497.騎士は吼え、
「ラジヤ帝国皇太子。アダム・ボルネオ・ネペンテス。……わかります?」
─ どくん。
目の前の男の言葉に、心臓が気持ち悪く脈打って血を飲み込み吐き出した。
どくどくと身体中の血がドロドロになったみてぇに波立って、指先までビクビクと震わした。なのに頭だけは血が引いたみてぇにクラリとぼやけて、ぐるぐると頭にステイルの言葉が回り出す。
『姉君の原因はやはり人為的なものだと判断された。そして犯行に及んだ男も、見当がついた』
……最初に容疑が掛かってた。プライド様を、傷付けた可能性が一番高い奴。
『衛兵じゃ敵わない、このままではアダムと接触してしまう、俺はもうあの人を止められない……‼︎』
ステイルが、必死に会わすのを止めようとして
『アダムを吐かせてもっ…元に戻す方法まで都合良く見つかるとは限らない…』
プライド様を、あんな風にしたかもしれない。ステイルがあんだけ必死に追い詰めようとしていた男。
『愛しい愛しいアダム皇太子のもとに』
コ イ ツ が。
血が熱くて、冷たい。
頭がボワッとして働かない。痛ぇような熱いようなまるごと圧迫されてるみてえに脈打った。腕ごと筋肉が強張って、従属の契約もねぇのに剣を握る手がガタガタ震える。血管が浮き出るほどに握り、首が勝手にぐあって引き締まって息も出来なくなる。
その間もアダム皇太子はニヤニヤと気味の悪い嫌な笑みで舐めるみてぇに俺を眺める。いっそ剣をこの場で振っちまいてぇ衝動に駆られながら、必死に理性で抑えつけた。駄目だ、まだだ、まだ本当にこの人だって確証はねぇンだ。ステイルだって調査してるとこで、まだ……
『まだ、……姉君の手掛かりも止まってる、アダムは捕らえたが証拠もないっ……』
……あれ。
頭が振動するみてぇに脈打つ中、目の前のアダム皇太子を白黒する視界で一度見る。
獣みてぇな細い目を俺に向けて、口の橋が壊れたみてぇに引き上がって笑ってる。本当にこの人がアダム皇太子なら、なんでここにいンだ。捕らえたっつってた、ステイルが。じゃあなんで
「なン……捕らえられた人が、ここに……⁈」
頭じゃ纏まらず、言葉に出た。
アダム皇太子が「あ〜それは知ってるんだぁ?」と楽しそうに細い目を薄く開いた。君の悪い軽薄な笑い方がそれだけでぞっとする。
そうだ、コイツら本当にラジヤ帝国の連中なのか?そうだとしたらおかしいだろ。ラジヤ帝国の人間ってことはどう考えたって……。…そうだ、衛兵のアレだって一体どうやって。あんな風に突然倒れて、まるで、まるであの時の
「それはですねぇ?実は大事な用事がありまして。」
俺の動揺なんか御構い無しに、アダム皇太子が喋る。
ねっちょりとした笑みをそのまま捏ねまわし、俺の反応を楽しむみてぇに。どういうことだ、逃げたのか?釈放されたのか⁇駄目だ訳わかんなすぎて頭が追いつかねぇ。
「助けに来たのですよ。」
助けに?思わず俺が聞き返すと「ええ」と愛想の感じられねぇ嫌な笑みでにっこり笑う。なんださっきからこの人の喋り方。いきなり、言葉が
「塔に囚われた憐れな姫君を。薄汚ぇ騎士の手からなぁアッ?」
どすっ
─ 灼熱が、腹を抉った。
「ッア……⁈……!……ッガ‼︎ハッ……ァ……‼︎‼︎」
本当に突然に、鎧の隙間からありえねぇ振動と熱が刺し込んで、目を向ければ既に赤く血が滲んでた。
何もねぇ筈のところから血が溢れ、次は口から込み上げて、赤を一気に吐き出した。身動ぎ一つできず剣を構えたまま固まれば、今度は冷たい灼熱がズルリと抜かれていく。肉と刃が擦り合って、激痛で声も出ない。
冷たい、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い‼︎‼︎
「なンッ……」
やべぇ、血止めねぇと。
刺された傷を押さえ、膝をつく。大丈夫だ、これぐらいならまだ動けると、冷静になれと頭が俺に言い聞かす。
刺した奴の場所に当たりをつけて、思い切り片腕を振る。ゴン、と手ごたえがして、何かが倒れる音がしたけれどそれだけだった。姿は見えず、反撃もねぇからそのまま転がったらしい。……やっぱ特殊能力者だ。
三人じゃねぇ、四人だ。コイツが特殊能力者で、透明化できて、今、俺をナイフで……
でも、気配がなかった。
怖いぐらい、何も。
目の前の三人の気配は追えた。なのにコイツだけ全くずっと気配を感じなかった。こんだけ、こんだけ気ィ払ってたのにずっとだ。一体どんな生き方すりゃァこんな
「ったくさぁ〜、せっかくの計画台無しにしやがッ……て‼︎‼︎」
ドカッ、と。アダム皇太子が膝立つ俺の頭を蹴り飛ばす。
腹の激痛で耐え切れず、そのまま背後の木に背中を打った。受け身もとれず、それでも背中より刺された腹の方が痛んだ。鎧の隙間から血が沁み滴って上着を赤黒く染めた。結構深かったんだなと思考の隅で思う。
息をつく暇もなく、アダムがその足を地面に戻すことなく俺の額を踏み躪りだした。ゴリゴリと靴底で額の皮が擦れて削れて痛む。けど、今はそれよりも目の前の男への怒りが勝る。気が付けば歯を食い縛って、靴で塞がれた視界の隙間からアダムを睨んだ。
「ッどォやっ、て……‼︎特殊能力、者を……!」
間違いねぇ!コイツら全員さっきの能力者使って脱獄しやがった‼︎
裏稼業の連中を雇ったのか⁈どうやって連れ込んだ⁈ここは城内だ透明の特殊能力者は少ねぇけど珍しくもねぇ‼︎城門にも城壁監視にも温度感知の特殊能力者が目を光らせてる‼︎いくら気配を消そうと見つからねぇはずがッ……
俺の疑問にアダムが嗤う。ニンマリと口端を歪めながら身体をゆらゆら揺らす。「知りたぁい⁇」と気安く笑いかけられ、本当にさっき斬りかかれば良かったと死ぬほど後悔しながら食い縛る。
「堂々と正面から入ったんだよば〜〜か。」
「はっ……⁈」
意味がわかンねぇ。
正面から⁈なんで‼︎裏稼業の奴なんかが簡単に入れるわけねぇだろ⁉︎透明化で消えても絶対衛兵か騎士の特殊能力で見つかるに決まってる‼︎
「そうだよなぁ〜?フリージアは警備が徹底してるもんなぁ⁇他の国と違って国壁登れねぇし馬車に積んで忍び込めもしねぇしさぁ。」
うんうんとニマニマ笑いを広げながら、変わらず俺の額を躪る。
もう戦えねぇとでも思ってンのか隙だらけだ。腹の傷を押さえながら、今なら斬れると気付かれねぇように剣を握る手に力を込める。
……いや駄目だ、まだ足りねぇ。
歯を食い縛り、血の味がする息を吐きながらアダムを睨む。完全に俺を潰すのを楽しンでやがる。部下の二人…じゃあ将軍と参謀長か。アイツらもアダムの背後で完全に油断してやがる。もう一度、肺に力を入れて問い質す。絶ッ対にこれだけは確かめる。
「ッ……プライド様を!襲ったのもそいつなのかっ……⁈」
姿は見えねぇ、その辺に転がっているだろう透明野郎を目だけで睨む。
そうだ、さっきの衛兵も同じように倒れた。あの時の……あの人と同じように、頭を抱えて叫んで崩れたッ‼︎‼︎あんなのに偶然なんかあるわけねぇ!
そいつが、透明になって見えねぇように薬か毒でも打ったのか、それとも無理矢理何か飲ませたか‼︎とにかく、コイツが、コイツらが本当の本当の本当にあの人を襲ったあの時の張本人だってわかれば‼︎
「俺だよ。」
ッギャハハハハハハッ‼︎と吹き出すような笑いに、血が凍る。
目が勝手に限界まで見開かれて行くのが自分でもわかる。
……コイツ、が。
傷口を押さえるのも忘れて、血に濡れた手が震え出す。
「自信満々に大はずれー!」と笑ったアダムは、俺を見下ろしたまま一度額から足を離し、膝を曲げてからもう一度蹴りつけた。ゴッ、と木に勢いよく後頭部が当たったしそのまま頭を真上から踏まえて躪られたけど、……今は死ぬほどどうでも良い。力が抜けて、剣まで地面に垂れた手の中から緩んでこぼれれば、アダムが「まだ死ぬなよ?」と踏み付ける足に力を込めた。
「本当はさぁ、プライドもあの塵共みてぇにしてさぁ。治してやる代わりに奴隷制許可か第二王女の婚約取るつもりだったんだけどなぁ?その後にプライド殺しちまえば第二王女が女王じゃん⁇婚約破棄で借り作るでも傀儡でもイロイロさぁ……。……でもなぁ、素質があったんだから仕方ねぇよなぁ?……なあ⁈」
ガン、ガン、と何度も地を踏み均すみてぇに俺の頭を踏み付ける。
興奮したみてぇに途中から早口でまくし立てて最後は俺の傷口を蹴りつけた。ぐあァアッ‼︎と思わず声が漏れたら今度はそのまま俺の手ごと腹の傷を踏みつけてきた。
素質⁇殺す?プライド様を⁇婚約?ティアラと⁇
……………………〝治す〟⁇
「ありゃア最ッ高の女だ。」
浮き立つような声が、汚く光る。
見れば、何を思い出したのか引き上げた口端から涎を垂らして笑っていた。ボタボタと垂れ落ちる口を拭わず笑い、顔を興奮で赤く染めている。うっすら開かれた細目が怪しく光ってギラついた。
「あんな素質ある女他にいねぇだろ?あんなの放っとく男の頭がおかしいんじゃねぇの?あ、でも俺以外が唾付けたら殺すけどな。」
気持ち良さそうに足を伸ばして俺の傷口を圧迫する。
言葉にならず、喉を震わし呻けばアダムからまた笑い声が上がった。
「よーろーこーべーよっ!プライドは俺様がありがた〜く貰ってやる。もっともっと俺色に染めて汚して穢してどろっどろになるまでしゃぶり尽くしてやる。」
意味がわからねぇのに気持ち悪りぃ。
俺の傷口を踵で躪りながら言ってくるから、痛みと吐き気で口から血以外のものまで出そうになる。痛みに吠えて喉がヒリついて何も言えなくなってきたら、休みを与えるみてぇにアダムが一度俺から足を退かした。その瞬間、一気に息を吸い上げ、決めてた言葉をぶん投げる。
「あン人にッ……何しやがったッッッ⁈‼︎」
血を吐きながら、叫ぶ。
腹に力を入れた所為で、余計に血が滲み出た。呼吸が浅くて浅くて、何度吸っても吐いても息が切れた。それでも感情を抑えて歯が削れるほどに食い縛る。
俺の怒声に少し驚いたのか、アダムがわざとらしく両眉を上げて首を傾げる。もともと細い目を更に細めながらニマァァアと笑いがまるでシミみてぇに顔を歪めながら広がっていった。
アダムの返事を待ちながら、バクバクと心臓が俺を叩く。血を更に外へ外へと押し出した。引き上がった汚ぇ口端が引き上がり、とうとうアダムが言葉を吐
「特殊能力。」
「……は、……⁈」
信じられず、心臓が一度本気で止まった。
一拍動きを止めた心臓が、次の瞬間にはドクドクドクと更に速く俺の血を巡らせ流す。疑いで瞼がなくなって、口を開いたまま声も出なくなる俺を満足げにアダムの細目が鈍く光って俺を見る。
嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろありえねぇ‼︎‼︎特殊能力者はフリージア王国だけの存在だろ⁈ラジヤの人間が持っているわけがねぇ!皇太子だろ⁈ラジヤの皇族が特殊能力を持ってるなんてありえねぇ‼︎特殊能力を持ってるってことはつまり、コイツはっ……
「は〜い、フリージア王国の人間でぇす。」
アダムのおどけたような気味のわりぃ笑顔が俺を突き刺した。
両手を顔の横に上げて、手を振って、全然愛想良くも見えねぇ笑みでにこにこ嗤う。まるで、大したことでもねぇように。背後の参謀長も将軍も最初から知ってたのか表情も変わらねぇ。どうして、フリージアの人間がラジヤの、皇族って、なんで、なんで、あの人を
……あの人を。
「ッ……ンで……‼︎プライド様にっ……あの人になンの恨みがッ」
「ハァ〜〜〜〜〜⁇う、ら、みぃぃいい⁈あァるに決まってんじゃん屑塵が。」
離した足で、また顔を蹴り上げられる。
顎から打たれて舌を噛んだ。血の味が混ざり合って口が不味い。そのままアダムが俺の頭を泥のついた髪ごと鷲掴む。数本がいきおいのままブチブチと音を立てて抜けたけど髪の束だけそのまま引っ張られて頭を吊り上げた。
「問題で〜す!一年前、ハナズオ連合王国侵略。邪魔したのはどこでしょ〜〜っか!」
ブチブチブチブチッ‼︎と掴む力を強められ、そのまま顔を無理矢理アダムの方に上げられる。
やっぱ一年前の防衛戦か。そう思ったらまだアダムの口は止まらない。俺の答えなんて最初から興味ねぇみたいに言葉を続ける。
「し〜か〜も‼︎あのアネモネと同盟なんか組みやがって!お陰で今や奴隷制撤廃中とかふざけんな!貿易国が奴隷制撤廃したらッ、他まで感化されて!ウチが商売しにくくなんだよボケが‼︎お陰でアネモネの真似して奴隷取引も近年減るしさぁあ⁈せ〜っかくあそこの第二、三王子は都合良い奴だったってのにさぁ⁈なあ⁈あ〜ああ゛〜‼︎こぉなるから、こぉなるってわかってたから」
知るかテメェがふざけンな。
レオン王子も国の為を思って奴隷制を少しずつ減らしていって、他の国だって民の為に変わろうとしてンだろォが。
アダムが頭を片手でガリガリ掻き乱し、何度も俺を足で木に叩き付ける。感情が昂ぶってンのか細い目が肉食獣みてぇにグワリと見開かれた。
……血の色。セドリック王子の焔の眼とも違う。深い、深い赤色だ。瞳の色に混じるように見開いた目が血走って目玉全部が一色だ。息が掛かるくらい顔ごと血走らせた目をギョロつかせ
「野盗共に金だってバラまいたのにさぁ⁈」
…………野盗……?
「な〜のに余計にッ!仲良くなってんじゃ!ねぇよバケモン王国‼︎が!さぁ⁈」
ガンッガンッ、と俺の頭を掴んだまま何度も傷口を足蹴にする。痛ぇし血も止まらねぇし頭グラグラすっけどそれどころじゃない。
アネモネの、同盟関係。
野盗。
なんか、なんかすっげぇ嫌な、気持ちのわりぃもんが身体を撫ぞる。
ぞわぞわして全身が鳥肌立つ。合わせちゃいけねぇ、混ぜちゃ、掛け合わせちゃいけねぇもんが頭の中でカッチリ合わさって泥になる。口に出したらやべぇのに舌が勝手に問いかける。
「野盗、って……七年、前の……?」
頭が回らねぇ。
アダムが俺の言葉に、一度踏みつける足を止めた。ぐりぐりと躪ったまま、顔だけを仰ぐみてぇに参謀長らしき男に向けた。アダムが「も〜七年⁇」と軽く聞いたら一度だけすぐに頷いた。…………頷い、た……‼︎
「なに、お前知ってんの⁇こっわ!きっも‼︎あ〜〜もしかしてその中にいたとか⁇うっわぁぁ生き残りかよ?うっざっ!それでまだ新兵とか?どんだけ才能ねぇんだよ?やめれば?騎士⁇ああ〜やめなくて良いかどうせここで死ぬもんなぁ?なあ⁈」
ニタァァァアアアッ……と不気味な笑いを広げながら、鷲掴んだ俺の頭に爪立てる。切り揃えられている筈の爪が、深く刺さって頭皮をまで抉った。
間違いねぇコイツら、騎士団奇襲事件にまで噛んでいやがった。父上もクラークも言ってた。隣国との同盟反対派の連中が噛んでた。コイツら、そんな、そんな昔ッから……‼︎
怒りで頭が一気に煮え滾って焼ける。俺の顔が歪んだのを楽しむみてぇにアダムが顔を近付けてくる。細い目の奥がギラついてテメェの上唇をべロリと舐める。そのまま、引き上げた口ヲ開キダ
「ッあぁ……ア……ぁぁあああァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ⁈アアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
頭が、割れる。
急に頭がおかしくなったみてぇに痛み出す。さっきまで何を考えてたのかもどうするつもりだったのかもわからねぇ。まるで脳を直接捏ねくり回されているみてぇ感覚に、激痛に声が抑えられなくなる。
痛ぇ痛ぇ痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛えッッ‼︎今までの傷と比べ物にならねぇくらいに痛くて痛くて目の奥のがバチバチ光る。
わけがわかんなくなって馬鹿みたいに叫んじまう。自分の声に紛れてアダムの「ハハッ」って鼻で笑う男が聞こえた。俺の頭から手を離し、その場にしゃがみ込む。ガキが虫を見るような目で俺を眺めて嘲笑う。
アダムの手が離れてもまだ頭がぐちゃぐちゃに掻き乱されて、喉の限りに声を張る。散々叫んで、最後の最後に本当に頭が割れて脳味噌ぶち撒けンじゃねぇかと思うほどの激痛が込み上げたその、時。
「〝狂気〟の特殊能力。……気に入ったぁ?」
……言い、放った。
細い目の奥を爛々と輝かせた、引き攣った嗤いで。




