そして義弟は正す。
「今は先ず、明後日のラジヤ帝国からの侵略についてです。恐らくアダムの言葉から考えても奴らは城下から王都……そして我が城を狙うつもりでしょう。ならば、攻めてくる場所も予測は容易です。」
話を切り替え、続けてステイルがロデリック達に言葉を投げる。
すぐ応じるようにロデリックとクラークもその意見に同意した。フリージア王国は規模こそ途方もなく広大だが、王都や城下は国の中心部や最奥ではなく国外へ近接した位置にある。流通や貿易においては物資が傷む前に届き易く潤いやすいが、敵国に攻め込まれればあっさり心臓部に到達しやすいという難点もある。
ただし、それを以ってしても歴史上侵略を許したことが無いのがフリージア王国でもある。
「相手の規模はわかりませんが、ラジヤ帝国であればかなりの軍隊を出してくる事でしょう。防衛は良しとしても流石にこのままでは民に被害が出ます。今日明日の内に出来る限りの避難が必要です。」
ロデリックの言葉に今度はステイルが頷く。
騎士団がいくら強くとも、大規模な攻防戦になれば必ず被害は出る。城下の人間全員を守りきるというのは不可能だった。しかし
「問題ないと思います。姉君やアダム達に気付かれずにその区域へ避難勧告を出せば良いのですから。……ですよね?ジルベール宰相。」
何も知らない者が聞けば、無理難題でしかないそれをステイルは涼しい顔でジルベールに投げ掛けた。
そして受けたジルベールもまた、にっこりと「そうですねぇ」と返しながら難題へ軽やかな声で返す。
「まぁ、騎士団からの御協力と軽い方便さえ使えば。城下の情報を遮断する〝程度〟も容易ですし、一番の問題は透明の特殊能力を持つティペット嬢ですが、………どうせ彼女は、〝城内からは出られませんから〟」
問題ないでしょう、と妖しく笑うジルベールにステイルやロデリック達も同意した。騎士団からの協力は惜しみません、と返すロデリックにジルベールも礼を返す。すると、アーサーが少し掴めないといった様子で目をぱちくりさせた。まだ理解が追いつかないアーサーにジルベールは苦笑しながら気付き、補足をいれる。
「城門と城外壁の警備には騎士団演習場と同じく必ず〝温度感知〟の特殊能力者が居りますから。透明の特殊能力者であれど、侵入も逃亡も不可能です。……招待客であったラジヤもその事は承知の筈です。」
あっ、とアーサーが正直に丸く口を開いた。
そうだったと一人頷くアーサーへ忘れていたのかとロデリックが視線を投げる。部屋にいる七番隊、九番隊の騎士も理解していたことだ。九番隊の騎士に至っては、彼自身がその一人でもある。
忘れていたわけではない。ただ、既にプライドやアダムのことで頭がいっぱいだったアーサーにはそこまで思考が届かなかった。
少し恥ずかしそうに頭を下げるアーサーに、ステイルは小さく肩を落とす。そして知らぬふりをしてジルベールに言葉を続けた。
「ティペットを側室とした理由の一つもそれでしょう。透明の特殊能力を使って城内に忍び込むことは不可能ですから。」
〝温度感知〟の特殊能力。
数ある特殊能力の中でも割合はかなり少ないが、ただ温度が目に見えるだけの能力だ。
視界に入る物の温度がわかったり、闇夜でも生き物の温度で存在が目に見えてわかるだけ。だが、透明の特殊能力というものが存在するフリージア王国では城門や城の外周の警備で重宝されている。温度感知の特殊能力者自体の数が少ない為、広大な城周りに警備を集中させることで城内……その奥にある王居への特殊能力者の侵入も防いでいた。
当然、ティアラの誕生祭でも変わらない。 居る限りの温度感知の特殊能力者が城門や城壁、そして会場となる大広間の扉の外にも配備されていた。だからこそ上層部の誰もが〝特殊能力者による侵入はない〟と確信できていたのだから。
だが、来賓として侵入したのであれば別だ。アダムの同行者として堂々と城内に入り込み、大広間で初めて透明の特殊能力を使う。〝フリージア王国の人間ではない来賓が〟特殊能力を使うなどありえない。だからこそ、王配であるアルバートや摂政のヴェスト、そしてステイルやジルベールが来賓の洗い出しをしたところで見つかることもなかった。
ふと、ジルベールは以前セドリックに投げられた仮説を思い出す。
彼もまた透明の特殊能力者や、国外の人間とフリージア王国の特殊能力者が手を組んでプライドを狙った仮説を立てたが、ジルベールはそれを全て論破していた。たとえどのような特殊能力者であろうとも、招待を受けていない者が城の警備を突破することは不可能だと。今思えば、あれも当たらずとも遠からずだったのだと静かに思った。
「未だ、何故アダムとティペットがフリージア王国の民でありながらラジヤ帝国の上層部にいるのかはわかりませんが。……、ッ。……本当に、痛いところを突かれました。」
しかも一人は皇太子。まさかフリージア王国の、更には特殊能力を持った民だと思うわけがない。
悔しげに顔を顰めるステイルからは若干の殺気も放たれた。ステイルの言葉に、何度も無言で頷きながらジルベールは「ですが」と敢えて明るい声で言葉を掛けた。
「騎士団には温度感知の特殊能力者の在籍数がいくらかあり幸いでした。これならば、ティペット嬢を包囲し捕らえる人員も充分に確保できるのではないかと。」
そう言って、背後に控える九番隊の騎士に頭を下げた。
日常生活では大して役立たない特殊能力だが、衛兵や騎士…特に隠密を主としている九番隊を志願する者に多い。
「騎士団演習場は、恐らくいま我が国で最も安全な場所といえるでしょう。」
城門と同じく、騎士団演習場も温度感知の特殊能力者がその見張りを務めている。
つまり、この場所もまたティペットが入れるわけがない。もしくは入ればすぐに気付かれ、騎士達に拘束されることは間違いなかった。通常特殊能力で消せるのは姿だけ。そしていくら気配を消せても己が温度まで消せはしない。
そうですね、と相槌を打ったステイルは一度姿勢を正した。ティペットの目もアダムやプライドの監視もない安全な場所。ここでならば、安心して対策が練れると思う。そしてとうとう低めるような声でステイルは前のめりにロデリックとクラークに口を開いた。ここに訪れた時はとても言えなかったその言葉を、彼はあっさりと言い放つ。
「作戦会議には〝僕も〟ジルベール宰相も加わります。すぐにでも全騎士への周知を願います。王国の最大危機ですから。そしてその前に騎士団長、……〝僕らだけで〟少しご相談が。」
宜しければ騎士団長室で。と促し、腰をあげるステイルにロデリック達は少し眉を上げた。ここまでの話をしておきながら、何故突然場所を変える必要があるのか。疑問には思いながらロデリックとクラークはその場から立ち上がった。
護衛の七番隊、九番隊の騎士とともに置いてかれることになったアーサーが、もの言いたげにステイルを見つめる。何か自分が聞いたらまずいことでもあるのかと訝しむと背中を向ける前に振り返ったステイルと目が合った。既にアーサーが疑問に思っているだろうことは察していたステイルは、睨むように目を合わすと独り言のような声で軽く彼に告げた。
「さっきのお前からの案についてだ。」
あぁ……。とアーサーが納得したように頷いた。確かに今この場では話せない、と思いながら「頼みます」と掠れた小声で返した。それを見たクラークは短く首を傾げながらも退室する前にとアーサーへ声を掛けた。
「じゃあな、アーサー。ゆっくり休んでいてくれ。」
柔らかく微笑み掛けるクラークに、アーサーは口を結んで頷いた。
そしてクラークに続くように次はロデリックがアーサーに目を向ける。何か、言うべき言葉に悩むように眉間に皺を寄せるロデリックは、なるべく視線をその右腕に向けないようにと意識して口を開いた。
「……目が覚めて何よりだ。」
今は休め、と言い聞かせるように呟くロデリックに、アーサーは「はい」と短く口を動かした。
もっと告げたい言葉も詫びたい言葉も多くはあったが、それは今ではないとロデリックも、そしてアーサーも同じように考えた。
「では、アーサー殿。また後ほど伺います。……本当に、どうか、くれぐれも、御自愛下さい。」
最後は一言ひとこと噛み締めるようなジルベールの言葉に、深々と頭を下げる。ジルベールにまで心配をかけていたのだとわかると余計にアーサーは胸が痛んだ。
そして最後にステイルが立ち止まったまま、アーサーを眼鏡の奥から睨んだ。明らかに言いたげな表情にアーサーが「どォした」と口を動かし、声を霞ませると、ステイルは先に扉の傍まで進んだジルベール達を目だけで確認した。結んだ唇の奥で歯を食い縛り、下げた拳を静かに握るステイルは両手を繋いだ鎖を僅かに鳴らした。
「…………本当にお前は、姉君の言った通りの男だな。」
ハァ?と意味がわからずに怪訝な顔をして意味を尋ねたが、ステイルはそれ以上は続けなかった。
ベッド傍に控える護衛の騎士二人に「くれぐれも彼を宜しくお願いします」と頭を下げ、足早にその場を去っていく。振り返らずに扉を潜り、ジルベール達と共に部屋を去った。
「……ンだそりゃァ。」
ぱちくりと目を丸くし、一人何度も首を傾げながらも答えは出なかった。
まさか嫌味かとも考えたが、ステイルがそういう人間でないことも理解している。褒めてるように思えはしたが、今の自分の何に褒められるところがあるのかはわからない。負傷して戦闘不能になり、今はこうしてステイルや騎士団に対策を委ねるしかない今の……、と。そこまで考えてからアーサーは思考を打ち消すように一人で強く首を振った。今、それを深く考えてしまえば心が折れかねないと考えを改め、思い直す。
……これで、良い。
プライドのことを伝えられた。ラジヤの侵攻も伝えられた。そして、現状を聞いた今は特にその事実をステイル達に伝えられて良かったとアーサーは思う。
まだ自分の役目が終わったとは思っていない。それでも、安堵するようにアーサーはベッドに身体を預けた。
七番隊の騎士が寝る体勢に戻りますかと声を掛け、アーサーは礼を返した。七番隊の騎士の手を借りてベッドの中に埋まり、ステイルから聞いた現状を再び理解するように頭の中で反芻する。しかし目覚めてすぐに長い会話や喉を酷使し、更には暴れたアーサーは知らず内にまた再び眠りについた。
自分が目覚めたことで、本人が理解している以上に事態が急激に動き出すことを知りもせず。
……
「……ステイル様、ご気分はいかがですか。」
扉を閉じたあと、ジルベールが軽く背中を丸めるようにして俺の顔を覗き込んできた。
どこか気遣うような話し方に俺は目だけを向けてやる。見れば、やはり少し眉を垂らして心配そうな顔を俺に向けていた。
「問題ない。それに、……一番辛いのは俺ではなくアーサーや騎士団長だ。」
そのまま顎で前方を歩く騎士団長の背中を指せば、ジルベールも憂うような表情で「そうですね……」と呟いた。アーサーが目覚めたことは何よりだ。本当に、……本当に良かった。
だが、だからといってアイツの腕が治るわけではない。本人も今は平然を装っているが全く平気なわけがない。
「アーサーが命懸けで得た情報だ。今はそれを無駄にしないことが最優先だ。」
俺自身に言い聞かせるように言葉にする。
ジルベールもそれには「ごもっともです」と歩きながら深々と俺に頭を下げた。大体、アーサーの負傷に胸を痛めているのは自分もだろうに。俺のことなどよりも……、…………あぁ。
そこまで思ってから、俺がここまで来る間の自分の状態を思い出す。どうやら、俺も俺で余計に心配をかけていたらしい。腹立たしいが「ジルベール」と一言呼びかけ、今度は顔ごと向ける。少し驚いたように目を丸くしたジルベールは無言で俺の言葉を待った。
「今度こそ、大丈夫だ。……采配は任せた。」
それだけ伝え、前を見る。ジルベールがどんな顔をしたかは見なくてもわかる。
騎士団長が報告にきた騎士達に話を聞いた後、急ぎ警備中の騎士以外を収集するようにと、次々指示を飛ばしていく。俺達も騎士団長室へ早足で向かいながら、改めて我が国の王国騎士団の存在の大きさが身に沁みた。
俺とジルベール、そして騎士団。対するはラジヤの支配下国による侵略軍とプライドだ。既に中枢を握られている此方の方が圧倒的に不利。……だが、
プライドを、取り戻せる。
彼女の本来の姿はやはり俺達の知るプライドだった。
取り戻せる……取り戻せる、取り戻せる、取り戻せる取り戻せる取り戻せる取り戻せる取り戻せる!彼女を救える、救える、救える、救える救える救える救える救える救える救える救える救える救える救える救える救える救えるッッ‼︎
「……………ははっ……。」
手枷の鎖を鳴らしながら、己が身の軽さに思わず笑いが込み上げる。
嗄れた小声を口の中だけで何とかとどめ、気付かれないように一度俯いてから舌を噛んで堪えた。
……アーサーにまた救われた。
もう、アーサーが目を覚ましてくれて、いつもの彼であったことだけで思わず込み上げた。
一度ほつれた涙腺は酷く緩いと思い知る。なのに、アーサーが得た事実は何より大きかった。単にプライドの無実や真相に近づいただけではない。
もう、俺はプライドを裏切らないで済むのだから。
従属の契約に、正しき意思を叩きつける。
俺を縛るものなど何もない。プライドすらも今は俺を本当の意味で縛ることなど叶わない。
たかが鎖が何だ。特殊能力封じ?これが枷と呼べるのならば好きにすれば良い。本当に砕けて欲しい枷はアーサーが粉砕してくれた。
……見ていろ、アダム。
いつまでも思い通りに運ぶと思い込み、今は高々と笑っていろ。
〝たかが〟特殊能力者二人で我が国を牛耳れると思ったならば大間違いだ。
もう負けない、もう騙されない、もう隙など見せない。もうプライドにこれ以上
何一つ、失わせてなるものか。
469
361.408
506-2




