498.騎士隊長は判断する。
「ッやっぱさ、アーサーにも伝えた方が良いと思うか⁈」
城内……離れの塔へと駆けながら、声を潜めて隣に並走するカラムへと尋ねた。
必要だろう!と一言返すカラムは、アランの足について行くのにあまり長く話す余裕はなかった。アランはカラムにある程度合わせているが、カラムにとっては全速力だ。
なんとか休息時間を調整し、数時間だけまとめて取れた二人は急ぎアーサーの元へと足を強めていた。最初は他の騎士に気取られないようにいつものペースで歩き、彼らから離れた時点で合図もなく二人は同時に駆け出した。単にアーサーに少しでも多く休息を取らせる為、ではない。
ラジヤ帝国上層部三名の脱走。
フリージア王国を手中に収めようとしている危険人物三人が、もし万が一にも離れの塔に向かっていれば。まだ発見の報告も届いていない今、その不安は時間の経過と共に積もる一方だった。
離れの塔は王居には勿論のこと、騎士団演習場からもそれなりに離れている。だからこそ走り、少しでも早くアーサーの無事の確認と情報の共有をしなければと。そう思い、高速で走り続けた彼らはやっと離れの塔に近付き、……胸をざわつかせた。
「っ……⁈おい、アラン……!」
ああ!とカラムの言葉に返した瞬間、アランは更に速度を上げて一人先に離れの塔へと先行していった。
離れの塔は、基本的にはアーサーと衛兵のみ。アーサーが現れてからは逃亡するプライドの回収も速やかに行われ、静け切った隔離場へと姿を取り戻していた。だが、今は。
「おい!もっと誰か来てくれ‼︎」
「通信兵が向こうの捜索班にいた筈だ!急いで王居に報告を‼︎」
「おい‼︎しっかりしろ!何があったんだ⁈おい‼︎」
「早く担架を‼︎まだ息はあるッ‼︎いれば怪我治療の者も連れてきてくれ‼︎間に合わないぞ‼︎」
がやがやと慌しく、急を迫った声が錯綜していた。
アランが焦燥を抑えながら更に速く速くと駆け、それでも遅く感じて口の中を噛み締めた。近付けば近付くほど、生臭い血の匂いが嫌でも鼻につく。大丈夫、大丈夫、大丈夫だと心の中で唱え続けた言葉が思わず口からも零れた。
さらに近付き、とうとう離れの塔まで辿り付けば既に、脱走者の捜索隊らしき衛兵達が多く集っていた。アランの登場に「何故ここに……⁈」と驚いた様子の者もいたが、今は長く惑う暇もないほどの惨状だった。多くの衛兵が地面に倒れ伏し、チラリと見えれば一人だけ毛色の違う人物も離れた位置で倒れ、無抵抗に衛兵に捕縛されていた。そして一番衛兵が騒ぎ、担架を特殊能力者をと騒ぎ、必死にしっかりしろと呼びかけ続けている先には
「ッッアーサー‼︎‼︎」
集まる衛兵達の間から、血に濡れた彼の銀髪が目に入った。
アランは考えるより先に声を上げ、衛兵達の間を押し退け掻き分け彼へと駆け寄り、その姿に目を見開いた。
惨殺、と。最初にその言葉が頭に浮かんだ。
溢れ出る血で全身が真っ赤に染まり、左腕は明らかにひしゃげていた。止血が至る所に施されていたが、何より絶望的なその箇所にアランは心臓が止まった。
……右腕が、無い。
アーサーの、騎士として命とも呼べる右腕が。
肩から全て持っていかれ、その先は丸ごと捨てるように放られていた。
自分の頭が白くなりかけるのを、アランは握って押し留めた。今は、今はそれよりもと自分を叱咤し再び彼の名を呼びかけた。しっかりしろ、返事をしろと呼び掛け、酷く腫れて擦り切れた顔に耳を近づければ、うっすらヒュー……ヒュー……と呼吸のようなものはしていた。下手に動かせずに彼の他の外傷を見れば、その喉までもが無残に潰されていることに気がつく。ぐったりと倒れ込んだアーサーは、生きていることの方が奇跡だった。
まだ担架、怪我治療の特殊能力者はいないのかと叫んだが、通信兵も怪我治療の特殊能力者も今呼びに行っているところだと。それを聞きながら、アランは再びアーサーの気道を確保し、呼び掛けた。
「ッアーサー⁈‼︎」
アランに遅れてカラムが辿り着く。
すぐにアランとアーサーに気が付き、二人に駆け寄った。一目で現状を把握してしまったカラムは、今度は塔を見上げて近くの衛兵へと声を荒げる。
「ッ塔の中は⁈プライド様は居られるのか‼︎」
アーサーが死に物狂いで守ろうとしたプライドは、と。
アランすら滅多に見ない凄まじいカラムの剣幕に、塔の中を確認してきたばかりの衛兵は慄きながら慌てて口を開いた。
「居られました‼︎塔の中だけは異常ありません‼︎プライド様もベッドに居られたままでした!」
プライドの無事に少し息を吐く。だが、それも束の間だった。改めてアーサーの惨状にカラムは指先の感覚がなくなった。自身も膝をつき、呼び掛け続けるアランに並び、彼の名を呼ぶ。
乱暴に止血はされているが、それだけでは足りないほどの重症だった。自分が抱えて走っても良かったが、安易に動かすのも危険過ぎる。離れの塔は城内のどの施設や建物からも隔絶された場所にある。今、担架が来たとして彼がそれまで保つのか。さらに言えば一目見ただけでも腕以外にも傷が身体のあちこちにある。怪我治療の特殊能力者の一人や二人で繋ぎ止められるとは思えない。いま、ここで息を引き取ってもおかしくない。どうする、とカラムが意見を求めるようにアランの方へ顔を向ければ
ピィィイイイイイイイイッッッッ‼︎‼︎
既にアランが指を咥え、吹き鳴らした直後だった。
甲高い音が耳を劈き、すぐにカラムはその意図に気付く。「なっ……‼︎」と声を漏らし、絶句した。確かに、現状で最善ではある。だが、衛兵の前で、更には第一王子を騎士が呼び出すなど。アランッ!と声を上げたが、逆にアランが凄まじい剣幕で至近距離からカラムを怒鳴る。
「ッこのままアーサーが死んじまった方がやべぇだろ‼︎⁉︎」
食い縛った歯を剥き出しに、アランは地面に落ちた腕を拾い、アーサーの気道を確保したままその手に力を込めた。アランの言葉に口を噤み、カラムはアーサーへと視線を落とす。
既に、息が浅く弱々しい。足りるわけのない酸素を必死に潰れた喉で欲し、顔色にはもう血の気がなかった。止血した布は赤く滲み、既に失った彼の血が雨上がりのように地面を濡らし吸われていた。普通なら既に死んでいてもおかしくない。むしろ死んでいない今がおかしいといえるほどだった。
気が付けば失ったアーサーの右肩に目が釘付けになる。もし、もし何とか命を紡げてももうアーサーはと。考えないようにしても、どうしても思考が回る。アーサー、アーサーと紛らわすように彼へ呼び掛け続けた時だった。
「お呼びでしょ…ッッッッッ⁈‼︎アーサーッッ‼︎‼︎」
落ち着いた言葉の直後、その惨状を目にしたステイルの絶叫が響き渡った。
瞬間移動で現れた彼に、多くの衛兵が驚きで目を剥いた。ステイル様⁈いつの間に⁈と騒ぎ、報告をすべきかと惑う中、それより先にアランが誰よりも強く声を張り上げ訴えた。
「ステイル様‼︎‼︎頼みますッ騎士団の救護棟に‼︎‼︎」
プライド様は無事です‼︎と茫然とするステイルへ必死に声を荒げるアランに、彼は飛び込むようにその手を取った。アーサーにも触れ、傍にいるカラムの腕もステイル自ら掴み、衛兵達が理解する間もなく彼らは姿を消した。
一人分の血溜まりを、残して。




