493.騎士は返事をする。
402-2
「アッハハ‼︎ほんっっとに……強いわ、……ねぇ⁈」
苛立ち混じりのプライド様が、一閃を走らせた。
背中を反らして避けたけど、速すぎてうっかり頬が切れた。反らしたまま背後から地面に両手をつき、縦に跳ね上がる。
プライド様を止める為に離れの塔に張り込んで二日目、すでに日が暮れた後だった。今日だけで十四回目になるプライド様の脱走で最後の最後にうっかり衛兵の槍を奪われた。大分手に馴染んだらしい槍は、振られるとそれなりに面倒だった。本当に剣を衛兵の人達に控えて貰って良かった。素手や槍ならまだしも、剣だとこの人は本当に強ぇから。
……それでも、負けねぇけど。
「もう遅いですし、これ終わったら就寝の時間ですよ。」
「あらそう?なら早く行かないと。愛しい愛しいアダム皇太子のもとにっ……ね‼︎」
笑みと反して歯を食い縛って槍を振るうプライド様は、素早く刃先で俺の剣をいなす。そのまま撫でた剣筋から上がってくるみてぇに柄を握った俺の手を狙った。当たる、と思った瞬間一度剣から手を離して避けた。地面に落ちた剣を見て、プライド様の笑みが引き上がる。そのまま俺より先にと剣へ手を伸ば
─カチャ。
…す、前に側頭部へ銃を突き付ける。
その途端、プライド様の手がピタリと止まった。目だけが別の生き物みてぇに動き、俺を見る。引き上がったままの口がゆっくり言葉を奏でた。
「……あら。……撃たないの?」
「無駄撃ちさせねぇで下さいよ。……。……帰りましょう。」
このまま投降してくれれば楽だけど、プライド様は俺が本気で撃てねぇのがわかっている。やっぱりまた笑顔のまま剣へと手を伸ばし出した。
プライド様、と制止したけど止まってくれず、寧ろ反対の手に握った槍を振るって来た。……仕方なく刃が届く前に銃身で軽く首を打つ。
「ッッ……」と息を詰まらせたプライド様を両腕で受け取め、抱える。プライド様本人だけでも軽いのに、着ている服が寝着だから余計に軽い。あの塔の螺旋階段を毎回抱えて登らなきゃならない身としては助かるけど、……ちゃんと栄養足りてンのかと心配になる。毎回、気を失わせる為の一撃でも本当にこの人の骨を折っちまわないか心配になった。ジルベール宰相に手心は教わったけど、掌打とかもまさかこんなことに役立つとは思わなかった。
剣を拾って腰に差した後、両腕でプライド様を抱え直す。揺らした振動で気を失ったプライド様の首が外側に傾いた。
「……。」
ふいに心配になって、さっき打ったプライドの首周りの髪を払う。覗けばやっぱり何度も打ったからか、うっすらと痣になってた。数日で消えるとは思うけど、……胸が絞られるみてぇに痛んだ。
腹とか鳩尾とかも平気か心配になったけど、俺じゃあ見るわけにもいかず、後で専属侍女の人達に確かめて貰おうと考える。
俺の存在に慣れてくれた衛兵は、両手が塞がった俺の代わりに塔への扉を開けて無言で通してくれた。長い螺旋階段を、プライド様を抱えて登り始める。
『愛しい愛しいアダム皇太子のもとに』
さっきも、その前にも時々言ってた言葉だ。
アダム皇太子。ステイルの話じゃラジヤ帝国の所為でプライド様が倒れた可能性があるって言ってた。
プライド様が何度もアダム皇太子のところに行こうとして、それで離れの塔を抜け出し続けていることも。
「……惚れ……じゃ、ねぇよな……?」
思わずうっすら口に出た。
アダム皇太子は顔すら俺にはわからない。例の誕生祭にも居たらしいけれど、来賓は数え切れねぇくらいいたし、少なくとも挨拶はできていない。
なんでプライド様がそんなにアダム皇太子に会いたがるのか、誕生祭で既に何か接点でもあったのか。それとも俺が知らないところで、たとえば豹変した後にでも何かー…………
ぞっ、と。
……なんか、すげぇ嫌な悪寒が背筋を走って思わず肩に力が入った。
熱を求めるように抱き抱えたプライド様を自分の方へぐっと引き寄せる。プライド様の首がコテンと今度は俺の方に傾いて、思わず目を逸らした。階段の先を見上げ、余計なことを考えねぇようにと登る足に力を込める。
ステイルの方の、王族の事情も詳しくはわからねぇ。ラジヤ帝国のアダム皇太子を拘束したということは、それなりに容疑は固まってるのか。少なくともステイルのあの話から判断すると、……たぶん本当に俺らの知るプライド様は戻ってこねぇか、または方法が見つからねぇんだろう。
そう思った途端、足や胸が鉛みてぇに重くなった。喉に嫌なものが詰まって意識的に飲み込む。立ち止まりそうな足に爪先まで力を込め、頭を降って払い除ける。
「決……たことだろォが。」
自分に叱咤して、食い縛った歯の隙間から息を吐く。
もう、決めた。ステイルに呼ばれる、ずっと前から。
俺はもう、この人の為になら、この人との誓いの為なら全部を全部かなぐり捨てても良いと決めたンだから。
ぐだぐだ登って、やっと最上階に辿り着く。既に衛兵が扉を開いて待っててくれて、中に入ると侍女のマリーさんとロッテさんもいた。二人に挨拶して、ベッドにプライド様を寝かせる。もう慣れた様子で二人が眉に力を込めたままプライド様に拘束を取り付け直し始めて、……この時だけはどうしようもなく俺も目を逸らす。
二人がちゃんと拘束をつけてくれているのは信用できるし、後で衛兵も確認に来る。それに、なによりプライド様のこの姿だけは直視するのが辛かった。
拘束具の鍵をロッテさんがしまい、マリーさんが手早くプライド様に毛布を上からかけてくれた。鍵はもともとベッドから届かない壁に掛かっていたらしいけど、プライド様がそれでも抜け出すようになって隠し場所も変えたらしい。……それでも気がつくと拘束を外して逃げ出してる。
マリーさんが「もう催眠の特殊能力者が来る頃です。……しっかり休んで下さい」とこっそり俺に耳打ちしてくれた。更にはロッテさんが「差し上げますので」と言ってハンカチを俺に差し出してくれた。
二人にお礼を言って、宜しくお願いしますと頭を下げてから窓を開ける。最初は皆に止められたけど、階段を降りるよりずっと楽だ。今はもう見慣れてくれて、窓を開けても止められない。
足を掛け、飛び降りる。一瞬の浮遊感の直後に足から落下していく。これくらいの高さならそのままでも平気だけど、一応宙返りをして衝撃を和らげる。そのまま地面に
シュシャシャッ‼︎
「ッ⁈」
何かが風を切る音が聞こえて、空中で反射的に剣を抜き、弾く。
キィンッ!と金属の音が跳ね返って、俺より先に下へと落ちた。角度からして放たれたのも下からだ。そう思った時にはもう地面がすぐそこまで来ていた。
剣を構えたまま体勢を立て直し、膝を曲げて着地する。さっきの攻撃は、と思いながら剣を握り直すと「アーサー・ベレスフォード」と名前を呼ばれ、一気に色々理解する。
その場から転がり避けた瞬間、一度にナイフが数本さっき居た地面に刺さった。投げられた角度から当たりをつけて、振り向きざまに足を伸ばしてハリソンさんの足を蹴り払う。地面へ受け身を取るハリソンさんの喉元に剣を振り、寸止める。
「……お疲れ様です、ハリソンさん。」
本当に来てくれたんすね……と思わず本音が零れる。構えを解くと、ハリソンさんもゆっくり地面から身体を起こした。見れば、珍しく荷袋を肩に下げてる。この人が身に付ける以上の荷物を抱えてるのなんて珍しい。
「ハリソン……せめて空中で奇襲するのは止めてやれよ……。」
続くように溜息混じりなアラン隊長の声が歩み寄ってくる。
ハリソンさんが「問題ない」と答えるのと同時に俺が振り向くと、アラン隊長がまた別の荷袋を片手に凄い軽い様子で俺に手を上げて挨拶してくれた。「体調はどうだ?」と言いながら、気が付いたように瞬きをして俺の頬を指す。
「どうしたその傷。いまさっきのか?」
言われて頬を触ると、ピリッとした痛みと一緒に指先に血が擦れてついた。
「いやナイフは全部叩き落しましたけど」と返しながら、そういえばさっきプライド様から一突き受けたのを思い出す。握っていた手からさっきロッテさんからもらったハンカチを思い出し、拭う。勿体無かったけど、多分その為にくれたんだろう。
すると、ハリソンさんが横から俺の頭を鷲掴んで顔を近づけてきた。傷を診てくれたのか、すぐに突き飛ばすみてぇに俺から手を離すと「傷に入らない」と言い捨てられた。いや俺もそんな騒いだつもりはねぇんだけど。……なんかアラン隊長は笑ってるし。
「一応、飯と水と一緒に包帯とか消毒液だけ持ってきてやったから、今消毒してやるよ。」
カラムとエリックに持たされてさー。と、アラン隊長が明らかに昨日より重そうな荷袋を鈍い音と一緒に地面へ下ろした。そんな大量にと思ったら、昨日の三倍はある食料と水、……そして酒瓶が丸一本詰まってた。
明日の昼分まで余裕であるだろという量に、どんだけ詰め込んできたんだと思う。……そりゃあ全部食えるけど。
「お前、昨日も夜まで殆ど食ってなかったんだろ。だから多めにさ。あ、酒は飲み過ぎんなよ?」
いや飲まねぇし‼︎そう思いながらも気持ちはありがたいから礼を返す。
しゃがんで荷袋を探るアラン隊長に合わせて俺もその場に膝をついた。荷袋の中をポイポイと出しながら、アラン隊長が一番奥にある消毒液を取り出す。「包帯はいらねぇよな?」と確認しながら手慣れた様子で俺の傷を消毒してくれた。結構容赦なく消毒棉を押し付けられたら意外に沁みた。「ッだァっ……!」と声を漏らす俺に、アラン隊長が「誰にやられたかは聞かねぇけど」とおかしそうに笑った。…そういやぁ怪我すんのも今まであんまなかったのにと思い出す。ハリソンさんとの決闘はさておき、防衛戦でもわりと無傷でいられたのに。
「アーサー・ベレスフォード。さっさと食せ。」
見上げれば、ハリソンさんが座ったままの俺を見下ろしていた。
長い黒髪が風に流され、切り揃えられた前髪ごと顔を覆い隠した。紫色の鋭い眼差しだけが光ってみえてすげぇ怖ぇ。「はい……」と返しながら、気がつくとハリソンさんの背後でちょうど昨日と同じ催眠の特殊能力者が塔の中に入っていくところだった。
昨晩も朝までプライド様は脱走しなかったらしいし、確かに休んでも良さそうだとほっと息を吐く。アラン隊長からの消毒も終わって、早速水の入った袋に手をつけた。ハムとかの肉類やサンドイッチもあって、料理らしいものがあることにこっそり感動する。アラン隊長が笑いながら「やっぱ色々あった方が良いよなー」と言ってくれたから、多分この人が選んでくれたんだろうなと思う。
明日の分以外全部食べ終わると、容赦なく今度はハリソンさんからも荷袋を投げ付けられた。反射的に受け取めてみると、中身を確認する前に「着ろ」と一言だけ命じられる。もしかして預けた団服が邪魔になったのかなと、わりとずっしりした荷袋の中身を確認するとまた別の上着だ。
真っ黒の布地にフードがついている。手に取って軽く広げてみると着古された感じだけど、状態は良かった。妙に重いから、重りでも入ってんのかなと思って内側を確認してみると、……色々理解した。
「これ、……ハリソンさんのっすか?」
「問題あるか。」
あまりに即答されて、俺からもすぐに「いえ、ありがとうございます」と礼を言う。でも正直、ハリソンさんの数少ない私物を借りるのは少し気が引けた。汚したらわりぃし、もう日中は凍えることも減ってきたのに。
それでも構わずハリソンさんがさっさと背中を向けるから、消えられる前に「あの!」と何とか引き止める。軽く振り返ってくれたハリソンさんと、隣に座ってくれるアラン隊長と順番に目を合わせて、頭を下げる。
「……あ、りがとうございます。……御迷惑お掛けします……。」
昨日のカラム隊長達の話じゃ、父上や副団長のクラークにも秘密にして来てくれてるみたいだし、プライド様の為にとはいっても、騎士でもない俺にここまで協力してくれるのは助かるし、同時に申し訳なかった。特にハリソンさんなんて絶対に父上やクラークに秘密ごととか嫌がりそうなのに。しかも俺を隊長に指名してくれて、更に俺から近衛に誘っておきながらこんなことになっちまって……。
そう思って地面を見つめていると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。顔を上げるとアラン隊長だった。
目が合うと、いつもの明るい笑い方じゃなくて、静かに笑むように目元を緩めた。何故か何も言わないアラン隊長は、最後に俺の背中を強く叩いて立ち上がる。
「んじゃ、俺らは離れとくから」
そう言ってハリソン隊長の横に並んだ。その視線のままハリソン隊長を見上げると、……何かすげぇもの言いたげに睨まれてた。
俺が尋ねるように目を合わせると「朝まで起きるな」と言われ、次の瞬間には風が吹くのと一緒に消えた。……やっぱ怒ってんのかと、すげぇ色々反省する。
すると今度はアラン隊長が「ま、考えすぎんなよ」と明るく笑いながら、ハリソン隊長が消えた数メートル先まで離れていった。
二人の背中を見送りながら、上着を着た俺はまた倒れるように毛布ごと地面に倒れ込む。頬が地面の草に擦れた途端、また少しピリッと痛んだ。
地面につかねぇように頭ごと毛布を被った後、そっと頬の傷を指先で撫でてみる。……あの人に付けられた傷なら消えなくても良いやと思う自分がいて。そう思った瞬間
『怪我しないでなんて、無茶な話だとはわかっているけれど』
「………。」
……手紙を、思い出す。
隊長昇進祝いで、俺にくれた手紙だ。思い出すと一気に顔が熱くなって、毛布を先に被ってて良かったと思う。息を深く吸い上げて、落ち着けるように吐き出した。
あの手紙も部屋に纏めた荷物に入ってるけど、捨てられたらと思うと今更心配になる。朝になったらアラン隊長にあの包みだけでも持ってきて貰おう。……中身バレて読まれねぇかだけがすっっげぇ不安だけど。
余計なことばっか考えて、眠れなさそうだと気がつき焦る。目を閉じて、手紙のことから段々と内容まで勝手に思い出していると、……あの一文が、ぐるぐると頭に回り出した。
『どうか、お願いします。何があっても絶対に』
「…………俺の、台詞ですよ……。」
思わず一人で返事をして、身動きひとつせずに眠気を待った。
また明日も、……あの人を止める為に。




