503.女王は選択を求められ、
「……アダム皇太子と将軍は、まだ見つかりませんか。」
玉座の間。
疲労の色が見て取れるほど、女王であるローザの声は沈んでいた。
独房に収容したにも関わらずの逃走。更には離れの塔での衛兵達の多くがまるで発狂したように意識不明。
一人だけ正気の衛兵も銃で撃たれ、証言も気がついたら全員が倒れており、直後には何者かに撃たれて聞き取れない叫び声と途中からは気を失ってしまっていたという。更には非公認とはいえ、プライドを押し留めていた唯一の要であるアーサーが重体で発見。しかし、離れの塔には何も変化はなし。それどころか、プライドも逃亡しないまま大人しくベッドで眠っていたという。
全くもって不可解としか言いようがなかった。プライドを狙ってではないのならば、何故離れの塔を襲ったのか。それとも、アーサーが命からがら彼らを撃退したということになるのか。
だが、倒れていたのは参謀長のみ。更に発見されたアーサーは酷い状態で、最後に反撃できたとは思えない状態だという。参謀長に騎士であるアーサーが重傷を負わされ、その後にアーサーが反撃したとも考えにくい。
しかも倒れていたの衛兵と参謀長の意識不明状態もまた異様だった。単に気を失っているのではなく、全員がまるで発狂しているかのように苦しみ踠き、言葉すら話せない状態なのだから。そして誰一人、未だに回復の兆しすらない。
プライドの倒れた時と類似した症状にも思えるが、酷く呻き、目を見開き身体を痙攣させている姿はやはり別物だった。これもラジヤの仕業かとまでは考えに至っても、方法はわからない。やはり何がラジヤ特有の薬や毒でもあるのかと想定できるのもそこまでだった。
数少ない手掛かりは重体で意識不明のアーサーと、意識不明のまま発狂している参謀長のみ。
「参謀長を捕らえられたのは良かったですが、……まだ少なくとも三人はラジヤの人間を野放しにしているということになりますね。」
「少なくとも城外には逃げてはおりません。プライドも無事、離れの塔に居ます。……今の、ところは。」
ローザの言葉に重々しく返すアルバートに、ヴェストやジルベールも思わず口を閉ざした。
護衛の衛兵の前で明言はできないが、アーサーの負傷は大きい。ステイルも叶わない中、プライドをとめることができた唯一の人物だ。
今はもう宮殿にも牢獄にもアダムは居ない。プライドが逃げ出したからといって、逃走中のアダムと邂逅する可能性は低い。だが、同時に目的場所を失ったプライドが次にどのような暴挙に出るのかは未知の領域だった。どんな理由であれ、今のプライドは自由に離れの塔を逃げ出すことができるのだから。
「……今度こそ、騎士団を派遣すべき時でしょうか。」
ヴェストの言葉に、誰も否定はしなかった。
騎士団を派遣。それは即ちプライドの暴走をとうとう騎士団にも知らせるということになる。王族を守り、民を守る為に存在する騎士団に現段階で次期女王であるプライドの現状を晒さなければならない。今のプライドを目にして、フリージア王国の未来を明るく思える者はいないだろう。王族全体への不信や不穏にも繋がる。だが、既にアーサーの重体は騎士団全体が知る事実。もはや隠し立ても難しい状況だった。
「手段としてはプライドの王位継承権を剥奪し、それから騎士団に依頼といった形が最も騒ぎを広めずには済むでしょうが。」
続けてヴェストが述べたのはただありのままの事実だった。
その言葉を聞いた途端、誰もが静かに苦々しく顔を顰めた。プライドの王位継承権の剥奪。それをすれば再びプライドの王位継承権を戻すことは二度と叶わなくなる。たとえプライドが今後、奇跡的に改善しても決して。だが、その処置さえ取れば王族としては正式にプライドを〝病人〟として騎士団に捕縛を依頼し、未来の女王に関してはティアラを置けば民から王族への懐疑も心配なくなる。表面だけなぞれば第一王女は急病で身も心も患い、代わりに第二王女が第一王位継承者になった。というだけの話になる。
だが、その手段はもともとラジヤ帝国の容疑が晴れてからの最終手段の筈だった。
しかも、ラジヤ帝国がフリージア王国を狙い、プライドを狙い、ティアラを狙っていることは判明済み。そして今は逃亡し、参謀長を捕らえた。敵を逃したことさえ目を瞑れば、少しずつ真相にも近付いているのも確かだった。にも関わらず、王族の矜持と民や騎士からの不信を防ぐ為だけに、事実も判明しないままプライドの王位継承権を奪うのであればそれは、プライドを切り捨てることに他ならない。
まだ、プライドが被害者である可能性もある。だがそれ以上に二度と改善しない可能性が大きい。だから切り捨てると。それでは、まるで十年前までの自分の過ちを繰り返しているだけではないかとローザは思う。
せめてラジヤの容疑が固まり、真実が確定するまではプライドの王位継承権は奪いたくないというのがローザの望みだった。今度こそ、自分からプライドを切り捨てるような真似はどうしてもしたくもない。
しかし、現段階では王位継承権をそのままにプライドの事実とあの姿を騎士に晒すのは危険でもある。プライドが多くの騎士に慕われていることはローザ達上層部も知るところだが、あのプライドを見ても尚、生涯尽くし続けようと考える騎士がいるとは思えなかった。……叛逆者となってもプライドを止め続けることを決めた、銀色の騎士を除いて。
「それとも、現状維持か。または王位継承権をそのままに騎士団から近衛騎士を要請致しますか?」
何も言葉にせず黙し続けるローザに、その意思を汲みヴェストが更に言葉を重ねる。
プライドの豹変を知っている近衛騎士ならば、と。だが、どちらにしても騎士団に勘付かれることは必至。更にはあれほどの衛兵と元騎士隊長を持ってしても敵わなかった敵にたった四人の近衛騎士で対応できるのかも判断として難しかった。交代制であれば二人ずつとなるだろうが、もし極秘に近衛騎士二人に離れの塔の負担を掛けてまた今回のようなことになれば、騎士を二人も失うだけではなく、騎士団からの不信は更に増すことになる。それならば、最初から複数の騎士を常時離れの塔に置くことが最善に他ならなかった。
王族として、騎士の数をいたずらに減らすような愚策は取るわけにはいかない。
「得策……とは言えませんね。今回、あれほどの被害を出してしまったのですから。」
今度はジルベールが言葉を紡いだ。
その理由も詳細に並べ立てながら、結論として離れの塔に騎士二名では危険でしょうと続ける。更にそのまま、この場にいないステイルも含めて全員が考えているであろう事実を口にする。
「それに、……プライド様は件の容疑も」
「あらぁ?私に何の容疑があるのかしら。ジルベール宰相。」
突然、だった。
声と共に、プライドがその姿を現した。
あまりに突然のことに衛兵もどよめき、ローザすら目を見開いた。また、ステイルの瞬間移動かとも考えたが、一向にステイルが姿を現さない。それどころか、プライド自身が「ステイルがいなくてちょうど良かったわ」と笑った。
「プライド……何故、貴方がここに。」
「あら?当然じゃない母上。だぁって……」
また何かの要求に来たのか。それとも、と胸騒ぎを抑えつけながら問い掛けるローザに、プライドは戯けたように笑い、口端を引き上げた。
「次期女王である私の席はそこだもの。」