そして動かす。
「お待ちしておりました、ステイル第一王子殿下、ジルベール宰相殿。」
救護棟に辿り着いてすぐ、騎士団長であるロデリックと複数の騎士達が彼らを迎えた。
深夜であるにも関わらず、多くの騎士達が休む間もなく二日後に向けて行動をしていた。透明化を解かれたステイルは「お疲れ様です」とジルベールと共に彼らを労った。
「申し訳ありませんが、騎士団長。この手紙を急ぎ、透明の特殊能力を持つ騎士に届けさせて頂けますか。」
お願いします、とステイルが懐から出して手渡したのは部屋を出る前にしたためた手紙だった。ロデリックはそれを受け取ると「これは……?」と小さく零す。宛先を見て、まさかと思ったがステイルは笑顔のまま首を横に振った。
「要請ではありません。むしろ、その逆です。」
はっきりとそう言い切るステイルは、再び真っ直ぐにロデリックと目を合わせ再び「宜しくお願いします」と言い切った。ジルベールが尋ねるようにステイルへ目を向けると、ステイルは短く「大した内容ではありませんよ」と断ってから宛先を告げ、言葉を続けた。
「ティアラは長期の外交に出ている為、次のアネモネ王国の訪問は未定です。今は慌しい為、暫くは使者しか受け入れることはできません、ご了承下さいと。……それだけです。」
双方の位置関係を鑑みての事態に策を講じる。予想される次の展開前に止めておかなければ確実に動かれて〝しまう〟のだから。
ステイルの言葉にジルベールも理解し、頷いた。ステイルの考えていることに対して意見はあるが、いずれにせよ結果として少しでもフリージア王国の状況を伝えることは必要なことだとも考える。それに今は、その話し合いの先に取り掛かるべきことがあるのだから。
「後ほど、すぐに」と手紙を受け取ったロデリックは頷き、背中を向ける。騎士団長に先導され、彼らはとうとう救護棟へと入っていく。既に騎士達による警備が強化され、ティペットへの対策に温度感知の特殊能力者も配備されていた。
「……ところで、ジルベール宰相。」
建物内に入り、アーサーの病室へ向かいながらステイルは思い出したように背後を歩くジルベールへと投げ掛ける。何でしょう?と緩やかに言葉を返す彼にステイルは、一度だけ怒ったように目を向けた後再び独り言のような音量で口を開いた。
「随分と家を開けておられるようですが。……最後にご帰宅されたのは。」
何ともないように言いながら、その声と共にステイルから黒いものがうっすらと漂った。ジルベールはそれに少し苦笑しながら「そうですねぇ……」と言葉を続けた。
「今夜も、一度屋敷に帰るという名目で王居を出てすぐに騎士の方々と合流しましたから。今日まで忙しかったですし、最後に帰ったのはもう随分前でしょうか。」
そこまで言って言葉を切るジルベールは、一度ステイルに目を向ける。明らかに疑うような眼差しで睨むステイルに、もう少し悪戯をしたくなったが取り止めた。自分の家族を心配してくれているとわかっておきながら、これ以上煽るのは気が咎めた。「なにせ」と言葉を紡ぎながら、ジルベールははっきりと言い放つ。
「〝誰も居ない〟屋敷に戻るのは、どうにも寂しいものがありまして。」
肩を竦めて笑うジルベールにステイルは目を丸くした。
誰も居ない、という言葉の意味を尋ねるように視線を注ぎ続ければ、ジルベールは指で軽く口元を隠しながら笑って続ける。
「全員、暫く〝長期旅行〟に出ておりまして。」
勿論、護衛に騎士も派遣させて頂いております。と続けると、ステイルはとうとう口まで開けた。一体いつの間に、と思いながら記憶を辿る。前方を歩きながら話を聞いていたロデリックも思い当たる節があるように振り替えらないまま、納得するように顔を縦に振った。騎士団長である彼にとって、二週間ほど前に騎士団からジルベールの家族へ護衛を付けたことは頭に入っている。
「まさかこのような事態になるとまでは思いませんでしたが、……不穏を予期したところですぐに旅行の準備を進ませて正解でした。妻もプライド様を心配して、体調も芳しくありませんでしたから、息抜きがてらに。」
そのまま穏やかな笑い声を上げるジルベールにステイルが眉を寄せる。「不穏……?」と尋ねれば「ラジヤ帝国が再来する前にはと」と簡単に答えた。ラジヤ帝国がフリージア王国に訪れる前には既にジルベールはマリア達を国外へ避難させていた。もうあの時からか、と思えばあまりに早々にジルベールが動いていたことにうっかり感心してしまう。気付かれないように敢えて一人顔を顰めたステイルは、ため息混じりに言葉を返した。
「……だから、最近は王居に泊まることが多かったということですか……。」
宰相の為に用意された王宮の執務室、そして仮眠や一時泊の為に用意された私室のどちらかに近頃は毎日のようにジルベールが寝泊まりしていることは知っていた。プライドのことがあり、仕事や真相究明や対策に忙しくなっていた為と思っていたステイルだったが、今ならばその理由もはっきり理解した。
してやられた、と言わんばかりに眼鏡の縁を押さえるステイルにジルベールは「お気遣い頂きありがとうございます」と嬉しそうな声を掛けた。その声色に舌打ちしたい気持ちを必死に抑えたステイルは、代わりに声に出して「ハァァァ……」と息を吐いてしまう。ジルベールが笑いを堪えるように肩を揺らすのが目に入ったが、敢えて気付かない振りをした。
そうして歩いている間に、とうとう目当ての部屋へと辿り着いた。扉を守る騎士達と挨拶を交わし、ロデリックがノックを鳴らせば直ぐに扉は開かれた。
「失礼致します、アーサー隊長。」
七番隊の騎士も九番隊の騎士も、今は交代して午後とは違う騎士だった。
言葉を整えたステイルは静かに、だがはっきりと彼の名を呼んだ。既に騎士達によりベッドから身体を起こさせて貰っていたアーサーは、ステイルだけではなくロデリックやジルベールの訪問に頭だけでペコリと会釈した。小さ過ぎて聞こえないが、パクパクと動かした口は恐らく「お疲れ様です」と言っているのだろうとステイル達は検討をつける。
護衛と看病に控えた二人の騎士をステイルは目で確認した後、最後にロデリックへとと目配せした。無言で頷き、それから騎士達へ目を向けたロデリックは静かな声で彼らへ命じた。
「……今から重要な話がある。お前達は部屋の外に待機しろ。」
ロデリックからの言葉に一言で答えた騎士達は、足早に部屋から去った。
ステイル達の分の椅子をベッドの傍に手早く配置した彼らは「失礼致します」と頭を下げ、部屋を出た。パタン、と静かに扉が閉ざされて、四人だけになったの確認してから彼らは僅かに肩の力を抜いた。
それぞれアーサーのベッドの傍に腰を下ろし、最初に口を開いたのはステイルだった。
「例の件について話がある。……あと、話さなければならないことも。」
その言葉にアーサーは少し眉間に皺を寄せた。
まさかたった一日でまた何かあったのか、と不安を露わにする彼に話し始める前にステイルは「姉君やラジヤには感づかれてはいない」と断った。それから、少し言いにくそうに一度口を絞ってから再び開く。
「先ず、お前が言ってくれた案についてだが……騎士団長や副団長、ジルベールにも相談したところ、意見は纏まった。」
アーサーの部屋を出た後、騎士団長室でロデリック達に伝え、話したことだ。
アーサーはステイルの言葉に小さく喉を鳴らすと頷いた。蒼い瞳でロデリックに目を向ければ、自分よりも遥かに深く眉間に皺を寄せたままステイルの言葉を待つ騎士団長がそこにいた。
「結論から言う。是非、お前の協力は仰ぎたい。……だが、問題がある。」
問題⁇とアーサーが目を見開く。
すると、ステイルに代わるようにジルベールが今度は口を開いた。アーサー殿、と声を掛けながら順を追うようにゆっくりと一つひとつを短く説明を始める。
「先ず、これだけは我々としても変えられない大前提です。……アーサー殿は、絶対安静となります。少しでも貴方をベッドから動かすことはできません。」
それほどに重傷ですから。と、重々しく潜ませた声で言うジルベールが眉を顰めた。アーサーの怪我の状態を思い起こせばそれだけで胸が痛んだ。
アーサーは「ちょっとくらいは……」と口を開こうとしたが、その途端に厳しい眼差しのステイルとロデリックの眼光が目に入り、肩を上下させて飲み込んだ。まさかの二人に同時に睨まれるとは思わず、アーサーは口を固く閉じて頷いた。
「そして、ご存知の通り私も、……ステイル様も特殊能力は封じられております。鍵も、誰が所持しているかはわかりません。」
ジャラリ……と、ジルベールが両手を軽く上げて見せれば手枷が音を立てた。
その姿にアーサーは改めて苦い顔を二人に向けたが、二人からすればアーサーの重傷と比べれば大したこともない。
以上のことにより、とジルベールが先ほどよりも声を潜めた。誰もいないと理解しながらも警戒するようにチラリと扉の方に目を向けてから言葉を放った。
「アーサー殿。……衛兵や陛下方に特殊能力を使うには、貴方の存在は隠し切れません。」
『俺の特殊能力で、衛兵や陛下達を起こせば良いンじゃねぇか?』
アーサーが、自分に耳打ちした時の言葉をステイルは思い出す。
当然ながら、アダムの特殊能力を凌いだアーサーならば離れの塔で発狂させられた衛兵やローザ達を治すことはできる。だが移動手段を塞がれ、更にはアーサーは絶対安静中。王宮にいるローザ達や別の救護棟にいる衛兵達の元にアーサーを連れていくことは不可能だった。そして、アーサーの元に連れてくるとしたら必ず透明の特殊能力者や温度感知の特殊能力者の協力が要る。彼らがいなければ、いつどこでティペットに見られているかもわからない。つまり
「貴方が衛兵や陛下を治すというならば、少なからずの人間に〝病を癒す特殊能力者〟の存在……同時に貴方の力を知る者も現れるでしょう。」
ジルベールの言葉にアーサーは気がついたように目を丸くした。
動けない自分と、瞬間移動が使えないステイル。今の状態では発狂した彼らを癒す為にはどうやっても〝自然に治った〟と思わせることは不可能な、不自然な方法になってしまう。
戸惑いの色を隠せないアーサーに、ジルベールは様子を窺うように一音一音丁寧に「しかし」と言葉を続けた。
「……一人だけ居ります。アーサー殿の存在を誤魔化した上で、是非我々が正気に戻したい人物が。」
その言葉にアーサーは丸い目のまま首を傾げた。衛兵と最上層部。それ以外にまだアダムの被害者がいたのかと。ジルベールに「どうか、お力を貸して頂けませんでしょうか」と言われ、取り敢えずは頷いた。狂気の特殊能力者の被害者を一人でも無くせるならば良いに決まっている。すると、ステイルが躊躇いもなく頷くアーサーへ「ちなみに」と断じるように言葉を続けた。
「ラジヤ帝国の参謀長だ。」
ゴホッカハッ⁈と、アーサーは声を上げようとして強く咳き込んだ。
ジルベールが手を伸ばしてアーサーの背を摩りながら「御気持ちは御察し致します」と言葉を掛ける。
驚くのも当然だ。アーサーは参謀長がアダムの被害に遭ったことも、更には今の今まで同じ病棟に捕らえられていたことも知らなかったのだから。自分に怪我を負わせた人間の一人が同じ病棟内にいるなどと、被害者であるアーサーに言えるわけもなかった。
掠れた薄い声で「なン……⁈何で、ラジヤの奴がアダムにっ……⁈」と疑問が飛び出せば、ステイルは「お前の手柄だ」と軽く言い切った。
「足に重傷を負ったからな。恐らく足手まといと判断され、切り捨てられたのだろう。」
ステイルに言われながらアーサーは思い出すように、視線を浮かせた。
確かに彼の足に剣を投げ貫いたのは自分だと。開いたままの口が「あー……」と掠れた声を小さく漏らした。
「アダムからすれば、狂気の特殊能力を受けた者は死に等しい。……まさか、自分以外の人間に治せるなどとは思ってもみなかったのだろうが。」
ニヤリ、とそこで初めてステイルが悪い笑みを浮かべて見せた。
ステイルに呼応するようにジルベールまでもが口端を緩ませるように笑い、怪しく切れ長な目を釣り上げた。
「奴を起こすんだ、アーサー。奴にラジヤの情報〝全て〟を根刮ぎ吐かすその為に。…………今度こそ。」
アーサーの目を真っ直ぐ自分の漆黒の瞳に写しながら、ステイルは最後の言葉を震わすように噛み締めた。
ステイルの強い眼差しに、アーサーも力強く頷いた。仮にも結果としてはラジヤの人間を発狂から〝助ける〟ことにはなる。だが、それに関してアーサーは全く躊躇いはない。今は何よりもプライドや国の為、ステイル達や騎士団へ力になれることならば何でもするつもりだった。更には参謀長が狂気からは救われるとしても
……目ぇ覚ました方がキツいことになりそうだけど。
ジルベールとステイルの腹黒さを知っているアーサーはそれを思い、一瞬だけ背筋が冷たくなった。
そうしている間も自分の背を優しく摩ってくれている宰相が、薄水色の瞳を刃のように光らせたこと知らぬまま。
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