そして折れる。
『ステイル様!申し訳ありません‼︎』
どうする?
『ただいま、プライド様と交戦中となっております!馬は隠しておりますが武器を』
どうするどうするどうする⁈
『アッハハ!何度来ても無駄よ?騎士ですらない貴方達じゃね!』
映像からプライドの声がする。何故、何故彼女はあんなにも楽しそうなんだ。
「ッただちにアダム皇太子の部屋を移せ‼︎プライドと絶対に会わせるな!」
頭を抱える俺に変わってヴェスト叔父様が部屋の外にいる衛兵に指示を飛ばす。
駄目だ、それじゃあ時間稼ぎにしかならない。プライドを止められる人間なんてそう簡単に居るわけがない。今からでも騎士団に近衛騎士を派遣させるか⁈いやだがそんなことをすればプライドのことが気付っ…
『ッただいまプライド様がその足で王居にっ……‼︎どうか応援を』
通信兵には俺の元へ通信を繋げさせているが、こちらには通信兵がいない。一方通行の連絡を受けながら俺はプライドの元へ瞬間移動…ッが、できない。
『引き続き我々は追います‼︎位置座標が不明の為目印となる建物を発見次第ご報告致します!』
俺が建物か位置座標でプライドの元へ瞬間移動していると思っている衛兵がそのまま映像と共に走り出す。……だが、手の打ちようがない。
「ッ仕方がない!今すぐ騎士団を要請する‼近衛騎士を呼べ!︎誰か!今すぐ通信兵を」
「‼︎待ってくださいヴェスト叔父様!それでは機密事項がっ……‼︎」
急ぎ部屋の外へ指示を出そうとするヴェスト叔父様を慌てて引き止める。
駄目だ、正式に騎士団を要請すれば騎士団内どころか城内全体にも噂が広がってしまう。そんな、そんなことをすれば
『これでは女王になられた暁が心配でなりませぬな…』
十年前の、上層部の言葉が頭に過ぎる。
駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ‼︎それだけは、それだけはっ……プライドをそんな形で王座から引き摺りおろすのだけは絶対に
「仕方がないだろう‼︎今のプライドを阻む方法はそれしかない‼︎武器を持った衛兵ですら及ばないんだぞ⁈」
もともとお前の瞬間移動さえなければとっくにそうしていた!と声を荒げるヴェスト叔父様の言い分は最もだった。だがそれでは、それではプライドが、俺はっ……‼︎
「ッッ……っ……。」
承知の言葉を一言返すと共に、俺は口の中を噛み締めた。
鉄の味を感じながら、拳を震わし机へ叩きつけた。自分でもわかるほどに酷く歪み、鋭くなっていく眼差しにヴェスト叔父様の顔色が変わる。
……ッもう、それしかないというならば……‼︎
……
「は〜ぁ……疲れたわぁ……。やっぱり馬がないと不便ね。」
まぁ、運動不足だったから丁度良いのだけれど、と一人呟きながらプライドは歩む。
背後から迫り、隙を伺う衛兵を横目で軽く見ながら素足を土で汚し続けた。手の中には衛兵から奪った槍が握られていた。
既に六回。衛兵に振るってきた甲斐もあり、槍も少しは手にも馴染んできた。単純な武器なら意外と使えるものだなとプライドは考える。
離れの塔から王居まではかなりの距離があった。馬単騎ならばそこまでかからないが、徒歩ではかなり遠い。
馬での逃亡を許さないようにと、途中から衛兵達は自ら馬を全て離れの塔の〝中〟へと隠し、入りきらない分は馬車小屋に返し、徒歩で離れの塔まで通っていた。彼女を追う時すら彼らは奪われることを恐れ、その足のみで彼女を追い続けた。
毎回窓から飛び降り逃亡を図るプライドに、馬を塔の中に隠したのは正解だった。彼らの予想通り、彼女は正式な出入り口を使えば容易に目につくはずの馬の居場所に気付かず、諦めてその足で王居に向かってくれた。
「御報告致します!ただいま離れの塔を数十メートル離れ、前方にはっ……」
背中で後方の衛兵がステイルへの報告を続けていることを確認しながら、ステイルがまだ現れないことにプライドは音もなく笑みを引き上げる。
……やっぱりね。
これで自分の邪魔をする者はいないと喜びながら、プライドは槍を引き摺りスキップ混じりに前進する。時間はかかるが、道ならば頭に入っている。十八年過ごしてきた彼女にとって城内は庭同然だった。背後にいる衛兵も何度やっても彼女には敵わない為、今はただ背後を付いてくるだけだ。時折「プライド様!どうかお戻り下さい‼︎」と声を掛けられるが、無視をする。最初から戻るつもりなど欠片もない。プライドにとって衛兵の声などモブキャラの雑音でしかなかった。
いっそ、通信兵以外の雑音を消してしまおうかとプライドは槍を握り直す。どんな風に嬲れば彼らが良い顔をするかしらと胸を弾ませながら、ゆっくりと引き上げた口端を彼らに向けて振り返
「プライド様。」
……ろうとした首が、静かな声に引き止められた。
突然現れたその人物に、プライドは一度だけ瞬きをした。いつもと違う、団服の無い鎧姿が珍しいと小さく思う。
そして次には少し楽しいことが起こったかのように、口端を引き上げて笑ってみせた。「あら」と軽く声を漏らせば、彼は表情も変えずにその笑みすら蒼い目で静かに捉えた。
「帰りますよ、プライド様。……お迎えにあがりました。」
まるで子どもに言い聞かせるような、少しだけ低い声色にプライドの笑みは止まらない。
彼に向かい、ニタニタと顔を歪めながら槍を構えてみせる。自分に歩み寄ってくる度に、彼の束ねた銀髪が大きく揺れた。太陽の光を浴びてキラキラと輝くそれに、一瞬だけ目が奪われる。
「久しぶりね、アーサー。……元気だった?」
「おかげさまで。……さぁ、帰りましょう。」
立ち止まるプライドと、正面から歩み寄るアーサーはすぐに至近距離まで近づいた。
プライドに跪くこともなく佇むアーサーは「武器を渡して下さい」と彼女へ手を伸ばした。それを受け、プライドは槍を
鋭く、突き出した。
ガキィィン‼︎と金属の固い音が直後に響き、プライドの手が一瞬で痺れた。
槍が地面に落ちたことを頭より先に音で、そしてアーサーに叩き落とされたのだということを肌で理解した。
「無駄ですよ。……帰りましょう。」
「……流石ね。」
淡々と言葉を掛けながら、素早く抜いた剣を片手にアーサーは表情を崩さない。
自分を真っ直ぐに見つめるアーサーにプライドは挑発するように笑いかけた。痺れる手を引っ込め、次の算段をと考える。
ラスボスであるプライドが唯一、剣で圧倒された攻略対象者。彼相手に、まだ使い慣れてもいない槍で勝てるわけがなかった。
残る手段は優しい彼の隙を突くことぐらいだろうかとプライドは考える。完全に彼の剣の間合いに入っていることを理解しながら、がら空きになった両手を広げてみせる。
「でも帰るってどこに?私は今、ちゃあんと王居に帰ろうとしていたのよ?」
悪いことなんてしていないわ、と続ける彼女にアーサーはチラリとその背後へ目を向けた。
王女を連れ戻そうと追い、様子を窺っている衛兵を目で指せばプライドはわかったように「ああ」と声を漏らした。プライドの行動の正誤など、彼らの必死な形相を見れば明らかだった。
「……もう、何度逃げたンすか。」
「まだ六度目よ。だって簡単なんだもの。」
アーサーの問いかけに、あっけらかんと答えるプライドはアハハッと背後の衛兵を嘲笑う。
だがそれでも真剣な眼差しを向けるアーサーは全くプライド相手に揺らがなかった。
「……まだ、何度でも逃げるおつもりですか。」
「ええ、もちろん。」
躊躇いなく言い放つ。
寧ろ、プライドからすればこれからが本番だった。何度も瞬間移動でスタート地点に戻すステイルを封じ、今度こそアダムと正々堂々と接点を作れると思う。
「そうすか」と短く答えるアーサーはおもむろにプライドの手首を掴んだ。パシ、と無造作に素早く掴まれ、避ける間もなかった。掴まれた手を目で舐めながら「力づくで引っ張るつもり?」と尋ねてみる。
腕力の弱いプライドならばそれだけでも充分に回収は可能だ。それも良いすけど、と小さく呟くアーサーは
ゴキッ。
その細い手首を捻り上げた。
「ッア、アァァアッッ‼︎‼︎……ッッ……サー……‼︎」
突然の激痛に、思わずプライドも声を上げた。
直後にすんなり離された自分の右手首を押さえ、痛みに顔を歪めながらアーサーを睨む。だが、それでもアーサーの態度は酷く冷静だった。
「大丈夫です、折ってはいません。一週間程度で治りますし、特殊能力者の治療を受ければ一日です。ただ……」
じりじりと距離を取るプライドに、アーサーは再び歩み寄る。
足で逃げることはできるが、アーサーの足相手ではまず敵わない。後は銃を彼から奪うことくらいか、一度大人しく捕まり隙を伺うべきかと考える内に、アーサーはゆっくりと剣をプライドに向けた。
「その手じゃ、俺どころか衛兵の方々にもどうせ敵うとは思えませんが。」
無感情に言い切るアーサーの眼差しは、今この場でプライドに斬りかかってもおかしくないほどに冷えきっていた。
ひねられた右手首を押さえながら、プライドが諦めたように肩の力を抜いた。その様子にアーサーはやっと剣を鞘におさめる。そのままゆっくりとプライドの背後に回り、離れの塔へ促すようにその肩へ手を添えた瞬間。
トンっ、とプライドの首に手刀を与えた。
「っ……!」
てっきり、このまま連行されると思っていたプライドは、二度目の不意打ちに反応すらできず一瞬で崩れ落ちた。
すぐにアーサーが背後から支えるように腕を回し、一緒に地面へ膝をついた。それから彼女の右手首に負担が掛からないようにそっと倒れ込んだ身体の上に腕を乗せさせ、そのまま優しく抱き上げる。
「……帰りますよ。」
これ以上ないほど優しくプライドに囁きかけたアーサーは、腕の中で脱力する彼女を抱え、控えていた衛兵の前へと歩み寄った。
……目を丸くし、中には血の気すら引いた状態の彼らの元に。
逃亡したとはいえ、第一王女。
無傷で捕らえることが前提であり、危害を加えるなど以ての外だ。それを敢えて傷を負わせるなど、処分も免れない反逆行為に当たる。にも関わらず、目の前にいる彼は躊躇いなくプライドの右手首を捻り上げた。
どう贔屓目に見ても重罪だった。
この場でプライドだけでなく、アーサーを捕らえるべきなのかと衛兵達は互いに目配せし合う。
「すみません、プライド様をお願いします。あと、医者と怪我治療の特殊能力者の派遣と……、…………王居へ連行してもらえますか。」
自分を、と。アーサーは当然のことのように言い放つ。そして一番近くにいた衛兵にプライドを預けた。
「そっとお願いします」と頭を下げたアーサーに衛兵も無言で頷いた。アーサーがプライドの近衛騎士であることはこの場の誰もが知っている。その彼がプライドに手を上げたという事実に彼らは戸惑い、……その真っ直ぐな眼差しに覚悟を見た。
衛兵の一人がアーサーの隣へ立ち、自分が共に王居へと彼を促した。手枷は?とアーサーが自ら両手を差し出し、自分のを使いますかと尋ねたが、衛兵は断った。
その背に優しく手を添え、プライドを抱え預かった衛兵とは反対の方向へと歩み出す。一度も振り返らず王居へ歩むアーサーへ、衛兵達は口を結んで礼をした。
きっと、彼は全て覚悟の上でそうしたのだと理解して。
自分達には為すすべもなかったプライドの暴走を止めてくれた一人の騎士に、敬意を払った。




