そして繋がる。
ッハリソン馬鹿野郎ッッ……‼︎‼︎
アーサーの頭を鷲掴んだハリソンの腕を再び掴み、押さえながら俺は歯を食い縛る。
ハリソンに蹴られた直後、腕じゃなくて口を塞ぐべきだったと後悔した。カラムやエリック、他の騎士達も目を見開いて言葉が出ねぇようにハリソンとアーサーを見比べる。
まだ、俺達はアーサーが自分の右腕について本当のことを知っているか知らない。だから皆、口裏を合わせなくてもアーサーに右腕のことは触れなかったし、騎士団長達が知らせていないなら言っちゃいけねぇとも思った。まだ目を覚ましたばっかのアーサーにンなことが言えるわけもない。騎士として利き腕の欠損なんてどんだけ重くてキツいことか考えなくてもわかるってのに!
口を開けたまま茫然とするアーサーに、やっぱり知らなかったのかと冷や汗が落ちる。なのにハリソンは構わねぇように「答えろ」とアーサーを促した。ンなこと言っても心の整理もつかねぇでアーサーが答えられるわけがない。
「……ハリソンさん。」
アーサーが、口を開く。
茫然とした表情のまま口だけが。ここで「斬り落とされたってどういうことですか」なんて言われたら最悪だ。俺もカラムもハリソンもこれからすぐ隊長会議でこの場を出ねぇといけねぇのに。絶望したアーサーにどんな言葉をかけてやれば
「それ、知ったら今からそいつ斬りに行くつもりとか。絶ッッ対にそういうンじゃないですよね……⁇」
⁈⁈‼︎⁇
アーサー⁈‼︎
まさかの、アーサーからの予想外の返答に耳を疑う。絶対いま突っ込むところそこじゃねぇだろ‼︎
なのに、アーサーは丸くした目をそのままにハリソンを真っ直ぐ見上げたままだった。すると今度はハリソンの方が黙ったままアーサーから目を逸らす。鷲掴んだ頭から手を離し、大人しく棒立つハリソンを再び俺とカラムで押さえつける。急に大人しくなったハリソンに、アーサーが掠れた小声で言葉を続けた。
「駄目っすよ⁈騎士団長も副団長もステイル様もジルベール宰相も折角作戦考えてくれているんですから‼︎いまハリソンさんが暴れたらラジヤにもプライド様にも色々気付かれるじゃないすか‼︎」
……むしろ、逆にハリソンを叱りつけるような言い方に今度は俺達が絶句する。本当なら、アーサーが絶句していてもおかしくない場面だってのに。ハリソンもハリソンで、アーサーから目を逸らしたまま何も言わない。
「この右腕は、自分が不甲斐なかった結果です。ハリソンさんが晴らす必要はありません。ッていうか!それよりも国と民と王族とプライド様を優先して下さ」
「ッ〝それよりも〟だと⁈‼︎‼︎‼︎」
一瞬でハリソンに火がつき、目を鋭くしてアーサーへ突きつけた。今度は俺とカラムで何とか押さえられたけど、その身体からは再び殺気が溢れ出している。
「利き腕を、奪われたのだぞ⁈騎士の、命を‼︎‼︎」
興奮が冷めねぇように声を荒げるハリソンは、俺もカラムも初めて見た。
……正直、今度は俺も、他の騎士も少し同意見だ。
アーサーが、右腕のことを知ってたのはわかったけど、だったらなんでそんなに平然としてるんだ。アーサーにとって騎士がどんなもんかは騎士団の誰もがよく知ってる。考えねぇようにしてるとしても、目覚めて一日もまだ経ってないのにそこまで心の整理がらつくなんてありえねぇ。
アーサーは怒鳴られたことに肩を上下させた後、痛む肩に顔を少し歪めながらハリソンを見返した。
「……そりゃあ。それを今本気で考えたらすっっっげぇ死ぬほど辛ぇし腹も立ちます。でも、今は。」
七番隊のホレスが特殊能力で肩の傷の痛みを改めて抑える。それでもアーサーの顔はまだ少し歪んだままだった。
「もっと。もっと、大事な人がいるンで。」
潜ませたような掠れた声で放たれたその声は、その小ささとは真逆に俺達にはあまりに意味がでかかった。
ハリソンだけじゃない、騎士の誰もが口を閉ざす中、アーサーは更に俺達へ言葉を続けた。
「全部取り戻せて、全部終わった後は。……そん時は思いきり落ち込んでキレて泣き喚くかもしれませんけど……。今は取り敢えず、大事なもん全部護りきることの方を考えたいんです。」
怒ってくれたのにすみません、とハリソンに苦笑いするアーサーに息が詰まった。ハリソンも言葉が出ねぇように口を閉じて、降ろした拳を強く握る。
俺達まで何も言えなくなると、アーサーは少し気まずそうに視線を泳がせた後、一度目を伏せて口を結んだ。それから何か思いついたように目をさっきより見開くとまた俺らと、ハリソンに顔を向けた。
「……ハリソンさん。やられた時のことを全部話す代わりに、一つ頼み事をしても良いですか……?」
何だ、と。ハリソンは即決だった。
俺らが何のつもりか聞くよりも先に、ハリソンはすぐに承知した。
……本当に、ハリソンがよりによって可愛がってたアーサーの腕を奪ったやつをすぐに殺しに行かないのかすげぇ不安だ。カラムとエリックも口を閉じたまま眉間に皺を寄せてハリソンとアーサーを見比べている。すると、アーサーは一度緊張するように喉を鳴らした後、笑うように口を動かした。
「……意味、あるもんにして下さい。」
……さっきまでの、はっきりとした言い方と比べると大分弱い言い方だった。
潜ませるような掠れた声で言うから余計にそう感じる。どういう意味か、俺も他の騎士も当然ハリソンも説明を求めるように続きの言葉を待てば、再び口を開くアーサーの蒼い目は今日見た中で一番強い色だった。
「俺が、……自分が駄目にされたこの右腕を。……単に肩にぶらついてるだけの〝コレ〟を、失った甲斐があったと思わせて下さい。」
顎で軽く指すようにして示したアーサーの右腕は、こうしてる今も動かない。
今の言い方じゃ、多分まだ感覚も繋がってねぇんだろう。静かに言いながらアーサーの瞳が、その深い蒼の中に強く光を刺した。
「国を、民を、王族を、……プライド様を。それ全ッ部守りきれたら、自分はきっと心からそう思えますから。…………頼めますか?」
そう言い切るアーサーは、どっからどう見ても自分の負傷に打ち拉がれる〝被害者〟じゃなかった。深傷を負わされ、腕を捥がれて、騎士の命を断たれて、それでも国や民、何より……守ると決めたもんの為に前だけ見据え続けるアーサーは、俺達の中の誰よりも
強かった。
断言できる。こんなの、普通は真似できない。
言い切ったアーサーは、返答を待つようにハリソンを見つめ続けた。もう俺やカラムが押さえる必要もねぇくらいに微動だにしなかったハリソンは、指先までも強張らせ、息すら忘れたようだった。
何秒、何分も黙ってアーサーが返答を待ち続けていると、ハリソンは「待っていろ」と言って踵を返した。来た時と同じように俺達の間を乱暴に掻き分け、早足で部屋を出る。その途端に風がうっすらここまで届いたから、高速の足でどっかに向かったんだろう。
ハリソンが今の返答に承諾以外を考えるとは思えない。一体どうしたのかと、最初の沈黙から騎士達が段々と口を開いた頃、カラムが改めて右腕の調子を少しずつアーサーから尋ね出した。
「……今ンとこ、感覚はないです。本当、くっついてるだけって感じで。」
丸一本無いより良いですけど、と首を捻りながら右腕を見るアーサーは、違和感でも感じるように眉を寄せた。当然だ、ついこの前まではその腕と剣で銃弾すら叩き落としてたんだから。
そうか、と返して掛ける言葉が見つからない。アーサーが平然と振舞ってる分、余計に落ち込めば良いのか慰めれば良いのかもわからない。ただ、決して軽く流しちゃいけねぇことだと、そう思った時。
「……でも、…………やっぱ生きてて良かったです。」
不意に、ぽつりとアーサーが呟いた。
潜めるような小声は、耳を疑うほどに微かだ。でも見ればアーサーは確かに俺らに向けて柔らかく笑っていた。「プライド様のことや敵の情報伝えられたこともそうですけど」と言いながら、俺達を端から端まで目で捉える。
「……知ってる奴に死なれンのが、死ぬほど辛いって知ってるんで。………先輩達に自分のせいでそういう想いさせずに済んで良かったです。」
……本当に。アーサーが目が覚めたのが今日なのかと疑いたくなる。何年、何十年経ってもそう思えない奴は沢山いる。
七年前、父親だった騎士団長が死にかけた時。アーサーがどんだけ絶望して嘆いたかは当時の騎士なら誰でも知ってる。アーサーが、自分がそっち側になりたくないって思うようになったのもよくわかる。だけど
それを、当事者になっても思って言えるかは別の話だ。
俺だったら、絶対に泣くし嘆く。むしろもう死にてぇと思うかもしれないし、こうやって話す気力さえ無くなるかもしれない。
騎士達も、誰も何も言わない。唇を絞り、堪えるように息を止めた。今一番泣きてぇ筈なのはアーサーだ。俺達が勝手に憐れんで嘆いて泣くのは間違っている。
沈黙がまた流れた後、カラムがやっと込み上げたものを押さえ付けられたらしく、アーサーみたいに掠れた上擦った声で「生きていてくれて良かった」と返した。俺が、俺達が同時にそれに頷く間もずっと、アーサーは信じられねぇくらいに柔らかな笑みをこっちに向けていた。ありがとうございます、とアーサーが小声でそれを返してくれた直後
「ッ……アーサー・ベレスフォード。」
再び、ハリソンの声がした。今度は押し退かされる前に全員が道を開ける。片腕に抱えているそれに、俺もハリソンが高速でどこに戻っていたのかを理解する。
ハリソンさん、と小さく掠れた声でアーサーが唱えると、ハリソンは目の前で立ち止まって、それを放るように投げつけた。
アーサーの、団服だ。
バサリ、と予想外の返品に驚いたように目を丸くするアーサーは、寝具越しに膝の上へ放られたそれとハリソンを交互に見た。
騎士団演習場まで休まず高速で往復したのか、肩で息を整えるハリソンは呼吸が落ち着くのも待たずに口を開いた。
「話せ。……我が〝隊長〟の命ならば、この名にかけて誓ってやる。」
わかっていながら、敢えてアーサーを隊長と呼んだのだろうハリソンはそれ以上何も言わなかった。
アーサーも訂正すらせずに、口を一度引き絞ると小さく笑った。「ありがとうございます」と頭を下げて、その視線のまま膝の位置にある自分の団服を見つめた。
ハリソンにとって、未だ変わらず自分が〝隊長〟なんだと自覚して。
ゆっくりと頭を上げたアーサーは、今度は躊躇いなく語り出す。
俺達に聞かれても別に気にしないように、自分がやられた状況を事細かに話じ始めた。本当なら、思い出すだけで傷口を自分で抉るような出来事を平然と。
聞けば聞くほどに、俺達まで怒りが込み上げた。
不意を突かれて最後は拷問だった。戦いの中ですらなく、ただ苦しめる為だけにアーサーはその腕を奪われ喉を潰された。
ハリソンだけじゃない、話を聞いていた俺達全員がアーサーの話を黙って聞きながらアダム、ティペット、そして腕を捥いだ張本人である将軍への怒りと殺意が湧き上がって部屋を熱した。俺らの反応に肩を硬ばらせたアーサーは、話し終えると目を伏せた。
何故か「すみません」と俺らに謝るアーサーに、俺から手を伸ばして頭を撫でる。ぐしゃ、と軽く髪を掴んで左右に揺らせば分かりやすく目を丸くした。手を離し、今度はアーサーからもわかるように俺の横で硬直したままのハリソンの背を叩く。
「誓ってやるよ、アーサー。……俺達もさ。」
どうせ、聞かなくても答えは全員同じだ。
そしてきっと、他の騎士達に話しても違う答えは返ってこないだろう。その証拠に軽く見回しても、この場にいる騎士全員が同じ目をしてた。
口にする前に一度時計を見れば、そろそろ隊長会議に向かわねぇといけない時間だった。カラムに目で合図をすれば頷きが返ってきた。
最後に俺は、この場にいる騎士全員の総意をアーサーへ宣言する。
「騎士団全員が、お前の右腕だ。」
瞼が無くなるほど強く見開かれたアーサーの目と合わせてから、俺は背を向ける。
俺達に合わせるように、長居はすまいと他の騎士達も続くようにアーサーへ声を掛けて退室した。
部屋を出て廊下を歩きながら、歯を食い縛る音が何度も聞こえた。誰もが拳を握り、込み上げるものも、怒りも殺意も全部飲み込んだ。軽く振り返れば、ハリソンが高速の足で消える瞬間だった。風が吹き、珍しく鋭い眼をしたエリックの栗色の髪を軽く揺らした。……きっと誰もが、ラジヤの連中を許していない。
……わかってる。
ハリソンは別として、全員がわかっている。
騎士が復讐に囚われるべきじゃない。恨みや仇なんかの為に剣を振るうのは騎士道に反する。
一番許せねえ筈の騎士団長だって、こうして誰よりも冷静に騎士団を回し続けてくれている。
復讐じゃない。だからこそ俺達はアーサーから騎士としての〝誇り〟を受け継ぐと決めた。
ハリソンがアーサーを〝隊長〟と認めるように俺達にとってもアーサーは
『もっと、大事な人がいるンで』
誇り高き、騎士だった。




