうな声を私達に放たれた。……今は、その御姿を見るだけで酷く胸が痛む。
左右には皇太子と将軍が当然のように佇み、下卑た笑みを浮かべていた。彼らへの殺意だけは未だに変わらない。
「ええ、実は昨晩深夜から今朝方にかけて山のような報告書が使者から届いておりまして。」
そう言ってステイル様と共に手の中にある書状の山を示してみせる。全てが緊急の報告という名目で、しかも同じ内容が記されていた。私はその内の一枚を手に取り、この場で高々と読み上げる。
ラジヤ帝国軍と思しき大軍が武装して我が国に向かっていると。
各地、各拠点に居た使者達はラジヤ帝国軍を確認してすぐ、我が国へ書状を急がせたとのことだった。一刻も早くラジヤ帝国の到着より先に知らせねばと馬を走らせたのだ。
「……ふぅん、アダム皇太子?何か覚えはあるかしら。」
どうでも良さそうに投げかけたプライド様は、言葉と反面その口を楽しげに引き上げておられた。
プライド様に尋ねられたアダム皇太子は顎に手を当てて考えているような仕草をした。……我が国を侵略する為の自国軍。にも関わらず、何とも白々しい。プライド様も、私もステイル様も知っていることだというのに酷い茶番だと吐き気がする。
そうですねぇ……と適当に言葉を零す皇太子は、やっと言い訳を思いついたようにその場で笑みを引き上げた。
「あぁ、そういえば十日後には迎えに来るように命じておりました!属州に公務で用事がありまして。もともと、私はプライド王女と共に十日間は過ごす予定でしたから。」
見え透いた嘘を積み上げる皇太子は、そのまま下卑た笑いをプライド様の顔へと近付けた。
その肩へと腕を回し「御許しさえ頂ければ用事を放ってでも我が国へお連れするつもりでした」と語れば途中でプライド様がその手を軽く弾かれた。皇太子が機嫌を悪くするかとも思ったが、むしろ余計に口端を引き攣らし恍惚と目を輝かせた。当初はプライド様からも好意を示していたように見えたが、今は随分と毛色が違うらしい。……何があったのか。だが、どのような形であれ皇太子を拒まれたその反応に心の底から安堵する。私やステイル様の知らぬところでプライド様と皇太子との間に何かあれば。……考えたくもない。
「それにしては規模が随分と大掛かりのようですが。何故、そのような武装を?」
引いても良かったが、私がここで納得した振りをすればプライド様にも怪しまれてしまう。
ある程度は疑念を示さなければ。そう思い、軽く皇太子を突けば彼は誤魔化すように肩を竦めて見せた。笑んだその口のまま皇太子が「我が国では皇族を迎えに来させる場合はこれが普通でして」と煙に巻
「我が国を侵略する為。……なんて、どうかしら?」
高々と語られたその言葉は、広間中に響き渡った。
まさか自らそう仰られるとは思わず目を見開けば、私とステイル様だけでなく皇太子と将軍もまた顔を硬ばらせたままプライド様の方へ顔を向けていた。
プライド様一人だけが、楽しそうにその笑みを引き上げておられた。私達の反応が愉快なようにニヤニヤと悦に顔を歪め、次には吹き出すように笑い声をあげられた。
「アッハハハ!冗談よぉ⁈どうせそう言いたかったのでしょう?ほらほら、もう話は終わりよ?さっさと仕事に戻ってちょうだい。」
まるで敢えて仄めかすようなその態度に、将軍は些か顔をしかめたが、皇太子は釣られるように再び笑みを引き上げていく。
プライド様は我々へヒラヒラと手で払うと扉前の衛兵へ合図を送られた。返事をする間もなく扉が開かれ私達が潜るのを待った。頭を下げてから退室をする中、閉ざされる扉の隙間からまだ引き上げた口端で笑っておられるプライド様の御姿が目に映った。
……嗚呼、やはり。
改めて、核心を胸に私は歯を食い縛った。
今日まで、何度も何度も考えた推測だ。プライド様が皇太子に操られているというのであるならば、ほぼ間違いないとさえ思う。
先程は時間がなく参謀長にそこまでは尋ねられなかったが、……今晩は確実に尋ねねばならないと考える。そしてもし、それでも私の推測が否定されなかった場合はステイル様やアーサー殿にもお話する必要があるだろう。
確実にプライド様をお救いする、その為に。
犠牲になどしてなるものか。
確信を胸に、私達は閉ざされる扉の音を最後まで聞き届けた。




