そして黙す。
「次期女王である私の席はそこだもの。」
アッハハハ!と可笑しそうに笑い出すプライドにローザは身の毛がよだつ。
ヴェストがプライドを押さえるようにと声を掛けた途端、衛兵が彼女へと駆け出した。しかし手を伸ばせば素手でいなされ、横から手を取られて関節を捻られる。飛びかかればひと跳ねで避けた彼女に足を引っかけられ、人数で囲んで押さえつけようとすれば軽々と衛兵の身長を飛び越えられ、逆に背後を取られ蹴り飛ばされていた。
笑いながら鮮やかに舞い、一人で自分よりも大柄な衛兵達を圧倒する王女の姿にローザだけでなく、父親のアルバートや摂政のヴェストも目を疑った。プライドの防衛戦での活躍や、離れの塔での逃亡など言葉では信じられないような立ち回りを耳にしてこそいたが、それを目にするのは今が初めてだった。
無力化までは至らず、衛兵は何度も立ち上がり捕らえようと手を伸ばすが、完全にプライドに遊ばれている。王族相手に武器を取ることもできず、ならば人数を増やすべきかと衛兵の一人が玉座の間の扉へ仲間を呼ぼうと駆け
「あぁッ…ぁああァぁァアアああアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」
崩れ、落ちた。
これには誰もが息を飲み、肩を強張らせた。頭を抱え出し、叫び声を上げて崩れ落ちるその姿は
プライドが倒れた時と酷似していた。
大丈夫か⁈どうした!とその衛兵に駆け寄ろうと扉の方へ走る衛兵が、また次々と同じように叫び、頭を抱え、崩れ落ちていく。
ローザ達は目を疑い、自分達の悪い夢ではないかとまで疑った。だが、その崩れ落ちていく姿は何度見てもプライドの時と全く同じ。そして、当のプライドは
「アッハハハハ‼︎おっかしい!男のくせに情けない声を上げるなんて。ばかみたい‼︎」
アッハハハハハハハハハハ!と自分を捕らえようとする衛兵達を軽々と捌きながら、倒れる衛兵を嘲笑う。
驚くどころか寧ろ興奮するように更に動きが速まり、激しくなっていく彼女は踊るかのように跳び上がる。そうしていく間に今度は扉付近だけでなくプライドの周りからも次々と衛兵が一人また一人と崩れ落ちていった。王族を、国の上層部を守る為に配備された多くの衛兵が最後には一人残らず頭を抱えたまま床に転がることとなった。相手が居なくなり、転がる衛兵を跨ぎ、ゆっくりとローザ達へ歩み寄るプライドは既に誰の目にも〝脅威〟でしかなかった。
「ねぇ?聞かせてよ。……私に何の容疑が掛かっているというの?」
女王を、王配を、摂政を宰相を前にして、まるで自分が絶対的頂点にいるかのように彼女は語る。
タン、タン、タンとゆっくり確かな足取りに誰もが息を飲む。柔らかな口調に反し、凶悪なほどに引き上がった口には悪意しか感じられなかった。アルバートが「何のつもりだプライド‼︎」と声を荒げたが、やはりプライドは止まらない。ジルベールがローザ達を庇うように数歩前に出た。それにプライドは一度足を止める。
ジルベールの強さは彼女自身も理解はしている。しかも、ゲームでは今の年齢の姿でジルベールはプライドと戦っていないから余計に自分が勝てるか否かは押し計れなかった。足を止め、それでも悠然と笑みを広げ続けるプライドに、ジルベールは額に汗を一筋浸らせながらじっと彼女を見つめた。アルバートとヴェストに守られるように背後に下げられたローザが静かにその口を開く。
「その問いに答える前に、私の問いに答えなさいプライド。」
追い詰められたと感じられるこの状況で、その声は女王としての威厳と気品に満ちていた。
プライドはローザの言葉に軽く顔を上げると、ジルベールで隠れたローザを見えないままに「何かしら?」と言葉を返す。
「〝その〟透明の特殊能力者は何者ですか。」
はっきり〝その〟と言い切るローザに、プライドは笑みを更に広げた。
仮面のように醜い笑みのまま固まるプライドは数秒の沈黙後「ぷっ…」と小さく吹き出した。直後、腹を抱え心から可笑しそうにアッハハハハハ‼︎と笑い声をあげ出した。
「さっすが母上だわぁ……‼︎そうよねぇ?わかるわよねぇ⁈アッハハ……。こぉんなのフリージア王国の王女である私〝じゃ〟すぐ気付かれるに決まってるわぁ……‼︎」
アッハハハ……‼︎と目頭に涙を溜めて可笑しそうに笑うプライドは、最後に指先で拭った。
プライドが笑い続ける間も沈黙を貫くローザ達はひたすら今は出方を伺い続ける。
〝透明化〟の特殊能力者。特殊能力の中でも比較的数の少ない特殊能力者だ。姿を消し、それに触れた物の姿も消すことができる特殊能力。
プライドが現れ、ステイルの仕業ではない時点から誰もが察しのついていたことだった。だが、問題は〝どうやってどこから連れ込んだのか〟だ。
ジルベールも気配を辿りはするが、少なくとも今自分の周りにはいない。いっそプライドに近付く自分を狙ってくれれば、返り討ちにできたが周りにいなければどうしようもない。少なくともプライドが現れてから扉が開いていない限り、この広間内にいることは間違いないとジルベールは思考を巡らせる。
そうしている間にも笑い疲れたプライドはとうとう腹を抱えるのをやめ、髪を上げ、流した。そして自慢げに笑みだけを広げながら、馬鹿にするように上目でジルベール越しのローザ達をせせら嗤う。
「お借りしたのよ?アダム皇太子から。」
あまりにも隠す素ぶりなく言い放つプライドに息を飲み、脈が異様に早まった。
現在逃亡中のアダムの名、更には彼が特殊能力者を所有しているかのような発言、あれほど必死に防いだにも関わらずいつ接点があったのか、……だけではない。
最も危惧していた、プライドの返答に。
プライドがラジヤ帝国と共謀しているのではないかと。それこそが彼女の容疑だったのだから。
突然互いの接触を望むアダムとプライド。そしてアダムの『本当ならそろそろ来ても良い頃だろ⁇』という協力者の存在を揶揄する言葉。それにプライドがアダムの元へ向かっていることを指しているのではと考えるのは当然の流れだった。
当然、それは〝あり得ない〟筈でもあった。当時、部屋に監禁されていた筈のアダムには、プライドが自分の元に向かっているなど知れる筈がなかったのだから。
しかし、今回の一連の流れに透明の特殊能力者がいたのならば全てに納得がいく。プライドがその特殊能力者の力を借りてここに現れたのだからその存在も疑わないわけがない。問題はその特殊能力者が何者で、どうやって城内に侵入したのか。検討がついていない訳ではない、ただそれはあまりにも非現実的でもあった。
「一体その者は何者ですか。」
「知らないわ、私だってまだ顔は見れていないのだもの。」
ローザの惑い声が楽しいように身体を揺らし、ふふふっと笑う。
すると、今度は会話に割って入るように通信兵からの映像が表出した。『御報告致します!離れの塔よりプライド様が消失‼︎痕跡はなく、我々に気付ぬ内に……』と報告される。
今更だとは思いながらも、同時に離れの塔の衛兵達が無事であることにローザ達は少なからず安堵した。
自分のことが話題になっているのが愉快なのかニヤニヤと笑って報告を聞き流すプライドは、そのまま催促するように「ねぇ?私の問いに答えてちょうだい」と言葉を重ねた。プライドの態度と言葉に、ローザは僅かに下唇を噛み締めた後に蕾のような唇を動かした。
「プライド、貴方はやはりラジヤ帝国と繋がり我がクニッ、ヲ……っ……⁈」
女王の、言葉が止まった。
ローザ?と、アルバートとヴェストがそれぞれ問い掛ける。だが、返事はない。まさか、と二人が同時に目を見開いた瞬間。
ローザの悲鳴が、上がった。
ァァアアアアアアアッッ、と衛兵の時と同じ悲鳴に、アルバートとヴェスト、ジルベールも顔色が変わる。アルバートが崩れ落ちるローザを抱き止め、何度も彼女の名を呼び続け
頭を抱え、叫び出す。
酷い二重奏のようになった叫び声のままアルバートは、自身に寄りかかったローザの下敷きになるようにして崩れ、倒れた。「アルバート‼︎」とジルベールが叫びプライドの前から二人の元へ駆け戻る。そのまま振り返り、驚愕に目を見開くヴェストへ「その場から離れて下さい‼︎」と声を上げた。既に透明の特殊能力者達が奥まで回り込んでいたのだと理解し、気配を探せば二人分の気配が確かにそこにはあった。
「私ねぇ?王居に戻れたら本当にそれで良かったの。」
悠々と、この場の全てを支配したように彼女は語る。
プライドの言葉より、ヴェストはその場にいるであろう透明の特殊能力者を警戒するように手を大きく振りながら距離を取ろうする。しかし次の瞬間にはアルバートと同じように頭を抱え崩れ落ちた。
「良い子ちゃんの振りをして、あとは最上層部を暗殺すれば済んだもの。そうすればゲームと一緒だし、正真正銘の女王にもなれる。……なのに。」
倒れる間際、ジルベールが手を伸ばして頭を打たずには済んだが、叫び声を上げ続けるヴェストはどうみても無事とは言えなかった。
目の前で発狂したように声を上げ苦しみ出すヴェストにジルベールは言葉が出ない。振り返れば、アルバートもローザを受け取めるようにして倒れ込んだままだ。
「アーサーが邪魔した所為で生かしておかなきゃいけなくなっちゃった。」
アルバート、アルバート、アルバート‼︎と何度も呼びかけた後、一瞬で変わり果てた友の姿と、更には一度に国の最上層部である三人が倒れたことにジルベールは茫然と
「ッッそこ、か‼︎」
ギラ、と殺気の含んだ眼差しでジルベールは背後へ振り返る。
何も無い筈の宙に向かい、迷いなく肘を叩き込んだ。確かな手ごたえと「グアッ‼︎」という野太い呻き声の直後、大柄な男が姿を現した。打たれた身体を押さえ、軽くよろめき床に転がった。
将軍だ。倒れてからすぐに身を起こし、自分が透明の特殊能力者と離れてしまったことに気が付いた彼は焦った様子で周りを見回した。
「おや外れでしたか。一番気配がわかりやすかったもので、つい。」
冷ややかな声で倒れた将軍に歩み寄るジルベールは、切れ長な眼差しが刃物のように鋭くなっていた。
残りの気配を辿ればうっすらと一人分の気配は感じたが、まだ具体的には掴めない。ならば逆手にとって気付かない振りをしておくかと、指を鳴らしながら将軍へと歩み寄る。ジルベールの尋常でない殺気に顔を青くする将軍に、プライドは助けようとする素振りも見せなかった。それどころかジルベールが静かに怒りを滾らせる姿を嬉々として眺め、未だ聞こえる複数の呻き声へ気持ち良さそうに顔を綻ばせた。
「ジルベール宰相。言っておくけれど、彼に交渉の価値はなくってよ?」
「おや、そうですか。」
楽しそうなプライドの声にあっさりと返すジルベールは、それでも手を止めない。
将軍が急ぎ隠し持っていた銃を取り出すが、手に取ろうとした時点でジルベールに足で蹴り落とされた。残す一人が透明の特殊能力者ということは、将軍が何か秘密を持っているのか。それとも残す一人の透明の特殊能力者が毒物か何かを持っているのか。そう考えながら将軍の胸ぐらを両手で掴み、ゆっくりと引き上げ
ーようとした瞬間。己が足を真横へと蹴り出した。
ぐあっ⁈と、また呻き声が上がり、吹っ飛んだ人物が姿を現した。
その人物に、ジルベールは目を疑った。将軍の胸ぐらを掴む手を必要以上に強めながら、信じられないようにその名を呼ぶ。
「アダム皇太子……⁈」
ジルベールに名前を呼ばれ、蹴られた胸を押さえながらゴホゴホ言うアダムは、尻餅をついたまま名前を呼ばれてニンマリと愛想の悪い笑みでヒラヒラと手を振ってきた。
そんな、あり得ない、透明の特殊能力者がアダムだったなどと。彼はラジヤ帝国の皇太子ではないか!とあまりの衝撃に立ち尽くして思考ばかりが先走るジルベールは
当然、ティペットの存在だけには気付けなかった。
ガチャリ、と金属の音が鳴り響き、ジルベールが気付いた時にはもう遅かった。




