そして頷き合う。
「……なるほど。フリージア王国でそのようなことが……。」
腕を組み、状況を把握したランスは静かに唸った。
ランス、そして急遽駆け付けたヨアンへ事のあらましを話せる範囲内で全てティアラとセドリックは説明した。
紅茶を出され、専属侍女に挟まれて少し落ち着いたティアラは、改めて向かいの席に座る三人へ頭を下げた。
「……申し訳、ありません。取り乱していたとはいえ、ランス国王陛下のみならずヨアン国王陛下にまで、……お見苦しい姿を……お見せ致しました…。」
涙が止まった後も、ひっく……っく……としゃっくりあげるように喉を鳴らしながら、改めて頭を下げるティアラは顔まで仄かに染まった。ヨアンが急いでチャイネンシス王国から駆け付けた時には、まだティアラは泣き伏し続けていた。それからヨアンとランス二人でティアラを宥め続け、セドリックに事情説明を詳細に促した。それからやっとティアラも自分の知る部分と事情を照らし合わせるまでに至った。
謝るティアラの言葉に「とんでもありません」と返すヨアンに続き、ランスが「それで」と膝に手を置いて前のめりに口を開いた。
「つまり、プライド王女の豹変に関わっていると考えられるラジヤ帝国がフリージア王国を狙い、ティアラ王女殿下の命も狙っている。そしてティアラ王女殿下の身の安全の為、ステイル王子がセドリックにこの書状と貴方をここに。」
簡単に纏めたランスはそのまま「間違いはないでしょうか」と確認した。
小さく一度だけ頷いたティアラは重ねた手をぎゅっ、と握り締めながら、また震えそうな唇を動かした。
「お願い、します……!……どうか、今すぐ私をフリージア王国に、返して下さいっ……!母上には私からちゃんと御詫び致します。……私、ほんとに、ほんとに今すぐにでもフリージア王国に帰りたいんですっ…‼︎」
ハナズオ連合王国にはご迷惑をかけませんからっ…!と言いながら、小さく俯いたティアラは下唇を噛み締めた。はやく、はやく……!とランス達の言葉を待っている間も小さく唱えるように繰り返す。
必死に願うティアラに、ランスもヨアンも難しい顔で互いに見合わせた。ティアラ本人の願いならば叶えたい気持ちは当然ある。だが、フリージア王国からの望みはティアラの保護。更にいま、フリージア王国はラジヤ帝国の皇太子に謎の協力者、更にプライドは豹変したままだ。どう考えてもそんな緊張状態の国に命を狙われている王女を返還などできるわけがない。
更にはセドリックも、ステイルに騙されて承諾したことはランスとヨアンに黙っていた。自分も過去に散々偽ったのに、自分が隠された途端に追求する側になる権利はないと思う。
お気持ちは痛いほどよくわかりますが…、とランスが言いにくそうに口を開くとティアラの顔が言い切られる前に絶望で歪み始めた。やっと乾いた筈の目が潤み出し、ランスも言葉を続けながら困り果てたように眉を垂らす。
「ティアラ王女殿下は、……何故そうまでしてすぐに帰りたいのでしょうか?」
柔らかいヨアンの言葉に、ティアラは小さく肩を丸めながら「それはっ…」と言い淀んだ。確かに、それも言わずに自国へ返せなど失礼きわまりない話だと本人も思う。口を結び、開き、また結ぶを小さな唇で繰り返しながらティアラは自分の手を見つめた。
「………私っ…、…お姉様を、…。…お姉様の、力になりたくて。でもっ……。」
言い淀んだまま言葉にならないティアラは、また強く口を結んだ。両手を拳を作るようにぎゅっ、と握り締めると小さな拳を膝へと押し付けて細い喉で声を張り出した。
「はやくっ…‼︎帰りたいんです…‼…っ、…帰らないと…お姉様の、もとに…‼︎王位継承権放棄もまだっ…認めて貰えてないのにっ…私、は…‼︎」
理由にならない理由で、それでも必死に訴えかけるティアラの言葉にヨアンまでもが胸を締め付けられた。
せめて話してくれれば力になれることもあったかもしれないが、話せないということはそういうことなのだろうと理解する。ヨアンは、そうですか…と言葉を返し、それではフリージア王国に返すわけにはいかないと思いながらも彼女の気持ちだけはわかった。ティアラがプライドを慕っていることはこの場にいる誰もが理解していることだ。だが、感情論だけでどうにもなる問題でもない。それはティアラ本人が一番よくわかってもいた。
「兄貴、兄さん。………少し、良いか?」
ふと、さっきまで説明以外は黙していたセドリックが口を開いた。
おもむろに立ち上がり、部屋の外に兄二人を手招きする。自ら扉を開け、兄を先に通してから部屋を出たセドリックは残されたティアラと侍女達に「すぐ戻る」と言い切ると扉を閉じた。
三人が部屋を出てから暫く、廊下からは何やら言い合う声がもれたが、ティアラ達からはくぐもって内容までは殆ど聞こえない。時折ランスの「お前は‼︎」やヨアンの「わかっているんだろう⁈」という叫び声は聞こえたが、セドリックの言葉は全く彼女らの耳には届かなかった。途中からは声を潜ませたのか沈黙が続き、扉の前からいなくなったのかとまで思えるほどに静寂だった。
暫く待ち続け、しゃくり上げも止まったティアラは思い出したようにカップに残った紅茶を飲みきった。
侍女達に優しく背中を撫でられ「ステイル様を信じて待ちましょう」と声をかけられた時。やっと部屋の扉が再び開かれた。大分ぐったりした様子のランスとヨアンより先に部屋に飛び込んできたセドリックは「ティアラ‼︎」と声を上げ、フリージア王国からの書状を握り締めたまま勢いをつけてテーブルへ手をついた。そのまま驚いてソファーに仰け反るティアラを覗き込み、口を開く。
「────────────」
「……え?」
ティアラが予想外の言葉に目を見開き、戸惑う間セドリックは「二時間後だ!頼むぞ‼︎」と叫ぶと部屋の外の侍女達にティアラを客室へ急ぎ案内するようにと命じた。
「あのっ、……い、いまのはっ……?……へ、陛下っ……⁉︎」
あまりの突然のことに立ち上がり、ヨアンとランスを見返すティアラに二人は互いに顔を見合わせた。そのままどう言うべきか悩むように口を噤む。その間にもセドリックが廊下から「誰か……の髪飾りを‼︎」という叫び声が聞こえ、ランスが思わず廊下の向こうへ向かい「まだあんな物を取っておいたのか‼︎」と声を荒げた。それからティアラの視線に気付き、慌てて咳払いをすると、ランスは少し言葉を選ぶように視線を彷徨わせながらティアラに答えた。
「セドリックが。……貴方を裏切る事だけは決してあり得ません。それだけは、御安心下さい。」
ランスの問いにティアラは金色の瞳を丸くし、肩を上げたまま身を硬ばらせた。
唇をぎゅっと結び、僅かに頬を桃色に染めた。ランスの答えに全ての意図は汲みきれない。だが、誠心誠意の言葉だと理解したティアラは、顔を頷かせたまま深々と謝罪をするように下げた。ティアラからのその返しに、今度はヨアンが未だにバタンバタンと走り回るセドリックの足音に「驚くのも無理はないと思います」と口を開いた。
「彼は昔から段階を飛ばすことばかりで。」
困ったように笑うヨアンに、いえでもっ…今のはあまりに…!と声を漏らすティアラだが、とうとうサーシスの侍女達にまでやんわりと移動を急かされ、客室へと促されてしまった。国王二人の間を抜け、何かを言おうとしたが、あまりの展開に言葉が上手く出てこなかった。ティアラを追うように専属侍女達が「お着替えは私共がお手伝い致しますっ‼︎」と声を合わせた。
ティアラの背中を見送った後、暫くランスもヨアンも扉の前に佇んだまま動かなかった。セドリック一人の駆けずりに城中が騒がしくなり「着替えを‼︎」「あったか⁈それだ!」「俺は一度城下に降りてくる‼︎」「馬車は要らん!馬で良い‼︎」と立て続けの声に耳を澄ませた。
「ヨアン。……セドリックがティアラ王女に惚れてしまった理由の一端に触れた気がするのは私だけか…?」
「僕もだよ。」
セドリックが城をドタドタと出ていくのを声だけで見送った二人は、お互いの表情を確かめ合った。その表情にゆっくりと頷き合うと「だが」「だけど」とそれぞれ紡ぐ。そのまま声が重なったことも気にせず、最後は同時に揃えた。
「一年前よりはマシだ」「一年前よりはマシだね」と。




