464.貿易王子は頼む。
「プライドがっ……、……拘束…⁈」
信じられない。
ステイル王子の話に上手く言葉が出てこなかった。息が詰まり、胸を押さえて彼を見返す。ケメトとセフェクが「ええっ⁈」「主っ……!」と声を上げて口を押さえる。ヴァルも口を閉じたまま限界まで目を見開いていた。
ステイル王子の話は僕の予想をはるかに上回っていた。
プライドの……現状。彼女はあれからひと月は大人しくしていたけれど、突然自傷を始めたらしい。更にはそれを繰り返すと言い張り、王族も彼女を拘束せざるを得なくなった。面会謝絶のまま、彼女はとうとうベッドに押さえつけられてしまった。今は元の専属侍女の二人が動けない彼女の世話をしているという。拘束し、危険性がなくなった為だという話だけれど……まるで猛獣のような扱いの彼女に、その姿を想像しただけで胸が痛んだ。
「傷も特殊能力者の治療であと少しでなくなりますが、……万が一にも一生ものになってしまえば、取り返しのつかないものになりますから。」
淡々と語るステイル王子の瞳に光はない。
既に語り慣れたかのような言葉が、余計に胸を締め付けられた。目覚めてからのプライドの異常性については僕も、そしてヴァル達も理解はしていた。でも、自傷だなんて。
何故、彼女のあの柔らかい肌に自分から傷をつけなければいけないんだ。何故っ……他でもない彼女自身が自分を傷付けないといけないんだ。
彼女が自らを痛みつけるなんて、……耐えられない。痛みを感じないわけがないのに、何故自分で自分を苦しめる必要があるんだ。
考えれば考えるほど胸が痛くなり、胸を押さえる手に力を込める。たったひと月ほどで、こんなにも彼女が堕ちていってしまうだなんて。本当に何故っ……
「……主が、イカレちまったってのは理解してたが。」
沈黙した空間に、重々しく言葉が放たれる。
思わず目を向ければ、頭を痛そうに片手で抱えながらヴァルがステイル王子を睨んでいた。続きを待つように黙ってヴァルの方を睨み返すステイル王子に、彼は口を動かす。
「で?………今後、主はどうなる。」
興味がなさそうにも聞こえるその声色とは裏腹に、眼差しは鋭かった。
ヴァルの言葉を受けてセフェクとケメトが心配そうに顔を上げる。……僕は、同じ王族としてある程度は予想ができた。聞くのすら少し躊躇いながら、僕もステイル王子へ耳を傾ける。
「……少なくとも暫くはこのまま監禁、拘束だろう。一度拘束を外したら、すぐにまた自らに刃を突き立てようとされた。もし長期間、改善の余地が見られなければ……」
それ以上を口にすることをステイル王子も躊躇うように一度口を閉ざした。険しくさせるように眉の間が狭まり、鼻に皺を寄せた。それでも、必死に現実を受け止めるように言葉を放つ。
「姉君の王位継承権は、……剥奪されるだろう。」
ええっ、そんなとセフェクとケメトから悲鳴が上がった。
……でも、そうなるだろう。現状で改善どころか悪化の一途を辿り、更には病んだとされる王女。治れば未だしも、そんな人間を女王にできるわけがない。ならば、次期女王は。
「まだ、様子見状態だがこれが長期間続けば話も進む。次期女王決定権は母上にある。いくら予知能力を開花させたとはいえ、あれでは。そうなれば、姉君もティアラも婚約者候補から決め直すことになるだろう。……姉君は、決められればの話だが。」
そうだ。ティアラが次期女王になるなら、婚約者候補も対象がプライドもティアラも大きく変化するだろう。第一王位継承者か、そうでないかの差は大きい。
「女王にならねぇんなら、主は嫁ぐってことか?」
「今の姉君に嫁げることが可能かにもよる。最悪の場合、ずっと塔に拘束のまま閉じ込めなければならなくなる。……俺も、必然的にティアラの補佐になるだろう。」
きっと、今のプライドでは婚約者候補を選ばせることすら難しい。
正常な判断がつかないとされたまま相手を選ばせられるわけがない。塔に閉じ込めたままの人生か、または女王と王配により予知能力者の彼女は〝処置〟を受けた後に遠い異国の政略結婚に決められる可能性もある。……国の、為に。
ステイル王子はティアラより年上だ。フリージア王国の元々の規定とは外れている彼だけれど、それを勝るほどに彼の摂取としての能力と信頼は大きい。まるで他人事のように語るステイル王子は表情一つ変えずにその言葉を言い切った。話すごとにまた少しずつ表情が死んでいっている。……いや、意識的に殺しているといった方が正しいかもしれない。
「…姉君は、拘束が解けるまでは少なくとも面会謝絶が続きます。その間、レオン王子が我が国への訪問を再開されるならば僕かティアラがお相手させて頂くと思います。」
片手で頭を抱えたまま下を向くヴァルから視線を外し、ステイル王子が僕へと向き直る。「ヴェスト摂政から近々正式にお話があると思います」と告げる彼は深々と頭を下げた。
「……なので、まだ全てが決まるまでは警戒すべきですが、姉君の進退が決まった後であれば…。ヴァル、お前達も我が国に帰られるようになる可能性はある。……姉君には会わせられないがな。」
静かに語るステイル王子に、ヴァルはジトリと鋭い眼差しだけで応えた。
プライドに会えないなら、彼にとってフリージア王国に戻る意味もあまりないのかもしれない。「僕は、ベイルさんのお店に行きたいです!」「いつか帰れるってこと⁈」とケメトとセフェクが左右から声を掛けるけれど、彼は何も返さなかった。
二人の反応を確認した後、ステイル王子が改めて僕にヴァル達をもう暫くお願いしますと言葉を続けた。そして「それでは、僕はこれで失礼致します」と告げようとする彼を
「待っ……て下さい……。」
……引き止める。
僕の言葉に少し意外そうに目を丸くするステイル王子は顔を上げた。ヴァル達も驚いたように僕の方を見る。
僕は少し躊躇いながら、それでもやっぱり堪らず胸を押さえてステイル王子へらと言葉を紡ぐ。
「……ステイル王子、このまま……もしかしたらもう僕らはプライドに一生会えないかもしれないということですよね……?」
落ち着かせた声を放ったつもりが、少し震えた。言葉にすればするほどその事実が僕を刺す。ナイフのように刃先から傷口をギチギチと広げていった。
ステイル王子は僕の問いに短く答えると、表情を引き締めた。片手の拳が強く握り直されるのがチラリと見えた。
このまま、プライドには二度と会えないかもしれない。以前の彼女じゃなくても、二度と。
ずっと彼女が正気だと判断されずそのままであれば永久に彼女は離れの塔に隔離されたままだ。そんな王女を人目に出せるわけがない、僕みたいな他国の王族相手になら余計に。………だから。
「お願いします。……一度だけ、最後にプライドに会わせて頂けませんか。今だけ、……少しの間だけで良いので。」
わかっている。他国の、隔離された王女に無断で会うなんて間違っている。でも、……それでもどうしても彼女に会いたかった。
僕の願いにステイル王子の目が丸く開かれる。ヴァルが片眉を上げ、無言で一度だけ身体を左右に揺らした。数拍を置いてステイル王子から「ですが」と言葉が放たれた。
「いま、……姉君は眠っています。特殊能力者により眠らされているので、起きることはありません。話すことは、……叶いません。」
「構いません。……ただ、僕が一方的に会いたいだけです。」
ステイル王子の言葉を一言で切る。
それは僕だって予想はできていた。朝も夜も関係なくずっとベッドに縛り付けられている彼女が、まともな生活を送れるように強制的に睡眠を夜に取らされていることも。特殊能力というならば、本当に目を覚まさない。でも、それで良い。……それが、良い。
ステイル王子は少し悩んだように顔を険しくさせた後、小さな声で「わかりました……」と呟いた。
「ただし、僕も同席させて頂きます。レオン王子を信頼していないわけではありませんが、……今の姉君の傍には、誰もいないので。」
勿論です、と彼に僕からも断る。
むしろ、そうしてくれないと困る。非公式とはいえ、第一王子である僕が夜中にプライドと二人きりでいる状況は避けたい。そこまで思って、僕からヴァルに目を向ける。「君は」と短く尋ねれば彼は間髪入れずに払うような仕草で僕とステイル王子に顔を背けて手を振った。
「万が一にも主に目ぇ覚まされたら面倒だ。留守番の許可だけ寄越せ。」
彼は今、ステイル王子の命令で〝なるべく〟僕の傍からは離れられない。ステイル王子が一言許可になる言葉を掛けると、もう用はないと言わんばかりに彼は僕らに背中を丸ごと向けた。セフェクとケメトが「いいの⁇」と尋ねたけれど、彼の意思は固いようだった。……逢いたくないわけが、ないと思うのだけれど。やはり、ケメトとセフェクの為だろうか。
そんなことを思いながらステイル王子に促されるままにその手を取る。ステイル王子が釘を刺すようにヴァルへ「命令だ、レオン王子が戻るまでこの城からは逃げるなよ」と声を掛けても、彼はもうこちらは向かず追い払うように手を払うだけだった。
「……では、お願いします。」
僕の言葉と共に、一瞬で視界が切り替わった。明るい部屋から、……暗い、彼女の眠る塔の部屋に。
……
『ほとぼりが冷めたら、また我が城でも来賓を招くことができるようになるでしょう。ただ…レオン王子殿下は、もともとプライドと盟友関係であったからこその定期訪問と存じております。もし貴方がー……』
『変わりません。……変えるつもりはありません。』
プライドに会いに来た僕に、引き返すように告げたヴェスト摂政。もう僕らの知るプライドには会えないと語られたあの時に。
『ヴェスト摂政。……僕は』
確かに、語った。
『……僕は、プライドに全てを救われました。本当に、本当にプライドが別人になってしまっても……変わりません。その過去がある限り、ずっと僕にとって彼女は変えられないくらいに特別な存在なんです。』
ヴェスト摂政は、……何も言わずにまっすぐ僕を見た。
『忘れられない……忘れたくない記憶です。たとえこの先で別人となった彼女に胸が痛んでも……僕は絶対にプライドを受け入れます。』
胸が痛まないとは言えない。でも、痛みに代えてでも彼女を受け止めたいと。
『プライドは、プライド第一王女は……本当に素晴らしい人でした。常に民の為を考え、新しい発想を持ち、聡明で、心優しく、慈悲深い。フリージア王国にとっての誇りであり、そんな彼女の婚約者に選ばれたことは僕の誉れで、彼女の盟友になれた今は僕の誇りです。』
あんな素晴らしい女性と、そうなれたなんて。……今思えばそれだけで奇跡だ。つい数日前までのことをヴェスト摂政は優しく、それ以上に何故か懐かしむような
『きっとヴェスト摂政は勿論、フリージア王国の王族の皆様あってこそ彼女だったのでしょう。プライドこそフリージア王国が産んだ奇跡です。』
……そして、悲しい目をしていた。
『プライドは、僕を幸せにしてくれました。だから僕も、……彼女を幸せにする為にできることなら何でもやるつもりです。……今も。』
勿論フリージア王国にも協力は惜しみません、と僕が続ければ恭しく頭を下げてくれた。
『ずっと、決めています。僕はこの先何があろうとも、彼女に何があろうとも。……互いの国に何があろうとも。僕は生涯─……』
僕は。
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