492.金色の王は迎え、
「お願いします、母上。提出した通り、私は王位継承権を放棄します。婚約者候補も変えるつもりはありません。」
ティアラが謁見の間に訪れたのはセドリックが訪れる二十分ほど前だった。
もともと、ティアラをハナズオ連合王国に避難させる為に呼び出したのは女王であるローザだが、そこで先に話を切り出したのはティアラだった。セドリックの念書と自分の意思表明の書を提出したティアラに、ローザ達の方が先に驚かされた。ステイルもまさかこのタイミングでとは思わず止める間もなかった。
「ですから、お姉様の王位継承権はどうか取り上げないで下さい。フリージア王国を担えるのはお姉様しかいません。」
「………貴方の意見はわかりました、ティアラ。」
正直、頷くに難しい状況でしかない。
ティアラは知らなくとも、今の王位継承権放棄は致命的だ。最悪、このままでは王位継承者を〝二人も〟失ってしまう可能性があるのだから。
ローザは一度ティアラの提出書をヴェストに預けると、有無は答えずに「次は私達からの話です」とヴェストへ説明を促した。
ラジヤの暗躍とティアラの暗殺意思。プライドとフリージア王国を狙っているという事実が明らかになったこと。
それを伝えていく内にティアラの顔からみるみる内に血色が失われていった。動揺するのに無理もない話にヴェストは一度言葉を切り、とうとう本題に移った。
「その為、ティアラ。お前を一時的に同盟国に匿ってもらうことになった。」
「え……?」
最初、ヴェストの言葉にティアラはアネモネ王国かと思った。フリージア王国と結び付きの強いあの国ならば、信頼もでき、何よりレオンや今はヴァル達がいると思えば心強い。……ただし。
「お……お断りします……私は、この国に残ります。お姉様も、兄様も残るのですよね……?私だけが逃げるだなんて」
「現時点で命を狙われているのはお前だけだ。」
思わず数歩下がってしまうティアラに、ヴェストは言葉を重ねた。
その言葉が尤もなのはティアラもわかった。命を狙われている自分と、狙うラジヤ帝国。更には正体不明の協力者や行方不明の同行者も未だ城内に潜んでいる可能性がある。今、この場すら安全かわからない城に置いておくわけにはいかない。だからこそ一度秘密裏に国外に逃がす、というのは英断とも言える。「ですがっ…‼︎」とそれでも食い下がったティアラは、セドリックが訪れる瞬間まで一度も首を縦には振らなかった。
謁見の間に現れたセドリックを瞬間移動した後。荷物も全て消していくステイルに、ティアラは駆け寄り、再び必死に訴えかけた。
「お願い兄様、兄様も私に同意してっ……!私は、私はどうしても離れるわけには」
「すまない、ティアラ。……今回、お前を国外に逃すことを提言したのは俺だ。」
最後の荷物を消し終わったステイルは、振り向くことなくティアラに言い放った。
予想外の兄の言葉に息を飲み「どうしてっ……⁈」と声を漏らすティアラに、ステイルは力の入った表情で歩み寄る。ステイルの袖に掴まり、その顔を真っ直ぐ覗き込むティアラにそれでも彼は断じた。
「お前を守る為だ。……今のお前は、危険過ぎる。」
「それはお姉様も一緒よ!お姉様も狙われているのでしょう…⁈お姉様を置いていくなんて私には……、……っ⁈」
詰め寄り続けるティアラをステイルは抱き締める。
ティアラからの問い掛けに、正面から誤魔化そうとして返せば、きっと彼女には見透かされてしまうとわかっていた。
細いティアラの身体を両腕で強く包みながら、彼女の頭越しにローザ達最上層部へ目で確認する。
「姉君から許しを得ない限り、……俺は遠方に瞬間移動はできない。せいぜいできて、アネモネ王国止まりだ。」
何故それを今自分に言うのか、すぐにはわからなかった。
強く抱かれ、何より触れただけでステイルの胸の痛みが伝わってきたティアラはそれどころではなかった。以前よりはずっと顔色も表情も明るく見えたステイルだったが、まだその奥が悲しく滲んでいることを彼の身体越しに感じてしまった。彼の傷に触れるように自分から手を伸ばせば、その背は冷え切っていた。
驚きながらも自分を抱きしめ返してくれるティアラに、ステイルは小さく笑う。そして彼女の小さな耳元にそっと語りかけた。
「……ありがとう。お前にもアーサーにも救われてばかりだ。」
だからこそ、ティアラは国外に逃がさなくてはならないとステイルは思った。
ティアラの命を狙うのはアダムだけではない。第一王位継承権の剥奪を恐れるプライドもまたそれを仄めかしていたのだから。
ティアラを傷付けない為に、プライドにとって大事な妹だった筈のティアラを自ら傷付けさせない為に、そして
たとえ何があっても、第二王位継承者であるティアラをフリージア王国から失わせない為に。
「すまない、ティアラ。……約束する。俺がお前の敵になるのはこれが最初で最後だ。」
その言葉を聞いた瞬間、ティアラは身の危険を感じた。
まさか、と思いステイルを止めようと慌てて言葉を放つ。たとえここで離れて逃げても、ステイルから逃げ切れるわけがないことはわかっていた。
「!待って兄様‼︎本当に本当に大事なことなの!だからおね」
瞬間。ティアラは、ステイルの腕から消えた。
「……これで、ティアラの安全は保証されました。母上。」
腕の中の温もりがうっすら残り、空気に馴染んで消えていくのを感じながらステイルはゆっくりとローザ達へ向き直った。
ローザが頷くと同時に、ヴェストの合図で再び扉が開かれる。ティアラの荷物と共にステイルに話を聞かされていた彼女の専属侍女達が姿を現した。
「では。……ティアラを宜しくお願いします。」
ステイルの言葉に二人は頷き、深々と頭を下げるしかなかった。
……
「……また、なにをやらかしたのだセドリック。」
セドリックとティアラのやり取りを聞いても未だ、事態が飲み込めずにいるランスは眉を寄せた。
茫然とするセドリックと、侍女に泣きつくティアラを前に、仕方なく彼は説明より先に書状を開く。
セドリックの潔白判明と、謝罪。
ラジヤ帝国によるフリージア王国への攻撃とティアラ暗殺の疑い。
それにより、全てが終息するまで秘密裏に第二王女……〝第二王位継承者〟であるティアラを匿って欲しいという旨の内容を確認し、思わずランスも片手で頭を抑えた。
「………誰か、ヨアンまで使者を頼む。」
セドリックが帰った、至急来てくれと。あまりの事態にぐったりと声を低めながらランスは衛兵に呼びかけた。
とにかく、と先ずはティアラと侍女達の客室を用意させるように命じ、荷物を運ばせた。
命を狙われた大国の王女。同盟国の王として、すべきことは一つしかない。
その場から一歩一歩歩み寄り、片膝をついたセドリックの隣に立つ。「ティアラ・ロイヤル・アイビー第二王女殿下」と声を掛け、頭を抱えたまま俯くセドリックの背を彼女に見えないように強く叩いた。一気に目が覚め、「ぐぁ⁈」と小さく呻いたセドリックの思考が途切れ、兄へと振り返る。
泣き伏すティアラが国王からの言葉に気付く。彼女が顔を上げると、ランスは優しい笑みでその手を差し出した。
「事情は、追い追いセドリックからお聞きします。どうやら貴方様も完全に把握はされていないとお見受け致します。宜しければ、まずはそこから始めましょう。」
落ち着き、ゆっくりとしたランスの声に、ティアラはひっく、ひっくとしゃくり上げながらも小さく頷いた。ランスの手を取りゆっくりと立ち上がれば、取り敢えず客間で話をと促される。
セドリックも合わせるように立ち上がれば、兄から片手で頭を鷲掴まれ「女性が目の前で泣いているのに呆けてどうする馬鹿者」と小声で怒鳴られた。
「御安心下さい、我々は貴方の味方です。」
ヨアンも後ほど来ますので。と優しくランスに促され、彼らは客間へと向かった。




