踠き、
「遅ぇだろ塵屑。もっとさぁ、早くやれねぇの⁇一発入ったぐらいでくたばってんじゃねぇよ屑。」
姿を見せないティペットへ、アダムは適当に顔を向けて罵詈雑言を吐きつけた。
自身を助けたことよりも、ティペットがアーサーを襲うのが予想以上に遅れたことを責めた。最初のアーサーからの一撃で倒されて一時的に動けなくなっていたティペットは、気がついてからも気配を消して彼らのもとへ歩み寄るのに時間を要していた。
だが、当然アダムにとっては関係ない。この場でティペットをボコボコに蹴りつくしたい衝動に駆られながら、取り敢えず今は目の前で倒れるアーサーへ視線を向ける。
肩の傷、首の根が近いそこを押さえつけながら腹部より遥かに血が溢れ、赤く染まったアーサーは地に伏すようにして倒れていた。寸前に致命傷は避けたが、腹部より遥かに重傷だった。荒く息を続けるだけで、落とした剣へ手を伸ばす余裕もない。
転がったアーサーへ歩み寄り、再びその頭を踏み付けたアダムは、彼の呼吸を邪魔するように地面へ深く顔を押しつけた。
「いや〜でもびびったびびった。なんでお前正気保ってんの?普通に効いてたよな⁇なのに廃人もも狂人もなんねぇとか何なの?バケモンにもほどがあんだろ?」
なぁ?と、軽い口調で今後はアーサーの頭を強く蹴りつける。
ガンッ、と固い音がしたが、アーサーからは呻きすら出なかった。
「一応聞くぞ⁇お前はこの国を滅ぼす気はありますか〜?」
間の抜けた声でニヤつき笑うアダムは、顔から今度はアーサーの背中を踏みつけた。
返事しろよと言わんばかりに何度も踏みつけ、背中越しにアーサーの血を滲みらせた腹部を蹴り上げた。流石の激痛に「グァッ‼︎」と短く呻いたアーサーは、気がついたように伏せ切っていた顔を上げる。
「……っ、……るわけ、ねぇだろォが……っ。……クソッ……。」
吐き捨てるような掠れた声と共に、空いた拳だけが握られる。
自身の血に塗れ、傷の痛みに顔を歪めながらその鋭い眼差しだけは蒼白く光を放っていた。
それを見たアダムは、楽しそうに口端も目も醜く歪めきった。へぇ〜〜?と零しながら、もう一度足を振る程度にアーサーの脇腹を蹴り上げる。やはりアーサーが正気であることを確認した彼は、穢れどころか迷い一つないアーサーの瞳に自分を写した。
このまま殺すつもりだったが、自分に拳を二度も振るい、更には見苦しくはあっても醜悪さを全く見せないアーサーの存在はアダムには不愉快でしかなかった。このまま殺してやっても全く自分の気が済まない。しかも、元はと言えば彼のせいでプライドとの計画も台無しになったのだから。何か、目の前の騎士を更に絶望させるものはないかと。今までの会話からアーサーが良い反応をしそうなものを呑気に考え、適当に語りかける。
「お前さぁ……な〜にそんな必死こいてんの?そんなにプライド戻してぇの?なに⁇まさか惚れてるとか?それとも騎士お決まりの誇りってやつ?なぁ、どっちだよ?なぁ、なあ⁈」
ぐい、ぐい、と今度は肩の傷を踏もうとする。
アーサーの手が先に押さえているせいで直接は触れないが、圧迫されるだけでも充分抉れる痛みが響いた。ティアラの誕生祭でもプライドとダンスをした騎士の顔など記憶にも留めていないアダムには、アーサーはただの新兵もどきだった。
ぐあっ、と顔を歪めるアーサーは、拳を握った方の手でアダムの足を強く掴む。傷を負っているとは思えないほどの強い力に、アダムは完全にそれ以上躪ることも引くこともできずに足の動きが止められた。無理に引こうとすれば、逆にアーサーの握力に足を痛めつけられる。
「……、……ねぇ…‼︎っ…………全て……ンだ……‼︎」
掠れ、くぐもり、欠けた声で。アダムの耳に聞き取れたのはほんの一部だけだった。
しかし両方を肯定するようなアーサーの呟きだけで、アダムには充分だった。ニヤァアアアア……とアーサーへ笑みを広げ、足を引くことを諦め、その場で彼を見下ろした。
「へぇ〜〜?必死じゃん、プライドの為に。そんなにお綺麗でお優しいお姫様じゃねぇと嫌だとか?うっわ〜きもッ‼︎」
わざとらしく自分の肩を抱き締め摩りながら、アダムは嘲笑う。ハハハハハッと貶し、アーサーの顔を歪ませ瞳を濁らせようと一度間を取ってからニンマリ笑い、再び言葉を放つ。
「そのプライドがこれからフリージアを潰すなんて最高だよなぁ?」
なっ……⁈と、アーサーは再び驚愕に目を見開いた。
流す血と関係なく顔色を青くさせる彼に、少しだけ満足げにアダムは目尻に皺をつくる。
どういう意味だ、と言わんばかりのアーサーの眼差しに、アダムは剥き出しの歯を見せて笑う。そしてねっちょりとした声をアーサーへドロリと垂らし始めた。
「朗報でーす。四日後、フリージア王国にはラジヤ帝国が攻めてきま〜す!城下の連中もみ〜んな死っにまーす!……トチ狂ったプライド王女が俺達にフリージア王国をぜ〜んぶ明け渡すからなぁ?」
ハハハッと笑いながら語るアダムの表情は、アーサーの目から見ても嘘偽りない真実だった。
口が開いたまま、痛みも忘れて表情が固まるアーサーは掴んだアダムの足を千切れるほどに強く握り締める。
その痛みに汗を掻きながら、今は余裕の笑みをと口を痙攣らせたアダムは、痛みを誤魔化すように言葉をひたすら吐き出した。
「残念でしたぁ!もうとっくの昔にフリージアを潰す準備はできてたんだよ愚図が!お前の綺麗な綺麗なお優しい王女様はもう既にラジヤ側の裏切り者でした〜!お前らは守ろうとしてた姫様の所為でぜぇ〜んぶ無くしま〜す!」
ぎゃはははははははっ!と心から愉快そうに笑い声を上げるアダムは、そう言って両手を広げてみせた。
自分の足を止めるので精一杯の、地にへばり付くしかできない弱く愚かな騎士を見下しながら。明らかにアーサーの顔色も表情も苦痛に歪んでいくのを眺め、さらに彼へと毒を注ぐ。掴まれた足に体重をかけ、前のめりになるようにしてアーサーの瞳の奥が今にも濁らないかと覗き込む。
「良いかぁ?お前が大大大大好きなプライドはさぁ、もう俺様の狂気を綺麗〜に全部飲み込んじゃったわけ。つーまーりー、元々そぉいう素質があったっつー」
「ッッテ……メェが‼︎あン人を!語ッ、ンじゃねぇッ‼︎‼︎」
嗄れた怒声と共に、アダムの足が勢いよく引き込まれた。
一気にバランスを崩し、尻餅をつくように転倒したアダムに、アーサーは傷口を押さえていた手を離す。血の勢いが増したのも構わず、その手を懐へと伸ばし、上着の内側に備えられていたナイフでアダムの足を横に裂く。ズシャァアアッッと鮮血がアーサーの顔まで濡らし、同時にアダムからも断末魔のような叫び声が響いた。
「アダム様⁉︎」と流石にアダムのお楽しみを静観していた参謀長と将軍も駆け込んだが、アーサーは瞬時に手のナイフを彼らへ投げ込んだ。投げることには慣れていないアーサーのナイフは、二人のどちらにも当たらなかったが、一瞬だけ動きを鈍らせた。その隙にアーサーは落とした剣を拾い上げ、血が噴き出すのも構わず振り被り
「ッ騎士をっ……‼︎舐め、ッンじゃ……ねぇぞ‼︎‼︎」
鋭く、矢のように投げ放った。
ナイフとは比べ物にならない凶悪さと速さに二人は今度こそ足を止め、避ける間も無く剣は参謀長の右足を裂き貫いた。もう一撃、とアーサーはハリソンから与えられた上着の内側から再びナイフを取り出そうとしたが、それより先に何かがアーサーの腕を押さえた。
人一人分の全体重を上からかけられ、アーサーの動きが止まる。またさっきの特殊能力者かと理解したが、深手と不利な体勢の所為で今のアーサーには押し退けることができなかった。ならば反対の手でと、掴んでいたものを離してナイフを取り出そうと
「ッグッ……ガァアッッ‼︎‼︎」
した、瞬間。
それよりも先に、アーサーの傷をアダムが踏みつけた。
地面に転がったままナイフで裂かれた方と逆の足で、彼の肩を踵で力の限り蹴り込んだ。傷口を狙い何度も力の限りに足を動かし、自分の靴が返り血で染まり切るまで踏み続けた。
「クソが!死ね、死ね、屑、塵、死ね、死ね!死ね!死ね‼︎」
ガン、ガンッガンッ、ガシャッ、グチャ、グチャッ‼︎と。
自身も裂かれた足の激痛で息を荒げながら、細い目の奥の禍々しい光をアーサーに向ける。何度も何度も踏み躙り、彼の叫びが枯れ、水音が滴るまで踏み尽くす。
何度も蹴り続け、足が疲れた後。アダムは駆けつけ背後に控えた将軍に、アーサーを押さえつけるように命じた。そして血をダバダバ流す足を引きずり、アーサーから距離を取る。
肩と腹の激痛に耐え、最後の力を使い果たしたアーサーは、将軍が押さえにかかった時には既に虫の息だった。それでも逃げるようにアーサーが手の届かない位置まで離れたアダムは、それから将軍に完全に動きを奪われた彼へ怒りのままに声を荒げた。
「は〜〜〜い合格ぅぅうう‼︎‼︎テメェは死なせませぇぇええん‼︎‼︎おめでとうございまぁぁあす‼︎代わりにぐっちゃぐちゃのドッロドロにしまぁぁああす‼︎」
戸惑いと怒りと焦燥と僅かな恐怖を隠すようにガラついた喉で一息に言い切ったアダムは、痙攣した瞼を見開き血色のみの眼でアーサーを指差した。将軍すら始めて見る、限界まで見開かれたアダムの目だ。
「良かったじゃん?間に合うかもなぁ?今から止めれば⁇その手で俺かプライド殺せば解決するんじゃね?あ、それより誰かに報告してやれよ⁇騎士団でも王族にでも城下にでもさぁ?逃げろーってお前が一言言えば助かるじゃん?色々知れたね良かったねー?俺の企みも秘密もプライドもぜ〜んぶ揃いましたぁ〜!今すぐ教えてやれよ?騎士お得意の剣で殺してみろよフリージアの為に戦ってみろよ?なぁ、なあ⁈」
はははははははははははははははははははは⁈‼︎と、まるでアダムの方が狂ったように笑い出す。だが、今までで一番激しく大きなその声は、今までで一番枯れた、心の籠らない笑い声だった。
将軍や足を刺された参謀長までもが言葉を無くし、茫然とする中、アダムは止血もしないままに足を引きずった。ずるずると参謀長へ壊れた笑みのまま歩み寄る。
近付いてくるのが味方であるにも関わらず、参謀長はじりじりと使い物にならなくなった足を剣が刺さったまま引きずり、後退る。同じように足を引きずっているアダムは自分がこれ以上一歩も歩く数を増やさないように「動くな」と、短く参謀長へ命じた。するとアダムのその言葉に鞭を打たれたように一瞬で参謀長は身を凍らせた。
彼の前まで辿り着いてすぐ、躊躇いなくアダムは参謀長に刺さった剣を引っぱり出した。足から半分以上を剣に貫かれていた参謀長は獣のような叫び声を上げ、手を子どものようにバタつかせて身体を捻らせたが、アダムは手を止めなかった。剣を完全に抜ききれば、栓を無くした参謀長の足からは先ほどとは比べ物にならない量の血が溢れ出す。しかし、それには興味がないようにアダムは剣を片手にアーサーを押さえつける将軍の方へと向き直った。
ポイッ、と塵を捨てるような手軽さで将軍へそれを投げ転がすと剣はカラカラと音を立て、アーサーの鼻先で止まった。既に自分以上の体重に押さえつけられ、先程の激痛で意識も朦朧としてきたアーサーは剣を取ろうと捥がくこともできなかった。
アーサーに手足を使い、のしかかるように押さえつける将軍は、片手を伸ばして転がされた剣を拾い上げた。どういうつもりか長年の経験から大体の予想はついている将軍は、ニヤリと醜く引き上がった口で笑い、アダムを見上げた。
同じように歪んだ笑みで返すアダムは、将軍よりも地に押さえつけられたアーサーを凝視し、そして言い放つ。
「腕、落として折って喉潰せ。」
この上なく残酷な言葉を躊躇いなく吐いたアダムに、将軍は「畏まりました」と悦びと興奮を滲ませ、答えた。
完全に力尽き、その言葉にすら反応ができなくなったアーサーの姿に、やっと少しだけ満足できたアダムはその場に腰を下ろす。最高の席でこれから目の前の騎士が嬲られるのを眺める為に。
そう思った矢先に、背後で痛みに捥がき苦しむ参謀長の声に気が付き、苛立ち顔を顰めた。必死に自分で布を巻いて止血をする参謀長の呻き声が、今のアダムには雑音だった。これではアーサーの断末魔がじっくり聞けないと振り返り、彼の傷をひと目見て、足手纏いだなと考える。
そのまま虫を払うような気軽さで参謀長の頭へ手を伸ばす。「!アダム様、おやめ下さい、どうか、どうかそれだけは」と身体を必死に反らす参謀長の頭を鷲掴み、短い悲鳴の後には酷い叫喚が響き渡った。ビクッ⁈と剣をちょうど振り上げていた将軍は顔を上げ、真っ青になる。
将軍の顔色を愉快そうに眺めたアダムは「コイツが叫び尽くした後にな」と、参謀長を目で示しながら待ったをかけた。
「最後まで殺すなよ?全部やり尽くして苦しませ続けろ。うっかり死なせたらお前も殺すからな。」
踠き苦しむ参謀長を横目に命じるアダムに、将軍が息を引く。
彼が言ったことは必ずやる。既に虫の息でいる騎士は、死なせない方が難しいとも思いながら。それでも、アダムの命令通りにしなければ次は自分がそうなるとわかっている。大丈夫、上手く止血と順番さえ間違えなければ簡単だ。数時間程度ならきっと保つ。今まで何人もの練習台で楽しんできた、その延長線上だと自分に言い聞かす。
そして、参謀長の叫び声が途絶え始め、勢いを失ってきた頃。やっとアダムから許しを得た。ちょうど自分の足を参謀長の服の切れ端で止血したアダムは、楽しそうに邪気塗れの笑顔で「やれ」と指を振り降ろす。足を痛まないように片方だけ組んで座り、頬杖をついて寛いだ。
「テメェの無力噛み締めて悶えて踠いて泣いて生き恥晒してから死んでいけ。」
アーサーの断末魔を、子守唄にして。
440-3
472-2




