501.傲慢王女は楽しむ。
「おや、お目覚めになられましたか。プライド王女。」
……目覚めに、嫌に軽薄な声がかけられた。
目も擦れないぼやけた視界で、涎を垂らすほど引き上げた口の端が至近距離で私を舐めるように見下ろしていた。ずっと寝顔を見られていたのかと思えば一気にうんざりする。
「特殊能力で眠らされていたとは聞きましたが、なかなかお目覚めにならないので心配致しました。」
ねっとりとした声に、愛嬌の欠片もない笑顔が鬱陶しい。
あらそう、と簡単に答えながらまだ拘束がそのままなのに気が付いた。私が敢えてガチャガチャと鳴らして見せると、アダムがその手で一つ一つ満面の笑顔で解いていった。……寝ている間に取っておいてくれれば良かったものを。右手が早速自由になり、私は前髪を掻き上げる。
「秘密道具から貴方の危機と伝言を伺い、こうしてお迎えに上がりましたが。……随分と手間取ったようですねぇ?あんな騎士程度に。」
やはり貴方も所詮は女ですね、と言わんばかりのアダムを私から軽く睨む。
相手が相手だったのだから仕方ない。アーサーに勝てる人間なんて滅多にいないのだから。片腕を解かれながら、窓の向こうを見る。まだ夜明け前だ。今日は途中からずっと逃げずに眠っていたからか、それともこの不快な視線のお陰か特殊能力が切れてからわりとすぐに目が覚めたらしい。
ガチャリと、また左手が自由になった。
「……そうね。それで?その騎士は何とかできたのかしら?」
秘密道具の特殊能力で姿を消せば、ここまで侵入するのは前回同様に難しいことではないだろう。でも、単にアーサーを避けただけでは意味がない。彼がいる限り、これからの計画でも絶対にアーサーは邪魔になるのだから。そう思って問い掛ければ、何か笑いを堪えるようにアダムから「勿論」と返事が帰ってきた。
上半身は何とか自由になり、身体を起こして見ればアダムと連れて来たらしい将軍も隠せないようなニヤ笑いを含んでいた。……あの将軍がアーサーを倒したのだろうか。ゲームでは出番すらない彼がアーサーに勝てたなんて到底思えないのだけれど。
「綺麗〜に始末致しましたとも。もう二度と、貴方様の前にあの賤しい騎士が姿を現わすことはないでしょう。」
御安心下さい、とべったりべったりと粘着質な喋り方で語るアダムに将軍もテカテカした笑いで頷いた。……随分と機嫌が良い。まぁ主人が主人なら、ということだろう。
アーサーを殺した、ということなのだろうか。一体どんな手を使って、私ですら敵わなかった彼を始末したのか。毒でも盛ったのかしらと適当に考えながら「ふぅん」と軽く返し、部屋の中を見回した。
アダム達がいるということは、秘密道具もいる筈なのだけれど。
「……まだ、私にその秘密道具を見せるつもりはなさそうね?」
透明化の特殊能力者。
彼にとって便利な秘密道具というその人物は、ずっと私の拘束を解く役割を担っていたけれど、姿を現わすこともまた一度もなかった。別に挨拶したいとも思わないし、専属侍女のマリー達に存在をバレない為にもお喋りする気はなかったから不便は感じなかったけれど。でも、ここまで来ても姿を見せないと少し引っかかる。
「ああ、コレはプライド王女の目に晒すような物ではないので。どうぞ、お気になさらず。」
……またその一点張りだ。
やはり、ラジヤ帝国にとって貴重な特殊能力者。やすやすと私に正体を教える気もないらしい。
最初にここに現れた時に聞いた話によると〝古い買い物〟らしい。まぁ、ラジヤ帝国がフリージア王国の人間を抱えている時点で大体想像もつく。
「それで?貴方達こそ私が伝言を頼んでから随分と遅かったけれど。……何をグズグズしていたのかしら?」
まさか私が拘束されて焦らされていたのを楽しんでいたのか。
軽く苛立ちを隠しながらベッドに座り直し、寛いでみせる。……と、意外にもアダムの顔が若干不快そうに引き攣った。彼が不快になったのが楽しく、今度は私からアダムへせせら笑う。
「……なぁに?何か手違いでもあったのかしら?皇太子様。言ってみなさいな。」
自分の恥を言いたくなさそうに結ぶアダムの口を指先で撫でる。
びくりと肩を揺らしたアダムに、そのまま口端から頬を横切り耳へと深紫色の髪を軽く掻き上げた。流れるように耳から顎へ指先をなぞり、最後に彼の顎を指先で私の方に上げて見る。すると屈辱と興奮の入り混じった表情が私へと向けられた。細い目が僅かに開かれ、さっきよりもはるかに荒い息が顎を取った私の手を温め湿らせた。
「聞かせなさい?貴方の口から語りなさいな。生意気にもこの選ばれし人間である私を待たせたその尊い理由をね。」
どうせ、まだ時間はある。
朝になれば母上達は公務に入る。アダムが宮殿から逃げ出したなんてわかったら、確実に。今もきっと衛兵が寝ずの捜索にあたっているだろう。
なら、朝になるまではゆっくり彼の話と、これからの計画を練らなければならない。ラジヤ帝国が我が国に侵略する時……ゲームのエンディングまであとたった四日しかないのだから。それまでにちゃんとこれまでの手違いを調整して、朝になったらすぐにでも
玉座の間へ行かなくちゃ。
公務で上層部が一箇所に集まった時、それこそが狙い目。
アダムの口を開かせながら、ふと窓の外の景色に目をやった。夜明け前の空にはまだ星がピカリピカリと光っている。
「アーサールート……。」
アダムがペラペラと最初にどうでも良い言い訳を語るのを聞き流しながら、口の中だけで呟く。私が聞きたいのは言い訳ではなく、彼が思わず顔を歪めるような屈辱に満ちた失敗談だ。
最終局面に行く前に死んじゃったということは、彼のルートはもうないだろう。ゲームでも私を唯一剣で圧倒し、最後はその剣で真っ二つに斬り裂いた彼が、最初の脱落者だ。
「………。……バッドエンドね。」
一つ目の。もう、……私の前に現れないというのなら。
ゲームのアーサーのバッドエンドはティアラを庇い、プライドに撃たれて死んでしまう。何故、そんなと泣きながら嘆くティアラの腕の中で「………私はっ……また、誰も……」と、大事な人を守りきれなかったことを嘆きながら死んでいた。
あああああああ……昔は思い出せなかったのに。エンディングに近づくにつれてどんどんまた記憶が、別の未来が頭に過ぎる。前世の記憶か、それとも予知か、両方か。もうどちらでも良い。
……この世界のアーサーも、同じように悔いて死んだのだろうか。
ティアラをアダムから、離れの塔に封じられた私から守りきれなかったと。そんなことを悔いながら。または騎士団か、我が国の民か、それとも………。
『帰りましょう』
……考えても仕方ない。
ゲームのキャラクターが一人死んだぐらいで振り返ってちゃ、ラスボスなんか務まらない。
どうせ私はあと四日で殺される運命なのだから。それまでせめてラスボスとしての人生を謳歌しよう。何より明日は楽しい楽しい
女王の日。
……楽シミネ。




