494.女王と王女は講じる。
「そうですか。……二日がかりで問いてもやはり口を殆どを開きませんか。」
王配であるアルバートの報告に、ローザは静かに頷き優雅な仕草で額に指を当てた。
ラジヤ帝国が訪れて、六日。
ラジヤ帝国の上層部二人とアダム。彼らならば有力な情報を持っていることも確実だが、同時に口を割らせることも至難だった。それなりに強く絞り上げさせたが、彼らもアダムも未だ核心には触れなかった。
投獄された直後もアダムの態度は全く変わらず、こちらが確証を得た事を伝えても偽証だろうと堂々と放たれた。何度かまた同じ通信兵の方法でも探ったが、まだ同じような情報しか彼らも口にはしなかった。揺さぶりの為に通信の特殊能力で見た一部始終の記録書を見せつけても良かったが、こちらがどこまでを把握し、把握していないかを知らせることの方が危険だった。
〝専門職〟から報告を受けたアルバートが表情を険しくすると、背後に控えていたジルベールが「宜しければ私自らうかがいましょか」と軽く手を挙げた。
「ジルベール宰相、お前の役職内容に拷問は含まれていたか?」
「いえいえ、王配殿下の補佐こそが役目と存じ上げておりますとも。」
アルバートの窘めを甘んじて受けたジルベールはにこやかに笑ったが、その目を見た彼は怪訝そうに眉と目との間を狭めた。摂政のヴェストの傍でそのやり取りを見ていたステイルも、アルバートと似たように顔を顰めた。
ただし、全く正反対の理由で。
……いっそ、ジルベールに一人一人尋問でも拷問でも任せてしまえば良い。
宰相としての役割でないことはステイルも理解してはいる。だが、ジルベールが敵に対して容赦がないことは防衛戦でステイルもある程度察していた。さらに言えば、ジルベールの口でならどちらか一人くらいは誘導尋問することも可能ではないかとも考える。
口には出さないが、胸の内側でじっとり黒いものを疼かせるステイルに、今度はヴェストがステイルに聞こえるように咳払いをして咎めた。
「まぁ、〝明後日になれば〟わかることです。それに、もう拘留期間も関係ないのですから。」
既に罪人となった彼らを国へ返す必要はなくなった。
更には投獄された今、プライドが万が一アーサーを潜り抜けても彼女が予知した宮殿に彼らはいない。独房となればわかっていても会うことは困難だ。
ティアラも安全な場所に避難され、残す恐れはラジヤ帝国の影のみ。少なくとも皇太子を捕虜にしている今、下手に向こうも手は出せない筈だと。女王であるローザはそう考えながら、ここまで来てもアダムが知らぬふりを続ける理由を考えた。
……まるで、何かを待っているかのような。
頭の中には、未だ消息が掴めないアダムの同行者と、存在するかもしれない協力者、そしてもう一人の姿が過ぎる。
やはり急ぐべきかもしれない、と。予知ではなく女王としての予感に、ローザは静かに息を吐いた。
的中してしまうことは、まだ知らず。
………
……こんな筈じゃ、なかった。
目が覚めて、見飽きた天井を眺めながら私は考える。
目だけを動かしてみると、もう侍女達もいなかった。私に食事とかで世話する時以外は、身の安全の為か奥に引いている。……まぁ私も見たくないからちょうど良いのだけれど。
今日、朝から七回目の逃亡も失敗。まだ太陽は登ってる。でも何度逃げてもアーサーに絶対捕まってしまう。
……ほんとに、まさかアーサーが出て来るとは思わなかった。
ということは、今はアーサールートなのか。いや、でもゲームではプライドを離れの塔に閉じ込めるなんて展開は当然ながら無かった。
最初は余裕だったし、計算通りだった。ステイルが邪魔に来て、捕まってを繰り返して。どうせ従属の契約を突けば私を邪魔できなくなると思ったから。
少しずつ、少しずつ彼らを……母上を追い詰めるつもりだった。ステイルさえ除ければ、あとは衛兵だけ。衛兵程度なら素手でも勝てる自信があったし、実際余裕だった。
騎士団も私のこの状態を隠す為に派遣はされない。来たとしても剣か銃さえ奪えばある程度の騎士には勝てる自信もあった。どうせ向こうは私を殺すどころか怪我ひとつさせることができず、私は殺す気で戦える。あとは何度も何度もアダムに会いに行き、私の行動を止める為に母上は当初の要求通り正式に私を王居に戻さざるを得なくなる。
奴隷大国であるラジヤと関係を持つことを良しとしないフリージア王国としては、それが最善。
万が一にでも婚前に皇太子と関係を持てば最悪の事態になる。
和平国であるラジヤ帝国にどんな容疑があっても、確信を得ない限りは下手な扱いもできない。私が母上に表向きだけでも王居に戻ることを許されさえすれば、後はー……
「……の、筈だったのに。」
まさか、最初から破綻するなんて。
アーサー相手に私が勝てるわけがない。……実際、一度も勝てていない。
ゲームの時みたいに剣と銃があれば違ったかもしれないけれど、衛兵から奪った槍程度じゃ敵うわけがない。ただでさえ、プライドはアーサーにだけは剣技で圧倒されているのだから。しかも、今のアーサーは厄介なことに絶対ゲームのアーサー騎士団長より強い。武器のハンデがあっても、ゲームのアーサー騎士団長相手ならもう少し良い勝負ができた筈だ。なのにアーサーは殆ど顔色ひとつ変えずに私を倒してる。……本当に恐ろしくアーサーは強くなってしまった。厄介で腹立たしくて邪魔で不快で苛だたしい。そして心の何処かで
……嬉しい
良かったね、強くなったねとそう思う。
ステイルが私を力で捩じ伏せた時と一緒だ。……別に、変なことじゃない。
私は攻略対象者に憎まれ、最後は倒されるべき存在なのだから。ちゃんと最後には私に勝ってくれないと、殺してくれないと意味がない。だから単純に安堵しているのだろう。私の役目はティアラとたった一人の攻略対象者の幸福な結末を彩ることなのだから。
「……その為にも、さっさとこの状況を……。」
もう時間はない。このままじゃ最終決戦に間に合わない。
それに私はこの国を堕とさなければならないのに私無しでたかがアダムとラジヤ帝国だけでフリージア王国に良い勝負ができるわけもない。その間ずっとベッドに縛りつけられたままではいられない。ラスボスである私の役目はそんなものじゃないのだから。
─ カチャ……カチャッチャリ……
そう考えている間にも拘束は勝手に緩み、解錠され、外れる。
本当は深夜も目が覚めてからすぐ、アーサーが眠っている間にでも逃亡を図ろうとしたけれど、騎士が二人も見張っているらしく余計に逃亡が難しかった。多分、事情を知っている近衛騎士の誰かだろう。一人なら何とかなっても二人……しかも近くにいるであろうアーサーを起こされれば三人を相手に私が勝てるわけがない。
ここ三日間、何故かアーサーはずっと塔の前にいる。近衛騎士だけでも極秘任務を母上に預けられたのか、それともステイルが根回しをしたのか。一日中ずっとアーサーが居て、夜になれば更に増える。
こうなれば、もう残された手段は一つだけ。今の私ではアーサーには勝てない。そうなれば離れの塔からも出られない。なら、もう後は
シカタナイ
「もう良いわぁ……」
誰も視界に入らない部屋で、小さく息と共に言葉を吐く。
しん、と静まり返った部屋に声を吸い込まれながら、私は構わず言葉を紡ぐ。自由になった右手で髪を整え、首を摩る。
そう。……もう、良い。この作戦はアーサーが入ったことで完全に破綻した。あと一度逃げてみて、それでもアーサーに捕まれば今日はここまでだ。どちらにせよ、ずっとこのままでは幸福な結末も台無しになってしまうのだから。
「アダムに報告してちょうだい。騎士が邪魔、貴方が迎えに来なさいと。」
シカタナイ。
行けないなら、来させれば良い。アダムがアーサーに正面から勝てるとは思えないけれど、隙を突くくらいはできるだろう。
彼はさておき秘密道具はとても優秀だ。アーサーを止めないと、離れの塔を出て〝先〟に進めてもまた防がれてしまう。アーサーと違って私の代わりはいないのに。
フ、と思わず笑みが零れる。大丈夫、ルートは残り四人もいるのだから。たかだかキャラクターが一人いなくなったところで問題ない。結局、その内のたった一人が主人公と共に国を幸福な結末に導いてくれれば良い。セドリックは私を襲った容疑でフリージア王国にいる。レオンはアネモネ王国だけど、優秀な彼ならきっと〝間に合ってくれる〟筈だ。それに
『帰りましょう。』
「………。」
アーサーは、……多分まだ今の私を憎んでくれていない。そして、きっと揺るがない。
私がどれほど刃を振るっても、これだけの姿を晒しても全く彼だけは揺るがない。離れの塔に移される前にはあんなにイイ顔だったのに。今は怒りや憎しみどころか動揺すら見れない。私を止めることしか考えていないみたい。
ジルベール宰相やステイルの時みたいに目の前で血を流そうとしたところで、殆ど動じず寧ろ隙を与えるだけだった。このままでは私がゲームを次へ進めても、……アーサーはきっと変わらず私を止めようとするだろう。
でもそれ〝だけ〟じゃ意味がない。
「ちゃんと殺してくれなくちゃ。……エンディングを彩る資格はないもの。」
とうとう全身の拘束が解け、私はゆったりとベッドに座り直す。
いつのまにか、少し伸び過ぎてしまった爪を眺めながら吐息をかけた。
私のせいで傷付き、憎しみ、絶対に殺してくれる攻略対象者。それこそがこの世界のヒーローとなる条件。
「お行きなさい。……私が時間は作ってあげる。」
いつものように窓を開け、吹き込む風が頬を撫でる。何処へともなく笑いかけ、私は窓から身を投げた。
シカタナイ。
全ては、幸福な幸福な結末の為なのだから。




