511.義弟は見据える。
「お待たせ致しました、姉君。」
日も暮れた時刻。
俺はジルベールと共に再び玉座の間……ではなく母上の部屋でもあった女王の寝室に足を踏み入れた。同じ母上の私室であっても、執務室の方ですらないそこは完全に寛ぐ為だけの部屋だ。
王居に戻れば俺とジルベールの仕事だけは山積みにされ、プライドはずっと部屋で寛ぎ続けていたらしい。アダムが姿を見せなかったことは唯一の救いだが、王配である父上の部屋にいると聞いた時は殺意が沸いた。更にはあの将軍もまた王宮内にあるヴェスト叔父様の部屋を使っている。あの部屋はどちらも、選ばれし王配と摂政のみが使うことを許される部屋だというのに……‼︎
「遅かったじゃない?ステイル、ジルベール宰相。一体どんなお話をしていたのかしらぁ?」
ニタァァアと静かに笑みを歪ませるプライドは、ドレスが皺になることも気にせずベッドの上に転がりながら俺達に問い掛ける。
騎士団長を納得させるのに時間が掛かった、多くの騎士達にも説明に回ったとそれらしくジルベールが説明すれば、プライドはどうでもよさそうに生返事で俺達に返した。……大丈夫だ、騎士団演習場にはティペットは付いてきていなかったのだから。
そう思いながらプライドの出方を待てば「ステイル?」と俺を呼んだ。
何か良いことが思いついたように口端を広げ、俯せた姿勢のまま俺を見る。返事を返す俺に、プライドはその瞳を光らせた。
「アーサーのことは残念だったわねぇ?騎士団長にもそれで責められちゃった⁇」
フフッ……アハハッ……と堪え切れないように笑いながらプライドが俺を視線で舐める。……やはり、知らないらしい。
自分がアーサーを殺したと偽りながら、傷口を抉ろうとする彼女に俺は顔を俯き背けた。その途端、更にプライドから楽しそうな笑い声が響き渡る。
「ハハハッ……、……ねぇ?ステイル。貴方は、私を裏切らないわよねぇ?」
突然、低められた声が俺を覗く。
その言葉に俺が肩を揺らし、顔を上げればプライドの目が爛々と輝いていた。口端を引き上げ、俺がその眼差しに囚われて固まると自ら両手を広げて「来て」と浮き立つような声を掛けられた。
一歩一歩足取りを重く彼女に歩み寄れば、手が届く範囲になった途端プライドは身体を起こして俺を抱き締めた。
温かな温もりと、プライドの香り。愛しむような優しい力で締め付けられ、……だが全く不思議なくらいに心が揺り動かされない。ただ、抱き締められているのだという事実と、母上達を人質にされている今、俺に拒否権などないという事実。……何より気付かれてはならないという事実だけが頭に巡った。
人形のようにただ彼女にされるがままになる俺を、プライドが背中越しに小さく笑う。回されたままの手で背を撫でられ、反射的に喉を鳴らした。すると、また粘着質な声で彼女は俺に、俺達に高い声で囁いた。
「恨んで良いわよ?ステイル、ジルベール宰相。大事な友達と恩人を殺したのは私なのだから。」
毒を注ぐように言葉を流し、俺を抱きしめる腕に力を込める。
ぎゅう……と強く抱き締められ、その言葉に俺がやっと彼女を引き離すように腕の力を使って引き離せばプライドは笑い声を上げながらその大きな瞳を近づけた。鼻が当たるほどの距離で覗かれ、俺は必死に感情を殺して見つめ返す。
「……そうだった。貴方には無理よねぇ?だって、従属の契約があるものねえ⁈」
アッハハハハハ‼︎と自分の言葉に可笑しそうに笑い声を上げる彼女は倒れ込むようにしてベッドに今度は仰向けに転がった。
腹を抱えて笑い、ドレスを乱して捲り上がっても気にしない。俺やジルベールの前であまりにも酷い醜態を晒す彼女に、……今度は本気で胸が痛んだ。
感情を押し殺した声で「では、俺達は仕事に戻ります」と伝えるとプライドは「待って」と一度俺達を引き止めた。
「ねぇ。……枷の鍵欲しくない?」
……鍵。
プライドの言葉に思わず俺は自身の手枷に目を落とす。
当然欲しいといえば欲しい。特殊能力用の枷は特に厳重な為、鍵無しでは外せない。ティペットにつけられたということは、奴が持っているのか。それとも主のアダムか将軍、またはプライドが……。いずれにせよ、鍵さえあれば瞬間移動ができる。今後の作戦でも全てが優位に働くだろう。
「あげても良いわよ?愛しい愛しい弟のお願いならね?ただし代わりにお願いがあるの。」
お願い……?と軽く聞き返せば、プライドは寝転がったままベッド脇の棚から一枚の羊皮紙を取り出した。ピラリ、と俺達に向けられたそれに思わず息を飲む。
隷属の契約書
「これに書いてくれたら、枷は外してあげる。だって、隷属の契約さえ交わせばそんなの必要ないも」
「お断りします。」
プライドの言葉を一言で切る。
意外ではなかったらしく、代わりにニタァァァ……と引き上がった笑みが返ってきた。「どうしても?」と聞かれ、はっきり返せば彼女は笑みに歪みを含みながら更に続ける。
「書かないと、母上達を殺しちゃうと言っても?」
「………その瞬間、貴方は俺達への交渉材料を無くしますが。」
冷静に。冷静になれと自分に言い聞かせながら言葉を返す。大丈夫だ、もう俺に恐るものなどない。
プライドは、俺の返答に少し考えるような仕草をしながら紙をペラペラと揺らした。
「じゃあヴェスト叔父様だけ殺しちゃおうかしら。残念ねぇ、まだお勉強中だったのでしょう?」
「貴方に従う程度ならば構いません。ですがプライド女王代理、貴方に隷属することはできません。ヴェスト叔父様は決して俺にそのようなことを望みませんから。……それに。」
どうやら、プライドは俺の特殊能力か何か隷属させたい理由があるらしい。
だが、それだけは絶対にできない。やっとアーサーが解放してくれた身だ。今更再びあの地獄に落ちる気などない。今の俺の身は全てを取り戻す為に在る。
その為ならば、プライドとの駆け引きなど造作もない。
「もし、貴方がヴェスト叔父様を殺したらその時は、俺はこの枷ごと両手首を切り落として父上と母上を逃がします。」
俺の言葉に、今度はプライドが目を丸くした。
そしてすぐに丸が半月のように歪み、口が三日月のように歪み引き上がる。フフ……‼︎と含み笑いが聞こえたと思えば、再び彼女は大声で笑い出す。アッハハハハハ‼︎と高らかにその声を上げて。
「……失礼します。俺とジルベールはこれから仕事があるので。」
笑い転げるプライドに頭を下げて、今度こそ部屋を出る。
扉を閉めさせる時までまだプライドの笑い声は続いていた。俺の後に続いたジルベールが「大丈夫ですか」と尋ねてきたが、軽い手の動きだけで応える。白々しい、大丈夫かだと?決まっている。
プライドを取り戻す為ならばこのくらいわけもない。
「早く仕事に取り掛かるぞ、ジルベール。今夜はゆっくり休みたい。」
「ええ、そうですねステイル様。私もです。」
ジルベールと言葉を交わしながら、俺達は執務室へと向かう。
今日の分の仕事を早く終わらせなければ。あと二日、プライドが女王代理中に公務を滞らせるわけにはいかない。国内外全てに於いて、プライドの暴走を気取られるわけにもいかない。
アダムに歪められ、操られている彼女を記録に残してなるものか。ラジヤの痕跡もプライドの暴走の事実もその全てを隠滅し、消し去る。その為にならば俺は
手段は選ばない。




