迫られ、
「〝狂気〟の特殊能力。……気に入ったぁ?」
そう問いながらアダムは狐のような細い目を僅かに開き、恍惚と輝かせた。
興奮を露わにしながら、のんびりとした口調で苦しみ踠くアーサーを楽しそうに眺めた彼は、やっと久々の自由を得たばかりだった。独房へ放り込まれ、見張りの目が常にあったせいでいつもの鬱憤の吐きどころも無く、三日以上それを余儀なくされていた彼はいま久々の解放感に浸りきっていた。
自分達の計画の邪魔をしていたという騎士をじっくり丁寧に嬲り殺すということは、プライドからの伝言を聞いた時点で最初から決めていた。三日分の溜まりに溜まった欲求と鬱憤をアーサーでガリガリ削り、解消していく。彼の表情を歪め続ける為ならば何もが惜しくないと思えるほどに、アダムは興奮に顔を綻ばせた。
「ハハッ。よわっ。」
自分の問い掛けに答えないまま、暫く待てばアーサーは先程の踠き叫んでいたのが嘘のように力尽き、顔を俯かせたまま動かなくなっていた。
呻きも痙攣も上げない彼を、アダムは愉しげに指で突く。「ぶっ飛んだか?」とせせら嗤い、肩だけで息を吸い上げ吐くアーサーを、飽きずに髪ごと頭を鷲掴む。アダムに散々乱暴に鷲掴まれ、自身も苦しみ藻搔いた拍子に頭の上で括った彼の髪は解け、長い銀髪が荒く乱れていた。アダムは髪で隠れたその顔を覗き、呻き声すら漏らさず息しか能のない、楽しみ甲斐も何もなくなったアーサーに「素質ねぇな」と軽く吐き捨て
「……あの人にも……こンな痛ぇことしたのか……。」
「は…⁈」
ビクッ!とアダムは思わずアーサーの頭を鷲掴んだまま引き上がった口端を引攣らせた。
アーサーが自分の特殊能力を受けて尚、まともな言語を話せたことが信じられない。途切れ途切れではあったが、その言葉は間違いなく、譫言ではなく意思を宿したものだった。
まさか……?とアダムは笑いながらアーサーの顔を自分に見やすいように無理矢理傾ける。呻き声こそ上げなかったが、蒼色の眼光がギランと鋭く光り、アダムへと刃物のように突きつけられていた。どう見ても〝生きた〟眼をしたそれに、アダムは先程の甚振る時の表情ともまた違う恍惚とした表情をアーサーへと浮かべた。
「素質アリ…?マジ⁇意識あるってことはそうだよな?なあ?お前まで素質あるとかどんだけバケモンばっかなんだよ⁇う、わ〜〜。でも全然つまんなそうじゃん。」
新しい玩具を見つけたように、掴んだアーサーの髪の束ごと彼の頭を持ち上げる。
嬉々として顔を紅潮させ、歪みきった笑みのままに口端を引き上げ、弾ませた息で自分を見下すアダムにアーサーは
拳を、突き刺した。
ズドッ‼︎と鈍い音が鳴り、背後に控えていた参謀長と将軍も目を見張った。
先程まで無抵抗だった筈のアーサーが、突然拳を振るった事に判断が追い付かない。一瞬のことに反応もできないまま、目を疑うより先にアダムは一メートル以上先へと吹っ飛んだ。
土埃を舞わせ、何やら呻いたアダムが吐き出し腹を押さえて転がってからも、部下の二人は皇太子の名を呼ぶ間もなかった。その前に彼らの眼前に一瞬で駆け込んだアーサーが、参謀長を長い脚で蹴り飛ばし、更に将軍までもが手の銃を撃つ間もなく彼の剣の峰で頭を殴り飛ばされた。
「許さねぇ……‼︎‼︎」
フーッ、フーッ……と獣のような息遣いが、アーサーから放たれる。
飛び出しそうなほど見開かれた蒼い目が怒りに染まっていた。腹部の傷を押さえるのを止めれば滲みを広がった。しかしそれも構わず、右手の剣を強く握ったままアーサーはアダムへと歩み寄った。痛みに耐え、尋常ではない量の汗で身体中を湿らせながら、振り乱された銀髪が彼の剥き出しにした歯を微かに隠した。
傷を止血したわけでも、痛まないわけでもない。致命傷を避けただけで重症に変わりない。普通の人間ならば動けない、そして動いてはいけない。既に貧血を感じて良いほどの量は彼の身体から溢れきっている。
「テメェらが……!」
殴り飛ばされた将軍が、頭から血を流しながら銃を放つ。
パァン‼︎と乾いた音が数度連続して響いたが、その全ての銃弾が剣によって叩き落とされた。直後に剣ごと振り向いたアーサーに瞳孔の開いた眼で睨まれ、凄まじい殺気に思わず将軍は銃を地面に落とした。
鎧の隙間から血がポタポタと滴になって零れ出したがアーサーは気にしない。再びアダムの方に向き直り、一歩一歩確か過ぎる足取りで地面に転がる彼へ近付く。タン、タン、とゆっくり歩み寄るその足音からも怒りが滲み出るかのようだった。
数拍遅れて咳込み、仰向けに地面へ転がったアダムの前で足を止め、砕かんばかりに歯を食い縛る。
「テメェらが……ッあの人の心を奪いやがったのか⁈‼︎」
顎を震わせ、息までが熱を抱いて放たれた。
周辺に響くような怒声を足元のアダムに放ったアーサーはそのまま片膝をつき、躊躇いなく皇太子の胸ぐらを強引に掴み上げて引き寄せる。 無理やり自分の方を向かせれば、そこには恐怖も焦燥もなく、変わらず愉快そうな不快な笑みがアーサーへ向けられていた。
「……へー、その言い方最高。」
「ッざけんな‼︎‼︎さっさとあの人を戻、せッ‼︎」
ガスッ、と今度はアダムの顔面に拳を放った。
手加減を限界までしかできなかったアーサーの一撃に、一瞬アダムは意識を飛ばした。それでも「寝ンな‼︎」とアーサーが揺さぶればチカチカと視界が瞬きながらもアダムはすぐにまた笑んだ。
「……イイ顔。」
ニカァァア……と痛みよりも目の前のそれに興奮を覚えてアダムは嗤う。
この上ない怒りと、激しい憎しみを露わにするアーサーからは、隠すことができないほどの殺気が今も放たれ続けていた。膨れ上がるそれに、アダムだけでなく距離が少し離れた将軍と参謀長すら言いようのない寒気に肩を震わす。唯一その殺気に悦びを感じているのはアダム一人だけだった。
「俺のこと殺してぇんだろ?殺せば?殺してメデタシ終了してみろよ。た〜だ〜しっ!」
臆さず嘲り嗤い、言葉を切る。
アーサーは震える拳をもう一度アダムに振るおうと握り直した。
あまりにも一度の情報量が多過ぎて全てに感情を向けきれない。どれに怒れば良いのか、どれを言及すれば良いのかもわからないまま、考えることを放棄するように今は目の前のことだけが彼の思考の大半を占めきった。
今、彼の頭の中にあるのは、たった三つだけだった。自分が先程受けたアダムの特殊能力を、……激痛を、プライドも受けたのであろうということ。プライドがアダムによる特殊能力で豹変した可能性が強いということ。そして、特殊能力ということは
「プライドは永久にこのままだ。」
その、事実だっだ。
特殊能力はその能力や扱う者によって、効果だけでもそれぞれ異なる。
永続的なものから時間の経過と共に途切れるもの。能力者の命や意識、集中力が切れれば解けるもの、能力者の意思で解けるものと解けぬものなど幅広い。
騎士団長のロデリックのように常に特殊能力の効果を抱く者もいれば、通信兵のように時間に限りがある者もいる。ヴァルのように作り上げた後の土壁などは無意識下でも操作においては意識や集中力を必要とする者もいる。
ジルベールのように自分の意思で他者への効果を解ける者もいれば、アーサーのように効果を発揮させるのみの者もいる。
つまり現時点で、特殊能力を施したアダムだけが、プライドを元に戻すことができる唯一の存在でもあった。
「ッ……!」
アーサーも、それは理解している。
ただでさえ〝狂気〟の特殊能力など自分が聞いたことのない能力だ。一体どのような効果なのか輪郭も掴めていない。受けた自分がこうして自我を保っているのに、何故プライドがああなったのかもわからない。
アダムの胸ぐらを掴む手が、力を込め過ぎて震え出す。身体中の筋肉も血管も酷く張り詰め、剥き出しのまま食い縛った歯が砕ける音がした。怒りのあまり肌が赤く染まり、その熱量は間近にいるアダムも感じられるほどだった。息が切れ過ぎて喉がカラつきながら、アーサーは一つの問いを擦れた声で絞り出す。
「ッテ、メェがっ……あの人を、本当に戻せる証拠でもあンのかよ……⁈」
無ければ殺す、と言わんばかりに殺気を膨らますアーサーにアダムは厭らしく笑んだ。
アーサーと目を合わせたまま、人差し指でくいくいっと、ある一点を指し示す。自分の気を逸らそうという魂胆かと、アーサーが誘導に乗らずアダムを睨みつけ続けていれば、彼は裂いたような口で笑い、指をパチンと鳴らして見せた。その途端。
「っ……ゔ、ぁ。……?……⁈おい!どうしたんだ⁈これはッ……⁈」
突然、アダムの指差した方向から慌てるような声が上がった。
アーサーも流石に顔を上げてみれば、先程倒れた衛兵の一人だった。崩れ倒れた衛兵達の中から一人だけ起き上がり、周囲を見回し声を上げ
銃を拾った将軍に、撃ち抜かれた。
パァン!と乾いた音がし、アーサーが身を翻そうとすれば銃口は自分ではなく視線の先だった衛兵へと向けられていた。
「ぐわァッ」という声を聞くと同時に、アーサーは地に置いた剣を握り直す。振り返り「何しやがるッッ⁈」と声を荒げている間にも衛兵は撃たれた肩を押さえて再び倒れ込み、背中を丸めて呻き出した。
「だぁ〜って仕方ねぇだろ?俺様の特殊能力はぶっ飛んだことのある奴には効かねぇし。」
あそこで騒がれだらうぜぇじゃん、とまるで当然のことのように語るアダムは、動揺するアーサーにニヤニヤと顔を歪め、綻ばせた。
掴まれた胸ぐらをキツくされても彼の笑みは変わらない。「テメェッ‼︎」と顔を近付けるアーサーに、むしろ楽しそうに言葉を掛ける。
「でもこれでわかったろ?ちゃあんと俺はプライドを戻せる。」
ニヤニヤニタニタと、粘着性のある嗤いがアーサーへとへばりつく。
顔を真っ赤にしたアーサーが、握った剣を音を立てて震わせた。目の前の不快な男を今すぐにでもこの場で斬り伏したい衝動と、……それ以上の希望だった。砕けた歯の破片がガリガリと口の中を荒らし、怒りのせいでぼやけた視界を必死にアダムへと刺し続ける。すると、アーサーの葛藤を確信したアダムはゆっくりと滑らかにその舌を踊らせた。
「こーろーせーよー?」
敢えて、挑発するように語り掛ける。
自分を殺せなくなったと確信した相手を馬鹿にするように、冷笑を含めてその嗤いをさらに広げた。
ギリッ、とまた食い縛る歯が痛みも放った。それでもアーサーは構わず噛み締め続け、熱しきった頭で必死に考える。
「ほら、はやく殺せって。なぁ?なあ⁈はーやーくーさぁ。ぶっ刺して見ろよ?なぁに怖気づいてんの?」
いま、アダムを殺す必要はない。
現状を全く知らないアーサーは彼が逃げ出したことは予想できても、彼の生死についての判断までは知らない。むしろ、目の前の男がプライドを戻すことができるのであれば、殺すことは絶対にできないと自分に言い聞かすように何度も頭の中で唱え続けた。
「さっさと殺せって。おーい、こーろーせーよ。」
そうなると問題はどうやって逃がさないか。
背後にいる将軍は武器を持っている。自分へ何発撃ったかも忘れた。残りの弾があるならばまだ警戒は必要だ。気絶させれば良いが、流石のアーサーも騎士団演習場まで男三人を引き摺ってはいけない。
「殺せってば。もたもたしてんじゃねぇよ、早くしろって。聞こえねぇのか?なぁ、おい……」
なら、取り敢えず倒した後にどこかへ拘束するか、いっそのことステイルを呼ぶか。そこまで考えた時、アーサーは思い出す。
「ティペット。」
自分が、誰に刺されたのかを。
僅かな殺気に身体が反応し、身を捻らせると同時に首の根近くを灼熱が裂いた。
姿も気配も見せないその敵に、捻らせた身体のまま、アーサーは傷を噴き出す血を押さえ、地面に転がった。
「ハハッ。」




