473.傲慢王女は動かす。
「プライド様、おはようございま……っ!……プライド……様……⁈」
朝日が昇り切り、ノックと施錠が解かれた音の直後だった。
侍女は扉を開け、部屋の中に入ってから丁寧に閉じる。そのまま振り返った彼女達は目を丸くした。目の前でベッドの中にいる筈の人物が、拘束が解いて寛いでいる光景に。
手の中の着替えを床に落とし、背後に続く侍女も運んできた食事を落としかけて食器をカタカタと鳴らした。
「あら?おはようマリー、ロッテ。」
にこやかに挨拶を返すプライドのその笑みはどうみても、彼女達が恐れている笑みだった。
今日は良い天気ね、と言われても震えた唇で何も返せない。プライドが、拘束する前……自分達が専属の任を降ろされる前にどのようなことをしていたのかを忘れているわけがなかった。
何故、どうやって拘束を……と掠れる声でベテラン侍女のマリーが尋ねたがそれに対しては怪しい笑みしか返ってこなかった。侍女達の怯えた表情を愉快そうに眺めるプライドは、それを飽きるまで堪能してからゆっくりと立ち上がる。
空気を入れ替えやすいように作られた大きな外開きの窓に歩み寄ると、侍女達の方へ笑みを向けながら窓を開いた。手だけを動かし、大きく開いた窓から勢いよく朝の空気が入り込んでくる。バタバタとカーテンをはためかせ、揺らし、チラチラとプライドの姿も隠した。
マリーはすぐに気が付き「おやめくださいプライド様‼︎」と悲鳴に似た声を上げた。その途端、扉の外にいた衛兵が何人もその声を聞き付けて部屋へと駆け込んできた。だが、プライドは慌てる様子もなく、むしろ嬉々として笑顔で彼らを迎え入れた。
自分の拘束が解けている姿に誰もが驚愕し、それに笑顔で応えるプライドは手をヒラヒラと振ってみせた。どこか小馬鹿にするような動作で彼らに笑いかけ、後ろ足で踵から窓の淵に足を掛ける。まさか、今度こそ自害をと、衛兵の誰もが慎重に、刺激させないようにと彼女を引き止めるべく言葉を選んだ。そして、プライドはその言葉に返答すべく口を開
─ く、前に。背中から倒れ込むようにして窓の外へと消えた。
侍女達と、そして衛兵誰もが断末魔にも思えるような悲鳴を上げた。
衛兵が堰を切ったように駆け出し窓を覗き込む。彼らが窓に辿り着いた時には既にうっすらと塔の下から他の衛兵の叫び声が聞こえてきた。大変だ、プライド様がと声を漏らし、地上へと目を凝らす。そして彼らの目に小さく映ったのは
衛兵を次から次へと無力化していくプライドの姿だった。
深紅の髪の影が次々と残像のように走り、近くにいた衛兵が倒れていく。
プライドが暴れていることよりも、先にこの高さから落下して無事に地上にいるプライドに衛兵達は目を疑った。城内の他の塔と比べれば大した高さではない。だが、塔の上から飛び降りるなど騎士でもない普通の人間が落ちて無事である訳がない。騎士でも可能な人間とそうでない者は別れる高さだ。
どうやったのか、夢かと思いながらも彼らはひと呼吸置いてから急いで部屋を飛び出した。頭の整理もつかないままに、塔の螺旋階段を駆け下りていく。
「プライド様‼︎」
地上で衛兵の一人が、叫んだ。
突然塔の上から飛び降りてきた王女に向かい、大人しく部屋に戻るようにと説得を試みる。だが、プライドは誰一人の言葉も聞かず着地と同時に一番手近な衛兵から懐へ飛び込んでいった。
槍を牽制のために構えようとする衛兵より先にその腕に手を掛け、そして足を払った。足場を失い倒れこむ衛兵の手首をその勢いで捻るとゴキッという鈍い音とともに劈く声が上がった。
衛兵が落とした槍を拾うと、一瞬使い方に惑うような表情をした後にプライドはそれを棒のように握り、駆け込んでくる衛兵を次々と足を払い、関節を突いて転ばせていく。
長物の銃を奪おうかと一度落とされたものを拾ったが、重すぎて担いで走るのは無理だと諦める。槍を持ち直すと衛兵の数を確認するように辺りを見回し、ある一点でニヤリと笑んだ。
目的地を決めると、彼女は迷いなく走り出す。一度、正面突破してくる衛兵に勢いのまま槍を突き立てたが、自身の力が弱かったのか着込んだ鎧が丈夫だったのか、すんなりと跳ね返された。
ゲームの女王プライドが槍で戦う場面など、無い。
舌打ちし、軽く怯んで立ち止まった後にプライドは今度は思いっきり助走なしに跳ね上がった。
あまりの跳躍に目を丸くした衛兵の頭にめがけて思い切り手の中の槍を振るった。ガンッ、と痛々しい音が響き、頭に衝撃を受けた衛兵は一瞬で気を失った。衛兵の横を走り抜けるプライドは興奮するように、アッハハハハ!と無邪気にも聞こえるような甲高い笑い声をあげた。
倒された衛兵の姿と笑う王女に身構えながら、プライドを止めるべく駆けてくる衛兵に、再び彼女は槍を振り上げる。来るぞ、頭に注意しろと声を掛け合う衛兵にプライドは躊躇なく槍を振り下ろし、目先の地面へ突き刺した。
ぐんっ、と力を込めて棒高跳びのように跳ねれば容易に衛兵の頭上を越え、傍に止められていた馬の上へと着地した。突然の衝撃に悲鳴をあげて暴れる馬だったが、手慣れた様子でプライドが手綱と鞭を振るえばその勢いのまま暴れるように駆け出した。
「アッハハッ‼︎やっぱりモブキャラじゃ相手にならないわ‼︎」
馬鹿にするように意味不明の言葉を言い放ったプライドは、制止の言葉も聞かずに馬を走らせた。
離れの塔から遠い、王居へと向かい真っ直ぐに。
……
「よっ、と……じゃあ〜動くなよ?動いたら殺すからな⁇」
声を潜め、ニヤニヤとアダムが嗤う。
舌をなめずり、焦らすかのように両手で振り被った椅子を同行者へと見せつける。
もともと客の宿泊部屋として整備されたその部屋は、調度品もしっかりとした造りのものばかりだった。当然、アダムが掲げる椅子もそれなりの重量がある上、丈夫さも確かだった。それを彼は迷いなく同行者へと振り被る。
早朝、そろそろ朝食が出されても良い時間。
離れの塔から戻った彼は一睡もしなかった。今の今まで、この時を待ち侘びたかのように爛々と目を輝かせる。正面で身動ぎせずに佇む同行者は、アダムの言葉に黙しつづけた。自分が今からどうなるか、そしてその後どうすべきかも全て理解し、怖じける様子もなく平然とそれを待った。同行者から何も反応がないことを理解しながらもアダムはまた唇を自分で舐めた。そして、興奮を抑えるように鼻から息を吸い上げ同行者へと
振り、下ろす。
激しい殴打音と、人ひとりが勢いよく床に叩きつけられる音が響き渡った。
その直後、見張りをしていた衛兵が一気に彼らの部屋へと雪崩れ込む。
二つの悪意が、同時にフリージア王国へと牙を剥いた。




