509.義弟は吼える。
「…以上が、現段階で判明している全てだ。」
騎士団演習場。
騎士団長室でステイル達との話し合いを終えた後、騎士団長であるロデリックは収集した騎士達の前に立ち、全てを語った。
急遽収集された騎士達は、誰もがロデリックの言葉に戸惑いを隠せなかった。
だが、高台の傍には手枷を付けた状態の宰相であるジルベール。更にロデリックの背後には第一王子であるステイル。更には今こうして話されている間も、温度感知の特殊能力を持つ騎士が警戒を強めていた。
最初のロデリックからの報告は、元騎士隊長であるアーサーが目を覚ましたことだった。その報告を受けた瞬間、騎士達は誰もが安堵し、胸を撫で下ろし歓喜した。一部の騎士は今すぐにでもアーサーの無事を確認に行きたいと気を逸らせが、次に語られたロデリックからの報告に誰もが興奮を地に落とした。
二日後に迫るラジヤ帝国の侵攻。
女王、王配、摂政を人質にアダム皇太子が王宮を占拠。
ジルベールとステイルも特殊能力を封じられ、王居では監視されている。
透明の特殊能力者と狂気の特殊能力者。
そして病とされていた第一王女プライドが特殊能力で操られ、現状は敵側にいるという事実。
更にはそれに伴い、これから騎士団がそれぞれどのように動くかを伝えられた時には流石の騎士達も飲み込み切るのがやっとの状態だった。不穏を感じ取ってはいたが、ここまでの危機的事態だったなど誰もが想像できなかった。あまりに荒唐無稽とも思える事実でもあるのだから当然だ。だが、誰一人その情報を疑う者はいなかった。その情報源が他でもない
アーサー・ベレスフォードだったのだから。
アーサーの人柄を知る騎士の誰もが、彼からの情報ならば間違い無いと確信を持てた。実直で嘘を苦手とするアーサーが、間違っても騎士である自分達に偽ることなどあり得ない。
更にはアーサーが重傷を負って運ばれてきた事も、彼が言えない理由で処分を受けたことも騎士団全体周知の事実だった。彼がこれほどの事態に踏み込んでいたのならば、その全てにも納得ができた。
「突然のことに戸惑いも大きいだろう。だが、全ては元騎士隊長であるアーサー・ベレスフォードから私とクラークが直接聞いた間違いない情報だ。疑う者は、本人の許可を得てから直接尋ねれば良い。」
当然、誰もアーサーの名を語った偽証も疑っていない。アーサーの父親であるロデリックがそのようなことをするとは思わない。
「今日から我々は二日後に向けて水面下で行動を開始する。指揮にはステイル第一王子殿下とジルベール宰相も加わって下さる。全ては王族を全員救い、守りきる為だ。」
その〝全員〟にプライドが含まれていることは誰もが確認せずとも理解した。
たった二日で王族も国も救い守りきる。当然容易ではない。だが、その任務を避けたいと思う者はいなかった。
騎士達から同時に覇気のある返事が放たれ、空気を揺らした。ロデリックからの話を終えた後、とうとう最後にステイルが代わって前に出た。
多くの騎士達を前にして、ステイルは一度全身が震え上がった。
これが一年前、プライドが見た景色かと思えば余計に感情までもが波立った。口の中を一度大きく飲み込み喉を鳴らした後、ゆっくりと口を開き声を張る。
「第一王子、ステイル・ロイヤル・アイビーです。」
思った以上に自分の声が響いたことに驚いた。
今までプライドの背後にいる時は感じなかった視線の量と熱に身が焼けるかと思った。プライドが常に前に立ち、それを支える立場を選んできたステイルにとっては慣れない体験でもあった。
「皆さんが驚くのは無理もないでしょう。ですが、これは真実です。我が母上と父上は今はアダム皇太子の特殊能力により寝たきりとなり、姉君は……。……まるで今は別人のように歪んでしまわれました。」
自然と情を集められるような言葉を選ぶ己に、思わず自嘲してしまう。
ここまで来て、やはりどうしても取り入る話術の方が身に染み付いている。こういう時、自分もプライドのように彼らの心を動かせればと羨むように思ってしまう。言葉を続け、紡ぎ、騎士達の視線を感じながら、頭ではプライドはあの時どのような事を語っていただろうかと考え
言葉が、止まった
「その為、どうか我が国の誇る騎士団からの……、………。」
防衛戦ではあんなに流暢に騎士達を鼓舞していたステイルが、言葉を止めて固まってしまったことに彼を知る騎士は驚いた。
まさかステイルまで何か、と心配する騎士も現れる。背後に控えたロデリックもどうかしたのかと声を掛けようとしたその時。
「……っ。…………足りるものか。」
ぼそり、と小さなステイルの呟きをロデリックだけが聞き取った。
低く、アーサーの前以外ではロデリックすら聞いた事も殆どない、仄暗い気配を混じえた声が放たれる。それからステイルは深呼吸するかのように背を大きく反らし、改めて自分へ心配そうに目を向ける騎士達を見下ろした。
それから放たれたステイルの声は遥かによく通り、何より威厳がはっきりと込められたものだった。
「……今、この場で。もし僕ら王族や民の為に死ぬ覚悟を持つ騎士が居るのならば、即刻、民と共に城下から逃れて下さい。」
予想外の言葉に、騎士達は言葉を失った。
騎士として、命を捨てる覚悟のない者が去れというならばわかる。だが、その覚悟がある者から戦場を去れというのはどういう意味なのかと誰もが耳を疑った。騒めきを良しとせず、騎士達は誰もが口には出さなかったが、皆が互いに目配せし合う。すると、ステイルは続けるように彼らへ語る。
「我が姉君、プライド・ロイヤル・アイビーは民の犠牲を望みません。そして、騎士の方々の犠牲も良しとしません。ですが今回、近衛騎士のアーサー元騎士隊長があのようなことになりました。」
通った声で悠々と語るステイルが、次第にその声に感情が乗っていく。
怒りを堪えるような声とともにその声量も強まった。
「僕はそれが実に腹立たしい。……この枷に捕らわれていなければ恐らく皆さんのご想像通りのことをしたでしょう。」
にっこりと笑うステイルからは明らかな殺意が溢れていた。
ステイルの笑顔が遠目過ぎて見えない騎士も、彼の殺気だけは肌に感じた。ステイルが今、特殊能力を使えれば。彼の特殊能力を知る騎士の誰もが同じ結論を頭に思い浮かべた。
「僕は。……これ以上の被害を望みません。そして、僕らが愛した姉君もまたそうでしょう。本来の姉君を取り戻したとして、きっと貴方方が一人でも犠牲になればプライド第一王女は己を責め続けます。」
ですから、と。ステイルは片足を強く踏み鳴らす。
ダンッ‼︎と高台が叫び、ジャランッと鎖が自らを主張し音を立てた。一度俯き、同時に彼がギリッと歯を食い縛る音をロデリックは確かに耳にした。
更にステイルは声を張り上げる。プライド第一王女の補佐としてではなく、この国の第一王子として彼らの前に立つ。
「ッこれから‼︎‼︎……僕らと共に国の為立ち上がる騎士は決して死なないで下さい…‼︎誰一人犠牲を出すな犠牲になるなッ……‼︎‼︎プライド王女と共に生きる覚悟のある者のみ立ち上がれッ……‼︎」
人前では滅多に見せない激情が、ステイルから熱を発し溢れ出す。
血を吐くようなその声だけで充分に、彼の言葉が本音だと誰もが理解した。拳を握り、鎖を鳴らし、そして彼は前を向く。
「今回のラジヤとの戦いは防衛戦ではありません!言うなれば〝奪還戦〟……‼︎‼︎ラジヤの痕跡全てを打ち消せ、王族を救い出せッ!姉君を取り戻し民も騎士も誰一人死なせず敵のみ払う……‼︎それが、我らが勝利の絶対条件です‼︎」
高らかに、声を放つ。
どこまでも通り、男らしいその声は誰が聞いても王族の一人からの宣言でしかなかった。
無茶なことはわかっている。だが、ステイルにとってはそれが全てともいえる条件だった。既にアーサーが犠牲になった今、プライドが元に戻ったとしても胸を痛め、自分を責めることはわかっている。だが、〝これ以上を許したら〟プライドがどうなってしまうのかも彼は容易に想像ついた。
「この国の第一王子、ステイル・ロイヤル・アイビーの名の下に望みます‼︎誇り高き騎士である貴方方に託します‼︎我が姉君が信じた貴方方を頼ります!右腕を奪われし我が友が誇る貴方方を……ッ信じます‼︎‼︎」
信じる。と、その言葉がステイルには酷く重く、軽くは使いたくない言葉だった。
だからこそ、今は最も必要な言葉だと、そして自身の心からの言葉だと吐き出した。
歯を食い縛り、高く上げた顎で首元を露わにする。肩を後ろに引き、胸を突き出した。鼻から深く息を吸い込み、そして一度止めたそれを一気に鋭く解き放つ。
「我々を‼︎助けて下さいッッ‼︎‼︎‼︎」
気が付けば、一年前の言葉が自然と溢れ出す。
狙ったわけではない、ただ彼の心からの言葉がそのままプライドと重なった。
第一王子である彼のその言葉を皮切りに、騎士達は一斉に咆哮する。各々の決意と王族を、民を、騎士を、そして己も誰一人死なせはしない、そして死にはしないと胸に刻み込む。
プライドの補佐でも、義弟でもない。第一王子である彼の言葉に騎士達は心からの咆哮で答え、腕を振り上げた。
おおおおぉぉぉぉおおぉおぉぉおおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎と騎士達の互いの鼓膜を破るような叫びはステイルの肌を揺らした。カチャカチャ……と鎖が震え、彼は緊張から滴らせた汗が横に滴った。
プライドを取り戻す。
王族を救い出す。
民を、国を守り抜く。
もう、この場にいる誰にも迷いはなかった。
アーサーが掴み取り、ステイルが繋いだ希望を必ず引き上げてみせる、その為に。
向かうべき正しき敵をとうとう見極めた。
フリージア王国騎士団全軍が、いま立ち上がる。
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