486.皇太子は念を押す。
「困りましたねぇ?まだ見つからないのですか。」
言葉に反してニコニコと軽薄な笑みを浮かべながらアダムは言う。
客間の上等な椅子で足を組み、まるで客人の一人であるかのような振る舞いで己が深紫の髪を撫でた。自分の元に会いに来たジルベールと、そして彼の護衛である衛兵を目でベロベロと舐めながら、謝罪の言葉だせと圧迫をかけていく。
プライドへの暗殺未遂で囚われているにも関わらず、そして今行方不明である同行者が、元はといえば自分が暴行して怪我を負わせたにも関わらず、彼らに責任のみをなすりつける。
「申し訳ありません、アダム皇太子殿下。ですが、こちらも全力を尽くしておりまして。当然、………プライド第一王女の件に関しても。」
アダムへ合わせるようににっこりと笑みながらジルベールは切れ長な眼差しを更に細めた。
そのまま「何か思い出しては頂けませんかね」と続ければアダムは狐のような細い眼差しで同じようににっこりとそれに返した。無関係だと主張したアダムは、今度はフリージア王国の責任問題について唄い出す。すると、笑顔のまま肩だけで溜息を吐くジルベールは「わかりました」と一言でアダムの言葉を切り、衛兵へと合図を出した。
「既に我々は、アダム皇太子のみでなくラジヤ帝国の方々全員とお話をさせて頂いております。……中には興味深い証言も頂くことができました。」
最後は少し潜めた声で語るジルベールにアダムの眉がピクリと動く。
足を組んだまま椅子の背もたれに寄りかかり、顎を上げながら笑むが若干その口端が痙攣した。ジルベールはそれに気付かないように扉の方へ目を向けると「どうぞお入り下さい」と、手で扉を指し示す。衛兵に連れられ現れたのは、ラジヤ帝国の参謀長と将軍だ。
ピクンと、またアダムの口端のみが痙攣する。まさかコイツらが裏切ったのかと青筋を立てたいところを堪えて「おや久しいですね」と全く愛想を感じられない笑みでどうでも良さそうに笑った。
「ステイル様からの御配慮です。」
同行者が不在の今、更には部下まで不在であれば不安でアダムも何も話す気にはなれないであろうと。
その旨を、まるで行き過ぎた配慮のように語るジルベールは「ステイル様にも困ったものです」と薄く笑いながら彼ら二人をアダムの元へと通した。にこにことジルベールに笑みを返すアダムから、既に身の危険を感じた参謀長と将軍は重々しい表情で身体を強張らせる。尋問も終わり、残す手段で考えられるのは拷問くらいかと当たりをつけていた彼らにとっては、今の状態のアダムと同室などそれこそ最初の拷問でしかなかった。
「半日ほどしたら、またお迎えに上がります。どうぞその時までに我々へ何か思い出しましたらいつでもお呼びつけ下さい。………明日になれば、そろそろ我々も皆様に手荒な真似をしなくてはならなくなるでしょうから。」
ギラ、と最後にジルベールの目が怪しく光る。
落ち着いた声色と何気ない口調でありながらその言葉は完全に脅迫に受け取れた。今日中に話さなければ、拷問をも辞さないと。拷問が刑罰以外の用途でも多く使用されているラジヤ帝国には、容易に理解できる含みだった。
そのまま恭しく頭を下げて去ろうとするジルベールに「お待ちを」とアダムが一言で止める。
何でしょうか、と優雅な仕草で頭を上げて答えるジルベールにアダムは細い目を僅かに開き、彼を見下し、覗いた。
「……我が愛しきプライド王女は、お元気でしょうか。」
「だと良いのですが。……今も部屋で大人しくされております。」
計るような物言いで、手摺に頬杖を突くアダムへジルベールは笑みのまま答えた。
なだらかな声からは、アダムも将軍も参謀長も何も垣間見ることはできなかった。「昨日、私の部屋を変えられたのと関係が?」と食らいつくように尋ねたが、ジルベールはそれも同じようにさらりと受け流した。
実際はプライドの逃走は今も続いている。
昨日はアーサーが止めに入らなければ本格的に乗り込んできそうだった為、プライドの〝予知〟で部屋を知られていることを恐れて部屋を変えさせた。それもまた、アダム達が誰一人知れることではない。
失礼致します、と穏やかに今度こそ礼をしてジルベールは部屋を去る。その後に続く護衛の姿までを好感の持てない笑みでアダムは送り出し、扉が閉じられた瞬間
「言ってねぇよなあ……⁈」
潜めた声と、細い目を獣のように見開いて左右に控えた部下を睨んだ。
まるで刃先を首に突きつけられたかのような冷たい感触に、二人は細かく何度も首を振った。他の誰に対しても傍若無人に振る舞える二人でも、アダムにだけは逆らえない。彼が皇太子というだけではない、逆らえば確実に自分達が殺されてしまうのだから。
ジルベールの足音がゆっくりと遠退き、聞こえなくなってから数十秒ほど、アダムも部下達も動かなかった。だが、ジルベールが去ってから充分な時間が経ったと本人が判断した直後、立ち上がった彼の椅子が参謀長へと蹴り飛ばされた。
身体に当たっただけの為にそこまで酷い音はしなかったがその分痛みは激しい。グアッ⁈と声を上げかけたのを自身っ無理やり口を塞いで閉じれば、アダムは参謀長に目もくれず今度は将軍の胸ぐらを掴んだ。
「おいお前らさぁ?口走ってねぇだろうなぁ⁇んなことしたらどうなるかお前らがよぉぉおくわかってんじゃん?お前らも死ぬ?死にてぇの?なぁ⁈」
捲し立てるように話し、将軍を今にも殺さんばかりに細い目を開いて睨みつけるアダムに「滅相もありません」と将軍は無実を訴えた。
すると、椅子を立て直した参謀長がアダムの機嫌が鎮まるのを願うようにその場に平伏して訴える。
「アダム様……!私めは何も話しておりません。尋問の内容についても今お伝え致します。たとえこの先に拷問があろうとも例の件は誓って口には致しません……‼︎」
へぇ〜〜?と棒読みで参謀長に言葉だけを返すアダムは、そのまま変わらず将軍に視線を刺し続けた。
口端を醜く歪めながら瞳孔が開きかける皇太子に将軍も参謀長へ続くように言葉を放った。
「当然私も何も話してはおりません‼︎誓って何も‼︎フリージア王国如きの生温い拷問で吐くことなどあり得ません……‼︎それに、このことは我々だけの機密!他の部下共も何も知らせてはおりません!奴らに何をやろうとも知られる恐れは」
「そ!れ!で!も‼︎ちょっとでも俺らを叩く餌見つけたら食いつくに決まってんじゃん‼︎今俺達のことバレたら台無しなんだよ!馬鹿なのお前⁇ああ〜馬鹿だから戦と殺しと拷問しか能ねぇんだもんなぁ⁇なあ⁈じゃあ命じてやるからプライドの王位継承に邪魔な第二王女殺してこい!今すぐ!十秒以内に‼︎それができねぇなら死ね屑‼︎」
自分より大柄な将軍の頭を乱暴に鷲掴み、抑えた声で怒鳴る。
先ほどよりも早口で感情のままに捲し立てるアダムに将軍は震えながら「申し訳ありません……‼︎」と詫びるしかなかった。彼に一言でも歯向かえば、この場で死ぬのは自分だ。
細目を見開くアダムと額を汗で湿らせる将軍の姿がどれほど今が切迫した状態が、どれほどアダムを刺激してはならないか、どれほどアダムと同じ空間にいる自分達が危険なのかを物語っていた。
将軍が必死に謝罪する中もアダムはその言葉すら上塗りするように「なぁ死ぬ?死んじゃう⁇今さぁこの場で、なぁ、なあ?死ぬ?殺して良い?代わりなんて沢山いるもんなぁあ?」とまるで今まで同行者不在で溜まっていた分の鬱憤を晴らすように彼を脅し続けた。
「大体さぁ、どうなってんだよ⁈まだ来ねぇじゃんか!本当ならそろそろ来ても良い頃だろ⁇なぁ、なあ⁈まさかアイツが裏切っ……、……なわけねぇか。」
アダムの独り言に将軍と参謀長も意味がわからない。来ないというのが誰のことなのか、むしろ同行者の姿が何故ないのかも知らされていない彼らは、アダムが何に怒っているのかもわからない。アダムは勢いのままに口から火を吐こうとする寸前、思考を投げた。最後にそれだけはなかったと思えば急に冷静になり、何事もなかったかのように将軍から手を離す。そのまま今度はソファーへと背中から飛び込むようにして身を沈めた。
背凭れに両腕を広げ、平伏したままの参謀長と、急ぎその前に跪いた将軍を見下ろしながら、右に流された深紫色の髪ごと頭を片手でガリガリと掻いた。
本当は髪全てを掻き乱してしまいたかったが、いつまたジルベールが現れるかもわからない。本来は既に一度は自分の部屋に合流を果たしている筈のプライドが、いつまで経っても来ないことはアダムの苛立ちの要因の一つだった。これでは計画通りに動けない。クッソ、と呟きながら頭皮を引っ掻く手に力を込めた後、アダムは嗤う。
「フリージアも俺らを吐かせられなけりゃあ何も知れねぇんだ。……死ぬまで隠せ。できなけりゃお前らには俺様が直々に最悪の死に方を与えてやる。」
アダムの言葉に二人は頭を深々と下げながら言葉を合わす。どんな拷問を受けようとも、それだけは御免だと心の底から思いながら。
そこまで当たり散らし発散したら、アダムは少し落ち着いたのか背凭れによりかかったまま天井の豪奢な照明を仰ぎ見て、笑った。
「あ、でもお前らを拷問して良いか聞かれたら普通に許可出すから。」
まるで今思いついたかのような言い方に二人は頭を下げたまま床へ目を見開いた。
びくっと肩が震えるが、口答えしようとは思わない。逆らえば今殺されるだけなのだから。「だって断ったら俺が怪しまれるしー?」と他人事のように言う彼は、二人が少し怯えたのを知りながらも気づかない振りで続け、細い目を気持ち悪く緩ませた。
「大丈夫大丈夫ー。どうせさっきの宰相の話もでまかせだろ?皇太子どころかラジヤの上層部も簡単に拷問なんかできるわけないって。」
気を取り直した途端、さっきまで一番取り乱していた自分を棚に上げて言い放つ。最後にギャハハッ‼︎と笑い飛ばすと、アダムは放った足を目の前のテーブルへ靴ごと乗せた。
「お前らと他の屑共が黙っていりゃあ、フリージア王国も全〜部ラジヤのもんになる。そして……」
彼ら部下二人に頭を上げることも許さず、アダムは一人寛ぐ。そして引き攣った笑みを広げ、高々と言い放った。
「プライドも、俺のもんだ。」
狐のような眼差しが薄く開き、その奥の瞳が嫌らしく光を放った。
既に獲物を捕らえた後かのように。
……
「なかなか…興味深いお話ですね。」
特別会議室。
そこでいつもの椅子に腰掛けたローザの呟きは、言葉とは裏腹に低く、恐ろしく覇気の混じった声だった。
ある一点に視線を集中させたローザの言葉とその先に場にいる者達は誰もが息を飲む。
今この場に衛兵はいない。人払いが済まされたそこは、部屋の外にこそ多くの衛兵が詰め寄って警備をしてはいるが、部屋の中にいるのは国の上層部のみだった。
女王ローザと王配のアルバート、摂政のヴェストの最上層部。摂政付きでもある第一王子のステイル。そして、法案協議会でも収集される国の上層部の人間。
本来ならば法案協議会や緊急会議でもない限りは使われない、防音処置の施されたその部屋は王宮の特別室の一つだ。そこに昨日の収集指令により急遽集められた彼らは、上層部の中で人格的にも身辺的にも潔白で口の固い者であるとジルベールが認めた者達でもある。既に上層部は彼が一度総浚いした後ではあるが、その中でも特に選りすぐった彼らは、最初何故自分達が呼ばれたのかもわからなかった。
ステイルの〝提案〟実行の為に呼ばれた彼らは、城内に住んでいる者も多い。仕事で王居を行き来することも多い為、プライドの豹変についても大体のことは察していた。離れの塔で大規模な引っ越し作業があったことや、使われてなかった筈のそこに警備が強化されているのも理解している。だが、ラジヤ帝国の関連ばかりは全て極秘扱いとして今日まで彼らにも知らされていなかった。そして今、彼らの視線の先には
『お前らと他の屑共が黙っていりゃあ、フリージア王国も全〜部ラジヤのもんになる。そして……』
特殊能力者による、映像が。




